そばではたらく
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“農クリエイター”の挑戦

元デザイナーで、東京で農業を営んでいる方がいます。会いに行ってお話を聞かせてもらうと、“転職”というのとは少し違う、都市部ならではのはたらき方が見えてきました。

東京で新規就農、有機無農薬栽培にチャレンジ

里山の風景が残る東京のベッドタウン、東村山市にある八国山農園は、狭山丘陵の東端、八国山のふもと近くにあります。勝又智巳さんはここで、仲間とともに有機無農薬栽培の野菜を生産し、直売のほか、マルシェなどへの出店や収穫体験なども行っています。

「農業というと、“エコでロハスで、のんびりしている”みたいなイメージがあるけど、全然違います。超忙しい」と言う勝又さんは、事業拡大のために新たに借りた農地を開墾するために埼玉県嵐山町に通う日々。分園では主にトマトを栽培する予定で、6次産業化を目指しています。農作業は日中しか出来ないため、暗い時間帯に電車で移動し、車内での時間を情報収集や経理などの事務作業に当てていているそうです。もともとはデザイナー、アートディレクターとして長年クリエイティブ業界に身を置いていました。農業を始めたのは“転職”ではなく、新規事業として“参入”したのだそう。現在もクリエイティブプロダクションを経営し、サイトの運営やプロモーション業などを請け負いつつ、軸足を農業に移しているそうです。

カブはサラダや浅漬けなどにして食すのがおすすめ。

震災をきっかけに、暮らしの拠点を移す

転機となったのは2011年の東日本大震災。結婚し長男が生まれたばかりで、子育て環境について考えていたところに、都市の生活基盤の脆弱さを思い知る経験になりました。本質的なもの、持続可能な職業として農業への関心を高め、同時に生活の拠点を移すことを考え始めます。

子育てしやすい環境であること、高齢の両親が住んでいること、アニメーターである妻の職場への通勤にも便利なこと。検討し選んだ土地は、生まれ育った東村山市でした。2014年、それまで20年以上住んでいた吉祥寺から居を移し、農業研修もスタートさせます。

夏の主軸はトマト。様々な種類を栽培している。

“農”をテーマに多様な事業展開を模索

東村山市は江戸時代から続く農家が点在している土地柄。オーガニックアグリカルチャースクール参農塾もそのひとつ。農家の10代目である斎藤文吉さんが開いた、有機無農薬農法を伝授する農業塾です。都市部ではオーガニック野菜の需要が高いと考えていた勝又さんは、参農塾に入門します。隣接する10年以上使われていなかった畑に目をつけ、斎藤さんを説得し、仲間と共に農地として復活させたのが八国山農園の始まりでした。

今後は収穫物を原料にしたトマトソースや天然酵母パンなど加工品の販売や、農家レストランなども構想中とのこと。食育や防災の拠点として、地域へ貢献出来ることも、農業の持つ可能性の一端であると考えています。目指すは“農エンターテイメント”という勝又さん。「まったく違う業界から入ってきた者から見ると、使われていない田畑や空家などは、新しいものを生み出す宝の山。いくらでも工夫のしがいがある」と言います。また、都市部ではオーガニック野菜への需要が今後ますます高まると考えています。

畑の微生物を活性化させる発酵肥料は、米ぬかをメインにブレンドしたオリジナル。

すべての条件がぴたりと揃い、今がある

クリエイティブ業の経験が農業へ生かせる面も多いそうですが、新規参入は思った以上に大変でした。農業は環境保全や食の確保という社会にとって重要な役割があるため、農地法で様々な取り決めがなされています。技術習得のための農業研修は肉体的にも経済的にも厳しいものでした。しかし、幼い頃から慣れ親しんだ土地であり、消費者の多い都市近郊で就農するメリットは大きいと勝又さんは言います。「いろいろな条件が揃って今がある。自分が呼び込んだ奇跡的な流れで、運命とも感じている」そうです。生活を共にするパートナーとの協力や、農業以外の収入があることがポイントと言えるかもしれません。
自分の職業は“クリエイター”だという勝又さん。畑というフィールドから生み出される、新たな時代の事業に今後も注目していきたいと思います。(安田)

作業着は農園のテーマカラーのモスグリーン。車とバイクも同色で統一している。

プロフィール

勝又智巳

1965年東京都東村山市生まれ。武蔵野美術大学を卒業後、デザインスタジオ勤務を経て独立。1991年総合クリエイティブプロダクションRVC株式会社を設立。広告の企画・制作やDTP、インターネット関連事業など幅広く手がける。2014年、生活の拠点を東村山市に移し、参農塾に入門。2015年八国山農園を旗揚げした。

八国山農園
https://twitter.com/HachikokuyamaFa