そばではたらく
通勤時間1030

“ひばりが丘”に参加する

あなたの近くの住民コミュニティというと、どんなイメージですか?あなたは、その一員でしょうか?中には、そもそも『隣に住んでいる人とすれ違っても挨拶しないし、なんとなく気まずい。』という人、『町内会やマンションの自治会は一応あるけど、当番で参加しなきゃいけない会議は、知り合いもいないし退屈だから正直行きたくない』。そんなふうに、近所に住んでいる人とは縁がなかったり、距離を感じている人もいると思います。では、楽しくて、気軽に色んな人が集まってくる住民コミュニティって一体どんなものなのでしょうか。今回は、東京は西東京市のひばりが丘を訪れ、そこで住民活動に関わる、高村さんと岩穴口さんお2人に尋ねました。

作り出された、住民コミュニティ

今からおよそ60年前、畑しかなかった広大な地に、ひばりが丘団地は誕生しました。新旧の住宅地の中に、当初の2階建ての集合住宅を改装してつくられた、“ひばりテラス118”は、住民活動の拠点になっています。ちなみに、そこはかつての118号棟。当時の団地のモデルとされた、ひばりが丘団地の規模の大きさが分かりますね。

ひばりが丘に住んでいる人のコミュニティって、最初はどのようなきっかけでつくられたのでしょうか。ひばりテラス118の事務局長を勤める高村さんに教えてもらいました。

「地域の再開発で新しいマンションが建てられるとき、住民が交流する施設の建設も計画の一つでした。新しいまちづくりのため、開発事業者と、UR都市機構を中心につくられたのが“一般社団法人まちにわ ひばりが丘”です。そこからこのひばりテラス118の運営を含めたエリアマネジメントを委託されているのが、私が勤めるHITOTOWA INC.です」

ひばりテラス118には、習い事や趣味の集まりで使える部屋の他にも、カフェや雑貨販売ができるスペースがあり、訪れたときも子どもや大人で賑わっていました。では、ここができる前は、住民たちが集まる場所というのはなかったのでしょうか?

「新しいマンションができる前は、全部ここのエリアはURの団地で、その集会所はありました。ただ、そこは団地居住者スペースだったので、広く周辺地域の方を自由に呼んで使う機会は多くありませんでした。他にも、東久留米市の公民館があったのですが、それだけだと足りておらず、新しい人が来たらどうするのかって声もありました」

地域の人のニーズもあった新しい活動拠点は 、昔からある集会所や公民館と違い、新しくひばりが丘に越してきた人もその周辺の人も、誰でも利用できるそうです。しかし何より、ひばりが丘の特徴は、事務局と住民同士をつなぐ、“まちにわ師”という人たちがいることです。

岩穴口さんは、ひばりテラス118のカフェで高村さんと知り合い、まちにわ師になりました。

住民同士をつなぐリーダー

事務局も、活動拠点もでき、では最初にどうやって住民と接点をもつのが良いか考えた高村さん。

「まず住民が自ら、自分たちのくらしをよくするために何かするのが大事だなと。住民の中でも専門性をもった人たちがリーダーとなって活動する。そして、そういった人たちが集まる構造が必要だと思ったんです」

まちにわ師の第1期のメンバーになったのが、岩穴口さん。まちにわ師は現在40人ほどいて、皆さん本業は別にあります。その職業も公務員からフリーランス、学校の先生、音楽家と、面白い程ばらばらです。岩穴口さんは、四谷にある東京おもちゃ美術館に勤務しています。どうしてまちにわ師になったのでしょうか。この場所をどう思っているのでしょうか。

「強く意識していた訳ではなかったですが、僕の場合は自分の子供が通う保育園のお父さん会という、せっかくできた地縁を活かす場があったらと思っていました。お父さんは特に、会社には所属しているけど、地元での地縁は全くないって人が多いですから。それと、地域に大人の目が増えると、子供にとってもいいと思います。それも、登下校の見回りとかだけじゃなくて、大人も子どもも、もっと楽しめる接点が増えていくといいと思います」

まちにわ師の活動は、大きく分けて3つあります。この場所自体の運営、イベントの企画や、住民への情報発信。岩穴口さんは、シンプルに、「活動が楽しい」と言います。様々な人がいるなか、どうやってイベントは企画されるのでしょうか?

