そばではたらく
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カウンセラーからジェラート屋へ

開店から3年、武蔵小金井の住宅街にありながら着実に認知度を高めている和風ジェラートおかじTOKYO。「いらっしゃいませー」と朗らかな笑顔で迎えてくれたのは、店主の山本絢さん。大学進学を機に、地元の新潟から上京した山本さんが、どうしてこの街でシェラート屋を営むことにしたのか。20年という軌跡を辿ります。

転換期をもたらした恩師の言葉と接客業

四季がある日本の食材は、人を自然とにっこりさせる五味で満ち溢れています。屋号に“和風ジェラート”と銘打つ、こちらのお店で用いられる果物と野菜は旬の国産のみ。武蔵小金井周辺の契約農園から直接仕入れる素材もあります。山本さんの故郷である新潟で収穫された村上ほうじ茶のほか、定番の濃厚みるく、抹茶などから販売をスタートしたジェラートも、その種類は年々増えていき現在では季節限定品も含めて30種類ほど。店頭には、常時10種類のジェラートが今にもとろけ出しそうに並んでいます。

元々パティシエだったのか、それともジェラート好きが高じて独立することを選択したのか。山本さんの経歴について伺ってみると、全く違う職種だったことに驚きます。大学では心理学を専攻し、卒業後はカウンセラーを非常勤で3年、自閉症・障害者の支援施設で正社員として約5年はたらきます。結婚と出産を機に一時休職するものの、復帰後はジェラート屋を始める直前まで、実直にキャリアを積み上げてきました。

“カウンセラーというしごとはサービス業じゃないかな。見返りを求めず、相手の想いを汲むことが必要不可欠だから”

これは、恩師からもらったひと言。学生時代、カウンセラーを目指しながらも「これが私のやりたいこと?」と迷いを感じていた山本さんは、社会人になり、本業と並行してはじめた接客のアルバイトの中に、カウンセリングと飲食店を繋ぐヒントを見つけたそうです。

「カウンセリングって目に見えないからその価値が定義しづらいんです。その中に自分の役割を見出せなくなっていて。でも、飲食店の場合は明確ですよね。料理には価格があり、接客は基本サービス。でも、美味しい食事だけが人を元気にさせるわけではなく、店員と話すことで『元気でた!』となるお客さんもいる。飲食店では7年ほどはたらきましたが、そういうことか、と、自分の中でしっくりきたんです」

飲食店以外ではたらくことはやりがいがあり、自身の成長にもつながり、向いてもいたと振り返る山本さんですが、人を元気にすることから飲食店を営む布石が打たれていたのかもしれません。

ふらっと立ち寄れて、ほっとできて「今日もがんばろう」と元気になれるお店が作りたかった、と話す山本さん。お客さんだけでなく業者の方とも和気あいあい。

「ショーウィンドーをのぞけば、季節が感じられますよ」と、フレーバーは食べごろの素材がいろいろ。

しごとと家事と育児の狭間で築いた居場所

山本さんが飲食店をはじめるに至ったきっかけは、育児休暇中の日常生活からでした。旦那さんはしごとで家を不在にしがちなので基本ワンオペ育児。出かけられる場所も限られていて、家と決まった場所を往復する毎日です。

「子どもを連れて行けて、一人でも気楽に立ち寄れて、元気になれる場所があったらいいのに…と漠然と思っている最中、旦那さんに何の気なしに話すと『自分で作っちゃえば』と背中を押されて…」

旦那さんの後押しは精神的なものには留まりませんでした。まず先に決まったのは営業場所。武蔵小金井にある旦那さんの実家の物置が店舗として改築されることに。大学卒業後のアルバイト経験から「飲食店がやりたい」と想い、パッと思い出したのが出身地である新潟で小・中学生の同級生が開業した和風ジェラートおかじ。以前、おかじ立ち上げの際、お店のコンセプトづくりやレシピ開発のお手伝いをしていた山本さんは「屋号を使ってジェラート屋をやりたい」と懇願し、おかじ東京店として暖簾分けすることになったのです。

「旦那さんの実家を改装した店舗は、広いとは言えない限られたスペースで目の前には上の原公園。ジェラート屋なら対面販売もできる。コレだ!って思いました」

仕込みや作り方、提供方法、経営についてのノウハウは、新潟の店舗ではたらきながら習得。出勤時は、実家の両親に子どもを預けることができたのも大きかったと当時を思い返します。こうして、育児休暇の何気ない想いから、周囲の理解、そしてご自身の行動力が実を結び、2016年に和風ジェラートおかじTOKYOがオープンしたのでした。

