ちょっとした記事

なぜ、まちといい関係を築く?(公開講座レポート)

2019年の冬、東京・多摩地域であたらしい創業プラットフォーム「HERE」が発足しました。“ちょうどいい郊外”をキーワードに、ベッドタウンとして栄えた地域の魅力をビジネスの観点で掘り起こし、まちの持続性を高めていく試みです。
そして第1弾プロジェクトのテーマは、『「食べる」と「まち」のいい関係』。12月より「まちのインキュベーションゼミ#1」がスタートし、受講生は事業アイデアをおよそ3カ月で実践できる形につくり上げていきます。
ゼミの開講日にあたる12月15日、食のビジネスでまちといい関係を築いているゲストを招き、一般の人たちも交えた公開講座が行われました。参加者はおよそ50人。満員御礼でスタートです。

日本のビール文化を変える思いで取り組んだ

前半の基調講演に登壇したのは、株式会社協同商事 コエドブルワリー代表の朝霧重治さんです。地元である埼玉県川越市で、ビールブランド「COEDO」を2006年に立ち上げ。日本におけるクラフトビール醸造の先駆者といえる存在で、ビールの“個性を楽しむ”というこれまでにない価値観を提案し続けてきました。
朝霧さんがビールづくりに目をつけたのは、奥様のご両親が経営する有機栽培や低農薬・無農薬栽培の青果物の卸売業を継いだことが始まり。会社では農作物の加工品も手掛け、そのひとつに地ビールも扱っていました。

おそらくビール好きなら一度は目にしたことがあるCOEDOビール。名前の由来は、地元・川越の「小江戸」から。

けれども当時は空前の地ビールブームが去った直後。朝霧さんは、アメリカに広がるマイクロブルワリー(家族単位で経営するような小さなビール醸造所のこと)文化をヒントに、従来のビールや地ビールに対する概念を変えるようなものをつくろうと決意します。
「当時の日本人にとって、ビールは冷たくして喉越しを楽しむ飲み物でした。また地ビールには、“観光地のお土産”あるいは“高いうえにおいしくない”という共通認識がありました。でも本来のビールは製法も味わいも多様で、つくり手の哲学がそのまま表現される奥深い世界です。アメリカでは既に5000ほどのマイクロブルワリーがあり、ビール消費量の11%を占めています。国は違っても、人間の基本的性質にそう違いはないはず。海外の動きをウォッチし、参考にするのはとても有効だと思います」(朝霧さん)

バックパッカーで世界中を回っていたこともある朝霧さん。「世界に出たことで、地元の魅力が分かるようになりました」

“この地でなければ出せない味”がローカルフードの醍醐味

朝霧さんは食のローカルビジネスを展開するうえで、「大規模生産と差別化を図るかがカギ」と説きます。つくれる量に限りがある分手間と本物を追求し、手に取りたくなる価値をつけることが大事だというのです。COEDOビールでは開発段階でドイツのブラウマイスター(ビール職人)を迎え、海外のビールコンテストで入賞するレベルに引き上げました。また発売当初のラインナップを10年ほど徹底し、新商品を出すことはしませんでした。
加えて「COEDOビールを展開するうえで、サツマイモはキーアイテムだ」と朝霧さん。つまり地形や風土、歴史や気候を生かし、“この地でなければ出せない味”をつくり上げることポイントだというのです。フランスでは“テロワール(Terroir)”といい、ワインやチーズづくりで大切にされている考え方です。

講演中は懸命にメモを取る姿が多数。

さらに朝霧さんは、COEDOが従来のビールと一線を画す存在とするため、マーケティング戦略にこだわりました。ラベルのデザインや流通経路、ブランドメッセージに至るまで、感度の高い層に届くように特別感を演出。また広報にも力を入れたといいます。雑誌やテレビ、Webメディアなど第三者がCOEDOの魅力を発信することで、広告以上の説得力とインパクトが期待できると判断したためです。
「特に最近はSNSやクラウドファンディングなど、伝わるしかけを自分でつくることもできる。使わない手はないと思います」(朝霧さん)
発売から13年が経ち、COEDOブランドが確立された近年は、地元の大学や新潟との酒蔵など、異業種とのコラボレーションにも取り組んでいるといいます。

