そばではたらく
通勤時間1030

ぴくるす屋を営む母の家族愛

結婚、出産、子育てを経て、社会に復帰しようとする女性が増えてきています。その中で、育児と両立しながら自分らしいはたらき方を実現するためには、どのような工夫が必要でしょうか。今回お話を伺ったのは、希少な野菜を使った漬物を手作り・販売されている東京ぴくるすの谷平絵美さん。3歳の娘さんを育てるお母さんでもあります。生活の基盤は、家事と育児。頑張りすぎないはたらき方を模索する一人の女性の物語です。

当初の想いとは裏腹だったお店のオープン

西東京市ひばりが丘にあるSHARE DEPARTMENT HIBARIDOに“伝統と手仕事”をテーマにしたお店、東京ぴくるすが、先月6/22にオープンしました。スーパーどころか、市場に出回ることもごく稀だという江戸東京野菜を使った漬物をメインに、作家ものの陶器などを取り扱っています。

1坪スペースのお店がいくつもあるICHIBA。店舗によって営業日時は異なる。東京ぴくるすの営業も流動的で、基本は毎週金曜10:30〜15:30

このお店の店主であり、東京ぴくるすの販売製造者であり、作品のバイヤーでもある谷平絵美さん。漬物屋として起業したのは2012年のこと。イベント出店、知り合いの店舗で行う販売会、オンラインショップといった、定期的な固定費がかからないスタイルで自身が手作りする漬物を販売していました。いつかは店舗を持ちたい。そんな夢を叶えるべく、今回の実店舗をオープンさせたのかと尋ねると「自分のお店を持ちたいとは思っていなくて」と笑いながら答えます。続けて「お店はどこですか? って聞かれることが増え、金銭面でも蓄えが少しだけですけどできて。住まいのある西東京市で何か始めたいという気持ちが芽生えていた時にHIBARIDOのオープンを知り、娘もこの4月から幼稚園に通うことが決まっていたので、時間もとりやすくなってできるかも?と思ったんです」と、タイミングや縁が見事なまでに合致して今日に至るそう。真摯にしごとに取り組み、ひとつひとつのモノ・コトを丁寧に積み重ねていくことで、形なき未来が具現化されてきています。

お店で取り扱う作品は、谷平さんが私生活で使っている作家さんのもの。「陶器市に足繁く通うほど、陶器の器が大好きなんです」と、店舗で取り扱える喜びはひとしお

専業主婦になりたかった

東京ぴくるすの活動の歩みを着実に進めてきたかのように見える谷平さん。ですが、そこまでの道のりは決して簡単なものではなかったそうです。大学卒業後、営業職に就いたものの「自分に合わないかも」と感じ1年で退職した谷平さんはハローワークの支援制度で少し興味のあった介護職員初任者研修を受講しホームヘルバーの資格を取得します。その後、知的障害者の世話人、ガイドヘルパーに約4年、精神障害者の作業所で約4年勤務。その間、旦那さんと出会い結婚、待望の赤ちゃんを授かります。「結婚して子供を産んだら専業主婦になりたかった。ただ旦那さんの考え方は違っていて。このご時世、共働きかな…」と、出産後もはたらくことを妊娠中に決意します。とはいえ、宿泊勤務もある福祉業界でこの先もやっていけるのか? やりがいを感じながらも、重い悪阻と体調不良、出産後の家事と育児について考えれば考えるほど、不安だけが大きくなっていったと、当時を振り返ります。

