そばではたらく
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バイオリンに魅了された職人

岩崎工房は、主にバイオリンの修理や調整をメインに行う工房です。駅から歩いて15分ほどかかる立地ですが、お客さんが絶えることはありません。人気の秘密はどこにあるのでしょうか。主宰の岩崎清夫さんに、しごとで心がけていることや、この道を志したきっかけなどをお聞きしました。

お客さんが途切れない人気の工房

JR中央線武蔵小金井駅南口から、緑ゆたかな国分寺崖線の坂道を下った静かな住宅街の中に、岩崎さんの工房はあります。看板はなく窓から見えるバイオリンが目印。ここにはどんなお客さんがやって来るのでしょうか。

「昔からのお客さんや口コミで来る人が多いです。海外在住で演奏会のたびに調整に訪れる方もいらっしゃいます。駅から遠いのに、わざわざ来てくださいますね」

バイオリンの音色は湿度に影響されやすいため、半年に1度程度の調整が必要になります。日本人は細やかで、コンディションを気にする人が多いそう。逆に外国人はあまり気にしない人が多く、調整して音を良くしてあげると驚いて、それをきっかけにリピーターになることも。調整の仕方は人それぞれで、好みもありますが、自分の楽器のパートナーとして、多くの人が岩崎さんを認めているといえます。

窓辺に見える楽器が看板変わり。喫茶店と間違えて入ってくる人もいるそう

職人に求められるコミュニケーション能力

「調整によって音の出方がまったく変わってくるので、プロはものすごく細かいところまで要求してきます。それに答えられるかどうか、というところなんですけど」

職人の腕のみせどころですが、大事なことは技術だけでなく、お客さんが本当に求めていることを感じ取ることだと言います。

「黙々とやっていたのでは、お客さんの要望は分かりません。例えば、この音が鳴らない、という訴えにも、どんな風に鳴らないのか、お客さんが何を感じてその言葉にしているのかを汲み取って、うまく調整してあげる。そうすると満足してもらえます」

職人というと技術がすべてのように感じますが、お客さんとの要望を汲み取るコミュニケーション能力が重要だそうです。

お客さんの要望を聞きながら調整します

作業の「見える化」が信頼につながる

お客さんとのコミュニケーションを大切にしている岩崎工房ならではの設備があります。それは、対面式の作業台。お客さんの目の前で、対話しながら作業が出来るようになっています。通常のお店では工房を分けるか、見えないところで作業が行われるのが一般的。

「お客さんの前で楽器を傷つけるリスクがゼロではないですけど…。それよりも、楽器の修理や調整を見ることは、お客さんにとっても良い経験になると思うんです」

学生時代にたまたま行ったお店で楽器の扱われ方に疑問をもった経験から、岩崎さんは独立以来ずっとこのスタイルでやってきました。作業を「見える化」することが、お客さんの信頼につながっているのでしょう。

作業中の手元がよく見えます

自分の一生をかけられるしごととして

岩崎さんとバイオリンとの出会いは、大学生のとき。音楽をやってみたいとオーケストラのサークルに入り、ビオラを担当します。それまで音楽教育を受けたことはなく「吹奏楽とオーケストラの違いも知らなかった」岩崎さんは、そこで初めてバイオリンに触れ、その形に魅了されました。

「なんだろう、この形は、って。それまで見たこともなく、音の出る仕組みも、弓に馬の毛が張られていることも、何も知らなかったので」

もともとモノづくりが好きで、遊びで木彫をやっていたという岩崎さん。機械が好きで航空やロケット関係への進路を考え機械工学科に入ったものの、将来の進路について考えたとき、何か違うと感じていました。大きなものの一部ではなく、最初から最後まで自分の手で作ることへの憧れがあったといいます。

「バイオリンについて調べると、最初から最後まで自分の手で作りあげることができるものなんだって分かって。そのとき、ああこの世界というのは自分が一生かけてやっても足りないくらいの深いものがあるんだろうな、と思ったんです」

そんなとき、サークルにトレーナーとして来ていた一流演奏家が使用していたバイオリンを見て惚れ込んだ岩崎さん。楽器制作者を教えてもらい、都内にあった工房をアポなしで訪問し、弟子入りを志願します。「死ぬかと思うくらいドキドキした」そうですが、「楽器職人になりたい」という強い想いが、行動につながりました。

