電車図書館は続くよ。どこまでも

2025.11.26
電車図書館は続くよ。どこまでも

東村山市の大きな団地の一角に、西武鉄道の廃車を活かした「くめがわ電車図書館」があります。ここは、地域のボランティアが運営して子どもたちに本の貸し出しを行う地域文庫です。公共の図書館が整備される前の1960年代に広がった文庫活動(子どものために個人や団体で本を開放する私設図書館)が少なくなる中、約60年も続く小さな図書館は、どう受け継がれ、これからどうなっていくのでしょう。代表の小椋裕子さんと40年以上ボランティアとして関わってきた大塚恵美子さんにお話をうかがいました。

地域住民による“電車文庫”

東村山市美住町の公団住宅の一角に設置された、くめがわ電車図書館。西武鉄道の黄色い旧型車両の中に、児童書や絵本を中心とした5000冊の本が並びます。開館日は水曜と土曜の週2回。静かに本を読む子、ボランティアの大人や友達とお話しする子、図書館の仕事を手伝う子、お母さんに本を読んでもらう子、運転席で遊ぶ子など、子どもたちが自由に時間を過ごしています。

小椋裕子さん(以下、小椋)「近くに住んでいる電車が好きな子や本が好きな子、くめがわ電車図書館がモデルになった絵本『でんしゃとしょかん』を読んで遠くから家族で来る子もいます。ここにある本はボランティアが選書会議をして仕入れていますが、おばさんがいわゆる良書・健全書を選ぶのではなくて(笑) ここに来る若いお母さんや子どもが楽しんでいる本も教えてもらっています」

大塚恵美子さん(以下、大塚)「選書会議では、電車図書館で読んでもらいたい本をプレゼンして、議論するんです。例えば、今日の選書会議で選んだのが戦争の本。『もしかしたら誰も借りないかもしれないけど、入れておく意味はあるよね』とか。誰かにお任せじゃなくて、地域の人たちが議論して本を選ぶのは意味があることだと思いますね」

電車図書館の中。本は絵本、物語、詩、学習の本、電車の本など、コーナーに分かれている。実際に電車に貼られていたレトロな広告や西武鉄道の路線図の看板、昔の電車図書館の写真なども
電車図書館の中。本は絵本、物語、詩、学習の本、電車の本など、コーナーに分かれている。実際に電車に貼られていたレトロな広告や西武鉄道の路線図の看板、昔の電車図書館の写真なども

ボランティアは近所に住む人たちで、現在は20人。当番制で本棚の貸し出しや整理、読み聞かせ、清掃、イベント運営などを行なっています。ベテランから最近参加した若いお母さんまで、出版社で働いていた人、司書の人、専門学校でAIを教えている人、外国語ができる人など、男女ともにそれぞれの個性を活かして活動しています。

小椋「雪が降ったら子どもたちが怪我しないようにと自主的に雪かきに来たり、本や椅子が破れたら修理したり。ボランティアに来る人は本や子どもが好きで、『ここの文庫活動に出会ってほんとに良かった』って言う人が多いんです。風通しがよくて大人も子どもも多様性を大事にする環境だから、みんなここでは主体的に動いているんですよね」

くめがわ電車図書館の代表である小椋さん(左)と、40年以上ボランティアをしてきた大塚さん(右)。「ボランティアもいろいろな人がいますが、私たちはきっちり派ではなくて、ヘラヘラ派(笑)」とお二人
くめがわ電車図書館の代表である小椋さん(左)と、40年以上ボランティアをしてきた大塚さん(右)。「ボランティアもいろいろな人がいますが、私たちはきっちり派ではなくて、ヘラヘラ派(笑)」とお二人
表紙が見える本棚にはボランティアの推し本が並ぶ。仕入れは東村山市内の書店「トロル」より
表紙が見える本棚にはボランティアの推し本が並ぶ。仕入れは東村山市内の書店「トロル」より

