これからの教育ビジネスに見る夢

2017.09.11
これからの教育ビジネスに見る夢

Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Math(数学)といった理系領域に重点を置いた英才教育である、STEM教育。このSTEM教育に特化した教室や学童保育などを運営する中村一彰さんは、どうしてこの事業を始めたのでしょう。

正解を出すことがゴールじゃない

STEM教育の現場では、実際にどのようなことをするのか。それを知りたいと思ったところ、中村さんは動物のような四角いロボットを見せてくれました。左右6本の脚は、前脚と中脚、そして中脚と後ろ脚が横長のパーツでつながっています。

「機関車の車輪の仕掛けと同じです。これにより、左右1つずつのモーターで6本の脚を効率よく動かすことができるんです」

6本の脚が連動して動くロボット。モーターも自分で組み立てます。
6本の脚が連動して動くロボット。モーターも自分で組み立てます。

中村さんの教室では、はじめに連動して動く仕組みを子どもたちに解説し、それから各自でパーツを組み立てていきます。出来上がりの正解はありません。仕掛けを自分で再現し、それを活用する過程を大切にしているからです。

答えのないところで解を探る喜びを

教育ビジネスというと、学習塾など受験に絡んだものが真っ先に浮かぶはず。しかし中村さんは、その道には進みませんでした。

「ベンチャー企業に勤めていた頃、主に事業開発と人材育成を担っていました。既存のビジネスモデルが存在せず、まさに“答えのない”ところで解を見いだしていく必要がありました。一方、後輩や部下たちと議論していく中で出てくるのが、『どうすればいいですか?』といった指示を受ける質問でした。いや、違うんだと。現場を観察し、自分なりの仮説を立てて、アクションプランを練る思考力や行動力を求めていました。

教育実習で感じた違和感(第1回参照)は、社会に出てさらに具体化されたようです。
教育実習で感じた違和感(第1回参照)は、社会に出てさらに具体化されたようです。

けれども、私たちは学校教育を通じて“正しく答えること”の訓練を重ねてきています。過去の偉人たちの成果を学ぶことはもちろん大切です。しかし『正解がある』と思い込むこととは違う。その偏りが大きいのではないかと。そこで、学校と実社会を学びでつなげられたらよいのかなと思うようになりました」

中村さんが求める学びは、どのようにして市場に届けることができるのか。最初に考えたのは、保育園を開設することでした。

「しかし行政から認可をもらうには、いくつもの条件をクリアし、膨大な資金が必要でした。現実的ではないなあと思っていたところに、『学童保育をやらないか』と知人から声を掛けられたのです」

アフタースクールという形なら自分のやりたい学びが提供できるし、安心して子供を預けられる場所が欲しいという共働き世帯のニーズにも応えられる。そうして開設したのが、学童でありながらSTEM教育をはじめ、スイミングや英会話などの習い事もできる民間学童保育施設でした。さらにSTEM教育のカリキュラムは周囲から注目を集め、現在はSTEM教育に特化した学習スクールのフランチャイズ化も進めています。

教室の様子。試行錯誤しながら子どもたちが夢中に取り組む。
教室の様子。試行錯誤しながら子どもたちが夢中に取り組む。

任せることで没頭できる学び

中村さんにはSTEM教育にとどまらず、いつか世に広めていきたい学びの形があります。それが「探究型テーマ学習」です。

「北欧をなどで取り入れられている学びです。テーマと大きな枠組みとアウトプットの手法だけが決められていて、あとは子どもたちに任せます。例えば“水はどこから来て、どこへ行くのか?”というテーマなら、地球規模で水の循環について調べてもいいし、川の流れる水のはたらきに注目してもいい。それを数週間、あるいは数カ月にわたって取り組みます。教員たちは知識を教えるのではなく、子どもたちの学びをサポートすることに徹します」

まるで、大学生が卒業論文をまとめるようなスケールです。しかし子どもたちの好奇心は、大人のそれを軽々と上回ります。

「STEM教育も、“テーマ”と“枠組み(理論)”と“アウトプット”を設計しやすいので、探究型の学びと相性がいい」と中村さん。
「STEM教育も、“テーマ”と“枠組み(理論)”と“アウトプット”を設計しやすいので、探究型の学びと相性がいい」と中村さん。

「数は少ないですが、国内にも探究型学習を取り入れる民間の施設があります。前に様子を見学したことがあり、そこで見た子どもたちのイキイキとした姿は今でも忘れられません。宿題もテストもないし、チャイムも鳴らない。誰かと比べられることもないから、苦手な教科もない。興味の赴くままに夢中になれる時間が用意されていて、一方で学力もしっかり身につける。そうした経験は、成長や生き方にも大きな影響を与えるでしょう」

中村さんの教室では、育みたい人物像に魚類学者でタレントの“さかなクン”や、人物デザイナーの柘植(つげ)伊佐夫さんを例に挙げるのだそう。確かに自分の好きなことを究めた人たちは、充実感に溢れ、キラキラと輝いています。

「先進的な学びを取り入れることで知られる松田孝校長が赴任した、小金井市立前原小学校でも理科を教えているのですが、答えに縛られず、それぞれの発見や気づきに胸を躍らす瞬間が大切だなあと、子どもたちを見ていて感じます。中には、予習をしてくる子もいるんです。でも答えを知っていることで、視点が枠にはまってしまうところがある。正解・不正解で判断してしまう私たち大人が、子どもたちの成長に制約をかけていることは自覚する必要があると思いますね」

学校教育でもアクティブラーニングの導入など、さまざまな改革が進められています。しかし旧来の価値観から脱却し、浸透に至るまでには環境整備も含めてまだまだ時間がかかりそうです。
そうした中で新たな学びの動きを加速させるのは、中村さんのような従来の在り方にとらわれない存在なのかもしれません。

連載一覧

「答えのない学び」の仕掛け人

#1 事業を決めずに起業を決める

#2 これからの教育ビジネスに見る夢

プロフィール

中村一彰

株式会社Viling Founder & CEO
1978年埼玉県生まれ。大学卒業後、民間企業2社で12年間キャリアを積む。2社目の人材ベンチャーでは営業・新規事業開発・人事部門のマネジャーを歴任。児童期の教育に関心を持ち、発達段階における10歳までの教育環境が重要であるという考えを持つに至る。2012年10月に株式会社Villingを創業。代表取締役に就任。現在は教室運営のほか、学童保育開設コンサルティング事業、また公立小学校ではプログラミング教育や探究型学習の授業を受け持つ。

株式会社Viling
http://www.viling.co.jp/
民間学童保育「スイッチスクール」
http://www.afterschool-lealea.com/
プログラミング&STEM教育スクール「STEMON」
http://www.stemon.net/

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