“すごくいい郊外”で創業するとは?

2021.05.11
“すごくいい郊外”で創業するとは?

コロナ禍でサテライトオフィスやリモートワークが導入され、ベッドタウンだった郊外が注目されています。都心まで電車でしごとに行き、夜になって郊外の家に帰ってくる。そんな従来のはたらき方が見直され、しごとと暮らしがそばにあるライフスタイルへと変わりつつあります。

そんな中で、「郊外の創業とまちづくりを考える会議」が3月23日に開催されました。TOKYO創業ステーションTAMAを会場に、HEREを運営するJR中央ラインモール(現:JR中央線コミュニティデザイン)の石井圭さん、多摩信用金庫の川口幸子さん、タウンキッチンの北池と、創業者であるAtelier Michauxの鞍田愛希子さんが登壇。エンパブリック代表の広石拓司さんがファシリテーターとなり、約1時間のパネルトークが行われました。

会議の様子はオンラインでリアルタイムに配信され、参加者は140名以上に。郊外の変化や可能性、地域の中での創業やまちづくりについて、それぞれの視点でお話いただきました。

なぜ、民間企業が創業支援に関わるのか

広石:郊外のまちで地域に根付いた創業には、コミュニティビジネスとして大きな利益を追求する活動ではないことも多くあります。JR中央ラインモールや多摩信用金庫がHEREに参画し、創業支援に関わっていらっしゃるのはどんな意味があるのでしょうか?

パネルトークのファシリテーターを務めるのは、株式会社エンパブリックの広石さん。長年、都心を中心に起業家支援を手がけ、起業と地域の相乗効果をどうやって生み出せるかを考えてきた。
パネルトークのファシリテーターを務めるのは、株式会社エンパブリックの広石さん。長年、都心を中心に起業家支援を手がけ、起業と地域の相乗効果をどうやって生み出せるかを考えてきた。

石井:創業支援というより、ビジネスパートナーの発掘・育成という観点が大きいですね。JR東日本グループでは、その沿線に寄り添って安心・便利な新しい暮らし方を提案する“沿線くらしづくり構想”を掲げていますが、地域で活躍している事業者さんと組むのが大前提です。全国どこにでもあるお店ではなく、ここにしかない個性的なお店が広がる。それがまちの魅力となりますので、私たちにとっても嬉しいですね。

中央線沿線エリアの新しいまちづくりに挑戦し続ける、JR中央ラインモールの石井さん。商業施設の開発や駅業務のほか、ビールフェスティバルやパンまつりなど、地域の方が参加するイベントも手がける。
中央線沿線エリアの新しいまちづくりに挑戦し続ける、JR中央ラインモールの石井さん。商業施設の開発や駅業務のほか、ビールフェスティバルやパンまつりなど、地域の方が参加するイベントも手がける。

川口:この地域が元気でないと私たちの業務も成り立ちませんし、お客さまのビジネスも暮らしも豊かになりません。その意味では、ビジネスが数多く存在することが地域にとって重要だと思いますので、この地域に特化した創業支援事業はありがたい試みですね。

広石:もともと鞍田さんは、金融機関は怖いというイメージがあったそうですね(笑)

鞍田:はい、テレビドラマの影響で(笑)でも、たましんさんが創業の際に資金面で熱心にサポートしてくれたのでイメージがガラッと変わりました。

川口:金融機関は敷居が高いと感じる人も多いと思いますが、決して怖いところではないつもりです(笑)

「地元で親しみやすい金融機関でありたい」と言う、多摩信用金庫の川口さん。鞍田さんが創業する際には融資のサポートを行い、新しい施設の完成時にも駆けつけたそう。
「地元で親しみやすい金融機関でありたい」と言う、多摩信用金庫の川口さん。鞍田さんが創業する際には融資のサポートを行い、新しい施設の完成時にも駆けつけたそう。

広石:北池さんは、実際に郊外で創業支援をする中で感じることはありますか?

