建築とアート、2本軸ではたらく

2021.04.27
建築とアート、2本軸ではたらく

自分たちが暮らすまちを、どう使いこなすか。建築やアートなど、まちを様々な角度から捉える活動をされている、ミリメーターの宮口明子さんと笠置秀紀さん。自分たち“らしさ”を失わず、まちの文化と経済も守るには、それぞれのバランスが必要だと話されます。常識にとらわれない今のしごとやはたらき方に至るまで、どのように模索し、たどり着いたのかお話を伺いました。

ミリメーターって?

北池:お久しぶりですね。ミリメーターのお二人と初めてお会いしたのは7、8年前ですかね。東京にしがわ大学のプログラムを企画されていたのがきっかけだったかな。建築家でありつつ、アートプロジェクトやまちづくりの色々な活動をされていて。最近はどんなことをされているんですか?

笠置:色々やってますよ(笑)どこから話していきましょう。

北池:そうですね、では、まず建築のおしごとから。

笠置:最近、この近辺でシェアをキーワードにしたお店のご相談が増えてきました。例えば、吉祥寺で本をシェアするブックマンションや、井荻のooenなどです。ローコストでお願いされることも多く、なんとか予算内に抑えるために、施工もDIYで一緒にしたりしています。

北池:予算が少なくても、工夫次第でお店を作れるんですね。でも、本当は潤沢な予算があるプロジェクトの方が、設計費も多くもらえそうですが。

笠置:もちろんそうなんですけど、僕たちは独立して自分のお店を持ちたいと考える人のはじめの一歩を応援したいという想いもあって。お金がないなら知恵を出し、汗をかいてもらうしかないな、と。

「ミリメーターは未来研究所」と話す笠置さん。宮口さんとともに、日本大学芸術学部在学時から多数のプロジェクトを展開してきた。
「ミリメーターは未来研究所」と話す笠置さん。宮口さんとともに、日本大学芸術学部在学時から多数のプロジェクトを展開してきた。

宮口:最近は、コスト云々とは関係なく、自分たちもDIYで一緒に施工したいという方も増えています。設計も施工もすべて誰かにお願いするのではなく、自分ができるところは、自分でやりたいと考える方も増えているようですね。

北池:いろんな案件やプロジェクトに取り組まれている中で、大切にされている価値観などはありますか?

笠置:相談を受けるとき、事業計画書を持っていない人が多いんです。予算がないときほど、お金のかけどころと削りどころの判断をしないといけないのですが、そのときに事業計画書がないと、どこにお金をかけるべきかがわからないんです。

北池:なるほど。設計者に事業計画書を見せるというイメージは、あまりありませんでした。

宮口:依頼者が一番やりたいことは何なのか、どこでお金を稼ごうとしているのか、というのは、ハードを考えるときにとても重要ですね。

北池:私たちのところへ相談に来られる方の中にも、理念先行型というか、やりたいことのアイデアはどんどん溢れてくるんだけど、数字は苦手、という方が多くいらっしゃいます。私自身は事業計画書の作成に時間をかけるぐらいなら、さっさとやっちゃいましょう、という考えなんですが、確かにある程度まとまったお金をかけて事業を始める上では、お金の使いどころを考えておく必要はありますよね。

笠置:そうですね。僕たちも、想いや理念に共感しつつ、具体的にどう稼ごうとしているのかわかった方が、より一層、力が入りますからね(笑)

ミリーメーターを代表的するプロジェクトの一つ、MADRIX(マドリックス)は、ワンルームアパートの間取りをピクニックシートにプリントし路上に広げるというもの。公共空間を居場所に変えた。
ミリーメーターを代表的するプロジェクトの一つ、MADRIX(マドリックス)は、ワンルームアパートの間取りをピクニックシートにプリントし路上に広げるというもの。公共空間を居場所に変えた。

らしさと文化、経済を守るために

北池:建築設計のおしごとをしつつ、一方で、まちの風景をさまざまな角度で切り取るプロジェクトをされている印象を持っています。最近だと、三鷹の路上にテラス席をつくるプロジェクトとか。

