超新鮮野菜を届ける若き三人組

2021.06.29
超新鮮野菜を届ける若き三人組

住宅都市でありながら、緑豊かな趣を感じさせる小金井市。ここに地元を”超新鮮野菜のまち”にしようと立ち上がった、3人の若者がいます。市内の提携農家が育てた野菜を、地域の人々に提供するプロジェクトユニット「Vege House」です。

採れたての野菜を24時間以内に畑から食卓へ

メンバーの阪本大梧さん、佐藤友樹さん、小嶋英郎さんは、小・中学校時代の同級生。大学生の頃にアルバイトを通じて再会し、気づけばいつも一緒に過ごすように。「いつか3人で何かおもしろいことをしたいね」と話していたといいます。

阪本さんが「小嶋とは小・中の9年で8回も同じクラスで、佐藤とはサッカークラブが一緒でした」と言えば、「僕と阪本はうるさかったから、クラスを分けられたよね(笑)」とすぐさま返すのは佐藤さん。そして小嶋さんは穏やかに2人を見守ると、絶妙なバランスのトリオです。

Vege Houseの活動には、SNSは欠かせないツールです。ほぼ毎日更新されるInstagramやLINEの投稿には、鮮やかでカラフルな野菜や果物の写真がズラリ。ダイレクトメッセージやコメントを通じ、収穫の数日前に予約を受けつけます。ユーザーのリアクションがダイレクトに届き、従来の無人販売所やECサイトとは違った双方向のコミュニケーションが生まれるのが特徴です。また予約制にしているのは、収穫後の廃棄を減らすねらいがあります。

Vege Houseで扱う阪本農園の野菜。葉物には特にハリがあり、新鮮さがうかがえる。
Vege Houseで扱う阪本農園の野菜。葉物には特にハリがあり、新鮮さがうかがえる。

野菜は収穫から24時間以内に提供するのが原則で、特にキュウリやトマトといった生のまま食べる野菜は、香りの豊かさとみずみずしさにほとんどの人が驚くほど。提携する農家では有機栽培やなるべく農薬に頼らない農業を行っていて、安心して食べられるうえ地産地消を実践できることから生活感度の高い人たちを中心に近隣の支持を集めています。

阪本農園にて。まっすぐに伸びた畝の上に⻘空が広がる。
阪本農園にて。まっすぐに伸びた畝の上に⻘空が広がる。

地元に埋もれていた農の魅力を掘り起こす

3人が活動を始めたのは2020年の5月。いわゆるコロナショックがきっかけでした。世の中が不安に包まれ、誰もがこの先どうなってしまうのだろうと考えたあの頃、阪本さんは家業の将来を案じていました。

阪本さんの自宅は、江戸時代から続く専業農家です。1ヘクタールの敷地には10棟のビニルハウスが建ち並び、サラダほうれん草やスイスチャードなど付加価値の高い野菜を中心に育てています。多くは大手の食品宅配や飲食店を中心に卸していて、一般のスーパーに流通することはほとんどありません。

阪本大梧さん。Vege Houseのフロントマン的存在。野菜の受け渡しなど、地域の人との交流も多い。
阪本大梧さん。Vege Houseのフロントマン的存在。野菜の受け渡しなど、地域の人との交流も多い。

阪本「幸い私の家では、コロナの影響はほとんどありませんでした。でもこの先はわかりません。コロナとは別に、何かしらの社会的インパクトが生じたとき、ひょっとしたら既存の流通がまったく通用しなくなるなんてことも起こるかもしれない。そう考えると、先手を打っておく必要があるなと。自分たちでできることはないかと、模索するようになりました」

そこで阪本さんが最初に始めたのが、ECプラットフォームでのサイト開設でした。

阪本「ところが正直に言って、つまらなかったんです。たくさん売れるでもないし、注文が入っても一方通行のコミュニケーションで。せっかく新しいことをやるなら、もっとおもしろくしたいと2人に相談しました」