北池:“創業”というと、脱サラしてイチかバチかのリスクを背負ってやっていくイメージを持たれる方も多くいらっしゃると思いますが、もっとカジュアルな創業があっていいと思ってます。事業計画書を作成しないといけない、株式会社をつくらないといけない、などの固定観念を抱いて、本質的ではないところでブレーキをかけてしまっている人が多いのはもったいないと感じますね。一方で、創業する以上は稼ぐことに恥じらいを感じず、しっかり稼ぐことを意識してもいいのにな、と思う創業者も多くいます。

創業支援やまちづくりを担うタウンキッチンの代表の北池。「HEREは創業したい方が“やってやろう”と飛び込める土台ができた」と語る。
創業支援やまちづくりを担うタウンキッチンの代表の北池。「HEREは創業したい方が“やってやろう”と飛び込める土台ができた」と語る。

コロナで変わる郊外で、創業する可能性

広石:ベッドタウンという言葉があるように、郊外は住宅地で、しごとは都心で、というイメージがありました。しかし、鉄道が立体交差化されて高架下にチャレンジ店舗や創業支援の施設ができるなど、新しいしごとを生み出す場としての郊外をつくる動きがあります。人々が身近なまちに求めるものも変わってきたとも思われますが、郊外での創業の可能性をどう感じますか?

石井:HEREのキャッチコピーが“ちょうどいい郊外”なんですが、これは実は違っていて、“すごくいい郊外”なんじゃないかと(笑)シェアオフィスもコストが低いですし、生活費も安い。何かあれば都心にもすぐに行ける。郊外はこれからの時代にぴったりの創業エリアだと思っています。

川口:コロナ禍の影響もあり、これから“職住近接”が加速していくのではないでしょうか。その点でも、郊外はポテンシャルがあると感じます。女性やシニアの方などいろいろな方が自分の暮らしに近いところで創業できて、新しいしごとをつくれるように変化していくのかなと思いますね。

北池:私たちが創業支援施設の運営を始めたのが2014年。その頃は、郊外でシェアオフィスが成り立つとは誰も思っていなかったと聞きます。しかし、今では住宅街が広がる郊外にシェアオフィスが増えてきており、時代が一気に10年先に早送りされた感覚があります。高度成長期に同心円上に色分けされてきた“都心”と“郊外”と“地方”が、時代の変化とともにまだら模様になりつつあり、コロナ禍でそれが一気に進んだのではないかと感じます。

広石:鞍田さんが、郊外の小金井市で新しい場所を借りて事業を始めようと思ったきっかけや理由はありますか?

鞍田:私は都心ではたらいていたので、地域での人とのつながり方がわからなくて…。ネットワークづくりという意味でも、HEREの“まちのインキュベーションゼミ#2”に参加させていただきました。そして小金井市で理想の物件を見つけたこともありますが、武蔵野公園の自然あふれる風景に感激したことも大きいです。緑の豊さや、毎日聞こえる鳥の声、風の吹き方などの環境が、福祉施設に最適だと思いました。

広石:地域の中で接点がないというのは、創業の際に多くの方が課題に感じているようですね。

鞍田:東京は人が多くて関係性が薄いイメージがありましたが、多摩エリアの方は一人一人が丁寧に関わってくださり、思っていたより早く関係性を築くことができました。まちのインキュベーションゼミに参加して、これまで出会ったことがなかった地域の方々に出会い、サポートしていただいたことが大きな糧になりましたね。今はここを拠点にしてよかったと安心していますし、ぜひいろいろな方にこの地域で起業していただけたらいいなと思います。

小金井市で事業をスタートし、福祉施設ムジナの庭をオープンした鞍田さん。まちのインキュベーションゼミに参加したことで視野が広がり、積極的に人に頼るようになったそう。
小金井市で事業をスタートし、福祉施設ムジナの庭をオープンした鞍田さん。まちのインキュベーションゼミに参加したことで視野が広がり、積極的に人に頼るようになったそう。

創業者と企業とのコラボレーション

広石:企業の立場として、これから事業者や起業家とどう連携していきたいですか?