はじめたのは団地の母たち

くめがわ電車図書館のはじまりは、1967年。当時は公共の図書館がほとんどなく、個人や団体が家や集会所などで子どもたちに本を解放する「家庭文庫」や「地域文庫」と呼ばれる文庫活動が全国で盛んな時代。40年以上もくめがわ電車図書館にボランティアで関わってきた大塚さんは、開設当初のメンバーから立ち上げ時の話を聞かされてきたそうです。

大塚「ここの団地の入居が落ち着いた頃で、若いお母さんと子どもがたくさんいて。『子どもたちが使える施設があるといいね』という声から、『子どもの施設を作る会』が発足しました。その施設として、公団が西武鉄道の廃車となった車両を導入することになったそうです。最初は電車を遊び場にしようという意見が多かったみたいですが、自宅で家庭文庫を開いていた川島恭子さん(くめがわ電車図書館 初代代表)に『日野の図書館を見に行きましょう』と言われて、みんなで見学に行ったんですって。当時、日野にはバスの移動図書館があって先進的な取り組みをしていたんですね。それで実際に車両を使った図書館を見たら、『図書館がいいね』とみんな意見が変わったみたいで」

こうして車両は地域文庫として活用されることに。近隣の本屋のサポートで250冊の本を揃え、必要な本棚やカウンターなどはボランティアのアイデアで発注したとか。活動資金は団地の母たちが資源回収などをして集めたと言います。

プラットフォームを設置したのもUR。「入りやすくて、車椅子の子もベビーカーでも入ってこられるし、すごくいい。本当の電車のホームみたい」と小椋さん
プラットフォームを設置したのもUR。「入りやすくて、車椅子の子もベビーカーでも入ってこられるし、すごくいい。本当の電車のホームみたい」と小椋さん

小椋「昔は今と違う赤とベージュの車両でした。当時のお母さんたちが頑張って電車に入れる特注の本棚や貸し出しのカウンターをオーダーして、それを今も使っているんです。最初に全部設計してくれたのすごいね」

大塚「子どもたちの読書環境を団地のお母さんたちがつくったのはすばらしいことだと思います。当時は、クマのプーさんの翻訳なども手がけていた石井桃子さんをはじめとした児童文学作家も自宅で家庭文庫を開いていて。子どもの読書体験を豊かにしようと、あちこちで小さな文庫の活動が花を咲かせていた良い時期に生まれたんです」

開設して7年後には、東京都の図書館振興策が立てられたことも背景に、創設メンバーが「大人にも子どもにも知る権利をつくってほしい」と市と話し合いを重ね、東村山の市立図書館ができました。くめがわ電車図書館は、今の図書館の母体だとも言われています。

中学校の図書館の司書でもある、代表の小椋さん。くめがわ電車図書館のスタッフと知り合い、ここで読み聞かせをはじめたことが参加のきっかけに。「今はここに住んじゃってるみたいな感覚(笑)」
中学校の図書館の司書でもある、代表の小椋さん。くめがわ電車図書館のスタッフと知り合い、ここで読み聞かせをはじめたことが参加のきっかけに。「今はここに住んじゃってるみたいな感覚(笑)」
大塚さんがくめがわ電車図書館に出会ったのは40年以上前。「子どもと散歩していたらたまたま見つけました。アメリカの児童文学者カニグズバーグの読書会に参加したのがきっかけです」
大塚さんがくめがわ電車図書館に出会ったのは40年以上前。「子どもと散歩していたらたまたま見つけました。アメリカの児童文学者カニグズバーグの読書会に参加したのがきっかけです」

ただいられる場所がある

くめがわ電車図書館は、一般的な公共の図書館のように本の貸し出しをするだけではありません。運営を続ける中で感じてきた地域文庫の求められる役割について、こう話します。

大塚「学校でも家でもなくて、電車図書館がある。子どもがふらっと立ち寄った時に、『おかえり』って迎えるような場所なんです。学校に行きたくなくてもここには来てくれる子や、学校ではあまり話さないけどここではのびのび話せる子もいます。中学生や高校生もたまに来るんですよ。私たちは思春期の子に『何かあったら言いなさい』とは言いません。言葉で何かを語らなくても、ただそこにいられる場所があるのって幸せですよね。そんな自分の居場所がいろいろな子にあるといいなと」

