ちょっとした記事

見出される多摩丘陵のポテンシャル

郊外への注目が集まっています。戦後に作られた団地の再開発、都市農地の活用を後押しする法律の施行など、都心ではたらく人々のベッドタウンとして戦後存在してきた郊外に、様々な分野で新たな風が吹き始めています。
そのような動きの起点の一つになっているのが、電鉄各社による郊外の沿線開発。ニュータウン居住者の高齢化や都心への人口流出などの実情も深刻さを増していく中、どのように沿線価値の向上を図り、将来にわたって鉄道利用者を得られるまちづくりを行なっていくかが課題となっています。同時に、働き方改革をはじめとする“はたらき方・暮らし方を見直そう”という時流に乗り、暮らしの現場である郊外の可能性を活かした、これまでの常識とは異なるチャレンジが各地で進められています。

この春、小田急電鉄がシェアオフィスを核とした複合施設「ネスティングパーク黒川」を開設します。場所は、小田急多摩線の黒川駅の前。新宿駅からは新百合ヶ丘で1度乗り換えて29分。1日の平均乗降人員は1万人に満たない各駅停車の駅です。
近隣の団地には多くの定年世代が暮らしており、また、駅前は長年空白地帯となっているなど、人の滞留やまちの活性化が課題となっている一方で、駅近くには川崎市の工業団地マイコンシティや明治大学の農業研究用の農場などがあり、今まさに発展を続けているまちでもあります。

ネスティングパーク黒川は、“働く、遊ぶ、暮らすのあいだ。”をテーマに、これからの郊外において駅前施設のロールモデルになるべく企画されました。その模索の一つとして、郊外に焦点を絞ったトークイベント「いつまで都心で働くの?郊外にある新しい暮らしと働き方」が、3月14日(木)の夜、3331アーツ千代田にて開催されました。

イベントの告知後、わずか3日で満席になったというスピード感に関心の高さが感じられます。

イベントは、4名の登壇者がそれぞれの事例紹介とトークセッションを行うプログラム。住宅やまちの情報に詳しい方、郊外で新しいはたらき方を実践する方々とともに“新しい郊外とは何か”を考えながら、これからの郊外の可能性を探っていきます。

変わりはじめた郊外

ネスティングパーク黒川の企画を行い、イベントのモデレーターも務めたブルースタジオ専務取締役の大島芳彦さんは、これまでは住む場所として均質で画一的に開発されてきた郊外が、多様性のあるユニバーサルな場所へと変わり、“選ばれる郊外・選ばれるまち”になっていくことが大切と言います。郊外というと、どこへ行っても同じような駅前の街並みが広がっているというステレオタイプのイメージが出来上がっています。しかし大島さんは、人々の暮らしが営まれてきた中で生まれた個性を見つけ、まちの個性としていくことが可能ではないかと考えられています。

また、日中郊外にいることが多い主婦や定年世代を含め、個々人の持つスキルは高まっている一方で、まちの中で関係性を築いて力を発揮できる機会がない現状を指摘。最も必要なのはそうした機会を求める人が参加可能な場を作るということであり、その実現のためには、危機感が薄い都心や中心市街地の表通りではなく、郊外にこそチャレンジがしやすい土壌があると語りました。

建築設計に留まらず、企画やコンサルティングなどまで手がけるブルースタジオ。大島さんはリノベーションスクール発起人の一人でもあります。

職住近接などの自分らしいはたらき方を求める人が増加していく中で、郊外は、はたらく場所の一つになりはじめています。例えば、家族で郊外に引っ越し、その場所にサテライトオフィスを構えたり、自宅でテレワークをしながら週に一度は都心の会社に出勤するなどの多様なパターンが生まれています。

リクルート住まいカンパニーでSUUMO編集長を務める池本洋一さんは、そのような多様性が生まれる背景には、地域のブランド性にお金を払わない傾向にあるミレニアル世代の存在や、駅近よりも保育園が近い方がいいといった価値観の変化も影響していると言います。「自分で暮らしを変えられる可能性がある」と気づきはじめた人が、居住地やはたらく場所を移す動きが増えており、働き方改革と郊外のあり方は連動している部分があると実感されているそう。
都心で消費するという心持ちで郊外に住むのではなく、自分で生み出していくという「消費から生産する郊外へ」の移り変わりが、新しい郊外の一つの形ではないかと言います。

家自体のあり方も多様化していると話される池本さん。リノベーションによって共有部ワークスペースやファミリーライブラリーなどの先進例ができ、それをマンションディベロッパーが採用するという流れが最近の主流なのだそう。

自分らしい人生を実現するフィールド

愛知県の郊外でお惣菜店を営む中根利枝さんは、場を作ってみたら、自分らしいはたらき方や暮らし方をしたいと思っていた人がたくさん集まってきたと言います。中根さん自身、出産を機に会社員時代から生活がガラリと変わり、「ママである私も、“何かのため”からまずは自分のために」「自分らしく心地よい暮らしを見つけてもらえるように」という想いのもと、食・しごと・教育の3つを軸にした事業をスタートされたのだそう。

また、郊外での活動の方が個人の顔が埋もれずゆるい繋がりをキープしやすいと話されたのは、神奈川県の郊外でエリアリノベーション活動を行う田村寛之さん。郊外には、都心より家賃が低く一歩目のチャレンジがしやすいことや、中央の動きを客観的に見られるといった利点もあると話します。お2人の活動のように、稼ぐことが第一義ではなく、社会課題を解決しようという目的があることも、暮らしの現場である郊外において人を集め動かす大きな理由になっています。

(写真左から2番目)地域の子育てママや女性がほしい暮らしを育む場所として、元家具屋をリノベーションした空間にwagamamahouse(わがママハウス)を2016年オープンした中根さん。女性がはたらくことを通じて、子育てや地元農家の支援を行い、世代や地域の循環を生み始めています。(写真左から3番目)自分が楽しんでいる姿を見せることがコミュニティ作りには一番効果的とサニーワンステップの田村さん。地域ボランティアの企画、コワーキングスペースやビール醸造所の運営も手がけています。

“郊外(もり)に巣をつくる”

郊外への注目、そして今回のイベントで取り上げられたような社会状況や活動事例は、これからの郊外が暮らしからしごとまで一人ひとりの人生そのものの舞台として、画一的なまちづくりのベッドタウンからさらに変化していくことを予感させます。

そんな郊外の大きな可能性にかけて開設されるネスティングパーク黒川は、デスクワークだけでなく、店舗やワークショップの場としても利用できるシェアオフィスが核となります。また、敷地内にカフェや広場なども設けることによって、地域コミュニティの拠点として、地域住民同士の交流機会を生み出していくことを目指しています。
どのような人が集まり、黒川のどのような“個性”が作られていくのか。まちのコミュニティ作り、駅前空間の活用、主婦や定年世代の起業など、多方面からの期待が高まります。(國廣)

ネスティングパーク黒川
http://nestingpark.jp/