笠置:はい。ワークショップをしながらアイデアのディレクションをするしごとをしています。商店街や近隣の市民と一緒にやっているのですが、ほぼボランティアで関わらせていただいてます(笑)

JR三鷹駅南口の中央通り商店街では、三鷹市の事業、三鷹テラストリート、そしてWALKABLE MITAKA あるけるミタカ研究所のプロジェクトで、路上に佇む居場所づくりの実験を行っている。
JR三鷹駅南口の中央通り商店街では、三鷹市の事業、三鷹テラストリート、そしてWALKABLE MITAKA あるけるミタカ研究所のプロジェクトで、路上に佇む居場所づくりの実験を行っている。

北池:井の頭の商店街沿いにご自身たちの拠点となる場所#4を作られたのが、今から7年前ですよね。まちでのプロジェクトという意味では、自分たちらしい場所を持つことの意味も大きかったのではと思います。

笠置:そうですね。僕は生まれが吉祥寺なので、生まれ育ったまちでいつか自分の場所を持ちたいと思っていました。

北池:以前から、吉祥寺は変わってしまった…とお話されていた印象があるのですが、最近の吉祥寺の変貌をどう見られていますか? 例えば、吉祥寺の百貨店にコワーキングスペースが次々に出来たりしていますが。

宮口:百貨店のあり方が変わってきましたよね。

20年以上にわたりユニットを組む2人。公私ともに同じ道を歩み続けてきたからこその阿吽の呼吸がある。
20年以上にわたりユニットを組む2人。公私ともに同じ道を歩み続けてきたからこその阿吽の呼吸がある。

笠置:吉祥寺は元々サブカルチャーの個性的な店や入りにくい店とか、ワケのわからない場所がたくさんあったのに、今はワケのわかる場所になってしまった気がします。

北池:ワケのわかる場所?

笠置:はい。誰もが知っている看板が立ち並び、まちを歩いていても発見がない。それは安心して買い物ができるということなのかもしれませんが、それ以上の余白がないというか。

北池:確かに大手回転寿司のチェーンも次々に出店して…

笠置:ワケのわからない場所やお店がたくさんあるまちって、面白いじゃないですか。歩く度に発見があって。でも、人気タウンになり、家賃が高騰していくと、大手チェーン店しか出店できないまちになってしまう。家賃という大きなリスクを背負ってしまっては、ワケのわからないお店を開業できないですよね。

北池:おっしゃるとおり、こんなお店があったら面白そうとアイデアが浮かんでも、それを実現するときに、経済的に成立するかが見えないと怖くて一歩は踏み出せないし、そのユニークさがまちに認知されていくのに時間もかかる。家賃と面白さは、反比例の関係にあるのかもしれません。

北池が創業者向けのトークイベントを企画した際、ミリメーターのお二人をゲストとしてお迎えしたことも。
北池が創業者向けのトークイベントを企画した際、ミリメーターのお二人をゲストとしてお迎えしたことも。

北池:そういう観点から、今、面白い地域はありますか?

笠置:例えば、群馬県の前橋市が面白いですね。アーツ前橋という、前橋市にある公立美術館の交流スペースを設計したのですが、2011年に行ったときは商店街がシャッター街のようになっていたんですけど、徐々にアーティストやキュレーターが商店を借りて、アートスペースを作りはじめたんです。

北池:前橋って、もともとアーティストが多いんでしょうか?

