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母と娘の得意を活かすカフェ経営

親子でお店を経営する、そんな夢を描かれた方も少なくないかもしれません。しかし、家族ゆえに難しいことも多いようなイメージがありますが、その実態はどうなのでしょう。
2018年12月に狛江市にオープンしたギャラリーカフェ広洋舎は、広瀬良枝さんと娘の摩紀さんによって経営されています。地域の人に親しまれる小さなカフェとして、家族で経営することの大変さやメリットについて聞いてみました。

アートとともに食事ができる場をつくりたい

広洋舎は、狛江駅からあるいて15分ほどのところにあります。古いバイク屋だった二階建てを改装し、青い屋根とまるいコーヒーの看板をかかげました。大きなガラスの引き戸を開けると、たくさんのアート作品とともに店長の良枝さんが迎えてくれます。良枝さんは接客や経理を担当。キッチンでボリュームたっぷりのパスタを調理しているのは、イラストレーターの摩紀さんです。
カフェを経営することは、良枝さんの長年の夢でした。訪問販売や保険の営業など数々のしごとを経験した良枝さんは、定年を迎えてしばらくのち、娘の摩紀さんに声をかけカフェを始めることを伝えます。

「コーヒーが好きで、ずっと退職後はカフェがやりたいと思っていたのね。ギャラリーを開いている弟もいるし、私も水彩画を習っているから、そういう作品を眺めながら販売したり食事ができる空間があればと思って、ギャラリーカフェをやりたいと思ったの」

定年後にまた新たに自分でしごとを始めることへの恐怖は、まったくなかったと良枝さんは言います。そんな夢を長いあいだ隣で見続けてきた娘の摩紀さんは、母の夢を応援することをすぐに決意しました。

「オープンの1年くらい前に、『ほんとに今年はやるからね。』と本気で言われて。ついにきたかと思いましたね。もう逃げられないって(笑)母は有言実行なタイプなので。それに、ギャラリーカフェだったらアート作品も身近に感じられるし、ふつうのギャラリーよりも気軽に入ってもらえるから、すごくいいなと思いました」

そうにこやかに話す摩紀さんは、それまでにつとめていた給食をつくるしごとをやめ、良枝さんとともにカフェを作っていくことに決めました。

広洋舎という名前は、良枝さんの祖父母の代から経営していた、クリーニング屋から受け継いだたいせつな名前。

それぞれの得意なことで互いを支える

イラストレーターのしごとがあるかたわら、給食のパートもしていた摩紀さんは、衛生管理の知識をいかし調理を担当することになります。

「母は保険営業のしごとをやっていたから、びっくりするほど人に話しかけるのが得意ですし、接客のしごとをやりたがっていたので、わたしは調理とイラストを担当しました。もともと料理が好きで、食べることも好きだったんですけど、給食のしごとで学んだ衛生の知識は、カフェを経営する上ですごく役立ったなと思います」

「私は看板娘がやりたかったの(笑)」と良枝さん。内装や物件はお二人で決め、ロゴやメニューなどは摩紀さんの担当になりました。

これまでのしごとの経験をすべて活かしたオープンまでの道のり。役割分担はそれぞれの得意なことで割りふることになりました。次は開店準備です。オープンするまでにまずお二人が取り組んだのは、物件を決めること。地元の狛江で見つけた物件が、店舗兼住宅賃貸だったことが決め手のポイントになったと摩紀さんは言います。 

「古い物件だったけど、見た時にピンときましたね。ここなら住みたいし、住みながらだったらカフェもできそうだなって。その時までは母の決心を半信半疑に思ってたけど、もう物件も決まっちゃったら家賃も発生しちゃうし、やらざるを得ない。場所が決まったからには早くオープンしないとという気持ちになりましたね」  

物件探しとともに並行してカフェ研究も重ねました。もともと旅行をすることが大好きだったお二人は、国内にとどまらず海外のカフェも視察し、料理や家具、間取りやDMまで、自分たちが良いと思った部分を洗いだし話しあいを続けました。カフェをやることを決めてから実際に店を開くまでの期間はわずか11ヶ月ほど。良枝さんはオープンの2ヶ月前まで保険のしごとを続けていたため、摩紀さんはとても戸惑ったと言います。

「なんで私こんないきなりまかされて、いきなりメニューを作れって言われて、どうしようって(笑)1人で試行錯誤をする毎日でした」

それでも、オープンまでに喧嘩をすることはとくになかったと言います。なぜだったのでしょう。

「カフェの本とか見ていて、この中でどこがよかった?って聞くと、だいたい同じところになるので、とくに食い違いもなくお店作りは進みましたね。やっぱり店を始めるまえに、本とか研究ノートを作ってイメージを決めていたのが良かったですね」

お店のロゴやメニューに加え、ランチョンマットも摩紀さんのデザイン。

始めてわかった理想とギャップ

そして、いよいよお店をオープン。お二人はカフェを経営することの現実を痛感しました。

「開店した12月は、なんとか知り合いの人を中心に来てくれていたんですけど、年が明けた1月の初営業日はお客さんがゼロだったんです。それが結構ショックで。告知もちゃんとしていなかったから、近所の人にもオープンしたことを全然知ってもらえていなくて」

知り合いだけでなく近所の人にも来てもらいたい。そんな思いからお二人はイラスト入りのチラシを作り、一軒一軒住宅街をポスティングして回りました。そうした地道な努力がやがて集客に結びつくようになります。

「それからはチラシを見たという近所の人が来てくれるようになったり、1月の後半には人形劇をやって、それも店の存在が広まるきっかけになったと思います。なんかこの店面白いことをやってるみたいだぞって知ってくれるようになって」

