距離の近さを最大限に活かす

2017.11.02
距離の近さを最大限に活かす

都市農業の活性化を目指し、大学時代の友人と株式会社エマリコくにたちを設立した菱沼勇介さん。連載2回目では、くにたち野菜の直売所しゅんかしゅんかの出店について、また、街の一角で野菜を育てる都市農業だからこそ可能になる、新しいビジネスのかたちについてお聞きしました。

集荷することで自分たちの物流ルートを作る

国立に戻ってから約一年後、菱沼さんは、商店街活性化の活動を引き継いだ大学時代の後輩や、同じく大学の後輩で後に結婚した奥さんと、株式会社エマリコくにたちを設立。そして、その3ヶ月後には、国立の駅から歩いて5分ほどの場所に、直売所くにたち野菜しゅんかしゅんかをオープンさせます。

「現在は100軒ほどの農家さんとお付き合いさせていただいていますが、最初は仕入先も少なくて大変でした。収穫時期によっては店先に並ぶ野菜の種類も限られてしまうので、農家さんたちに品種を増やしてもらったり、作付けの時期を一緒に考えたり。そうやって少しずつ、コツコツと工夫していきました」

国立の農家が育てる野菜には、大根やトマトなどの定番のものから、のらぼう菜をはじめとする多摩の伝統野菜など、種類が多くあります。しゅんかしゅんかでは、それらの野菜を、自分たちから畑に出向いて集荷し、直接仕入れるというシステムを導入しました。

「自分たちの物流ルートから大きく離れたエリアには行かないようにしています。そこに集荷に行く人件費も、販売する野菜に乗ってしまうので。都市農業は、甲州街道や五日市街道などの大きな道路沿いに農家さんがあることが多いので、そこをメインにまわっています」

毎日、朝と昼の2回、トラックで地元の畑に野菜を集荷に行きます。まさに採れたて!その鮮度が何よりの自慢なのです。
毎日、朝と昼の2回、トラックで地元の畑に野菜を集荷に行きます。まさに採れたて!その鮮度が何よりの自慢なのです。

スーパーとの一番の差別化は、鮮度

自分たちで集荷に行く。それは、生産者と消費者の距離が近い都市農業だからこそ可能なシステムです。また、農家の人たちが出荷に費やしていた労力をなくすことで、野菜の品種を増やす、技術を向上させるなど、農作業に集中してもらう環境を作ることができました。そして、スーパーなどとの差別化を考えた時に、採れたての新鮮な野菜をお客さんに提供することができるという、最大の強みにもなります。

「だからこそ、直売店は駅のすぐ近くなどお客さんのアクセスがしやすいところにないと、意味がないと思っています。どんなに新鮮でも、たくさん買いだめして冷蔵庫の中に数日間あるような状態では、口に入る時には鮮度が落ちてしまいます。うちのお店を冷蔵庫代わりにしてもらって、お客さんが日常的に立ち寄れるような場所を選んでいます」

国立、西国分寺、立川と3店舗に増えた直売店・しゅんかしゅんかは、いずれも駅から徒歩5分以内、改札口の前などに立地していて、しごと帰りや家族で外出した帰りなどに、気軽に立ち寄ることができます。また、直売所の他にも、近隣の百貨店、飲食店などへの卸売業も行っています。

「僕が考える鮮度は、収穫されてからお店に並ぶまでではなく、お客さんの口に入るまで。だから、お店の立地にはこだわりました」と菱沼さん。
「僕が考える鮮度は、収穫されてからお店に並ぶまでではなく、お客さんの口に入るまで。だから、お店の立地にはこだわりました」と菱沼さん。

野菜の背景にあるストーリーを提供する

しゅんかしゅんかで野菜を選んでいると、生産者の名前や生産地だけではなく、どんなこだわりで育てているのか、おすすめの食べ方など、野菜にまつわる様々なストーリーを見ることができます。それを読みながら、今日の夕飯は何にしようかなどと考たり、自分で選んで買う楽しみがあるのです。

「便利やスピードなどの効率だけを求めると、もしかしたらAmazonフレッシュでもいいのかもしれない。そういう時代の流れがある一方で一方で、小売店は何をしたら選んでもらえるかというと、僕は背景流通が大切だと思うんです。生産者のこだわりや情熱など、野菜の背景にあるものも感じてもらいたい。野菜の生産も、お店で買うという消費も、自己表現のひとつですから。それも含めて楽しんでもらいたいです」

都市農業の場合は、車で十数分、あるいは自転車で数分のところに畑があるため、集荷に行きながら農家の人たちと話をしたり、その想いを汲み取ることもすぐにできるのです。「集荷に向かったスタッフが生産者との雑談で盛り上がりすぎて、なかなか帰ってこないということもたまにあります」と菱沼さんは笑います。

生産者の名前などに加えて、珍しい野菜などには、おすすめの調理法などをスタッフが毎日書いています。
生産者の名前などに加えて、珍しい野菜などには、おすすめの調理法などをスタッフが毎日書いています。

まちづくりの視点は忘れたくない

エマリコくにたちは、学生時代に、商店街活性化という活動を通して、まちづくりに関わったメンバーが中心となっています。だからこそ、農業を軸にしたビジネスの中でも、まちづくりの感覚は大切にしているといいます。

「都市の中で野菜を作っているくらいなので、都市農業をやっている人たちは情熱があったり何かに挑戦している人たちが多いのですが、もちろん、そういう方たちばかりではありません。でも、そういうミドルクラスの情熱や技術を持った農家さんも引き上げていかないと、結局町に農地を残していくことにならないんです」

新種の珍しい野菜を作っていたり、無農薬栽培や有機野菜に取り込んでいたりという、一部の特別な農家だけを支えていくのではなく、国立の農業全体を盛り上げていきたい。そんなまちづくりに関わっていく中で、菱沼さんが一番大切にしていることは、忍耐強さだといいます。

「たとえば、長年同じ方法で作り続けてきた野菜の品質を上げようとしても、すぐに結果を出すことは難しいです。それに、野菜の場合は育てはじめたものを途中で変えることもできないので、新しい挑戦をするとしたら、少なくとも来年以降ですよね。長いスパンで、一緒に先を見ていくことが大切だと実感しています」

次回は、エマリコくにたちの飲食店経営について、そして会社の事業を広げていく中で菱沼さんが大切にしていること、直売店や飲食店の経営の先にある今後のプランについて、お聞きします。(安達)

エマリコくにたちが経営する飲食店の1号店でもある、くにたち村酒場。ワインとよく合う野菜のメニューがたくさん並びます。
エマリコくにたちが経営する飲食店の1号店でもある、くにたち村酒場。ワインとよく合う野菜のメニューがたくさん並びます。
連載一覧

#1 大学で見つけたビジネスの原点

#2 距離の近さを最大限に活かす

#3 地元産という言葉に頼りすぎない

プロフィール

菱沼勇介

株式会社エマリコくにたち 代表取締役。1982年生まれ。一橋大学商学部在籍中、国立市にある富士見台の商店街活性化プロジェクトに携わり、Caféここたのをオープン。卒業後、三井不動産に入社。三年後に退職し、アビーム・コンサルティングに入社。同年退社し、NPO法人地域自給くにたち事務局長に就任後、2011年に株式会社エマリコくにたちを設立。その後、野菜の直売所しゅんかしゅんかを3店舗、くにたち村酒場、CRAFT! KUNITA-CHIKAなどを、次々とオープン。
http://www.emalico.com

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