そばではたらく
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創業36年の会社を継ぐ決意

“編集をしごとにしたい”という思いを学生時代から抱いていた、けやき出版社長の小崎奈央子さん。出版社に勤務後、出産を経てひととき専業主婦となりますが、物足りなさを感じてアルバイトへ、そしてけやき出版へと転職しました。入社して8年目、地域情報誌たまら・びの編集長になったことで世界がガラリと変わります。

地域に出て知った会社への評価

担当者の退任により、たまら・びの編集長となった小崎さん。毎号の編集会議には、特集する地域の住民やまちに関心を持つ人たちがおよそ30人集まり、取材先も合わせるとさらに多くの人と出会います。それまで小崎さんが担当していた単行本やガイドブックの編集は、基本的には内にこもるしごと。地域の中に飛び込んだことで、多摩エリアのネットワークが一気に広がると同時に、思いもよらぬ出来事にもぶつかります。

「けやき出版に対する、外からの評価がとても悪いことを知ってしまったんです。価値が低かった。すごく衝撃を受けました。だけど、悔しいとかがっかりというより、『いいと思わせてやる。ちくしょう』と思って燃えたんです(笑)」

このままでは会社が先細りになってしまう。そう感じた小崎さんは、当時の社長に「もっと新しいことをしてはどうか」と提案します。

「それまでは、社員としてはたらいていたので波風を立てようとは思わなかったし、必要があるとは感じつつ声を上げることまではしませんでした。けれど、会社が先細りする可能性が大きいと感じた以上、会社の先を見たとき『こうした方がいい』というのは言いたかったんです」

思わずともいえるこの行動が、小崎さん自身夢にも思わなかった社長就任へとつながっていきます。

「会社自体も古い体質だったので、新しいことへの抵抗はとても強かった」と話す小崎さん。

後継者がいない会社の社長に

当時の社長は、自分の子どもたちが後を継ぐ予定はなく、後継者探しをしていた最中。そこに、小崎さんからの進言が飛び込んできた格好になったのです。社内を見渡してみても、小崎さんより年上の人はもう引退間際、年下の人はまだまだ成長過程。ちょうど真ん中の世代にぽつんと小崎さんがいました。

「社長になるかどうかというところに、実は記憶の食い違いがあって(笑)私はあくまでも提案をしただけのつもりですが、当時の社長は、『小崎が社長になると手を挙げた』と思っているんです。色々なところで人に説明していて、毎回訂正するのも大変なので、もうそのままにしていますけど(笑)」

当時の社長にしてみれば、会社を想う小崎さんの言葉に、それだけの熱意を感じたのかもしれません。そんな状況を背景に、当初抱いていた意図を遥かに超えて、入社から10年経った2015年7月、小崎さんは社長に就任します。

立川駅から歩いて5分ほどの場所にあるけやき出版。取材に出かける社員、ライターやカメラマン、編集を発注している企業の担当者などが度々出入りしています。

「変えられるなら、変えられるだけの努力をしようかな、というのがその時思ったことです」

後継者が見つからずにいた当時、実は、けやき出版をたたむという選択肢もあり、複数の企業からM&Aの話も出ていたそう。どこかと一緒になれば、いくらこれまで通りという条件であっても自分が好きなけやき出版からは変わってしまう、小崎さんはそう考えました。

「自分でも不思議な愛なんですが、本当に理屈じゃなくて、会社が好きなんです。当時の社長が今は会長になっているのですが、人望がとてもある人で、相手を大切にして悪く言わない考え方を私はすごく尊敬しています。お給料も少ないし大変でしたが、やっていることは楽しいし、いつの間にか自分の中でけやき出版がなくてはならないものになっていたんです。誰かがやってくれるならそれでよかった。なくなってしまうのが嫌だったんです」

尊敬する会長は、経営は不得意だったかもしれないけれど人柄が大好きだという小崎さん。「利益がなくても、役に立てるなら全部やりたいと思ってしまうので、私もやっぱり会長と一緒ですね(笑)」

大変だけど重くはなかった

会社への愛があったとはいえ、社長となれば一会社の主人。社員を食べさせ、会社をよい形で存続させていくために、経営していかなければなりません。自分から志願したわけでもなければなおさら、大きな躊躇や不安があったのではないでしょうか。

「プライベートと深くつながってくるのですが、社長になるという話になったとき、はたらき方への意見の違いなどで当時の旦那さんと別れた後だったんです。主婦のままだったら絶対になってない。2人いる子どもを自分で育てていくと覚悟を決めた後だったので、2人の子どもがたくさんになるというか、“社長というしごとが加わった”という感覚でした。プレッシャーはもちろんありましたし、決して楽観視していたわけではないんですが、“重い”という気持ちにはなりませんでした」

地域のイベントには子どもたちと一緒に行くことも多いそう。

子どもと同じように大切なもののためなら、大変とわかっていても引き受ける。大きな決意とはいえ、誰もが共感できる気持ちです。

「まさか自分が社長になるなんて、入社したときには夢にも思っていませんでした。全然社長なんかやりたくなかったんです。今でも合わないというか、好きじゃない(笑)裏で文字を書いてるのが好きなんです」

あっさりとそう言う小崎さん。けれど、会社への想いと「言った以上はやる義務がある」という自分の信念に従い、提案したことを実現するために進んだ社長就任という道は、自然な選択だったように思えます。

「私が社長になってもだめかもしれない。だけど、どうせなくなってしまうなら、やれるだけやってみようと思ったんです。サラリーマンは時間ではたらいていますが、私は人生ではたらいているという気持ち。社長のしごとはエンドレスではありますが、時間で制限されていない分、社員の時よりも楽かもしれません」

「何かあったら最後は尻拭いをするし責任を取るから、社長は社員の中で一番下だと思っています」。そんな言葉にも小崎さんらしい考えが表れています。

最終話では、社長となった小崎さんを待ち構えていた苦悩とそこからの脱却、これからの夢をお聞きします。(國廣 写真・鈴木智哉)

プロフィール

小崎奈央子

1978年東京都国立市生まれ、国立育ち。立川のけやき出版にて書籍編集者、地域情報誌たまら・び編集長を経て2015年に4代目代表取締役社長に就任。経営と編集長を兼務しながら多摩エリアの情報発信を行う。
http://keyaki-s.co.jp