笠置:美大があるわけではないので、多くはないはずですが、なぜか濃いアーティストたちの地元なんですよね。上越新幹線が高崎市を通ったことで、県庁所在地は前橋でありながら、商業の中心が高崎に移り、まちとしての活力が弱っていた。一方で、映画のロケ地として商店街が使われたり、前橋に本拠地のあるメガネのJINSが、有名な建築家に依頼してアートホテルを作ったり。

北池:賃料相場も下がってきていたのでしょうか。

笠置:詳しくリサーチできていませんが、その可能性はあると思います。鉄道が通らなかったおかげで、一時的に経済が弱まったけれど、その代わりにワケのわからない場所が増えてきた。

北池:なるほど。不便な場所こそ、これから面白くなってくるのかもしれませんね。

アーツ前橋は、中心市街地の閉店したデパートを、美術館へコンバージョンするプロジェクト。道に面した空間に様々な仕掛けをつくっている。(写真 淺川敏)
アーツ前橋は、中心市街地の閉店したデパートを、美術館へコンバージョンするプロジェクト。道に面した空間に様々な仕掛けをつくっている。(写真 淺川敏)

2つの看板を持つ理由

北池:建築とアート活動の2本軸のはたらき方は、最初からされていたんですか?

宮口:いえ。最初は普通の建築家のようになろうと思っていました。でも、私たちが作りたい建築を作るためには、社会の意識を変える必要があることに気づいて。それで、アートプロジェクトを始めました。

笠置:公共空間に対して感じた違和感を大事にしています。その違和感を自分の一つの軸として持っていたら、建築家としてだけではなくて、アートプロジェクトに広がってきました。もっと社会に受け入れられる発信の仕方があるんじゃないかなと、模索しながらやっています。

北池:お二人はミリメーターと株式会社小さな都市計画の2つの肩書きを持たれていますよね?そのことも関係するのでしょうか。

笠置:はい。しごとの内容としては、ミリメーターでは個人的な実験の場として主にアートプロジェクトなどをやっています。株式会社小さな都市計画では、主に行政や企業に対するしごとをしています。アートは、いろんな既存の社会システムが取りこぼしたことをすくうシステムとも言えます。だから近い未来の社会をつくるアンテナの役割にもなっているんですよね。

対談は、ミリメーターさんの事務所兼、シェアオフィスとシェアキッチンの場所#4で。井の頭公園の裏と表現したくなる位置にあるが、近くには“黒門”と呼ばれる鳥居があり、本来はこちら側が正面なのだそう。
対談は、ミリメーターさんの事務所兼、シェアオフィスとシェアキッチンの場所#4で。井の頭公園の裏と表現したくなる位置にあるが、近くには“黒門”と呼ばれる鳥居があり、本来はこちら側が正面なのだそう。

宮口:クライアントワークは、どうしても飲み込まないといけないことがあって。自分たちの見ているあるべき社会からは少しズレるけど、ある程度のところを今の時点では飲み込む必要がある。急に社会は変えられませんから。そういったしごとの受け皿として株式会社を作りました。でも、結局同じ人がやっているので、明確にスパッと分かれているわけではないんですけどね(笑)

笠置:逆に、ミリメーターは、自分たちが感じている違和感をベースに、とことん理想を大切に実践していこうと。

北池:つまり“ミリメーター”という自分たちのアイデンティティを守るために、別の受け皿として法人を作ったということですね。

宮口:未来を作るのは、経済を度外視した個人だと思うんです。ミリメーターのやってきたことを社会に実装するために株式会社にしたんです。

北池:文化と経済のバランス。永遠のテーマですね。

笠置:本当は自分たちの理想を追求して、経済もついてくるのがベターなんですが、なかなかそううまくは行かず。

北池:でも、その2つのバランスを意識されている点こそが、ミリメーターの強みなのかもしれませんね。クリエイターの方とお話ししていて、「クライアントにペコペコしてまで稼ぎたくない」みたいな話を聞くこともありますが、“らしさ”と“稼ぎ”のグラデーションの中で、自分がどうはたらきたいのかをみんな模索しているんだと思います。

2人のはたらき方は、小学生になる子どもが生まれたことで改革されたと話す宮口さん。「はたらかないと生きていけない」という恐怖感がなくなったそう。
2人のはたらき方は、小学生になる子どもが生まれたことで改革されたと話す宮口さん。「はたらかないと生きていけない」という恐怖感がなくなったそう。