そしていつものように3人で集まっていたある夜、ブレイクスルーの瞬間が訪れます。小嶋さんが「おうちで食べて」と阪本さんからもらったキュウリを、おもむろに1口かじったそのときです。

佐藤「『何これ!?』って、小嶋がいきなり声を上げて。こんなうまいキュウリ、初めて食べたって言うんです。実際に口にしてみると、本当においしい。とれたてってすごいなって僕も驚きました。と同時に、何で今まで知らなかったんだろうって。僕らの家は農家ではないし、“野菜はスーパーで買うもの”という認識だったから」

小嶋「そうそう。地元でこんなにおいしい野菜が食べられることに、小金井の人の大半は気づいていない。だったらローカルにアプローチして、ここに住んでいる人たちに農を身近に感じてもらえるようにしようって、ひらめいたんです」

方向性が決まると、アイデアがどんどんと湧き出てきて止まらない状態に。こうして 2020年5月、Vege Houseは動き出しました。

小嶋英郎さん。Vege Houseではコミュニティ担当。まちづくりに関心があり、人がしあわせに暮らせる空間を模索している。
小嶋英郎さん。Vege Houseではコミュニティ担当。まちづくりに関心があり、人がしあわせに暮らせる空間を模索している。

大胆に実験できるのは別のしごとがあるから

SNSにアカウントを開設し、最初の1カ月こそ利用者は数える程度でしたが、3人の間に焦りはありませんでした。むしろその後の想定以上の反応に、手ごたえを感じているといいます。

小嶋「始めて間もなく、地元のメディアに取り上げてもらえたんです。それから利用される方がどんどん増えていきました」

認知を助けたのは、メディアだけではありません。飲食店でVege Houseの野菜を使ったメニューを食べて、地元野菜のおいしさに開眼したという利用者もいるといいます。ローカルならではの口コミ効果です。

佐藤「あとSNS広告もフォロワーが増えるなど、反応がありましたね。逆に失敗したのはポスティング。投資対効果でいうと散々でした(笑)」

阪本農園にある作業小屋。開放的かつノスタルジックな風貌に癒される。
阪本農園にある作業小屋。開放的かつノスタルジックな風貌に癒される。

ほかにも収穫体験のキャンペーンやゲリライベントと、さまざまな試みを仕掛ける3人の様子は、失敗も含めてプロジェクト全体を実験のように楽しんでいるかのよう。肩の力を抜いて取り組めるのは、それぞれが Vege Houseとは別のはたらく場所があるからだといいます。

阪本「Vege Houseは、あくまでもプロジェクトなんです。佐藤は会社員だし、小嶋はインターンをしながら学生生活も送っている。そして僕は、家族と一緒に野菜を育てることがしごとです。もちろん Vege Houseの活動も本気で取り組んでいます。でも一方で、社会人としての務めを果たしているから、楽しく打ち込めているのだと思います」

佐藤「僕は会社でマーケティングに携わっていて、小嶋はまちづくりの会社でコミュニティカフェの店⻑を務めています。実はどちらも Vege Houseでやっていることと、重なる部分がある。小金井に住む人のリアルな反応に触れることは、会社のしごとにもつながっているんですよね」

小嶋「カフェのしごともVege Houseも同じくらいおもしろい。はたらくとくらすの境界線を感じたことは、ほとんどありません。まだインターンだからというのもあるのだろうけど。でも同期で就職した友達の話だと、しごととプライベートはあまり交わらないように聞こえる。自分とは違うなあと感じています」

阪本農園の畑に実るズッキーニ。畑で実のつきかたを見て、驚く利用者も多い。日ごろ口にする野菜も、畑での姿は意外と知らないものだ。
阪本農園の畑に実るズッキーニ。畑で実のつきかたを見て、驚く利用者も多い。日ごろ口にする野菜も、畑での姿は意外と知らないものだ。
佐藤友樹さん。「Vege Houseはやりたいこと。時間を確保してきちんと活動に打ち込めるように、会社のしごとは勤務時間の中で全力で取り組んでいます」
佐藤友樹さん。「Vege Houseはやりたいこと。時間を確保してきちんと活動に打ち込めるように、会社のしごとは勤務時間の中で全力で取り組んでいます」

