そばではたらく
通勤時間010

“絵”が導いた稲城の暮らし

生まれ育った場所に、そのまま大人になっても暮らし続ける人ってどのくらいいるのでしょうか。転勤や結婚などを機に、遠く離れた土地へ移り住む人も多いと思います。東京だったらなおさら、たまたま地方からやってきたという人も多いはず。今回ご紹介するイラストレーターのyossanとして活動している梅田さんも、3年前に多摩南部の稲城市に越してきた1人です。今は住んでいる地域と深く関わりながら、フリーのイラストレーターとして活動している彼女。縁もゆかりも無かった新天地で、どうやって地域と関わりながら自分のイラストのしごとをつくってきたのでしょうか?

個展「いいえいなぎです」をひらく

梅田さんは昨年の秋、自身が描いたイラストの個展「いいえいなぎです」を開催しました。場所は市内の商工会が運営する観光発信拠点のスペース。稲城市の形を様々なものにみたてたイラストは、ユニークで楽しげな気持ちになります。LINEスタンプやイラストを使用したグッズも販売され、開催期間も予定より延長となり多くの人が訪れました。

「最初は、稲城市の地形が人の顔に見えるなと思って落書きして、それをSNSにアップしたんです。それに対して『それ面白いね、個展やったらどう?』と言ってくれた人がいて。そうしたら、『場所はうちでやりなよ』と展示の会場となった場所の所長もコメントしてくれたんです。」

イラストと共に添えられた「◯◯ですか?」「いいえいなぎです」という言葉には、知名度の低さを面白がっている感じの印象を受けます。

「『まじめにふざける』というのがテーマにありました。稲城に住んでいると言うと、千葉の稲毛に間違われたりすることはよくあるんです。今回の展示は知名度のなさを自虐的に表現しましたけど、そんな感じで楽しみながら稲城をもっと知ってもらえたらいいですよね。」

明るく話してくれる梅田さんは、大阪生まれ兵庫育ち。結婚、そして旦那さんの転勤を機に稲城に越してきました。多摩川の近くで、周囲には畑もある一軒家の自宅が今の彼女のしごと場。子育ての真っ最中で、お子さんが保育園に行っている間の時間でしごとをされています。

お話をお聞きしたのは、窓から光が差し込む明るいしごと部屋。壁には「いいえいなぎです」に展示した絵が飾ってありました。

同展では、見に来てくれた方にも地形をつかって絵をかいてもらい、楽しんでもらう企画がありました。

知り合いゼロの土地でスタート

今は、稲城に住みやすさも感じて腰を据える予定だという彼女ですが、当時は出産2ヶ月前に急に決まった引っ越しで、頼れる親戚も周囲に全くいなかったそう。とにかく人が恋しかったという、その時を振り返って話してくれました。

「引っ越したばかりのころは、本当に誰も知り合いがいませんでした。出産して、赤ちゃんと私の2人きりの生活でしたね。体調も良くなくて、子ども家庭支援センターへ通って、しゃべれる人をつくったりしながら助けを求めてました。」

最初はそんな孤独な状況でしたが、外に出たら人脈が広がっていったそう。きっかけは、誕生日にケーキを買おうと洋菓子店だいちとくるみを訪れたこと。店主の人とSNSでつながるようになります。

「その頃、男女関係なくつながれる、集まれる場所があればいいのにと思っていました。そしたら本当にそんな場所をこれからつくろう、という会に誘ってもらったんです。それが今の、色んな市民活動の拠点となっている『くらすクラス』です。当時代表だった方とも偶然つながって、運営側のスタッフとしても声をかけてもらうこともありました。」

イベントなどに参加しているうちに、ワークショップやイベントをやらないかと声をかけてもらうようになったそう。これまでに、路上らくがき大会や、子供達とシャッターアートを作成するイベントをしたり、市のイラストマップを手がけてきました。

