小さきものたちの連帯

2018.03.05
小さきものたちの連帯

今回は、西東京市で活動するお二人の方に、はたらき方や地域との関わり方に対するそれぞれのお考えを聞かせていただきました。西武新宿線西武柳沢駅の最寄りにクラフトビールの店ヤギサワバルを構える大谷剛志さん(写真右)と、グラフィックデザイナーの活動と並行して駄菓子屋ヤギサワベースを営む中村晋也さん(同左)にご登場いただきます。思考を積み重ねる哲学的な大谷さんと、高い行動力と広いネットワークを持つ中村さんとの対談は、はたらき方から人と人との連携、地域の経済性の話題にまで広がっていきました。(以下、敬称略)

小さなつながりから生まれた駄菓子屋

——中村さんと大谷さんはどういったお知り合いですか?

中村 「大谷さんに出会ったのは、息子が小学校で練習をやっているサッカーチームに入りたい、と言い出した3年前でしたね」

大谷 「もう3年前ですか。僕はそのサッカーチームの運営と指導をしていて、保護者の方と年に1回ぐらい、飲み会をやるんです。そこで中村さんが駄菓子屋をやろうとしていると聞き、今の時代に駄菓子屋って……変わった人がいるなぁと(笑)。それ以来、付き合いが深まった感じです」

中村 「大谷さん、ヤギサワベースという僕の駄菓子屋に遊びに来てくれたりして」

大谷 「サッカーチームは子どもが対象ですからね、保護者の方の職場に行くなんて機会はない。でも、中村さんの職場の駄菓子屋は、西武柳沢駅北口にある柳盛会商店街にあるから、気軽に行けるんですよね」

——駅に通じる商店街なので、人通りも多そうですね。

中村 「そういえば、ここに店を持つ前の10年ぐらい、毎日、通勤のために商店街を通っていたけど、ただ通り過ぎているだけだったな……」

大谷 「確かに。僕もサッカーチームに行くのに商店街を通っていましたが、本当の意味では見ていなかったですね。商店街にはこだわりの眼鏡屋さんや革細工屋さんがあって、今では愛用しているんですが、足を踏み入れなければ分かりませんでしたね」

中村 「僕は子どものつながりがきっかけで、神輿を担いだり行事に参加したりするうちに商店街の方たちとの交流が増えていったんです」

大谷 「それで、駄菓子屋を?」

中村 「商店街の人とのつながりができてくると、自分もその輪の中でしごとをしたいなという願望が出てきて。僕、とりあえず、やってみよう!という思考なので、すぐに西東京市の創業スクールに参加しました。2015年の10月ごろですね。駄菓子屋をやるというのは、定年後の“とっておき”だったんですが(笑)、その予定を早めて2016年4月に店をスタートさせました」

商店街の中にあった豆腐屋を改装してつくったヤギサワベース。駄菓子と一緒に、近所の人たちが「これ、いる?」と持って来てくれるレトロなおもちゃなども並ぶ。子どもたちが集まって、中央の机でゲームをしたり、工作をしたり・・・思い思いに時を過ごすそう。夜は地域の父母たちの交流の場になることも。
商店街の中にあった豆腐屋を改装してつくったヤギサワベース。駄菓子と一緒に、近所の人たちが「これ、いる?」と持って来てくれるレトロなおもちゃなども並ぶ。子どもたちが集まって、中央の机でゲームをしたり、工作をしたり・・・思い思いに時を過ごすそう。夜は地域の父母たちの交流の場になることも。

不完全だからこそ、できる人がやる

——大谷さんがクラフトビールの店をオープンさせたいきさつを教えてください。

大谷 「僕は飲食業なんてやったこともなかったんですが、誰かに相談もしなかったので、逆にできたのかもしれないですね。もし、相談していたら、飲食業の大変さを教えられ、手を出せなかったと思います」

中村 「僕の友だちの中には、大谷さんの計画を聞いて『飲食業をなめてる!』と言っていた人もいたなー(笑)」

大谷 「そうですよね。2016年12月にヤギサワバルをオープンさせた日の3時間くらい経ってから、大変だな……と気づきましたよ。大変さと楽しさがいっぺんに押し寄せてきて(笑)」