しかしそれでもカフェの経営は難しいとお二人は語ります。

「基本はまだまだ赤字ですよ。今年も赤字だし、ちょっと黒字になるのは難しいかな。でも、開店後しばらくは赤字でも仕方ないかなと思っていました。」

良枝さんはそう話します。広洋舎の特徴は、メニュー価格がお手頃なこと。常連のお客さんからは「安いのは嬉しいけれど、長く続けていくためにもちゃんと考えてほしい」と心配されることもあるそうです。摩紀さんは、かつての自分のようなアーティストにも気軽に遊びに来てもらえるような値段設定でメニューを組みましたが、そろそろ見直しの時期に来ているかもしれないと語ります。

「駅からの遠さやお待たせしてしまう時間も考えると価格を上げることはしたくないんですが、色々調整の時期に入っているのかもしれません」

常連さんに愛される店を続けるためにも、利益を確保しながら、食品ロスの削減やイベント作りなど、はたらく側もお客さん側も楽しめるお店作りを目指しています。

アート展示だけでなくワークショップやパスタの総選挙、海外雑貨の販売など、お客さんがどうやったら楽しめるかを試行錯誤していきました。

親子経営を活かして次のステップへ

終始笑顔の絶えない、親と子以上の仲の良さに溢れるお二人ですが、親子で経営をすることについてはどのように感じているのでしょうか。摩紀さんは「やってみないと分からなかった」と笑顔で語ります。お店を一緒にやることを決意した理由の一つには、今まで美大や留学を応援してくれた良枝さんへの恩返しの意味もあったそう。

「学生時代に留学とかいろいろあったから、親孝行じゃないけれど、今できることはこれしかないかなと思いました」

当初、周囲の友人に親子でカフェをやると話した際、大変だと心配されることもあったという摩紀さん。

「だけど、1人でお店をやるよりもやっぱり2人のほうが心強い。経理とか苦手なことはやらないで済むし、1人だといっぱいいっぱいになってしまっていたと思います」

良枝さんも、お店の経営には両親への思いが基盤になっているそう。

「娘も息子も美大だったから、お金を私のお母さんに援助してもらうこともあったし、自分も日本舞踊を学ばせてもらってたんですね。だから自分もそんな親への感謝の気持ちから、子どもたちにできることはやろうと思っていたんです。このお店を作ることで、娘の作品発表の場を作りたかった」

広洋舎には、脈々とたいせつな人への感謝の想いが流れているのです。

閉店後も子どもたちの学習スペースとして貸し出すなど、カフェにとどまらない地域の人々のための場所作りをしています。

そんなさまざまな人への感謝の気持ちから始まった広洋舎。しかし、仲の良い家族だからこそ、一緒にしごとをすることに戸惑うこともあるのではないでしょうか?親子経営を上手に進めていくためには、2つのポイントがあるとお二人は語ります。

「住み分けをして、休日はしごとの話もせず別々に過ごしていますね」

良枝さんは、親子経営をするうえでたいせつなことは、お互いの距離感を守ることにあると言います。また、大学卒業後、地元である狛江を離れた摩紀さんは、実家を出たことも親子経営に大きな影響を与えていると語ります。

「千葉に住んでいたことや留学したことがあるので、それもよかったかもしれません。離れることで母に感謝をすることができたし、いろいろ任せちゃったなとか、甘えていたと思うことはあったから、お店を始める前に1回挟んだのがよかったというのはありますね」

現在、摩紀さんはカフェの2階に住み、良枝さんは近所の家から自転車で通勤をしています。お互いのプライベートをきちんと分けることで、しごとと自分の時間にもメリハリがついたそう。
また、もう1つたいせつなポイントは対話にあると摩紀さんは話します。

「言いたいことはなんでも言います。親子だからお互いに引きずったりしないし、ダメと思ったことはダメだとしっかり伝えるようにしていますね」

昔からよく一緒に旅行に行くほど仲のいいお二人は、普段から自分の気持ちを相手に伝えることをたいせつにしてきたと言います。なんでも分かるようで分からないのが家族の難しいところ。お二人は、他人と同じようにお互いを尊重することで、円滑に親子経営を続けてきました。

そんなお二人が今後目指したいのは、新しい広洋舎を作り出すことだそう。

「お客様に飽きられないよう、長くお店を続けていきたいですね。もっとイベントとかワークショップをやって楽しんでもらいたいという気持ちが強いです」

地元のアーティストにとってもたいせつな表現の場になっている広洋舎。「もっとアーティストに作品が売れる喜びを知ってもらいたい」と摩紀さんは続けます。お二人がいるからこそ愛される広洋舎は、親子経営をいかしてさらなるステージへ駆けあがっていきます。(矢田部)

「娘のイラストレーターとしての本業の時間をもっととってあげたい」と良枝さん。摩紀さんも、「新作を待ってくださっているファンの方もいらっしゃるので、それに応えられるはたらき方にしていきたい」と考えているそう。

プロフィール

広瀬良枝

保険の営業を退職後、カフェ「広洋舎」を始めることを決意。常連さんからの愛称は“よっぺさん”。

広瀬摩紀

美大卒業後イラストレーターとして活躍。アーティストを支えていくお店作りを目指す。

※6月18日現在、新型コロナウイルス感染拡大防止の状況を鑑み、しばらくの間、イートインは4組まで、営業時間を短縮して営業中です。最新情報はホームページでご確認ください。
ホームページ https://www.koyosha-cafe.com/