くらすクラスで開催したワークショップ「布にお絵かき」。

「子供を児童館に連れて行ったので、その関係で友達から地域のしごとがきたこともあります。それに、都心にもアクセスのよい立地だから出版社にも足を運びやすいのは良いですね。売り込みにいったりしてイラストの仕事をもらえるようにもなりました。」

稲城に引っ越す前に梅田さんが描いた絵。「今の自宅近くの風景にそっくりで、ここに来ることを予知していたよう」と見せていただきました。

良いことを運んでくれる「絵は伝書鳩」

たまたま引っ越した先で、イラストレーターとして活動の幅を広げている梅田さんですが、そもそも、なぜ「絵」だったのでしょうか?小さい頃から今にいたるまでの経験から、絵には特別な思いがあるそう。

「旧姓が吉川で、よっさんって呼んでもらったことが今のyossanの由来なんです。」

絵は、もともと人と話すのが得意じゃなかったという彼女が人とつながる手段。幼稚園の頃から描き続けているそうです。

「小学校低学年の頃は話しかけるのが苦手でした。クラスメイトに落ちた消しゴムを拾ってと声をかけることもできない子供時代でした。でも、周りから『面白い絵をかいているね』などと話しかけてもらったり、yossanと呼ばれるうちに友達と話しやすくなりました。当時は漫画もかいていましたね。」

絵を通して人と交流が深まっていくという出来事が、ずっと前から今にいたるまで、彼女の未来をひらいていきました。

「稲城で最初に関わった、くらすクラスをつくるための集まりも、何もしてない人だったら誘ってもらっていなかったのかも。絵をかいている人だったからこそなのかと思います。絵が未来の良いことを連れてきてくれるんです。」

梅田さんの言葉では、「絵は伝書鳩」。直接話すのではなく、絵をみた人から声をかけてもらい、それがきっかけで、しごとにもつながります。

しごと場の天井には、梅田さんのお母さんがつくった、yossanの文字と鳥のモチーフが飾られています。「鳥のようにとんできて、ようやく居場所にたどりついた」と梅田さん。

地元ではないからこその視点で

生まれ育った場所ではないからこそ、そこで出会った人との縁を大切に生かそうという気持ちがあるのでしょうか。「絵」という自分の軸をしっかり持ちながら、地域に密着した活動をし、それを原動力にイラストレーターとして前に進まれています。そしてやはり、その土地へ新しくやってきた人だからこその視点もありそうです。

「本当にいいものがあって、みんなアピールしているのに、今は外にそれがまだまだ届いていないと感じます。なので、まずは自分の絵で表現できたら。知るためのきっかけをつくって、それを入口に美味しいものなど稲城のことへ繋がって、それぞれへ出会っていったらいいですよね。まだLINEスタンプをつくったりとかですけど、いろいろと構想はしています。」

憧れの海外の絵本作家に直接手紙を送ったら届けられたという絵本を見せてくれました。梅田さんの行動力も垣間見えます。

稲城で出会った人に、「良かったら入って」、「良かったら見に来て」と言われたりした色々な活動や集まりに対して、顔を出しているという梅田さん。イラストレーターとしての自分のしごとに対しては、中学生の頃から10年ごとに目標をたてて、個展開催、絵本の制作、と実現しステップアップしてきました。

「次の10年は世界中に自分の描いた絵本が広まっているようにしたい。」そう語る声には、どこへいこうと自分を信じる力を感じます。今、たどりついた稲城でイラストレーターとしてまっすぐ自分の目標へ歩まれている姿には、地域の人を感化し、味方にして前へ進んでいく明るいパワーがありました。(田中)

プロフィール

梅田智子

イラストレーター。yossanとしてフリーで絵本、イラスト、デザイン等の仕事をする。2015年に東京都稲城市に転居。2018年に稲城発信基地ペアテラスにて、個展「いいえいなぎです」を開催。
http://yossan43.com/