最後に朝霧さんは、「フードビジネスは、“ローカル”をいきいきと捉えていけるかがカギ。テロワールを活かし、ぜひイベリコ豚やシャンパーニュのような、世界も注目する食のビジネスを生み出してください」と、講演を締めくくりました。

コラボレーションは「異なる世界が架け合わさって新しい魅力が生まれる」(朝霧さん)。

地域貢献というより、お隣の困りごとを解決したい感覚

そしてイベント後半は、朝霧さんのほか、小金井でフードビジネスを展開する2人のゲストも加わり、パネルディスカッションが行われました。リンジン編集長の北池智一郎が、モデレーターを務めます。
ゲストのひとり、米山広明さんは全国フードバンク推進協議会(以下、協議会)の事務局長です。さまざまな理由で食べられるのに流通できない食品を企業から寄贈してもらい、児童福祉施設や高齢者施設など無償で提供するフードバンク活動。協議会はフードバンクの認知と普及を通じ、貧困や食品ロスの問題の解決をめざしています。米山さんは各地の団体の支援に、企業への広報や中央省庁への提言など、フードバンク活動の円滑化に努めています。
そしてもうひとりのゲストは、PARITALY店主の江頭みのぶさん。地元の複数の農家を回って野菜を仕入れ、市内で野菜の配達・移動販売と惣菜店を営んでいます。新聞販売所の一画を間借りして始めた活動も、今では子ども向け就農体験イベントを行うなど農家と住民をつなぐ役割を担っています。

写真中央左が全国フードバンク推進協議会事務局長の米山広明さん、中央右がPARITALY店主の江頭みのぶさん。

自己紹介が終わったところで、さっそく最初のトークテーマへ。北池は「なぜ、まちといい関係を築く?」「それって、ちゃんと稼げてる?」という質問を3人に投げかけます。
 
北池「インキュベーションゼミの受講生からは、『とにかく社会貢献がしたい』という声を聞きます。でも本当に稼がなくていいのか? みなさんは地域貢献と収支のバランスをどうとっていますか」

「ビジネスである以上、稼ぐことは避けられない」とリンジン編集長の北池。パネリストにストレートな質問をぶつける。

朝霧「ビール事業ができるのも、地元の人たちとのつながりがあってこそ。ビジネスを成立させる責務がある一方で、誰かが犠牲になる形では続かないと思います。また必ずしも利益率だけでは語れない部分がある。ビールの原料となるホップは、山梨の契約農家のものを使っています。海外産を使うとコストを下げられるけど、フレッシュなホップを使うことで価値が生まれ、手にしてくれるお客さまもいますから」
 
米山「フードバンク活動では独居老人や外国人労働者が多いなど、地域の特性を踏まえて住民どうしが支え合う仕組みをつくることが重要です。また活動は企業からの寄付が頼り。支援が企業価値の向上につながることをしっかり伝えていく必要があると考えています」
 
江頭「私は地域貢献というより、隣の人の困りごとを解決したいという感覚です。市内を回っていると「何かしたい」話を聞きます。あれ?それ誰かが似た様なことを言ってた!と紹介する。私もそうやって地域の先輩方からたくさん繋いでもらいました。収支は大事です。でも分からないことが多いので中小企業診断士に相談するなど、プロの力を借りてプランニングしています。野菜は何十と売って、やっと利益が出る世界。自分がなぜ取り組むのか、立ち止まって考える時間も大事にしています」