学校でも家でもない、ほっと一息できる第三の場所。国籍も障がいも関係なく、話したい子も話さない子も、学校に行く子も行かない子も、くめがわ電車図書館は一人ひとりの子どもを受け入れています。

小椋「今は兄弟姉妹がいる子どもが少なくなっていますよね。ここは様々な年齢の子が来るので、年上の子の姿を見ながら小さい子の面倒を見るのが自然と身につくんです。『優しくしなきゃ』とか、歩み寄る気持ちが芽生えたり。ここで子どもたちの成長の姿を見るのはしみじみ楽しいよね」

貸し出しカードに手書きで記入する昔ながらのスタイル。索引で本を調べることもできる
貸し出しカードに手書きで記入する昔ながらのスタイル。索引で本を調べることもできる

近所の大人と子どもが関わる機会が減りつつある今、ボランティアとの共同作業も大切にしているそうです。

大塚「最初はなじめなかった子に、紙芝居を頼んで読んでもらったら、『うまいね』ってみんなに喜ばれて。それから図書館の仕事を色々手伝ってくれるようになりました。他の場所では、よそのおばさんに『あれ直して』『しおり40枚折って』とか言われることはないよね(笑) でもここでは子どもたちも『やります!』って楽しんで手伝ってくれる。関わりの中で、いつもとは違う自分を見つけることもあるでしょう」

子どもたちは、本を読むだけでなく、「人に任される」「頼りにされる」経験を重ね、自分の居場所や役割を見つけていく。そして、大人も子どもたちと過ごし、仕事の意義を実感しています。

大塚「親しみを込めて子どもの名前を呼び捨てで呼んだり、何かあったら怒ることもあります。でも、お母さんがその姿を見て『嬉しかった』って言ってましたね。お客さん扱いではなく、ちゃんとその子に向き合っているから。ここではみんなが仲間みたいな感覚があって。私が1人で当番をしている時に最後まで待っていてくれる子もいたり。私たちも子どもたちに助けられてるんです」

子どもたちが自ら図書館の仕事を手伝うこともしばしば
子どもたちが自ら図書館の仕事を手伝うこともしばしば
映画「あん」やアニメ「エヴァンゲリオン」の舞台になったことも。映画をみてボランティアに参加してくれた方もいるとか
映画「あん」やアニメ「エヴァンゲリオン」の舞台になったことも。映画をみてボランティアに参加してくれた方もいるとか

応援団や地域の支えで、これからも楽しく

開設から約60年が経つ今は、時代も大きく変わりました。公共の図書館が当たり前のように整備され、少子化や運営の負担、テレビ・ゲームなどの影響もあり、文庫活動は激減。おやちれん(親子読書地域文庫全国連絡会)で文庫活動をしている人たちが集まった時も「あまり活動できていない」という声が多く「どうやって長く続けているの?」と聞かれ、環境に恵まれていることに気づいたと大塚さんは言います。なぜ、この場所は長く受け継がれてきたのでしょう。

大塚 「ここは家でも公共施設でもなく、URの敷地内に独立した電車の車両を設置した全国でも珍しい文庫です。あと、東村山市の図書館の条例には“地域図書館活動を行う者に対し、これを援助する”と書かれていて、文庫活動を市が補助してくれる仕組みがあります。創設メンバーが市に要請したことで、市から本の補助金が出るようになったんですね。だからファンが広がり、運営の負担も抑えられ、ここまで続けられていると思います」

1991年には団地の建て替えで車両が撤去されることになりましたが、「電車図書館を続けたい」という声が多く、ボランティアと市が交渉し、URが2台目の車両の導入を決定。新しい車両の設置まではプレハブで運営を続けましたが、その間も子どもたちは多く集まっていたと言います。そして、2001年に今の黄色の車両が設置され、電車図書館が再開しました。

