事業を決めずに起業を決める

2017.09.07
事業を決めずに起業を決める

“STEM教育”という言葉を聞いたことはあるでしょうか。Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Math(数学)の各領域の思考を鍛える、アメリカ発祥の教育手法です。中村一彰さんは自身で株式会社Vilingを立ち上げ、2014年から学童保育でのSTEM教育やプログラミング学習の導入に取り組み、現在では、その数は民間学童4校、STEM教育スクール31校に及びます。ところが、そんな中村さんの起業の仕方はとてもユニーク。先に会社を興すことを決めてから、教育で勝負することにしたというから驚きです。

教員の夢から一転、サラリーマンに

STEM教育を取り入れた学童保育施設や学習教室を運営し、大学も教員養成課程を専攻していたという中村一彰さん。てっきり教育畑ひと筋なのかと思いきや、どうやら違うようです。

「私自身、卒業後は教員になると漠然と思っていました。しかし小学校の教育実習で道徳の授業を受け持つときに、ちょっとした事件が起こるんですね。ある出来事によって起こる葛藤について考える内容だったのですが、1つの結論に導く指導書の方針に違和感をおぼえて。もっといろんな意見や考えがあってもよいのでは、思ってしまった。いま思えば、私の指導スキルのなさもあるのですが、それで『僕には、この授業はできません』って指導担当の先生に言ってしまったんですよね」

中村一彰さん。一つひとつの質問に、言葉を選びながらも丁寧に答えます。
中村一彰さん。一つひとつの質問に、言葉を選びながらも丁寧に答えます。

この一件は教師になることを考え直すきっかけとなりました。そして卒業後に選んだのは、不動産業界での営業職。教育とはまったく関連のない分野です。

しごとの仲間が、考えの幅を広げてくれた

お客様にモデルルームを案内したり、資金計画を一緒に考えたり。中村さんは、しごとにどっぷりとはまっていきます。「今のご時世だと、ブラック企業と言われてしまうかも」という環境でしたが、全員が朝から晩まで楽しく真面目にはたらいていたといいます。

「職場の仲間は誰もがしごとに対して真摯で成長意欲が高く、いろんなことに興味があって、それでいて一本芯の通った生き方をしているように私の目には映って。またモデルルームには、いろいろな職業や世代の方々がいらっしゃいます。それにとても刺激を受けて、私も毎日すごく楽しかったです」

自身のキャリア一つひとつが、今につながる大切な過程だったと中村さん。
自身のキャリア一つひとつが、今につながる大切な過程だったと中村さん。

身を置く環境によって、ものの見方や視野の広がり方も変わって来る。そこに気づいた中村さんは、社会人4年目の頃に転職を決意します。独学で学んでいたマーケティングやファイナンシャルの知識を活かしながら、今度は自分のしごとの幅を広げたくなったのです。

転職先は、医療介護分野に特化した人材サービス会社。最初の会社の先輩が立ち上げたベンチャー企業でした。
「入社した頃はまだ社員数も10人とちょっとで、自分たちで新しいビジネスをつくり出すところからのスタートでした」

会社は、やがて東証1部に上場するほどの規模となる急成長ぶり。中村さんは、今度は経営に興味を持つようになりました。20代の後半には、「30歳を越えたら、自分で会社を興そう」と考え始めます。

「起業しようと会社を辞めた時も、どんな事業にするかは決めていなかったんですよね。会社をつくることがまず先にあって、何をするかは退職してから考えていました」

最初は農業や中古住宅、webマーケティングなどの分野も模索しましたが、「自分が50歳、60歳になっても、興味が尽きることなく続けられそう」と感じられたのが教育だったといいます。

STEM教育の授業で使う歯車。しごとやはたらき方も、自分の価値観と歯車が噛み合う時に、幸せを感じられるのかもしれません。
STEM教育の授業で使う歯車。しごとやはたらき方も、自分の価値観と歯車が噛み合う時に、幸せを感じられるのかもしれません。

「ちょうど起業の時期と2人目の子どもが生まれた時期が重なり、教育に再び関心を持ち始めて。脳科学や発達心理の本などを読み漁るうちに、学びに対する価値観や姿勢のようなものは、10歳頃までの体験の影響が大きいという考えに至りました。“お金を稼ぐ”という視点では、厳しいところもあるのですが。しかし教育なら、自分が生涯にわたり夢中になれると感じたんです」

迷ったら、より厳しいほうを選ぶ

とはいえ、将来の見通しがついていない中で会社を辞めるというのは、大胆な行動に出たものです。不安はなかったのでしょうか。

「人生の岐路に立った時、いつも“より厳しいほう”を選ぶところがあって。高校も、当時得意だったサッカーで勝負したいと、地元の高校ではなく全国大会の常連校を選んだし、最初の会社も『世の中の2倍、3倍のスピードで成長できます』というキャッチコピーに惹かれて入りました(笑)。ハードな環境で揉まれて、もがいて、鍛えられて。それが自信となって、次のチャレンジにつながっている気がします」

チャレンジの先にある成長を楽しみながらも、気負いのない姿勢がとても魅力的です。
チャレンジの先にある成長を楽しみながらも、気負いのない姿勢がとても魅力的です。

ストイックに自分を追い込むと、途中で心が折れそうになる気もするのですが。

「そうですね…、最善を尽くして失敗したのなら仕方がない、と考えることのほうが多い気がします。でもやる時は必死で頑張って、そして気がつくと、何とか乗り越えられているような。結果の良し悪しはあるけれど、自分が成長していることは間違いない。その繰り返しですね」

自分をごまかすことなく、内なる感情に正面から向き合いながらはたらき方を変えてきた中村さん。
ところで中村さんは起業するにあたり、なぜSTEM教育という分野を選んだのでしょう。次回はその理由に迫ります。

連載一覧

「答えのない学び」の仕掛け人

#1 事業を決めずに起業を決める

#2 これからの教育ビジネスに見る夢

プロフィール

中村一彰

株式会社Viling Founder & CEO
1978年埼玉県生まれ。大学卒業後、民間企業2社で12年間キャリアを積む。2社目の人材ベンチャーでは営業・新規事業開発・人事部門のマネジャーを歴任。児童期の教育に関心を持ち、発達段階における10歳までの教育環境が重要であるという考えを持つに至る。2012年10月に株式会社Villingを創業。代表取締役に就任。現在は教室運営のほか、学童保育開設コンサルティング事業、また公立小学校ではプログラミング教育や探究型学習の授業を受け持つ。

株式会社Viling 
http://www.viling.co.jp/
民間学童保育 スイッチスクール
http://www.afterschool-lealea.com/
プログラミング&STEM教育スクール STEMON
http://www.stemon.net/

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