そばではたらく
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僕の好きな “けんぴ”を売る店

「自分の生き方」に従って自由に生きる。加藤けんぴ店の加藤晶夫さんを見ているとそう感じます。自分ができると思ったら何でもできるし、何もできないと思ったら人生何も変わらないまま。「つまらなかったり、生きづらくて苦しかったら自分の好きなことをやればいい」。でもそれは思うよりずっと難しいし、勇気のいることのように思えます。「いやいや、僕は勇気なんてないし、どちらかというとコミュニケーションが苦手で……」と加藤さん。静かで穏やかで、“熱い起業人”ではない彼が、開業2年でメディア取材をいくつも受けるほどになるまでどのような時間を過ごしてきたのでしょうか。

コミュニケーション下手が東京にたどり着くまで

国分寺にある加藤けんぴ店、開店の2時間前から毎朝準備しているのは、おにぎり。出汁巻き玉子などのお惣菜もあり、季節によっては味噌汁も。芋けんぴは一年中あるわけではなく夏場は売っていません。「おにぎり屋さんにように見えるけど、なんで店名はけんぴ?」と聞くと、「芋けんぴではなく“けんぴ”にしたのは、僕の中では“けんぴ的なものを売る”から。けんぴ的なものというのは、僕の好きなもの。その中におにぎりも芋けんぴも含まれているんです」と店主の加藤さん(町の皆さんの呼び名で以下『けんぴさん』)。けんぴ的なもの……。それがどういう意味なのかも含めて、国分寺でお店を出し現在に至るまでの日々を伺うことに。

けんぴさんは愛媛県出身。「工業高等専門学校の電気工学科に通っていて、今もですけどその頃もコミュニケーション下手で。居場所がなくおもしろくなかった。卒業後を考えた時、当時の自分のまま社会人になるのはイヤで仕事は好きなことをやりたい!と大阪へ行ったんです」。

大阪ではデザインの専門学校でプロダクトデザインを学び、学習机メーカーに就職。「でも1年半で辞めたんです。お客さんの顔が見えなかったから。“手にとってくれる人の顔が見えるしごとがしたい”って思った。小泉誠さんなど憧れるデザイナーの展示はすべて東京でしたし、東京のほうが都会だと感じていたこともあって上京を決めました」。

上京すると代官山のおにぎり屋さんに就職。東京には数多くの飲食店があるのに、なぜおにぎりだったのか。「自分の好きなものを書き出したんです。駄菓子屋、自転車屋……その中におにぎり屋があった。現実的に考えたら誰にでも親しみがあるのがおにぎりだな、って。それで、『東京 おにぎり 求人』と検索したらあったんです(笑)」。

鉄の羽釜を使って炊き上げ、おひつに移して手で握ったおにぎり。定番の具材や季節を感じるもののほか、らっきょうツナマヨなどの変わり具材も。お米屋さんや海苔屋さんなど食材は信頼できる方々が選んだ素材を使っています。

芋けんぴをリヤカーで売って店を持ちたくなった

就職したお店は製造販売の個人店。入社後すぐ開店・仕込み・営業などを経験し、半年後におにぎりを握らせてもらえたそうです。同時期に入社した人たちがすぐに退職する中で3年間勤務し、そのような環境だったからこそ誠実に自分のスタンスを説明して違うと思うことは伝え、上司との信頼関係も築けました。「効率の良いしごとの仕方もこの時に考えられるようになった」。学びは多かったものの、週休1日で14時間労働。しごと場と自宅の往復の日々が続いて退職を決意し魚料理がメインの定食屋さんで働くようになります。

芋けんぴとの出会いは、おにぎり屋さんで働いていた頃。「作れるかなと思ってやってみたらできた。好きなことを色々やって飽きなかったのが芋けんぴで、続けたらモノになるかな、と」。定食屋の仕事に就いてからは時間を作れたため試作もできました。そして、ひょんなことから職業訓練校に通うことに。「NPOの起業家養成コースっていうのに通って、そこで企画する授業があってリヤカーでの芋けんぴ売りにチャレンジしたんです」。

当時住んでいた町で豆腐屋のように住宅街を回り、駅前で販売する経験を経て自信がつき、定食屋のバイトを辞めて芋けんぴ売りだけの時期も。おもしろがって買ってくれる人が増え、移動販売のため買いたいと思っても見つけられない人もいたそうです。「このリヤカー売りの経験が、場所が欲しい、お店を持とうと思ったきっかけです」。

