地元の空き家をスナックしようぜ

2018.07.19
地元の空き家をスナックしようぜ

“自分が心地よいと思える環境を追い求める”。何かの活動を始めることにおいて、これほどまでに純粋な感情はないのかもしれません。調布市で生まれ育ち、そして活動を続ける薩川良弥さんが満を持してはじめた空き家活用プロジェクトである、空き家を“スナックする”会。その活動の裏側には、彼が想い描くこれからのまちのあり方、そして、コミュニティのつくり方が存在していました。

調布・深大寺近くの空き家での挑戦

調布市にある深大寺、都内でも有数の歴史の深いこのお寺の周辺には、たくさんのお蕎麦屋さんが軒を連ねています。その中でも、とりわけ大勢の人で賑わっているお店、看板には“いづみや”の文字。さぞかし美味しいお蕎麦屋さんなのだろうと近づいてみるとそこに集っている人達は、観光客というよりも近所に住んでいる親子や若い世代。よく見るとお蕎麦屋でもありません。その店内では、あんみつをつくるワークショップが開催されていたり、はたまた子供が自分の手で作った雑貨を販売するお店を営んでいたり…。

そして、その中心で忙しそうに走り回っているのが、今回の主役である薩川さんです。彼がこの場所で活動を始めたのは2017年の12月。それまでは何年も使われていない元蕎麦屋の空き家がわずか半年の間で、たくさんの人が訪れる場所へと姿を変えたのです。その経緯はどのようなものだったのでしょうか。

「本来の目的は単純なものでした。まずは賃貸契約をして、今日と同じような活動を始めていこうと思っていました。けれど、正直なところ自分の事業プランもリスクが高くて、二の足を踏んでいて…。ですので、無理を承知でオーナーさんに『空けたままにしておくよりも場所の認知を広げながらニーズや運用方法を探っていくために、期間を決めて活用させて欲しい』と相談したんです。すると、“深大寺エリアの活性に寄与するために、この空き店舗ができることを一緒に探していこう”と想いを共鳴できた感覚がありました」

そんなやりとりの末、「1 日単位での活動であれば」ということで、オーナーとの個人間のコミュニケーションに発展したのが2018年の1月。その後、3月に、空き店舗を“スナックする”会と称したアイデアを出し合うイベントを実施。そこで生まれた参加者のアイデアを実現するための数回に渡る大掃除を経て、5月の末から実際に活用を始めたそうです。以降は、毎週末にワークショップイベントやトークショーなどを精力的に開催。「ある意味で今日はその集大成ですね」と、半年前とはまるで違う表情を持ったいづみやを眺めながら、嬉しそうに話してくれました。

この日は、カレーワークショップ、子どもの雑貨作り&販売体験、あんみつワークショップの3つのイベントを開催。老若男女から、外国人の参加も。
この日は、カレーワークショップ、子どもの雑貨作り&販売体験、あんみつワークショップの3つのイベントを開催。老若男女から、外国人の参加も。

コミュニティづくりへの奔走と、不動産事業への興味

たくさんの人の笑顔が溢れるいづみやの夢のような風景。その風景へと辿り着くために、薩川さんが歩んできたことは、地道ながらも自身の想いを着実にカタチにしていく作業でした。もともとはダンサーとしての道を模索していた薩川さん。20代の頃はカフェやイベントスペースの運営に携っていました。転機が訪れたのは28歳のとき。知り合いの紹介で調布市のコワーキングスペースの運営者となり、そこから三年間、コミュニティづくりに奔走。それと同時に、まちづくりへの興味から個人的な活動としてウェブメディアを運営。生まれ育った街・調布市の人を発信し続けました。しかし、そこにはひとつの壁があったと話します。

「メディアとして調布で活動する人を取材記事を制作・発信していたのですが、それによって自分の目指すまちづくりには繋がらなかったんです。また、メディア自体も収益化ができず、ビジネスにできないから、記事を執筆して発信するという作業の持続もできませんでした」