川口:たましんではネットワークを生かして、多摩地域の観光情報やイベント情報などを取り纏めた地域情報紙・広報たまちいきを毎月発行しています。地域のコトやモノ・ヒトの情報をできる限り集めて発信していくことで、人と人がつながるきっかけづくりをお手伝いできればと思っています。

石井:創業者との連携という面では、駅隣接の商業施設nonowaで “ものづくりのわ”というイベントを開催した際に、鞍田さんにアロマミストづくりのワークショップをしていただきました。ゼミで鞍田さんの事業内容のプレゼンを聞いて、ぜひ出店していただきたいと思いましたね。

鞍田:まさか社長の石井さんに直接お声がけいただくとは思いませんでした。JR中央ラインモールさんは元ダンサーの駅員さんがダンスイベントをしたり、元魚屋の駅員さんが魚を捌くイベントをしたりと、駅員さんがいろいろな企画をされていてユニークですよね。

石井:私たちは事業者や起業家の方とどんどん連携していきたいのですが、今はまだ思うように広がっていないのが課題です。私たちが“頼りない”“とっつきにくい”と思われているのだろうかと反省しきりです。

北池:多摩信用金庫やJR中央ラインモールと組みたいと思っている、地域の事業者はたくさんいるように思います。一方、どのようにご相談すればいいのかわからない、という方もいるように感じますが。

石井:身近な駅員に言っていただいても話はつながりますし、ホームページに電話番号やメールなどの連絡先があります。どんどんアプローチしていただけるとありがたいですね。

JR中央ラインモールが主催したnonowa国立でのイベント“ものづくりのわ”では、鞍田さんもアロマミストづくりのワークショップで出店。駅のイベントスペースで様々な人が訪れた。
JR中央ラインモールが主催したnonowa国立でのイベント“ものづくりのわ”では、鞍田さんもアロマミストづくりのワークショップで出店。駅のイベントスペースで様々な人が訪れた。

10年後の多摩を想像する

広石:今日は、“郊外の創業とまちづくり”をテーマに、社会課題や地域課題、鉄道の役割など、いろいろなお話が出てきました。最後に、皆さんにとって10年後の多摩がどうなっていてほしいですか?それが、まちづくりや創業のヒントにもなるかと思いまして。

北池:先ほど鞍田さんもお話されたように、郊外の創業において、地域ネットワークをどう築いていくかということがとても重要だと感じています。それを築いていくときの第一歩は“地元に友達がいるか”なんじゃないかなと。コロナの影響で、いい意味で郊外が“寝に帰るだけの場所”ではなくなりましたが、はたらく場所でもあり、遊ぶ場所でもあり、学ぶ場所でもあり。ベッドタウンではない、自立した郊外になってほしいですね。例えば、HEREのゼミに参加していただき、雑談ができる地元の友達をつくるきっかけにしてほしいと思います。

鞍田:最近は一戸建てでも福祉施設が開設しやすくなっています。床面積が100㎡以上だと用途変更が必要だったのが200㎡以上に緩和されたり、児童養護施設では一人ひとりの児童に目が届くように一戸建てで育てる新しい制度ができたり。郊外は戸建ての空き家も多いので、福祉施設として利用にされ、施設同士が交流できる仕組みができていくといいなと思っています。

川口:ベッドタウンである郊外は、確実に住んでいる人が多いという重要なリソースがあります。緑や空き家などの資源が生き生きと動くような、持続可能な地域が実現できればいいなと思いますね。そのために、たましんとしてできることをコツコツとやっていきたいです。

石井:これまでの話の中で、郊外でしごとをするメリットとしてまだ出ていないことが一つあります。それは、副業を始めるのにも適していることです。これからはプロフェッショナルな人材がどんどん副業しやすくなると思いますので、まずは副業で試してから創業すればスムーズです。そしてユニークなお店が増えてこのまちにしかない魅力が蓄積され、住んでいる方の笑顔も増える。そんな10年後になっているといいですね。