「イベントは、最初の発案は僕ら事務局がすることが多いです。まちにわ師が加わりやすいように、事務所で計画を立てて、参加してもらう」そんなしくみを整えた高村さんですが、メンバーの中には、「がんがん自分で発信していくタイプもいる」そうで、まちにわ師が担っていくイベントが多くなってきていると言います。

「例えば、年末に行っているの蕎麦のイベントは、最初の発案は僕でしたが、3年目はまちにわ師にメインにやってもらいました。まちにわ師ではない住民からも有志のメンバーをつのったら、団地の主婦の方が腕をふるってくれました。皆さん料理にこだわりがあって、めちゃめちゃおいしかったです」

ベテラン主婦が作ったお蕎麦を皆で食べる。楽しくてどんな人でも参加しやすいイベントの空気が想像できます。

研修をうけて認定されるまちにわ師は、住民の中でも一目置かれる存在で、名刺もあります。

一方通行でなく、一緒につくる

季節に合わせて様々なイベントが行われ、多いときでは1000人が参加したこともあるそうです。このような活動を継続していくために、高村さんはじめ事務局はある考えを持っています。

「いずれは、イベント企画をまちにわ師が主体でできるようにと思っています。今後どうゆう体制にするかなど話し合ったり、そのための準備は少しずつしています。住民の中には、『近所付き合いとか別にいいです』という人もいる。でも、いざというときに『◯◯さん助けて』と言えるつながりをつくるのが僕の役目。わいわいするためだけじゃなく、困ったときに助け合えることが大事。だから、支援してほしいし、(一般社団法人の)会員にもなってほしい」

高村さんは、例えるなら住民へ道を示すナビゲーターでしょうか。先程も、企画の中で、住民が担う部分が多くなっていると言っていました。方向が定まったら、自分たちの足で歩いて行くことができるのでしょう。

そして、まちにわ師として、事務局長の高村さんと住民をつないできた岩穴口さんですが、今後は「さらに、まちにわ師と住民の間のような立場の人もでてくるかもしれない。今よりもっと様々な関わり方があると思う」と、少し先を見据えています。

高村さんと岩穴口さん、関わり方は違いますが、2人とも今後もっとたくさんの住民の人に関わってほしいという思いは同じでした。そのためにも、今のかたちから、少しずつ新しいかたちへ移行していっています。

ひばりが丘に知り合いがたくさんできたと高村さん。この取材のため外で撮影している時も、住民の方と自然と挨拶している姿が印象的でした。

自分がつくっているという意識

最後に、高村さんの意志を次へつないでいく岩穴口さんに、今後実現したいことを聞きました。

「何かを提供する、受けるという一方通行の関係ではなく、一緒につくっていきたいです。住民をひっぱっていく部分と、住民が一歩踏み出せるように背中を押す部分どちらもあると思います。それに、今は一般社団法人の会員には、URの人は入っていないので、もっとつながりをつくっていきたいですね」

そう語ってくれた表情には、誇りがありました。

団体や組織での活動って、どうしてもコミット率がばらばらになってきちゃうと思います。他の人よりも参加頻度が少ないと行きづらくなってしまったり、逆の立場だったら最近顔を見ない人に対してあまり良い感情がもてなかったり。すれ違ってしまうことも多いです。

でも、まちにわ師をはじめとしたしくみのおかげで、定期的に活動したり、イベントに参加したりする一歩を踏み出せます。それは、例えばみんなで蕎麦を作って食べるという楽しい内容。そして高村さんも、「外からみると、とてもきっちり運営されているように見えるけど、いい意味でゆるい。まちにわ師の定期ミーティングも毎回参加することが義務ではない」と言うように、本業と両立して、休みの日に空いている時間で活動できる気軽さ。ひばりが丘には、住民のみんなが自分の得意分野を持ち寄り、それぞれのできる範囲で楽しく活動できるしくみがありました。

ひばりテラス118の前のスペースでは、多くの人が集まるイベントも定期的に行われます。

ご近所さん同士と、同じ地域コミュニティの一員だと実感することは、なかなかないけど、受け身でなく、自分が主体的に参加しているという実感があると、やっぱりそこに暮らしていて楽しい。ひばりが丘に集まる人たちは、長く住んでいる人も、新しく越してきた人も、私はひばりが丘にいますと胸を張って言うのではないでしょうか。良く聞く “住民コミュニティ” とは、そういうことなのかもしれません。(田中)

プロフィール

高村 和明

2014年9月からHITOTOWA INC.に所属し、CSRコンサルティングやソーシャルフットボールの現場統括を担当。その後一般社団法人まちにわ ひばりが丘の現地常駐事務局長に着任、同地のエリアマネジメントに取り組んでいる。

岩穴口康次   

東京おもちゃ美術館に勤務しながら、第1期まちにわ師として、ひばりが丘で行われる人々の交流や学びのある企画やイベントをつくっている。


一般社団法人まちにわ ひばりが丘
http://machiniwa-hibari.org/