外側から地域の主体性を引き出す活動ではなく、自分自身がプレイヤー・当事者として何ができるかという想いが芽生えはじめた薩川さんは、コワーキングスペースの運営から退き、千葉県松戸市でまちづくりに取り組む会社に参画。一年間、空き家とクリエイターを繋ぐ事業に打ち込みました。

いづみやで我が家のように過ごす薩川さん。深大寺と新緑の美しい眺めのある空き家です。
いづみやで我が家のように過ごす薩川さん。深大寺と新緑の美しい眺めのある空き家です。

不動産事業に可能性を見出す

調布と松戸市の往復の日々の中で、薩川さんの頭の中でカタチづくられていった構想は、“空き家を活用したコミュニティ運営”。調布でのコミュニティ運営や松戸での不動産事業での経験に、空き家問題も組み合わせるという薩川さんならではの、アレンジした結果の賜物でした。

「“地域が豊かになる”という大きな指標を頼りに活動してきて、そこに必要なのはやっぱり“人”だったんです。一方で、調布のような地域の空き家活用に関しては、遠くから人を呼ぶのではなく、近い距離感の人だけでも成り立つ形の発明が必要だなと。そういった小さなコミュニティの中で成り立たせることが、長く続くお店づくり・まちづくりには不可欠だなと感じていて」

続けて話します。

「けれど、地域という小さなコミュニティの中でお店を始めようにも、借りる側のリスクが大きすぎて。そのリスクのせいで、新しいことがはじまらないのが勿体無くって」

そして、辿り着いた手法が、“みんなでやる”というお店の運営スタイルでした。誰もがリスクの少ない状態でお店づくりに参加できる環境づくりの必要性に気づいたそうです。

薩川さんが可能性を感じる“空き家を活用したコミュニティ運営”。実際にやってみることで、オーナーさんも、出店者もお客さんも、そして、自身も気づくことが多いそうです。
薩川さんが可能性を感じる“空き家を活用したコミュニティ運営”。実際にやってみることで、オーナーさんも、出店者もお客さんも、そして、自身も気づくことが多いそうです。

発信者と受信者の境目を曖昧にする

薩川さんが、空き家を活用したコミュニティ運営に取り組むにあたって、キーワードにしている言葉があります。それこそが“スナック”。この言葉の真意はどのようなものなのでしょうか。

「別に空き家でスナックをやりたいわけではないんですよ(笑)。でも、その運営スタイルを紐解いてみると、そこには店主であるママがいて、そこに集う常連さんがいて、 お客さんは純粋にお酒を飲みに求めているのではなくて、ママや他のお客とのコミュニケーションを求めてるんですよ。その感覚、SNSを使う今の若い世代が求めているものと似ているなって感じて、発信側と受信側の境界が曖昧になって、参加しているみんなが盛り上げ役になる。その現象をつくる会を、空き家を”スナックする”会と定義してフェイスブックで発信したらものすごい反応があって、これはイケる!って」

薩川さんが立ち上げたフェイスブックグループである、空き家を”スナックする”会は、現在200人前後の参加者。その中には、未来のプレイヤー候補が多数潜在しているのだとか。

「そのグループの雰囲気やカラーは参加している人の空気感で勝手に決まっていくもの」と話す薩川さん。自身ははじめのコンセプトづくりに専念して、以降は参加者が自主的に意見を交換し合っているそうです。それこそが薩川さんが目指す“スナックしている”状態なのでしょう。

この日のプログラムも、たくさんの意見の中から、率先して手を挙げてくれた参加者と作り上げたもの。
この日のプログラムも、たくさんの意見の中から、率先して手を挙げてくれた参加者と作り上げたもの。

空き家オーナーのパブリックマインドを知る

これからも空き家を活用していくために、大きなハードルと言えばオーナーとの交渉です。そもそもオーナーが空き家を抱えているという現実に困っていないと交渉の余地もなく、むしろ放っておいた方がメリットがあることも少なくありません。 家族との思い出があったり、お金に困っていなければ純粋に手間が増えるだけだったり…。薩川さんは、交渉する上でカギになることは“オーナーのパブリ ックマインド”の有無だと話します。

