そばではたらく
通勤時間010

ラーメンをとめるな!みたかの名店

店のある地下に向かい常に行列が絶えない三鷹のラーメン店、中華そばみたか。コの字型カウンターの中心で忙しくも笑顔でラーメンを作るのは、60年の歴史を持つ先代ラーメン店・江ぐちを引き継いだ店主、橋本重光さんです。繁盛という言葉をそのまま表すようなその大人気店には、何があってもこの場所で存在し続けなければならない理由があります。どんな老舗や人気店にも影を落とすコロナウイルスと闘う今、何を想い、どんな工夫でお店を守り抜いているのかを伺いました。

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なくてはならないお店であること

三鷹駅の南口を出て徒歩2分、地下一階にある中華そばみたかの前には、いつも途切れることのない行列があります。

「おいしいラーメンを作ることは大前提。でも、ただおいしいだけ、空腹を満たすだけなのなら、どのお店だっていいですよね。うちはこの居て落ち着く雰囲気とかお客さんとの間にある信頼感、誰かの居場所であれること、そういうのを大事にしてやってきました」

そう話すのは店主の橋本さん。2010年に一度は閉店した先代江ぐちを、当時従業員として働いていたパートナーの千夏さんと共にみたかとして蘇らせました。

みたかの店舗に橋本さんを訪ねた

もともとラーメン屋の息子でも、店を継ぐ準備をしていたわけでもありません。店を引き継ぐそのときは、江ぐちではたらきはじめてから4年ほど経った頃、突然訪れます。長年店を切り盛りしてきた店主夫婦が、高齢のため1ヶ月の間に2人とも急逝されてしまったのです。このまま営業を続けることは困難という状況の中、息子さんによって一度は廃業届けが出されました。

「閉店後、瞬く間に全国から『どうか店を畳まないでくれ』とたくさんの手紙が届いたんです。張り紙を残していく人たちも。これは残さなければ、とすぐに店を引き継ぐことを決意しました」

江ぐちと言えば三鷹、三鷹と言えば江ぐち。閉店後に相次いだ存続を求める声からもわかるように、お店は三鷹になくてはならない存在でした。当時、製麺からスープまで全ての仕込みを習得していた橋本さん夫婦は、店内はそのままに閉店からおよそ3ヶ月後にお店をみたかと名付け再オープンしたのです。オープン初日、お客さんは本当に来るのだろうかという橋本さんの不安は、開店前からの大行列によって打ち消されました。

ワンタンメン一杯700円。利益率よりお客さんが来やすいことを大事にしている

それから10年。ラーメンのおいしさのみならず、居心地の良さやここでしか味わえない雰囲気をと、一度来店した人がまた訪れ、常連客となった人がまた知人を連れ・・連鎖は後を断ちません。広告費は一切かけずに、日本にとどまらず海外からやってくる常連さんをもつくり出すお店となりました。


「店をはじめたときから一番大事にしているのは、居心地の良い雰囲気とホスピタリティです。私は料理の基礎を日本料理で学んだのですが、懐石料理の気遣いを一杯550円のラーメンでどこまで出せるか、そんなことに挑戦しようと5つ星のホスピタリティをポリシーに掲げています」

お客さんのことを考え心からもてなすと、一度来店した人の顔は忘れない。そんな真っ直ぐなお店作りを続けてきたのは、誰よりも“お店で食べることの意味”を突き詰めてきたからでした。多くの人々から愛され、再オープン以来ずっと走り続けてきました。

そんな中で襲ってきたのが、新型コロナウイルスと緊急事態宣言です。

味もさることながらグルメサイトには「接客が素晴らしい」「欲しい時にティッシュが差し出されている」などホスピタリティに感動する声が溢れる

ラーメンをとめるな

緊急事態宣言が出て1週間ほどは特に大きな影響はなかったものの、自粛の拡大とともに徐々に人数は減りはじめます。外出そのものが避けられお客さんの足が遠のく。これまで経験したことのない状況だったと言います。以前の半分ほどの客足になった日が1日、2日と出てきたときに「何かしなければ」と橋本さんは動き出します。

