そばではたらく
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日々の美しさを和菓子にこめて

武蔵境駅から徒歩10分の富士見通り沿いにあるシェアキッチン8K musashisakaiで、昨年3月に和菓子店の千代菓をオープンした木戸祥緒里さん。住宅街が近く、地元の人が訪れる八百屋や魚屋も並ぶ建物の角で、繊細で美しい和菓子を隔週で販売しています。和菓子作りへの徹底したこだわりを貫く木戸さんに、開業までのストーリーや自分らしいはたらき方についてうかがいました。

洋菓子から和菓子へ。苦難の中で動き出した夢

着物の上に割烹着を着てお店に立つ木戸さん。千代菓のお店に掲げられた暖簾の下には、今日のお品書きが貼られ、彩り豊かな和菓子が並びます。メインの商品は、白あんにつなぎを入れてさまざまなモチーフにデザインされた練切(ねりきり)。スイーツと言えば洋菓子店が多い中、木戸さんが和菓子作りに興味をもたれたきっかけは何だったのでしょうか。
 
「小さな頃から、飴細工やチョコレート細工といったピエス・モンテ(お菓子でできた観賞・展示用の造形作品)に憧れ、最初は洋菓子の道に進もうとしていました。でも、調理師学校に入って和・洋・中の料理を幅広く学ぶ中で、野菜の飾り切りや重箱詰めなど、一つひとつ繊細な手作業を行う和の食文化に惹かれ、美しい和菓子を作りたいと思うようになったんです」

和菓子に使う道具はすべて手作りで、学生の頃に作った道具を今も愛用している木戸さん。木を削ったり針をつけたりと自分に合うように調整しており、愛着もひとしお。

そして、和菓子の製菓学校で2年間学んだ後、都内の和菓子店に就職。職場では練切のデザインを任されやりがいも感じていましたが、数年間の多忙な環境の中で頚椎を痛め、しごとを辞めて療養することになってしまいました。

そんな中でも、「どうしても和菓子を作りたい」という気持ちが強かったと言う、木戸さん。療養中に家で練切を作り、インスタグラムに投稿するように。木戸さんの和菓子の写真が様々な人の目に止まり、イベントの出店に声をかけられるようになっていきました。「いつか小さな自分のお店を持ってみたい」と密かに思い描いていた夢が、少しずつ動き出します。

自分のお店を、気軽に始められる場所

まずはお店の営業許可をとるために、地元や都内のレンタルキッチンを探すものの、練切のような生菓子は不可の場所ばかりで苦戦…。そんな時、たまたま武蔵境に住む友人のつながりで、シェアキッチン 8K musashisakaiの存在を知りました。内覧に行くとその外観や雰囲気に惹かれてイメージが湧き、「ここにしよう」と決意。開業準備を進めて、2020年3月に千代菓をオープンし、月2回の出店でスタートしました。

お店作りで大切にしているのは、「小説から抜け出してきたような、日常に非日常が混じり合う空間」。和菓子はもちろん、ディスプレイ、着物姿、暖簾など、新しさと古風さが共存し、まちの一角にちょっと不思議な空間を生み出している。そんな世界観に惹かれるお客様も。

シェアキッチンで開業を決めた理由は、「趣味の範囲で始められて、低リスクだったから」と言います。
 
「住んでいる家を改装してお店を開くのは多くの費用がかかるし、営業許可をとるのも大変です。それにまた頚椎が悪化したら…という体調面の心配もあって。シェアキッチンなら低コストで、イベント出店の仕込みに使ってもいいし、毎日じゃなくて自分のペースでお店を開ける。そんな気軽さが良かったですね」

お店に掲げられた看板。千代結びをあしらった千代菓のロゴは木戸さんの自作。

そしてオープン後は、作るお菓子の種類や量、スケジュールなどを、すべて自分で決めてお店を動かすことに大変さを感じる一方、就職していた頃とは違う大きなやりがいを実感したという木戸さん。

「ここでは、対面で一人ひとりのお客様とゆっくり話せて、お菓子の感想を直接うかがう機会があります。味も形も一つひとつすべて自分で考えて作ったものなので、お客様から”おいしかった”と言われた時の嬉しさが違いますね。長く通ってくださるお客様にも親身に応援していただいて。まるで親戚みたいな感じです(笑)」

