自分の店は、自分のものじゃない

2017.08.21
自分の店は、自分のものじゃない

28歳のときに最初のカフェをオープンさせたパブリック・スペース代表取締役の鈴木佳範さん。カフェ好きが集まる店をつくるよりも、カフェを使わなかった人が来たいと思うような場所をつくることを目指し、Cafe Sacai(カフェ サカイ)、ond(オンド)を次々とオープンさせています。

マーケティングターゲットのない店?

東京・三鷹市にあるCafe Hi famiglia(カフェ ハイファミリア)が入っている建物(三鷹産業プラザ)は、三鷹市の産業振興の拠点施設として建てられたものです。そのためか、三鷹市民にとっては“市の施設”という認識が強いようです。「市の施設の中に入っている店だから安心、と思う人も結構いるようで、カフェは敷居が高いとか、洒落すぎていていやだ、と普段は思っている人も来てくれます。毎日ご飯を食べに来るおじいちゃんや、若い女の子、子連れのママ、ビジネスマン‥‥ハイファミリアへ行くと幅広い層のお客さんがいて、マーケティングターゲットのなさにびっくりしますよ」と笑います。

そんなカオス的な空気感も、半分は狙っていたそうです。「世の中の幸せって、どれだけ許せるか、じゃないですか。いろいろな人が一緒の空間にいて、一人でご飯を食べる老人、走り回る子ども、しごとをする人、それぞれがお互いを許し合えるような場所にしたいと思っていました。カフェ好きの人だけが集まる場所ではなく、カフェを使わなかった人が来て、“いいな”と感じてくれることの方が、世の中を変えていけると思うんです」といいます。この国をカフェであふれる景色にしたいという鈴木さんの理想の一歩がハイファミリアにはあります。

そして、残りの半分はスタッフの実力がつくり上げたもの、と感謝の気持ちを口にしました。鈴木さんの価値観を共有するスタッフたちは、お客さんと会話を交わしたり、居心地良く過ごせるよう細やかな心配りをするなど、マニュアルではないサービスに徹しています。まちに開かれたカフェとして、ハイファミリアは定着していきました。

お客さんとスタッフが何気ない会話を交わせる雰囲気も、鈴木さんが提供する“公共空間”には欠かせません(「オンド」にて)。
お客さんとスタッフが何気ない会話を交わせる雰囲気も、鈴木さんが提供する“公共空間”には欠かせません(「オンド」にて)。

まちの景色にとけ込むように

ハイファミリアのオープンから6年が経ったころ、隣市である武蔵野市にCafe Sacai(カフェ サカイ)をオープンさせました。これは、JR中央線の高架化に伴って始まった高架下を活用する事業中央ラインモール構想の一環として、高架下回遊歩行空間ののみちサカイ西に出店してほしいという依頼が舞い込んだことがきっかけでした。

当時はまだ高架下の整備が進んでおらず、薮や釣り堀があって、最寄りのJR武蔵境駅から徒歩6分ほどかかるという立地に、最初は二の足を踏んだそうです。しかし、高架下に店が集まる構想は鈴木さんのまちづくりへの想いに通じるものがあると感じたこと、また、ハイファミリアで育ってきたスタッフたちにとって新しい目標になると考え、オープンを決断。オープンしてからの2週間のことについて、鈴木さんは「今でも忘れられない」と振り返ります。「想像以上にお客さんが来てくれたんです。隣の三鷹市でカフェをやっていたけれど、このまちの人にとっては縁の薄い店だった。それなのに、ものすごい行列ができて、“えーっ”とてんやわんやでした」。今となっては笑い話として振り返ることのできる出来事です。

まちをつくるのは店だ、と語る鈴木さん、「自分の店は、自分のものじゃない」というポリシーを持っています。良い店があるから人が集まる、だから1つの店だけではまちはつくれないとも考えています。“◯◯という店があるから行ってみよう”というのではなく、“あそこらへんになんか面白い店があるみたいだから行ってみよう”というように「まちの景色」として認知されたい。それが、「まちの空気」をつくることだと教えてくれました。

通りに面して大きな窓があり、明るい光がたっぷりと入り込むカフェ サカイ。今ではすっかりこのまちの風景として、当たり前のようにそこにあります。
通りに面して大きな窓があり、明るい光がたっぷりと入り込むカフェ サカイ。今ではすっかりこのまちの風景として、当たり前のようにそこにあります。

危機感から生まれた店

2017年6月、鈴木さんのまた新たな挑戦が始まりました。カフェ サカイから1本道路を挟んだ東側の高架下に、デイリーアクセスショップond(オンド)をオープンさせたのです。この店、実は鈴木さんの危機感から生まれたといいます。

「カフェ サカイにも日々、お客さんが来てくれるのですが、さすがに雨が降ると客足が途絶えてしまう。店って、待っているだけではダメだな、とつくづく感じたんです。オーナーが一人でやっているカフェも多いですが、ちょっとお客さんが来なくなると立ち行かなくなるケースもあって、もったいない。僕はそういう人たちを、この国にカフェがあふれる景色をつくる仲間だと思っていて、場所やキッチンなんかを提供するから、一緒にやっていきたい。そういう場としてオンドを作ったんです」。

オンドには、コーヒーカウンター、タルト専門店、デリの3つのショップと珈琲焙煎工房、クラフトビール醸造場、そしてワークショップもできるスペースがあります。店内に入ると、珈琲豆を焙煎する香り、豆を挽く音、静かに流れる音楽、カウンターで店のスタッフと談笑する人、低めの椅子に腰掛けて窓越しの風景を楽しむ人、家で食べるデリを買う人・・・幾通りものスタイルを感じることができます。それはまさに、鈴木さんが目指す“豊かな生き方”が見える光景ではないでしょうか。

「オンド」に入っているタルト専門店「Bateau à tartes(バトーアタルト)」の手作りタルト。「オンド」内のショップはそれぞれ違うオーナーが運営し、「オンド」のキッチンや設備をシェアするスタイルなので、店のオーナーは設備投資を抑えることができます。こうして「みんなが幸せを感じられる公共空間」がつくられているのです。
「オンド」に入っているタルト専門店「Bateau à tartes(バトーアタルト)」の手作りタルト。「オンド」内のショップはそれぞれ違うオーナーが運営し、「オンド」のキッチンや設備をシェアするスタイルなので、店のオーナーは設備投資を抑えることができます。こうして「みんなが幸せを感じられる公共空間」がつくられているのです。

第3話では、経営に欠かせない“お金”の話と、家族と一緒に生きる“幸せなはたらき方”についてお聞きします。(大垣)

連載一覧

まちの空気と温度をつくる人

#1 公共空間的カフェの連鎖を生む

#2 自分の店は、自分のものじゃない

#3 家族、スタッフ、まちとともに

プロフィール

鈴木佳範

パブリック・スペース株式会社 代表取締役。岩手県出身。大学卒業後、三鷹のライフスタイルショップ「デイリーズ」を経て28歳で独立。現在、カフェ2店、デイリーアクセスショップ1店を経営する。

Cafe Hi famiglia(カフェ ハイファミリア)
http://www.hi-famiglia.com
Cafe Sacai(カフェ サカイ)
http://www.cafe-sacai.com
ond(オンド)
http://ond-craftfood.com/

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