“歩く”を守る、自宅の隣につくった店

2020.06.25
“歩く”を守る、自宅の隣につくった店

店舗経営を始める動機や転機は、開業した人の数だけあります。その中で“直感”を第一にした、という人がどれくらいいるでしょうか。「自分が本当にいいと思ったものだけを届けたい」。えこる国分寺店の店主である土田凡枝さんは、広告制作会社などでデザインをメインにディレクションなども担当する会社員でした。デザイナーとして、20年以上も第一線で活躍していた彼女を異なる業種に突き動かしたものとは。

脱会社員を決意した一大事

国分寺駅から徒歩15分程の住宅街にある、えこる国分寺店の開業は、2018年、土田さんが45歳の時です。今までに靴屋や健康関連の業界に勤めた経験はなく、専門学校卒業から独立するまでずっと広告制作や印刷会社ではたらいていました。転職や結婚、妊娠、出産といったいくつかの転機を迎えながらも好きで始めて、やりがいもあって、長く続けてきたデザインのしごと。安定した収入と着実に積み上げたキャリアを捨てて、新しいビジネスに挑戦することを決めたきっかけは、5年前に起こったあるできごとでした。

「義理の母が、屋外で転倒してしまい大腿骨骨折、頸髄を損傷したんです。その結果、手足が麻痺し手術後も車椅子生活が余儀なくされました。元気で意思の疎通もしっかりしているのに立つことができない。家の中でも外でも行きたい場所へ自由に行けない。高齢で怪我をしリハビリをすることも、歩けないことも大変だと実感しました」

人生100年といわれる中で歩けることの大切さを痛感した土田さんは、元同僚が健康靴のお店をやっていたことを思い出します。

「元同僚はひどい腰痛を持っていたのですが、自身のお姉さんに勧められた『えこる』を履くようになってから改善していて。その後、退職して『えこる』を販売するお店を始めました。開業当初にもいろいろと話を聞いたのですが、靴のことをもう一度詳しく聞きたいと思って会いにいったんです。そうすると『この商売をしたいかもしれない』と心が動いたんですよね。本当にいい靴だし、自分が心底いいと思えるものを丁寧に売ってみたいって」

デザイナーとして実績を重ねながらも頭や心のどこかで多忙を極めるこの業界でずっとやっていくのか、10年後、20年後のビジョンが明確に見えず、広告制作という仕事の在り方についても腑に落ちない部分があったという土田さん。自分の気持ちと向き合ったこともさらなる後押しとなったのです。

現代の日本人が抱えやすい足腰のトラブルや悩みを解消するために作られた健康靴「えこる」。靴本体のフォルムは日本人の足の骨格にフィットするように、中敷きは履く方の足裏の状況や悩みに合わせて調整します。
現代の日本人が抱えやすい足腰のトラブルや悩みを解消するために作られた健康靴「えこる」。靴本体のフォルムは日本人の足の骨格にフィットするように、中敷きは履く方の足裏の状況や悩みに合わせて調整します。
一歩でも多く、1日でも長く履けるように、購入後は無期限で中敷きの調整(無料)、靴底や縫い糸の修理(有料)なども行っています。
一歩でも多く、1日でも長く履けるように、購入後は無期限で中敷きの調整(無料)、靴底や縫い糸の修理(有料)なども行っています。

空き家になった借家を店舗へ

「出店場所は、国分寺駅の近くがいいなーと思っていました。駅から近いほうが人も来ますしね。でも、資産と事業計画を照らし合わせると毎月支払っていく賃料の大きさに恐怖を感じて、頓挫しそうになったんですよ」

当時のことを笑って話す土田さんですが、次の一手として考えついたのが住まいの隣にあった借家を店舗にするということ。結婚を機に、旦那さんの実家がある東京小金井市に移り住んで22年。自宅の敷地内には住居としての戸建て以外に、借家にしていた一軒家がありました。

「長期で住む人が多かった借家ですが、店舗の物件を探している時にたまたまタイミングよく空いていたんです。店舗の賃料をなくすには、持ち家であるココを使えばいいのかもって」

直感で浮かんだ妙案ですが、土田さんの独断で進めるわけにはいかない。そこで、旦那さんへ相談という名目の説得が始まったといいます。

「個人事業主としてやっていくための資金がゼロでお店を出そうとしていたわけではないので、そのことに関してはとくに相談はしませんでした。旦那も驚いてはいたけれど、反対されることはなかったです。ただ、家賃収入が見込める借家を店舗にするとなると話が変わってくるわけで…年間の支出や収入、経営戦略などをまとめた企画書のようなものを作り説明して了承を得ました」

晴れて店舗先が決まり本格的に店作りへ。借家をリノベーションする際のデザインは、マッチングサービスを利用。土田さんが理想とするお店は、住宅街で一際目を引く存在となっています。

借家にしていた一軒家の入り口。リノベーション期間は半年程度。
借家にしていた一軒家の入り口。リノベーション期間は半年程度。
外からも靴屋とわかる、開放的な門構え。住宅街でも「何?何?」と注目される存在に。
外からも靴屋とわかる、開放的な門構え。住宅街でも「何?何?」と注目される存在に。
靴選びがしやすい、履き心地を試しやすいなど、内装には細かい点が反映されています。
靴選びがしやすい、履き心地を試しやすいなど、内装には細かい点が反映されています。

新型コロナウイルス感染症がもたらした経営方針

えこる国分寺店のオープンから2年目を迎える2020年。店舗での展示販売だけでなく、「えこる」の認知度をあげるための活動に力を入れて企画や準備をしていた矢先、緊急事態宣言が発令されました。

「休業要請の対象業種ではなかったので時間を短縮して営業はしていましたが、店舗外で予定していたことは現状延期になっています。ただ、今回のことで健康や歩くことへの関心が高まっているのも事実。外出自粛期間中に、新聞折込が少なくなったのをみて『今なら効果があるかも』と急遽チラシを作り、予定をしていなかった新聞折込をトライするなど、発信の手段を広げるいい機会になったのかなーと思います」

また自粛期間中は、店舗の外で本の無料貸し出しを実施していたそう。地域の人たちのおうち時間が少しでも有意義なものになれば、とフラッシュアイデアで始めた結果、利用してくれる人が思っていた以上に多く、新たな発見になったといいます。

広告業界で長年培われた機転に加え、信念を持って“いい靴”と伝えられるからこそ、土田さんはどんな状況でも揺らぐことがないようです。どうすれば知ってもらえるか、足腰に悩みを持つ人のもとに届けたい。そんな想いを胸に日々模索しながら、自分の直感に素直でいます。

緊急事態宣言が解除されてからも不安定な日々が続いています。新しく何かを始めたり、計画していたことを進め続けるには、資金も勇気もいる。だからこそ、内面から湧き上がる自身の声に耳を傾け、歩み出す一歩こそが重要なのかもしれません。(新居)

プロフィール

土田凡枝

千葉県出身。健康靴を販売する「えこる国分寺店」のオーナーで、日本人の生活習慣、骨格、歩行習性にあった「えこる」を広める専門家・歩行改善士。グラフィックデザイナーやディレクターとしていくつかの企業に勤務した後、独立。結婚を機に東京小金井市に移り住んで22年。店舗隣の住まいで夫、21歳の娘と3人暮らし。

えこる国分寺店
http://ecol-kokubunji.jp

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