お客様との交流も大切な時間。近所に住んでいる方からインスタを見て遠くから訪れる方も。お客様の感想が新作のヒントにつながることもあるそう。

アレルギーの人も食べられる、美しい和菓子

千代菓では、あんこを練ることから成形まですべて手作業です。「練切は奥深く、味や形も作り手の個性が出る」と、木戸さん。あんことみりんを混ぜて、くちなしやビーツ、抹茶やよもぎ、芋などの自然素材を使って色や味をつけ、バランスを調整しながらモチーフを形作っていきます。

食べるのが惜しくなるような、木戸さん作のユニークで美しい和菓子。

菊、花菖蒲、ひよこ、本、猫など、アート作品のような美しい練切。出店のたびに、毎回、デザインも味も変えているそうです。従来の和菓子のイメージを一新するようなユニークなデザインは、どう発想しているのでしょうか。
 
「一般的な和菓子店では時期に応じて商品が決まっていますが、私は毎日の中で美しいと感じたものをカタチにしたいんです。例えば、散歩しながら見つけた花や、見上げた時のきれいな空。そんな何気ない一瞬を切り取って、小さなお菓子にとじ込めたくて」
 
実は千代菓という店名にも、そんな意味が込められていました。
 
「“千代”という言葉には、“長い年月”や“小さい”などの意味が含まれます。流れる日々の中で小さな美しいものを拾い集め、手の平におさまる生菓子で表現する。そんなイメージを込めました。かわいい店名にしようとしたら、考えに考えて渋くなっちゃいましたけど(笑)」
 
そして、美しさへのこだわりとともに、自然な素材を生かした味へのこだわりも貫きます。実は木戸さんはもともとアレルギー体質で小麦粉も砂糖もダメだったことから、砂糖ではなくみりんを使い、着色料などの添加物も一切使いません。材料も、なるべく無農薬でオーガニックなもの。でも、“体に良い”ということはあえてアピールしたくないのだとか。
 
「かわいくてきれいなお菓子には添加物が入っているものが多く、私も含めてアレルギーの方は大体食べられません。千代菓の和菓子は見て“かわいい!”と気に入ってくれた方が、アレルギーの有無にかかわらず平等に食べられて、自然なおいしさを味わえます。“体に良いから”と頭で考えて食べるのではなく、誰もが目で味で楽しんでいただきたいなと」

「添加物や砂糖を使っていないため、朝作って当日中の日持ち。その日のおやつを買う感覚で立ち寄れる、昔ながらの気軽な和菓子がいい」と、木戸さん。

ルーティン化せず、手間暇かけて良いものを

開店から1年が過ぎた今は、リピーターのお客様も増え、その日作ったお菓子がほぼ完売するように。季節が一巡りして、スケジュールや生産管理などの店舗運営のコツもつかめるようになったと言います。

これからの目標をうかがうと、「遠方でお店に来られない方のためにイベントで出店を広げたり、オーダーメードの和菓子を作ったりしたい」と話す一方で、店舗や規模の拡大は考えていないそう。

「前職で忙しくはたらいていた時に気づいたのですが、量産化すると考える時間がなくなり、しごとがルーティン化されてしまうんです。例えば季節ごとにある程度作るものが決まっていて、効率よく量産するために型を使ったりします。そうではなくて、数は少なくても、一つひとつ手間をかけて見た目も味も良いものを作り続けたいですから。そして千代菓も、八百屋さんや魚屋さんのように、この地域に根付いていったら嬉しいですね」
 
自然の素材を最大限に生かしながら、美しさを追求し、手間を惜しまずに自分の手で丁寧に作り上げる和菓子。そんな木戸さんのこだわりを貫くための、ちょうどいいはたらき方の選択。これから新しい事業をスタートしたいと考えている方にとっても、大きなヒントになりそうです。

プロフィール

木戸祥緒里

神奈川在住。調理師専門学校で経験を幅広く積んだ後、製菓学校で和菓子づくりを一から学び、東京都内の和菓子店に就職。2020年3月、8K musashisakaiにて千代菓をオープン。隔週で出店し、練切を中心に、餅菓子や寒天、最中など、砂糖や添加物を使わない自然の味を生かした和菓子を販売中。
https://www.instagram.com/chiyoka.wa/
http://8k-sharekitchen.com/member/千代菓-ちよか/