「野菜を売っていると、来る人の元気度がよく分かる。疲れている人は元気のない野菜を手に取りがち。『こっちにしましょう!』と新鮮な野菜をすすめることも」と江頭さん。

強みやキャリアを、地域や社会貢献につなげる生き方はできるはず

続いてのテーマは、「今、気になって仕方のないこと」「もし、一から何かを始めるとしたら?」。これまでの話を聞いたうえで、これからの視点でたずねます。
 
朝霧「地球温暖化により、ここ数年で埼玉は日本で最も暑い地域になりました。当然テロワールも変わるはずで、この地で何ができるかと考えますね。例えば台風の被害を受けにくい特性を生かし、農法や作物の開発にどう生かすかとか」

「食品メーカーの廃棄にかけるコストはバカにならない。ルールが変わるだけで違ってくるのでは」と朝霧さん。それに対し「実は企業がフードバンクに食品提供した際の税制優遇制度もあるが、まだまだ周知が進んでいない。現在、国の会議で企業の商習慣の見直しなども含めて、食品ロスの削減に関する基本方針の策定も進められているんです」と米山さん。

米山「私が子どもの頃に比べ、地域のつながりが希薄なのが気になります。けれどもフードバンク活動は、新しい形でつながりを構築する機能も併せ持ちます。三鷹や調布でも団体が立ち上がったので、つながりの面でもサポートできれば」
 
江頭「ジオラマづくりかな! 本当は根菜類の実と葉を分けて組み合わせを当てるワークショップをしたいけど季節によっては種類が揃わないことも。収穫後の元気な状態を残したくて、本物そっくりな感触や色味の模型?を自分でつくってみたい。意外と儲かりそうだし(笑)。あと今の取り組みを、近隣にも広められたらと思っています」

話題は尽きず、予定時間をオーバー気味に進行。オーディエンスものめり込んで聞いていた。

エンディングは、パネリストのコメントで締めくくられました。
 
朝霧「川越と多摩地域は武蔵野台地でつながっています。同じ風土のもとで過ごしている仲間として、何かコラボレーションできたら嬉しいです」
 
米山「これまでの強みやキャリアを、地域や社会貢献につなげる生き方はできるはずです。それがフードバンクであれば、必要なサポートは惜しみません。一緒につくり上げていきましょう」
 
江頭「事業を興すのはエネルギーを使います。でも何ごとも、小さな一歩を踏み出すことから始まります。もし疲れてしまったら、うちの元気な野菜を食べに来てください!」
 
最後は全員で記念撮影をして、イベントは幕を閉じました。(たなべ 写真・鈴木智哉)

プロフィール

朝霧重治

コエドブルワリー代表
埼玉県川越市生まれ。Beer Beautifulをコンセプトとする、クラフトビール「COEDO」のファウンダー・CEO。日本の職人達による細やかな仕事と、川越の名産サツマイモを用いたビール造りを通じ、“ビールを自由に選ぶ”という新たな価値を提案すると同時に武蔵野の農業の魅力を発信し続ける。品質やブランドデザインに世界的な評価も高い。

https://www.coedobrewery.com/

米山広明

全国フードバンク推進協議会事務局長
1983年山梨県南アルプス市出身。愛媛大学理学部を卒業後、2008年フードバンク山梨設立時よりフードバンク活動に携わる。2015年11月の全国フードバンク推進協議会設立時より事務局長。新設フードバンク団体の立ち上げ支援や大手企業との連携、食品ロス削減推進法に対するNPO側のロビイングを担当。

https://www.fb-kyougikai.net/

江頭みのぶ

PARITALY店主
2017年1月より小金井市内の新聞販売所で「あんまり動かない移動販売」を開始。2018年からは徐々に活動範囲を広げ、現在は固定店舗での販売も展開するなど多種な販売方法で小金井産野菜を市内へ届けることに挑戦中。また、農家や食育推進委員と協力しながら、“子どもの学びの場”としての畑の在り方を模索。さまざまな体験を届けている。

https://paritaly.kitchen/