1階が店舗、2階が旦那さんの実家で現在は山本さん家族の住まいに。

店舗に隣接する、マンションの1階を賃貸契約。飲食スペースとして解放しています。奥にはSNS映えも期待できる、特大の顔ハメ看板。和風ジェラートを広めるために、できることをコツコツと。

食材そのものを食べているようなみずみずしさ。ジェラートの仕込みは、基本山本さんが行います。

“お互いさま”の精神から生まれるはたらきやすさ

自らの飲食店を持ち、食と接客を通して人に元気をもたらす居場所をまちにつくった山本さん。お客さんに対してだけでなく、スタッフのはたらき方に対しても山本さん自身の想いを反映しています。勤務時間は2時間から常にスタッフを募集しているそう。「小さいお子さんがいる方でも全然気にせず、ぜひはたらいていただきたいんです」と、自身が育児で感じた想いが源にあるからこその言葉です。また、スタッフは近隣で住んでいる主婦の方が多く、山本さんと同じように小さな子を持つお母さんも。子どもは病気にかかりやすく、保育園に預けていてもお迎えの連絡が来ることも少なくありません。

「そんな時、スタッフには『お互いさまなので気にしないで』って伝えています。自分が外ではたらいていた時に大変さを感じることもあったし、子どもが小さくても“はたらきたい”と思う気持ちは大切にしたいんです」

店頭での接客、ジェラートの仕込みやテイクアウト・通販専用のカップ詰めなど、山本さんはお客さんだけでなく、はたらく人の居場所も築き上げています。

店舗オープン後に、山本さんは2人目の子を妊娠。出産直前も出産後も店頭に立ち、子どもが眠った時にジェラートの仕込みを進めていたのだとか。「妊婦とは思えないくらい動いていましたね」と笑います。

美味しいジェラートを届けたい、ただそれだけ

おかじといえば、「可愛らしいキッチンカーで見たことがある」と言う人も少なくないかもしれません。キッチンカーは拠点を持たずに営まれていることをイメージしますが、おかじは実店舗とキッチンカーの両輪での営業。これはひとえに、より多くのお客さんに和風ジェラートおかじTOKYOを知ってもらいたいという想いから、山本さんご自身がかねてから挑戦したかったことでもあります。

「美味しいジェラートづくりはもちろんですが、もっと自分の足を使って広めていきたいんです。地元である新潟の村上ほうじ茶、そして武蔵小金井周辺で収穫される旬の食材の魅力と美味しさを届けたいと思っています」

キッチンカーでの活動をスタートさせて約2年、東京都内で開催されるイベントに不定期ながら出店し、1人2人3人…と着実にファンを開拓しています。実際にキッチンカーでジェラートを購入した人が、「美味しかったから」と店舗にまで足を運んでくれたり、オンラインショップで注文してくれることも。順調に進んでいるように見えるおかじの営業ですが、実際はようやくスタートラインに立ったところ。開店から3年が経ち、売上はうっすらと安定の兆しも見えつつありますが、自分のお給料が出せるようになったのも、つい最近のこと。それでも山本さんは笑顔を絶やすことなく、どこまでも前向きです。

「ひとつひとつのことを元気にきちんとやっていれば、結果は後から必ずついてくると思っています。せっかく、たくさんの人の協力をいただいてつくった居場所ですからね」

カウンセラーや接客業の経験を土台に、地元愛と旬も込めた自家製ジェラート。そこに「元気が出る」おもてなしという付加価値を添えて。ジェラートがある日常は、山本さん自身だけでなく、お客さんやスタッフの暮らしをより豊かにしているようです。(新居)

移動中でも見てもらえる、印象に残ることを意識したパッケージに。身内でラッピングを手がけ、屋号と合わせて稲穂と山のアイコンも。

出店時はどのキッチンカーよりも目立つようにオリジナルののぼりとタペストリーを設置。

プロフィール

山本絢

和風ジェラートおかじTOKYOの店長。カウンセラーというキャリアを経て、2016年に和風ジェラートおかじの暖簾分けとして開業。食材の美味しさをそのまま表現した、香料や着色料不使用の手作りジェラートを製造・販売する。不定期でキッチンカーの出店も行う。

和風ジェラートおかじTOKYO
https://www.okaji-ice-tokyo.com/