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[編集長の酒場談議]“認知症”の届け人/徳田雄人さん

編集長の酒場談議、第2回目のお客様は徳田雄人さん。NHKのディレクターを経て、起業した徳田さんが取り組むテーマは“認知症”。人生をかけて歩みを続ける徳田さんの思いをお聞きします。

自分にしかできないしごと

北池   
こんばんは。徳田さんと二人でゆっくりお話するのは今回がはじめてですよね。今のおしごと、けっこう長くやっていらっしゃるんですね。

徳田 
気づいたら10年ぐらい経ってました。

北池
興味深いのは、その前のしごと。NHKにいらっしゃったとか。

徳田 
はい、そうなんです。NHKではディレクターを8年ほどやっていました。朝の情報番組とか。

北池 
NHKに入社する人って、なんとなく長く在籍する人が多そうな気がするんですけど。なんか楽しそうだし。

徳田  
新卒で入社したときから、そういう意識はなく、10年ごとにしごと変えようって思ってました。

北池 
そうなんですね。ディレクターのしごとって、テーマを決めて、番組全体を仕切るんですよね。すごくやりがいのある楽しそうなしごとですけど。

徳田
しごとは楽しかったですし、特に飽きた訳でも、嫌になっちゃった訳でもないんです。でも、8年も続けていると、自分より得意な人がいっぱいいるなと。やっぱりどこの世界にもいるんですよね、その道のプロみたいな人。この人には到底かなわないぞ、みたいな。

北池 
なるほど。

徳田 
それと、このしごと、もしかしたら自分じゃなくてもいいんじゃないかな、と思えて。大きい組織だから、自分がこの瞬間いなくなっても、代わりの人がすぐ補充されるんですよね。

北池
 
自分が生きてる実感みたいな。

徳田 
まぁそれに近いかもしれないですね(笑)。どうせなら、自分が関わったからこそ変化が起きた、と言えるようなしごとをしたいなと。テレビの世界でそれを実現するのは難しいと思ったんです。

NHKを辞めて起業した徳田さん。事業を立ち上げたばかりの頃は苦労も多かったそう。

どうすればいいか、わかっちゃった

北池 
いつから認知症のしごとを?

徳田 
NHKにいた当時、取材で認知症をテーマにした番組制作を担当していたんです。

北池 
そのテーマは自分で選んだの?

徳田 
もとは同僚が企画したんですけど、その同僚が産休に入って。最初なんとなく担当をあてられたのがきっかけですね。認知症って、医療の分野で語られることが多いんですけど、じつはあまり関係なくて。一般の人の“イメージ”で認知症の人たちが暮らしづらくなっているんだなと分かってきて、それで関心をもつようになったんです。

北池 
へええ。

徳田 
当時、50代の夫婦を取材したんです。奥さんは、スポーツクラブに通っていたけど、若くして認知症になってしまった。それで、普通にプールで泳げるけど、自分の着替えを入れたロッカーがどれか分からなくなってしまう。それで、ジムが利用しづらくなっていった、というような話を聞きました。

北池 
うんうん。

徳田 
でも、その話を聞いて、それってジムの人にあらかじめ言っておいて、手伝ってもらえば解決する話だなと思ったんです。目印つけるとかの工夫で、簡単に解決できる。

北池 
どうすればいいか、わかっちゃったんですね。

徳田 
そうなんです。でも、当事者の方はそんな余裕ないし、例えばさっきのジムの人も、言われないと気づかないし、何をしていいか分からない。

北池 
誰かやったらいいのに、でも誰もやっていない。それなら自分がやります、みたいな。

徳田 
ゼロからイチをつくるのが好きだったのもあります。それで、取材して問題が分かって、誰もやっていないならちょっとやってみようかなと思ったのがきっかけでした。

泉州の水茄子。わさび醤油でいただきます。

NPOで収益をつくる

北池 
NHKを辞めて、最初はどうしたんですか?