おいしい野菜を求めて人がやって来るまちに

活動開始からちょうど1年。リピーターも順調に獲得し、提携する農家も確実に増えています。Vege House のファンに共通するのは、小金井という都市でありながら土の匂いも感じられるまちを、愛おしむ思いです。

佐藤「僕らがキュウリを食べたときと同じような体験をしたい人に、きちんと届けていきたい。驚きと感動を地域に押し付けるのではなく、“共感”が僕たちのキーワードなんです」

小嶋「市の観光協会など、僕たちのことを応援してくださる方々の存在は大きいですね。イベントに呼んでくださったり、コラボレーションを持ちかけてくれたり。とても心強いです」

阪本「野菜を食べてくれる人の顔が見えることって、農家には新鮮なことなんです。先日お客様が『Vege Houseの野菜だと、子どもが嫌がらずに食べる』と教えてくれて、とっても嬉しかったですね。同じまちで暮らす人たちが、野菜を通じて小金井で暮らすことの価値を見出してくれていると思うと、僕らのやっていることは間違っていないんだと自信につながりますね」

「同じ野菜でも、農家さんによって味が違うんです。食べ比べたり、野菜ごとに農家さんを選べたりするのも Vege Houseの楽しみ方のひとつです」(小嶋さん)
「同じ野菜でも、農家さんによって味が違うんです。食べ比べたり、野菜ごとに農家さんを選べたりするのも Vege Houseの楽しみ方のひとつです」(小嶋さん)

ただし、Vege Houseの3人にとって、これまでの活動は序盤に過ぎません。もっといろんな切り口で、小金井と人と農をつなげていく意気込みです。

小嶋「プロジェクトを始めた当時から、家庭菜園支援はやりたいことのひとつに掲げていました。去年は僕の家の一部を畑にして、実際に野菜も育ててみたんです。今期はぜひ実現させたい」

佐藤「農家や飲食店との関係も、もっと強化していきたいし、野菜の引き渡し場所も増やしたい。支援してくださる方の期待に応える意味でも、大胆に仕掛けていくつもりです」

阪本「僕たちの中での究極は、新鮮な魚で港町が栄えるように、おいしくて新鮮な野菜を求めて外から人がやって来るような、小金井の新たなブランドを確立すること。そして僕たちで、地域の消費構造を変えられたらいいなって。ちょっと大きなことを言っちゃったけど(笑)。でも結構本気で思っているんです」

取材中も終始楽しそうに、そして率直に語っていたのが印象的だった3人。彼らなら本当に、小金井を”超新鮮野菜のまち”にできるかもしれません。

作業小屋の脇に吊るされていたゴム手袋や農具類。人の手をかけて野菜が育てられていることが伝わって来る。
作業小屋の脇に吊るされていたゴム手袋や農具類。人の手をかけて野菜が育てられていることが伝わって来る。
3人の笑顔を見ると、不思議と明るい気分になる。超新鮮野菜の賜物ともいえそうだ。
3人の笑顔を見ると、不思議と明るい気分になる。超新鮮野菜の賜物ともいえそうだ。

プロフィール

Vege House

1997年生まれの小金井市立東小学校・東中学校の同級生3人組、阪本大梧さん、佐藤友樹さん、小嶋英郎さんで2020年に結成。SNSを通じて、地元のとれたて野菜を地域に提供する。このほか農園と人をつなげる施策を通じ、農を身近に感じられる小金井のまちをめざす。メンバーの阪本さんは、江戸時代からおよそ350年続く「阪本農園」を家族で営む。

■Instagram
https://www.instagram.com/vege_house_

■LINE
https://lin.ee/7vZyXlS

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