鞍田さんが立ち上げたムジナの庭の作業室。大きな窓から庭の植物が見える。空き家をリノベーションして、就労継続支援B型事業所にした。増加する空き家問題からも、新しい可能性が広がっている。
鞍田さんが立ち上げたムジナの庭の作業室。大きな窓から庭の植物が見える。空き家をリノベーションして、就労継続支援B型事業所にした。増加する空き家問題からも、新しい可能性が広がっている。

それぞれの視点から見えてきた、郊外と創業、まちづくりの可能性。オンラインながら会場のリアルな臨場感が感じられ、チャットで視聴者からの質問も活発に飛び交っていました。そして和やかな雰囲気の中で写真撮影が行われ、会議は締め括られました。

※社名や肩書きは、2021年3月23日時点のものです。

まちのインキュベーションゼミ#4「郊外につくる、新しいシゴト」

期間

5月22日(土)〜9月25日(土)

場所

KO-TO(東小金井事業創造センター)

定員

20名 ※応募多数のため、選考あり

参加費

無料

対象

・新しい働き方やワークプレイスづくりに興味がある人
・公園、農地、空き家などを活かしたシゴトづくりを考えている人
・子育てや介護をしながら働くことに取り組みたい人
・テクノロジーやクリエイティブをまちづくりに活かしたい人
・事業のアイデアを形にするサポートがしたい人

プログラム

オリエンテーション 5月22日(土)13:00〜18:00
事業アイデアを持ち寄り、チームを編成します。さらに、今後の実践までを視野に入れたスケジュール設計を行います。

プランニング 7月17日(土)13:00〜18:00
約2ヶ月間の個別ゼミを通じて設計したプランを完成させます。実践に向けた細部の検討を進めます。

トライアル 8月下旬~9月中旬
チームごとに「郊外につくる、新しいシゴト」を育む事業プランのトライアル実践を行います。

クロージング 9月25日(土)13:00〜18:00
約4ヶ月間の振り返りを行います。実践で得た学びをシェアし、それぞれのネクストステップを描きます。

詳細・申し込み

https://here-kougai.com/program/program-387/

プロフィール

石井圭

JR中央ラインモール 代表取締役(当時)。現在、JR中央線コミュニティデザイン 常務取締役。2018年にJR中央ラインモール代表取締役に就任。JR中央線の沿線価値向上を目指し、三鷹~立川間において「緑×人×街つながる」をコンセプトとした「中央ラインモールプロジェクト」を推進。
https://www.jrccd.co.jp/company/

川口幸子

多摩信用金庫 価値創造事業部部長。多摩生まれ、多摩育ち。地域密着型の金融機関で、地方公共団体や大学・支援機関・団体との連携のもと、まちづくりを含む地域課題や社会課題の解決に取り組んでいる。
https://www.tamashin.jp

北池智一郎

タウンキッチン 代表取締役。大阪大学工学部を卒業後、外資系コンサルティングファーム、ベンチャー人材支援企業を経て、2010年にタウンキッチン設立。シェアオフィス・キッチンなどの創業支援施設やウェブメディアの企画運営、不動産事業を通し、多摩地域において創業支援を通じた地域活性に取り組む。
https://town-kitchen.com

鞍田愛希子

Atelier Michaux 代表理事。アンフルラージュへの関わりをきっかけに、植物と哲学の実験工房である「Atelier Michaux」をスタート。福祉施設や就労支援施設ではたらく中で精神疾患への理解を深めながら、植物をテーマにしたワークショップを多数手がける。「まちのインキュベーションゼミ#2」への参加を経て、2020年9月に「一般社団法人Atelier Michaux」として法人化。2021年3月、就労継続支援B型「ムジナの庭」を開設。
http://atelier-michaux.com

広石拓司

エンパブリック 代表取締役。東京大学大学院薬学系修士課程終了後、三和総合研究所入所。2008年、株式会社エンパブリックを設立。正解のない時代に、知恵と力を持ち寄り新しい事業を生み出す場づくりの普及に取り組む。著書「共に考える講座のつくり方」「SDGs人材からソーシャルプロジェクトの担い手へ(共著)」など多数。
https://empublic.jp

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