徳田 
北海道にあるDFCというNPOに入ったんです。その後、東京支部をつくるってことになって。

北池 
いきなり起業したわけじゃなかったんですね。そのNPOではどんなしごとをメインでやっているんですか?

徳田 
RUN伴というイベントが今はメインですね。皆で同じTシャツ着て地域を走って、タスキリレーをする、っていうイベントなんです。コンビニ、病院、小学校、市役所といった感じでタスキリレーをするんですが、一箇所ではじめたことが、全国に支部ができて広がっていったんです。

北池 
ふむふむ。

徳田 
後日、何かあったときに、例えばコンビニの人が、イベントに参加して見た認知症のおじいさんがどこどこを歩いていたよ、と報告してくれる。このイベントですべてが解決する訳じゃないけど、地域のつながりが生まれることで、認知症の人たちがちょっと住みやすくなるのかなと。

北池  
なるほど。でも、事業にするのは難しそう。社会的な意義があったとしても、どうやって収入を得るか。もし、確実に認知症が治る薬があれば、みんな喜んでお金を払うんだろうけど、地域の人たちが認知症の人たちに触れられるイベントです、といってもお金を払うモチベーションにはなりにくそう。

徳田 
イベントの参加費に加えて、Tシャツ販売も収入源になっています。本当は、地域がどう変わったかが測定できればいいのかもしれないですけど、それも難しいですからね。でも、思ったより行政の受けがよかったんです。隣の市からタスキリレーがつながっているんですけど、Tシャツを着てタスキリレーに参加してもらえませんか、って。全国で繋がれてきたものを自分の市で途絶えるって訳にいかない、って思ってもらえて。

徳田さんの事務所があるのは、東小金井の高架下にあるPO-TO。RUN伴のTシャツが飾っています。

地域というアプローチを選ぶ

北池 
認知症に対して、なぜ地域を巻き込んでいこうというアプローチなんですか?

徳田 
NHKにいたときに、偉い人たちが集まる討論番組とかも、一通りやってみたんです。だけど、大きな看板を背負っている人たちが集まっても、ぼんやりした落としどころがつくだけで終わってしまっていました。なんだか、ちっとも変わる気がしなくて。

北池 
それでNPOへ?

徳田 
でも、今でこそスタッフを雇って事業ができていますが、最初の3年はほんと無給状態だったんです(笑)。みんな、他のしごとをしながら。私もバイトしながら生活してました。バイトの数を結構こなしていたので、疲れましたね。これならNHKの方がいいじゃんと。

北池 
事業を起こすのには、やっぱりある程度のお金や時間が必要なんですね。

徳田 
いやー、もう色々失敗しましたよ。

北池  
例えば?

徳田  
結局、形にならなかったんですけど、相談窓口センターをつくって、介護施設からお金もらおうとしたんです。だけど、こちらに肩書きがないと全然取り次いでもらえなくて。企画書を持っていっても「誰ですか」「時間とれません」って言われて終わり。結構メンタルやられましたね(笑)。NHKのときなら、取材依頼はどうぞどうぞ、って感じだったので、改めてその肩書きの偉大さを痛感しました。事業の世界はちがうんだなと。

北池 
今、振り返ってみて、もっと近道できなかったのかな、って思います?

徳田 
近道は難しいですよね。やっぱり数を打つことって大事なんじゃないかなと思います。

北池 
経験を積む中で、必要な筋肉がついていく感じ?

徳田 
そう。アイデアを持っている人が成功する訳じゃないと。そのアイデアを形にしていくためには、やっぱり豊富な失敗経験が必要なのかなと。創業当時は知らなかったですけどね(笑)。

北池 
徳田さんの履歴書をみると、東大に入って、NHKに入って、起業っていう順風満帆なサクセスストーリーを歩んでる感があるんですけど、その徳田さんから失敗が大事って、面白いですね。

