そばではたらく
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数値では計れない地域づくり

西東京市の西武新宿線西武柳沢駅の近くでクラフトビールヤギサワバルを営む大谷さんと、グラフィックデザイナーでありながらヤギサワベースという駄菓子屋を営む中村さんの対談、最終話です。なぜ、柳沢という場所に店を持つことを選んだのか、地域の人たちとの関わりに変化があったのか、小さな経済性の中で生き残るために、これまでは違う業態を考える必要があるーーそんなところに話は及びました。

辺境の地から起こるムーブメント

——西武新宿線西武柳沢駅は、沿線駅の中でも乗降者数が少ない小さな町です。お二人はなぜここに店を持とうと思われたのですか。

中村 「僕はたまたまここに家を持った、ということがきっかけです。初めて柳沢の駅を降りたときの何もなさ加減が僕の中でドンピシャでした(笑)。駅前の一等地にいきなり八百屋があって、その当時は本屋なんかもありましたが、まぁ何もないなーという印象でした」

大谷 「僕も大学時代にサッカーコーチのアルバイトをしたチームが、たまたま柳沢駅の最寄りにある小学校だったんです。以来、このあたりで部屋を借りたりしていました。僕の感覚でいうと、柳沢は田舎すぎず、ちょうど辺境の地という感じですね。『革命は辺境から起こる』らしいですからね、きっと何かが起こる町だ(笑)」

中村 「店を持つ前、出勤する朝は商店街の店はまだ開いていないし、帰宅する夜はもう閉まっているしで、10年間ぐらいは本当に通り過ぎるだけだった北口商店街ですが、今や二人とも“柳盛会”という商店街組織に入っています」

大谷 「商店街という大きな規模でなくても、まずは2、3店舗がくっついて何かムーブメントを起こしていけると面白いですよね。商店街にある手創りかばん工房クラクフさんの革製キーホルダーを店に置いたり、鰻屋浦安さんのウナギを肴にビールを飲もう、という会をやってみたりしています」

中村 「うなぎナイトですね。そういえば、駄菓子ナイトもやりましたねー」

大谷 「あのときはヤギサワバル史上最多の人が入りました(笑)」

中村 「バルが出来上がって、僕の知り合いに紹介したかったのもあって、駄菓子をつまみにビールを飲もう、というイベントでした」

大谷 「中村さんから町の人をたくさん紹介してもらい、知り合いが増えていきました」

中村 「僕の中で地域の人たちとのつながりがバッと広がったのは、西東京市の創業スクールに参加したことが大きいです。創業スクールでは、『駄菓子屋をやりたい』と話していたのですが、思いのほか早く実現したので、そこに興味を持ってくれた方たちが声をかけてくれました。そこから、いろいろな人と話をするようになったし、場があればとりあえず全部顔を出しに行ったんです。そうするうちに知り合いが増えていきました」

ヤギサワバルと同じ商店街にある手創りかばん工房クラクフとのダブルネームで製作した革製キーホルダー。

ヤギサワベース店主の中村さんがホストとなって開催した駄菓子屋ナイト。駄菓子×クラフトビールのコラボレーションは大人ならではの楽しみ方!

小さなコミュニティーでも、人は場に集まる

——お二人とも積極的にイベントを企画したり、参加したりされています。

中村 「西東京市って、意外と駄菓子屋が多いんです。イベントに出店しない?と声をかけてもらうことも多くて、駄菓子屋を始めてからいろいろなイベントに出るようになりました。最近は、“駄菓子屋がイベントに参加すると、子ども300人を呼べますよ”というような駄菓子屋イベントのスペシャリストになろうかな、ということを考えています。駄菓子屋の力、強みだと思うんですよね」

大谷 「中村さんが賛同されるか分かりませんが、デザインのしごとも駄菓子屋も同等の主力としてやっていってほしいですね」

中村 「それは確かにあります。デザイン業の片手間でやるというのではなく。だから、イベントに出るだけの駄菓子屋でもなく、子どもたちにこの場所を残さなきゃ、と思っているんです。この店でいろんな学校の子が出会ったり、学校に行けない子もここなら来られたりーー単純に子どもの興味だけで来られる場として成立させていきたいんですよね」