「“自分が所有している空き家を活用することでみんなが喜んでくれる。そして、それが自分にとっての喜びでもある”という気持ちをオーナー自身が持っているかどうか。空き家活用の初動段階ではとても必要ですね。一方で、空き家問題の責任をオーナーばかりに押し付けるのも違和感があります。オーナーだけではなく、活用する側の人間にもパブリックマインドが必要だと思うんです。文句を言うだけではこの問題は解決しない。空き家活用問題は、貸主、借主、使いたい人、地域の方など、地域社会のステークホルダーが、どの様な形でリスクを分け合うかと言う問いを前提にしないと動かないと思います。そのリスクの分配方法の新しい形として”スナックする”世界を作り出したいんです。オーナーと同じ目線で取り組めると、そこに持続力が生まれるんです」

時には気持ちを共有できずに折り合わないオーナーと出会うことも。その場合は潔く身を引くことも忘れてはいけません。オーナーの話を聞いてその人の感情のフックを知る。そこに対して自分がアプローチできる可能性をこれからも探っていきたいそうです。

薩川さんが運営しているウェブメディアPatchwork Chofu。オーナーの話を聞く手段として、今こそ、地域メディアの必要性を再度感じ始めているそうです。
薩川さんが運営しているウェブメディアPatchwork Chofu。オーナーの話を聞く手段として、今こそ、地域メディアの必要性を再度感じ始めているそうです。

新しい価値づくりをするために

いづみやでの活動の目的は“ここに集う人達でつくるコミュニティを強くする” こと。そのため、この場所での活動はあくまで通過点で、今後もこのコミュニティと共に新たな場所での活動へと広げていきたいと話します。

「お金を稼ぐこと以外でも価値のあることがたくさん生まれてきていて、そこに突き進んでいけば必ず大きなインパクトを起こせるはずなんです。今は、モノやサービスを与えられているだけではなく、もっと自分が参加する、担い手になる、そういう時代です。さらに言えば、適度な余白と秩序を与えたときに人は自発的に動き出す、その現象をみんなでつくる過程にこそ人の興味は移ってきていると感じています。僕はそのニーズをどうすれば地域の主体性と紐づけていけるかを探しているんです」

しかし、その新しい価値づくりも決してボランティアではありません。あくまでも事業として数年後に成熟させるために、今はコツコツと続けていく段階です。

「空き家問題という社会の課題に対して、コミュニティの力を借りながら、新しい解決方法を生み出していける様に、僕なりにこの活動を進めています。お金の損益勘定的な話だけではなく、個人が感じる豊かさみたいなものも含めて価値化できる事があると感じていて、その価値全体で物事が循環する世界をみんなで実現させてみたいんです」

あらゆる場面で、自分が心地よいと思える環境を常に追い求め続けてきた薩川さんだからこそ、彼の下に集い生まれたコミュニティ。人を巻き込みながら新しい不動産の価値とたくさんの人の笑顔を生み出していく薩川さんの壮大な挑戦は、まだまだ始まったばかりです。

誰よりも笑顔が素敵な薩川さんだからこそ集う仲間とともに、これからどのようなコミュニティが生まれてくるのか楽しみです。
誰よりも笑顔が素敵な薩川さんだからこそ集う仲間とともに、これからどのようなコミュニティが生まれてくるのか楽しみです。

プロフィール

薩川良弥

空き家を“スナックする”会、主宰。コワーキングスペースの運営や、不動産活用事業に関わった後、“空き店舗の魅力を生かすこと”をテーマに掲げ、空き店舗の状態のままで期間限定ショップを開くことによる価値を生み出す活動を行なっている。合同会社パッチワークスの代表として、野外映画上映イベント・ ねぶくろシネマなど多数のイベントも主催。
空き家を“スナックする”会 オンラインサロン
https://www.facebook.com/groups/430876064019676/

Patchwork Chofu
https://patchworks.co.jp

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