コロナとこれからのしごとづくり

北池:コロナ前後で何か変化はありましたか?吉祥寺なんて、人が増えた気がしますけど。

宮口:平日の昼間の景色が変わりましたよね。コロナ前は、老夫婦が歩いている姿しか見かけなかったのが、今は私たちの同世代夫婦や子ども連れも。夫婦でお昼を食べに行って、「今日はZoomで顔を出さないから、昼から飲んじゃおっかな」みたいな会話を聞くと、いいなぁと思います。みんなリラックスしてはたらけるようになったように感じます。

北池:確かに、月曜日から金曜日までお父さんが自宅にいるなんて、想像できませんでしたよね。

宮口:場所#4を見て「こういう店あったんだ」と気づいてくれる人も増えました。みんな地元に目が向いてきたんだと思います。

北池:場所#4では何か変化はありましたか?

宮口:コロナをきっかけにお店をやりたいという人が増えましたね。

北池:そうなんですね。タウンキッチンが運営するシェアキッチンでも、コロナで利用希望者が増えました。先日も、1枠の空きに対して10名弱のお申し込みが入ったり。場所#4では、どんな方が申し込まれるんですか?

宮口:けっこう近所の人が多いんです。

笠置:例えば、元々イタリアで修行を積んで、帰国後は都内のイタリアンレストランで働かれていたんですけど、コロナの影響で自宅の近くでチェレンジしようと思い立った夫婦がいます。最近ここを離れて吉祥寺に開業したのですが、ここで一度テストしようと考えられたようです。

北池:飲食店が休業や閉店に追い込まれたことで、このまま雇われ続けていくことが不安定になり、自分の腕で勝負しようとする人が増えているんでしょうね。

笠置:そうですね。そういうポテンシャルがこのまちにもあったんだ、という気づきもありましたね。

北池:まだまだ、まちが面白くなる要素はありそうですね。コロナがいい意味で、それを加速してくれたのかもしれません。今日はたくさんお話を聞けて楽しかったです。また遊びに来ます!

場所#4があるのは商店街。80ほどあった店舗が次々と閉店し住宅に建ち替わっているが、最近、個性的な店舗が少しずつ増えはじめているという。
場所#4があるのは商店街。80ほどあった店舗が次々と閉店し住宅に建ち替わっているが、最近、個性的な店舗が少しずつ増えはじめているという。

まちのインキュベーションゼミ#4「郊外につくる、新しいシゴト」

期間

5月22日(土)〜9月25日(土)

場所

KO-TO(東小金井事業創造センター)

定員

20名 ※応募多数のため、選考あり

参加費

無料

対象

・新しい働き方やワークプレイスづくりに興味がある人
・公園、農地、空き家などを活かしたシゴトづくりを考えている人
・子育てや介護をしながら働くことに取り組みたい人
・テクノロジーやクリエイティブをまちづくりに活かしたい人
・事業のアイデアを形にするサポートがしたい人

プログラム

オリエンテーション 5月22日(土)13:00〜18:00
事業アイデアを持ち寄り、チームを編成します。さらに、今後の実践までを視野に入れたスケジュール設計を行います。

プランニング 7月17日(土)13:00〜18:00
約2ヶ月間の個別ゼミを通じて設計したプランを完成させます。実践に向けた細部の検討を進めます。

トライアル 8月下旬~9月中旬
チームごとに「郊外につくる、新しいシゴト」を育む事業プランのトライアル実践を行います。

クロージング 9月25日(土)13:00〜18:00
約4ヶ月間の振り返りを行います。実践で得た学びをシェアし、それぞれのネクストステップを描きます。

詳細・申込

https://here-kougai.com/program/program-387/

プロフィール

宮口 明子、笠置 秀紀

2000年からミリメーターとして活動、その後2014年に株式会社小さな都市計画を設立。建築、フィールドワーク、プロジェクトなど、小さな視点と横断的な方法で都市空間や公共空間に取り組む。日常を丹念に観察し、空間と社会の様々な規範を解きほぐしながら、一人ひとりが都市に関われる「視点」や「空間」を提示している。
http://mi-ri.com/
https://urbaning.jp/

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