大谷 「ヤギサワバルも、空き家を活用してつくった店舗として視察に来られる方々がいたり、2階の空きスペースをモノづくり工房にしていて、新たな人が来訪してくれます。古本屋をやれたらいいねという妄想も仲間としたりもしています。そういった意味で、“店舗”という物理的な場所を持ったことは良かったなと思います。場があるから人は集まるんですよね」

——お二人は今後もこの地域に根ざして活動をされていくのでしょうか。

中村 「ヤギサワベースは、絵を描いていたり、ギターを弾いている大人がいたり……といったような、子どもが持って生まれた生活環境だけでは出会わない大人と会える場として育てていきたいと思っています。“大人と子どもがくっつく駄菓子屋”を目指したいです」

大谷 「根差すかどうかはあまり重要視しているわけではないのですが、中村さんたちと一緒にやっていることは時間がかかっても、自分たちの商売に戻って来ると思っていて。マーケットをつくっていくことを考えていきたいです」

中村 「大谷さんも子どもがキーワードだったりするの?」

大谷 「はい。バルとはまた別の話なのですが、学校をつくりたいという夢もあるんです」

中村 「学校?」

大谷 「数値化されないあいまいな要素がある場が好きでして。遊びを軸にしてお互いがやっていることを尊重したり感謝し合ったりして、場を育みたいなというようなことも頭の片隅にあります」

中村 「なるほど。数字ははっきりしているから気持ちがいい反面、数字だけでの評価ではかれないものもありますね。あえて余白を残すことで、できる人がそこを描いていこうとする。そんな社会をつくっていけるといいですね」

大谷 「中村さんは、駄菓子屋で大人も子どもも楽しむ場をすでに作っているから、中村さんが校長先生をやったらいいですよ」

中村 「ハハハ。そうやって、大谷さんはまた無茶振りする(笑)」

大谷 「よろしくお願いします(笑)」

ヤギサワバルの2階は、主にモノづくりをする人たちが自由に使える工房のように改装している。ここも、自由に人が集まれる場として育てられれば、と大谷さん。

ヤギサワベースの店内には、商品の駄菓子のほかに、初代のファミコンゲーム機や古時計、昔のおもちゃ、フィギュアなどが所狭しと並んでいる。それらをひょっこり持参してくれる近所の人たちとの交流も、店があるからこそ、という中村さん。

現実を見据えつつ、小さなつながりからムーブメントを起こしていく中村さんと大谷さん。経済性だけでなく、ワクワク楽しめるような事象でも存在していくというビジョンが実現すれば、ヤギサワを中心とする地域に、新たな循環が生まれるのでは、と感じました。(文・大垣 写真・鈴木智哉)

プロフィール

中村晋也

グラフィックデザイナー 兼 駄菓子屋ヤギサワベース店主。2002年に先輩と二人でNKグラフィコというデザイン会社を立ち上げる。定年後にでもやりたいと思っていた駄菓子屋を、思いがけず前倒しする形で2016年にオープン。今では、駄菓子屋店内でデザインの仕事をするというなんともクールなはたらき方が様になっている。

ヤギサワベース
https://www.yagisawabase.com
https://www.facebook.com/yagisawabase

大谷剛志

大学時代に始めた小学生サッカーチームの指導・運営がはたらき方の基軸。平日でもサッカー指導ができるよう、これまでにスポーツ系NPO団体や、視覚障害者とクライミングのNPO団体などで勤務。2015年からは、茨城県にある農家グループ鹿嶋パラダイスに所属。現在は、2016年にオープンさせたクラフトビールの店ヤギサワバルオーナーと鹿嶋パラダイスを兼業。

ヤギサワバル
https://www.facebook.com/yagisawabar/