徳田 
学校や会社では、いかに失敗しないようにするか、ということしか学ばないですよね。あるいは、失敗してもどう失敗していないことにするか、みたいな。でも、実際に会社を辞めて事業をはじめたら、失敗だらけ。これじゃダメだと。本当に最初の3年はどうやって食べていくのかお先真っ暗でしたよ。来月どうしようって。

北池 
分かります、私もそうだったので(笑)。真っ暗な洞窟をあてもなく掘って行く感じですよね。どこにも光は見えないし、どこまでこの暗闇が続くのかも分からない。掘っても掘っても岩にぶつかる、みたいな。

徳田 
もう二度と経験したくないですね(笑)。

北池 
でも一番楽しい時期なのかもしれないけど。・・・あれ、そうでもないですか(笑)。

徳田さんも2杯目、3杯目...と進む。冷酒が美味しい季節になってきましたね。

会社とNPOどちらもやる

北池 
あと気になってたんですけど、NPOと会社どちらもやっていらっしゃるじゃないですか。2つ持っている理由ってあるんですか?

徳田 
NPOは総会で決めなくてはいけないので、意識決定がどうしても遅くて。でも、スピード感は遅いけど、会員さんたちが自分ごととして納得感をもってやれるというのはいい所かな。なので、大きなムーブメントをおこしやすいんじゃないかなと思ってます。

北池 
NPOは象のようにゆっくりだけど力強く進む感じですかね。一方で、会社はスピーディーに進めて、やってみて、だめだったら引っ込める、みたいなのが会社なのかな。

徳田 
NPOでコミュニティを耕して、会社で収益をつくる、ってのが理想的なのかも。会社の方は今日2年目の決算が終わったんですよ。ちゃんと税金も納めることができました(笑)。

北池 
それはおめでとうございます!今日はそんな日だったんですね、お疲れ様でした(笑)。

ほぼ同年代の2人、やっぱり通じ合うことも多い?

実は同じ大きな川の流れの中にいる

北池 
話を聞いていて思い出したけど、私のおじいちゃんも認知症だったんだなぁ。毎朝、近くのイオンに行ってレジカートにオロナミンCとハーゲンダッツをいっぱい載せて、そのまま会計もせずに家までガラガラとカートごと持って帰ってくる。母と叔母が、すいませんって言って毎回お店に返しに行ってたんですが、イオンの店員さんも、道行く人たちも、「ああ、また、あそこのおじいちゃんね」って感じで。地域で認知症に取り組むってこういうことなのかな。

徳田 
そういったことだと思います。それが、全国どこでもそうなればいいなと思って。

北池 
なるほど。

徳田 
そういったことをさらに、社会に届くようにしないと意味がないって思います。

北池 
元NHKディレクターの血が騒ぐ?

徳田 
たしかにメディアの仕事をしていたからこそかもしれないですね。NHKのときは既にある程度世間に知られている情報を伝えていましたが、今はメディアも捉えきれていない素材を社会に発信してる感じ。

北池 
そういった意味だと、手段は変わったけど、前のしごとを続けているイメージ?

徳田 
もっと問題の本質に迫っている気分ですかね。

北池 
なるほど。そして、認知症でも普通に買い物に出かけたり映画みたりできるまちだったらいいなと。

徳田 
ですね。まだまだ、道半ば。これからです。

北池 
これからのご活躍、たのしみにしてます!!

今回の酒場はJR東小金井駅近くの、ひかりや。

プロフィール

徳田 雄人

株式会社DFCパートナーズ 代表取締役。NPO法人認知症フレンドシップクラブ理事。2001年にNHKに入局しディレクターとして番組制作に携わる。医療・介護についての番組制作をする中で、認知証というテーマに出会う。NHK退職後、NPO法人認知症フレンドシップクラブ東京事務局代表に就任。2012年にNPO法人認知症フレンドシップクラブ東京事務局を、2016年に株式会社DFCパートナーズを設立。認知症をテーマに、企業・行政と恊働イベントの企画運営を行う。

株式会社DFCパートナーズ https://dfshop.thebase.in/
NPO法人認知症フレンドシップクラブ http://dfc.or.jp/