中村 「どんなきっかけでお店をやろうと思ったんですか?」

大谷 「僕がはたらいている茨城県の鹿嶋パラダイスという農家グループで1年半ほど前に、クラフトビールの醸造が始まりました。僕は東京から鹿嶋まで車で通っていたので、せっかく車なんだから、野菜やビールを東京に運んで売ればいいんじゃないか?というような話が出てきたんです。そのとき、たまたま住んでいたアパートの1階に入っていたラーメン屋が店を閉めたので、もしかしたらここでビールを出す店をやれるんじゃないか?と思いついた感じでした」

中村 「大谷さんの店は、本当に全部手作りだよね」

大谷 「ヤギサワバルは、開業資金をできるだけ抑えてつくることを目指しました。そうすると既存のやり方ではやれないんですよね。全く違うアイデアを持ってこないと」

中村 「それで、不要になった木材、空調機器、家電などを集めてつくったんですよね」

大谷 「ええ、不要になったものを集めてつくることをテーマにしたんです。結果的に60-70万円くらいで開業しました。僕は、自分でできることなんてたかがしれているから、できないことはどんどん人にお願いしちゃうんです。ヤギサワバルも、やりたいって思ったらすぐ中村さんにデザイン周りのことや商店街のことをいろいろ教えてくださいってお願いしに行ったんです」

——創業スクールに参加した中村さんとはまた別の切り口ですね。

中村 「大谷さん、すごいんですよ。なんか周りの人がどんどん手助けしたくなるようなタイプで(笑)」

大谷 「う〜ん、自分ではそれは分からないんですが…。でも、やりたいことがあると、わーっと人に話すんですよ。それが面白そうだと、相手も『よし、やろう!』という感じになって」

中村 「それが大谷さんの持っている、目に見えないスキルだよね」

大谷 「そうですかね〜。ヤギサワバルの内装を手がけてくれたのは、僕が知る中で一番センスのあるモノづくりをする人たちです。本業を休んでまで作業したり、時にはオーナーの僕を抜きに、その人たちがああでもない、こうでもないと喧嘩をしたりして……たくさんの人の力でできあがったんです」

中村 「大谷さん、いつも僕のところに来るときに、人参とか水菜とか、野菜を持ってきてくれるんですよね」

大谷 「それが使命なんで(笑)。中村さんが好意でロゴやフライヤーをつくってくれたりしたら、まったくもって等価ではありませんが、お礼の気持ちとして。この関係がうまくいっていると、お互いにできることを補いあっていけると思っています」

中村 「そうですね。お金じゃないところで、これはやってほしい、これは自分がやる、みたいにうまく循環していくと楽しいですよね」

開店資金を抑えるために、廃材やオークションなどを活用してつくった「ヤギサワバル」の内装。大谷さんがつくりたい店に共感した人たちが、それぞれのスキルを発揮して、無償で作業を手伝ってくれたそう。不揃いな木材が調和し、独特の温かみを醸し出している。
開店資金を抑えるために、廃材やオークションなどを活用してつくった「ヤギサワバル」の内装。大谷さんがつくりたい店に共感した人たちが、それぞれのスキルを発揮して、無償で作業を手伝ってくれたそう。不揃いな木材が調和し、独特の温かみを醸し出している。

店を立ち上げるアプローチが異なる二人ですが、お互いを認め合い、自分ができることであれば惜しみなく力を貸す、という心地よいスタンスの関係性が垣間見えました。

第2話では、お二人のこれまでの歩みについてお話を聞いていきます。(文・大垣 写真・鈴木智哉)

連載一覧

ヤギサワの商店街に循環をつくる

#1 小さきものたちの連帯

#2 経済性の殻を破る兼業店主

#3 数値では計れない地域づくり

プロフィール

中村晋也

グラフィックデザイナー 兼 駄菓子屋ヤギサワベース店主。2002年に先輩と二人でNKグラフィコというデザイン会社を立ち上げる。定年後にでもやりたいと思っていた駄菓子屋を、思いがけず前倒しする形で2016年にオープン。今では、駄菓子屋店内でデザインの仕事をするというなんともクールなはたらき方が様になっている。
ヤギサワベース
https://www.yagisawabase.com
https://www.facebook.com/yagisawabase

大谷剛志

大学時代に始めた小学生サッカーチームの指導・運営がはたらき方の基軸。平日でもサッカー指導ができるよう、これまでにスポーツ系NPO団体や、視覚障害者とクライミングのNPO団体などで勤務。2015年からは、茨城県にある農家グループ鹿嶋パラダイスに所属。現在は、2016年にオープンさせたクラフトビールの店ヤギサワバルオーナーと鹿嶋パラダイスを兼業。
ヤギサワバル
https://www.facebook.com/yagisawabar/

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