「店がなくなるということはつまり、一つの居場所がなくなること。これはお客さんからも言われました。みたかに来てくれる人は名前のない“お客さん”ではなく、『麺は硬めのネギ多めね』と、言われなくてもこちらがわかってしまうくらい“個人”として認められている場所なんです。だから、店はなんとしてでも守らなければなりません」

「チャシューメン」の表記はお客さんの間ではおなじみ

そして、橋本さんの頭にあったものはお客さんだけではありません。

「ラーメンを作り提供するということは、私たちの店だけで完結している話ではないんです。そこには食材の生産者がいて、サプライチェーンがあります。だからとにかく商品をストップさせてはいけない。この状況は自分たちだけのリスクではありません」

そうした考えのもと、店内で食べることに限界があるなら、と始めたのがテイクアウトでした。

しかしそれは、ただ商品をパックに詰めるだけの作業ではありません。熱々のスープを冷まして密閉するという工程により、みたか特有のだしと香味野菜が効いたスープから少なからず香りが抜けることは避けられませんでした。

ラーメンや油そばのおいしさはどう保てるのか。試作を繰り返す中で、例えば油そばはスープの味は変わらずにすむので、野菜や具材はあえて店で用意せず自宅で新鮮なものを入れてもらう方がおいしい、ラーメンは店内と同じクオリティの再現はどうしても難しいのでディスカウント。そのようにみたかのテイクアウトの方法を作り上げていきました。

テイクアウトは店内よりも低価格で提供され、みたかの味を初めて知る人も多い

「たとえ味を変えずに提供ができたとしても、ここで誰かと接客を受けながら食べるラーメンと持ち帰りは、そもそも別物です。ですが、テイクアウトを始めたことで、『普段は並ばないと食べられないラーメンが持ち帰りならすぐ手に入る』とSNSを中心に知られ、新しいお客さんの発掘につながるという予想外の影響もありました」

緊急事態宣言が解除された後には、テイクアウトをきっかけに来店し店内で食事をするお客さんも増え、売り上げはコロナ以前を上回るような日もあるほどに。

こうして困難だった状況を切り抜け、橋本さんは言います。

「ピンチを救ってくれたのは他でもない、今までお客さんとの間に積み上げてきた関係性という無形資産だったと改めて気づかされました」

これからもまちの色々な人の居場所として

コロナの影響でテレワークが普及し、オンラインで人と話をしたりコミュニケーションをとることが普通になりました。でもだからこそ、直接会うこと、外に居場所があることで得られる温かみや関係性を求める声は、必ず戻ってくるはずだと橋本さんは考えています。

「一度来店して、次来たときには前回頼んだものを覚えていてもらえる。スタッフやお客さん同士で空間を共有し会話を楽しめる。そういう安心感や居心地、ここがあるから大丈夫と思えることがお店でごはんを食べる意味だと思っています」

5年かけて出会えた後任の若手職人

そんなみたかという居場所をこの先も存続させるため、自分の代で途切れぬよう次世代を担う存在も育てています。後任となる若い職人をみつけるところから、妥協せずじっくりと時間をかけ、ラーメン作りはもちろんのことお客さんとの関係構築、ホスピタリティの継承をし、現在橋本さんはお昼営業のみ、夜の営業は後任の方に任せています。

「“受け継ぐ”ということが、大切な部分だけに一番大変ですね」。そう笑顔で話す橋本さんは、これからも多くの人から愛されるラーメンを作りながら、大切な居場所を守り続けていきます。

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「エールの扉」特設サイト
https://www.tamashin.jp/yell/

プロフィール

橋本重光

1949年創業の先代ラーメン店・江ぐちで、製麺からスープの仕込みまで習得する。2010年にみたかとして店を受け継ぎ、現在まで店主を務める。伝統を受け継ぎつつ日本料理で学んだバックグラウンドも活かし、みたかならではの味、店作りをしている。

中華そばみたか 公式インスタグラム
https://www.instagram.com/chukasoba_mitaka/