モノづくりが好きなのは、家業が畳屋だったことも影響しているかもしれません

お金がなくても、人脈でなんとかなった

紆余曲折のすえ入門を認められた岩崎さん。大学には行かずアルバイトをしながら風呂無しアパートに住み、工房スタッフに指導を受けながらのバイオリン修行の日々が始まりました。当初は給料はなく丁稚奉公のようなものでした。

「音楽の世界なんかでやっていけるわけがない、と親には泣かれましたが、迷いはありませんでした。職人の世界はいろいろで、クラシック畑でない人や、楽器を弾けない人も多いんですよ」

大学を辞めてしばらくしてスタッフとして手当をもらえるようになり、駆け出し職人としてのキャリアを重ねていきました。その後の8年間で、ほかの工房も合わせて3カ所ほどで、雑用や経理などもしながら腕を磨きました。

そして2001年に友人と共同で、バイオリンの販売とメンテナンスのお店を千駄ヶ谷で開業します。資金はどう工面したのでしょうか。

「ゼロからのスタートで、ほとんどお金かけてないです。借りることもしていません。そのとき出来るところから、とにかく始めたんです」

同業者が探してれた安い物件を借り、内装は知り合いに頼みコストダウン。知り合いの音大生やプロ演奏家に声をかけ、楽器を買ってもらうことが出来たことも大きかったそうです。楽器は単価が高いので、在庫を持つのは大きな負担になりますが、横のつながりが強い業界ゆえ、問屋さんから借りることが出来ました。楽器を売ったお金で少しずつ設備などを整えていったそうです。

その後の2003年、ちょうど結婚するタイミングと重なり、国分寺に自宅兼工房となる一軒家を借りて岩崎工房として独立。このときもほとんどお金をかけなかったそうですが、独立することへの気負いは特になかったようです。

「その頃には技術的にも上達して僕個人についてくれるお客さんがいたし、業者さんとのつながりもたくさんあって、そういう人がバックアップしてくれる部分もあって。なんとかなるかなと。夫婦ふたりで喰っていける稼ぎがあればいいと思って、一軒家の一室に工房をつくる形で始めたんです」

工房の内装は自分で手がけ、道具を収める棚なども自作。大きな工作機械は必要ないため、設備投資にお金はほとんどかかりませんでした。

「お金持ってるわけじゃないし、とにかく経費がかからないようにしました。買いためてきた道具があるので、それがあればあとは何とでもなる、と」

独立のハードルが高く感じなかったのは、長い経験で得た確かな技術と人脈があり、特別な設備投資が必要ないことが大きかったと言えそうです。

住宅街の一画にある工房。周辺の環境はとても気に入っているそう

音楽を通じて広がる交流の輪

その後、子どもが生まれたことを機に小金井に移り住み、2018年1月に自宅近くにある現在の工房へと辿り着きました。のびのびと子育てができる環境で、野川も近く、犬の散歩にも最適なところがお気に入りだそう。

「自分が知らない話を聞くのが楽しい」という岩崎さんは、バイオリンとは関係のない訪問者に対してもおおらかで、近所の子どもや、隣接するデイサービスに通うお年寄りが寄っていくなど、工房はちょっとした社交場にもなっているそうです。

頼まれて近所で演奏するなど、多忙ななかでも地域で交流しながら、楽しそうにはたらく岩崎さん。今後の展望を尋ねると、「工房を改装して、音楽教室やサロンコンサートを開きたいですね」と、さらに交流が広がりそうな夢を教えてくれました。

とはいえ職人としての仕事はいつも山積み。すぐの実現は難しそうですが、あらたな交流がここから生まれる日が楽しみです。(安田)

プロフィール

岩崎 清夫(すみお)

1973年三重県生まれ。都立大学を中退してバイオリン職人に弟子入りし、数カ所の工房で修行したのち、2003年に独立して岩崎工房を立ち上げる。国分寺や明大前など数カ所を経て、現在は東京都小金井市に工房を構える。主にバイオリンの修理・調整と、制作も行っている。

岩崎工房
Liuteria Iwasaki
所在地:東京都小金井市中町1-7-29
電話:042-316-4248