「外国人家族の子も多いですね。日本語がわからないお母さんと姉妹に、家族分の絵本をたくさん借りていく子もいます」
「外国人家族の子も多いですね。日本語がわからないお母さんと姉妹に、家族分の絵本をたくさん借りていく子もいます」

車両はURが用意してくれましたが、施設を維持するための資金はありません。しばらく経つと老朽化でメンテナンスが必要になり、存続の危機が何度も訪れました。

大塚 「修繕には大きなお金がかかります。ボランティアの中では『もうここを閉めた方がいいのでは?』という意見も出ました。でも老朽化でトラブルが起こるたびに、色々な応援団が増えていったんです。ここに来るとみんな電車図書館のファンになっちゃうんですよね」

小椋 「エアコンが壊れたら電車応援団の方の紹介で安く買い換えさせていただいたり、窓ガラスが壊れたら鉄道ファンの方が合う形のものを探して提供してくれたり。サビがひどくなったら塗装ボランティア団体・闘魂ペインターズさんが塗り替えてくださったり。屋根が雨漏りした時も市の営繕課が修理を応援してくれたり。みんなが“一肌脱いでやろう”という気持ちになってくれるみたいで」

心強い応援団に加え、団地の自治会や地域の人の支えも、続ける力になっています。

小椋 「最近は『家の隣に保育園を建てるな』という声が出るとよく聞きますが、これまで子どもがうるさいとは言われたことはないです。電気を消し忘れていたら地域の人が心配して連絡をくれることも。やっぱり、地域の皆さんに見守られている感じがします」

電車応援団の方が、ボランティアで清掃活動をしてくれることも
電車応援団の方が、ボランティアで清掃活動をしてくれることも

今は若い方のボランティアも増え、イベントも続々開催。電車のヘッドライトが点るレアな夜間開館やマルシェ、作家の講演会、学校とのコラボなども。地域の方や鉄道ファンなど多くの人が集まり、イベントを通してお金を寄付してくださる方も多いそうです。

小椋「この前、電車の展示イベントを企画したキーパーソンは、電車が大好きで幼稚園からここに通っている中学生。鉄道研究会に入ってて、『うちとコラボで何かやってみない?』と若いスタッフが声をかけたら『いいよ』って。彼は先生や友達など9人ぐらい連れてここに来て、電車図書館が自慢にもなってるみたい」

大塚「若い方はチラシやSNSなどをうまく活用したり、ガチャガチャで福袋があたるような面白いイベントを考えたり、軽やかなんですよね。一緒にやりたいなと思うお母さんにはスカウトすることもあります(笑) 子どもの数も減っていますので、これからは新しい考え方を取り入れながらどう続けていくのかは議論していきたいですね」

小椋 「みんなが面白がれないものは続きません。私たちもここに来ることが楽しいんです。ずっと何かあっても乗り越えてきたし、子どもも大人もみんな楽しそうだから、『電車図書館を閉めた方がいいのでは?』という声もいつの間にかなくなりましたね(笑) これからも、『楽しいことはやれるだけ続けたらいいんじゃない?』って」

奥には読み聞かせコーナーが。子どもが集まって話していることもある
奥には読み聞かせコーナーが。子どもが集まって話していることもある
市内の中学生が書いたおすすめ本の紹介カードも展示されていた
市内の中学生が書いたおすすめ本の紹介カードも展示されていた

小さい頃に通っていた子が親になり、またその子どもが通うように。ここでは、親子2代、3代で通う家族も少なくありません。子どももボランティアの大人にとっても第三の場所であり、地域のつながりを強くする場所。小さな電車図書館はこれからも、時代の変化に応じながら、新しいファンを広げていくのでしょう。

くめがわ電車図書館
東村山市にある旧西武線車両を利用した地域文庫。1967年に開館し、団地の建替えを経て、2001年に再開。代表の小椋さんや大塚さんをはじめとした、ボランティアで運営されている。
https://www.instagram.com/kumegawa_train_1150/

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