福祉業界から異業種へ。つかみどころのない経歴に見えても意味があり、繋がっていました

紆余曲折経て巡り合った運命の野菜

日に日に不安が募っていく頃、谷平さんに大きな出会いが訪れます。それこそが、江戸東京野菜。今や彼女の漬物作りに欠かすことのできないその存在を初めて知ったのは、精神障害者の作業所で作っていた焼き菓子でした。江戸東京野菜の一種・練馬大根をトッピングとして使っていた時は、たくさんある中の一材料でしかなかったそうですが、精神障害者の作業所で作られた製品・食品を販売するために出店したとあるイベントで江戸東京野菜を販売しているブースを発見、それが運命の出会いだったと話します。「種類の豊富さ、美味しさ、歴史、活動背景、すべてに感銘を受けました。東京にこんな素敵な野菜があるの!? という衝撃、そして一人でも多くの人に知ってもらいたい、届けたいという“使命”みたいなものを強く感じましたね」。出産後のはたらき方に迷い、退職を考えていた谷平さんの背中を江戸東京野菜が、ポン!と押してくれたのです。

40種類以上の品種がある江戸東京野菜。食感と風味は、野菜の概念を覆すほど。野菜の個性をそのまま生かしているので、大きさも形もバラバラ

自分の“好き”をブランドに

組織や企業に属さず、江戸東京野菜に携わるしごとを自分で生み出す。直感を信じ、手探りではたらき方を探す日々の中での原動力は“食べるコトが好き、かわいいモノが好き”という想い。それらをしごとに活かすために素材の美味しさをどう伝えるか、日持ちさせるにはどうすればいいか、老若男女問わずに好まれるものとは? など商品としての価値観も合わせて考えた末に、谷平さんが辿り着いたのが漬物でした。「私、漬物が好きで旅行に行くとよく買うんです。だけど、焼き菓子みたいにかわいくなくて、パッケージって渋い。美味しいのに何かもったいない気がしていて…だから、かわいいお漬物を作ろうと思いました」。好きなコトに取り組むからこそ、情熱もアイデアも圧倒的です。とはいえ、料理好きなわけでも、日常的に漬物を作っていたわけでもない谷平さんには、知識も腕もありません。「はたらきたいわけではなく、はたらかなくてはいけない。だけど、漬物であれば、無理することなく調べたり、考えたり、試作したり、ずっと続けられると思いました。好きだから」。そうして、誰かに教えてもらったり、スクールに通うこともなく、独学で自分にしか作れない漬物を完成させるのです。

コンセプトは“美味しくてカワイイ江戸東京野菜お漬物”。パッケージを瓶詰めにしたのは、野菜の形、断面のかわいさを見せるため。ハーバリウムのような美しい漬物は、野菜の風味が力強く、後味も豊か

家族を一番大切に

前職を退職してから出産するまでの谷平さんは、イベントに出店したり、漬物の試作やレシピを考えたり、コツコツゆっくり丁寧に漬物と向き合う毎日を過ごします。「私の中で重きを置くのは、いつだって家族。家事や子育てに支障をきたすようなはたらき方はしない、と決めています」と話すように、出産後しばらくは東京ぴくるすの活動を休止していた時期もあったそう。常に自分の力量を知り、できること、できないことをきちんと見定める。しごとの依頼も即答はしない。家庭だけでなく仕事で迷惑をかけないために、またこのしごとを継続させるためにも重要視していることで、それは実店舗を構えた今も同じです。“できる範囲”をモットーに一歩一歩、無理せず焦らず。日々の営みも仕事も自身が心地いいと感じる距離感、等身大でいられることこそが、新たなる一歩に繋がっているようです。(新居)

「今後は、営業日を週1回から2回、3回に増やしたり、HIBARIDOを飛び出して店舗を構えることがあるかもしれない?」と谷平さん

プロフィール

谷平絵美

江戸時代から継承されている伝統野菜江戸東京野菜の認知度を高めるため、東京ぴくるすという屋号で漬物店を開業。野菜の仕入れ、仕込み、瓶詰めなど、すべての工程を自らで行う。販売はSHARE DEPARTMENT HIBARIDOのICHIBA、オンラインショップ、イベントなど。営業日時、イベント出店日は、HPとSNSで公開中。
https://tokyo-pickles.stores.jp/