開業資金を貯めるため、「1年だけ」と決め、スーパーの総菜売り場でのアルバイトで開業後に役立つよう総菜作りを学びつつ準備。最後はその職も辞めて開業準備に専念し、以前から知り合いだったという「ねじまき雲」の店主から「隣の物件が空いているよ」と紹介してもらって即決。周りから「何も決まっていないのに独立前に退路を断つなんてすごいね」と言われたそうですが、「ここでやらないといつやる!で、今までで一番頑張った(笑)。でも、覚悟を決めるとか、勇気があるとか、そういうのは僕には遠い。学校が嫌で、組織に属すことも苦手で、なら自分でやるしかないじゃんって。『独立してすごい』って言われるけど“それしかなかった”んです」。

外のベンチや中の小上がりで食べることもでき、一人用のお膳で食事とお茶を出してくれます。元々居酒屋だった店内のレイアウトのまま、壁や照明などは芋けんぴをイメージして手作り。デザインをしていた時の経験は今も活きています。

いいなと思った食材で、美味しいと思うものを作る

加藤けんぴ店の誕生日は2015年11月。「普段の生活に“おもしろい”があればいいなって。店名が“けんぴ”だし、何も知らず初めて来店したお客さんはまさかおにぎりやお惣菜が売っているとは思わない(笑)。時期によっておはぎやおでんを売ったりもする。自分がいいなと思った食材で、自分で美味しいと思うものを作っています。毎日つまんえねえな、って思っていた学生時代の自分に『こういうおもしろい店もできるんだよ』って言えるようなお店にしたい」。

開業して一年半経った頃、夏休みをとって一カ月ほど湯布院の旅館に住み込みのバイトをしたというけんぴさん。「旅館では厨房のバイトだったので皿洗いや盛り付けをしながら和食の職人の仕事ぶりを拝見したり、休日は熊本のさつま芋の農家さんなどを巡ったり」。

ご自身をコミュニケーション下手だと言いますが、開業までの経緯や夏休みをとって旅館でバイトした話など、行動や経験をうかがうとアクティブに見えます。でもそれは、好きなものや好きなことをとことん真面目に丁寧に追求する姿勢や「しごとは好きなことをやりたい」という学生時代の思いからくるもの。「芋けんぴは手で切っています。さつま芋は、その年によって、農家さんによって、味が違う。収穫したばかりの時、冬、春、季節によっても違う。冬になると芋は甘みが増す。だからそれに合わせて作り方や切り方を変える。試行錯誤して作っているのでクオリティも年々上がっていると思います。まぁ、手で切らなくてもいいんですけどね(笑)、それがしごとへの“思い”というか」。

芋けんぴは常時4種類。夏の間、さつまいもがあまり出回らない時期の販売はお休み。その期間はお菓子や自家製シロップの飲み物などが楽しめます。

メディアで紹介される葛藤、曲げたくない信念

その思いが少しずつカタチになって、評判になって、メディア取材を受けるように。メディアに取り上げられると売り上げは何倍にもなりますが、それと同時に葛藤も生まれます。「たとえば、テレビで芋けんぴを紹介されたら、お客さんは店内に入っても芋けんぴしか見ていない。おにぎりもあるんですけどね(笑)。芋けんぴが4種類あったとして、紹介された味のものばかりが売れて、芋の種類や産地、手で切っているだとか、味つけは関係ないんです。お店が広く知られるのは嬉しいですが、それだとつまらないじゃないですか。これからはこだわりやおもしろい部分もあるんだよって伝わるようにしたいな、って」。

作っている時間が楽しくて、手にとって目の前で何かしらの反応をしてくれるお客さんに会えるのが嬉しくて、何より自分が毎日を、しごとをおもしろいなと思えたら。

2017年の秋には結婚し、奥さんと一緒にお店に立っている。学生時代の自分が今の自分を見たら、「お、楽しそうにやってるじゃん」ときっと感じるであろう今。けんぴさん、これからの展望とか教えてくださいと聞いたら。

「個人店を楽しむお客さんが増えると、“自分の好きなことでお店を出せるようになったらいいな”と思っている人たちの後押しになるんじゃないかな、と。僕はお店をやるタイプじゃないけど、お店を出した。“おもしろい”と思って来てくれる人が増えて、僕みたいな人もどんどんお店を出せるようになったらいいなと思います」。

加藤けんぴ店の左隣は「訪問介護ことり」、右隣は「ねじまき雲」。どちらも心おきなく話せるご近所さんです。

加藤晶夫(かとう・あきお)

2015年11月に、おにぎりや芋けんぴを中心に、普段の生活のなかで気軽に楽しめるものを販売する加藤けんぴ店を開業。味噌汁や惣菜、手作り保存食、信頼できる方から仕入れた日本茶、干し芋なども取り扱う。

加藤けんぴ店
http://www.kato-kenpi.com/
https://twitter.com/kato_kenpi