団地から遊びを広げる配達人

2024.04.25
団地から遊びを広げる配達人

ボードゲーム会社で営業として働く傍ら、“遊び配達人”と称し、高幡台団地を拠点に様々な人や場所にゲームや遊びを届けている、クリハラタツヤさん。団地をはじめ、商業施設や公園などたくさんの場所で、遊びを通してにぎわいをつくってきました。介護福祉士、バイヤー、ホテルマンなどの経験を経て、“遊び配達人“を始めたストーリーとは?

イベントとゲームを掛け合わせて

ボードゲームの開発やイベントの企画などを行い、様々な人や場所に遊びを届ける“遊び配達人”として活動する、クリハラタツヤさん。これまでに手がけたゲームイベントは50回以上、参加者は1000人以上に上ります。幼少期はテニスやサッカーなどのスポーツをしたり、ファイナルファンタジーなどのデジタルゲームで遊んだりと、普通の子どもだったと言います。今の活動をはじめるまで、どんな経緯があったのでしょう。

大学を卒業後、地元の老人ホームで介護福祉士として働いていたクリハラさんは、インテリアに興味を持ち、上京して家具屋で働くことに。家具のバイヤーの仕事をしながら、空いた時間に個人でイベントを企画して楽しんでいたそうです。最初は何となくノリで始めたものの、イベントづくりで感じた面白さが、遊び配達人につながる最初の布石になっていました。

「東京って、毎晩いろんな人が集まってオシャレなパーティーをしているイメージがあってそんな生活に憧れてましたね(笑) 上京して地元の同級生とたまたま会って、“俺らも楽しいことしたいしイベントする?”みたいなノリで、ダーツやビリヤード、DJ、フェスとか、東京っぽいイベントをいろいろやってたんです(笑) イベントすると、どんどん友達が増えて、いろんなグループやコミュニティが生まれて面白かったんですよね」

“遊び配達人”のクリハラタツヤさん。遊びを軸に、ボードゲームの企画・制作、イベント開催、講演・企業研修など、多彩な活動をしている
“遊び配達人”のクリハラタツヤさん。遊びを軸に、ボードゲームの企画・制作、イベント開催、講演・企業研修など、多彩な活動をしている

転機は、家具屋のバイヤーとして6年の経験を積み、転職を考えるようになった頃のこと。参加した展示会で、クリハラさんは一つのボードゲームに衝撃を受けます。

「展示会場に、かっこいいオブジェのようなものが置いてあったんです。その場で“これ何ですか?”って聞いたら“ボードゲームです”って言われて、“え、これって遊べるの!?”と驚きました。『クアルト』というフランス生まれのボードゲームで、長年バイヤーとして家具や雑貨など色々な物を見尽くしてきたと思ってたのに、“こんなに面白いものがあったのか!”と。それで、これまでやってきた個人のイベントとボードゲームをくっつけて、“ボードゲームイベントをやろう!”と思ったんです」

こうして手がけるようになったボードゲームのイベントは人が集まり、クリハラさんは手応えを感じるようになっていきました。

ボードゲームの種類は多彩。市場規模は現在100億程度で、まだまだマイナーな世界だとか。「年間で1000タイトルぐらい新作が出ると言われていて、多くは個人のボードゲームデザイナーが趣味で作って販売したりしています」
ボードゲームの種類は多彩。市場規模は現在100億程度で、まだまだマイナーな世界だとか。「年間で1000タイトルぐらい新作が出ると言われていて、多くは個人のボードゲームデザイナーが趣味で作って販売したりしています」

一方で、自分のキャリアを見直し始めていた時期でもあり、慣れた環境をに変化を求め始めていたことと、ボードゲームとの出会いが重なり、「転職して死ぬ気で3年働く」ことを決意したクリハラさん。展示会でボードゲームを販売していた知育玩具会社に直談判し、営業として入社することに。百貨店や大手チェーン店などで実演販売を行い、指名数No.1になるほど仕事に力を注ぎました。やりがいや成長を感じたものの、休みなく忙しく働く毎日。ボードゲームで遊んだりイベントを手がけたりする時間もなく、次第に心身に不調が出るようになったと言います。

「死ぬ気で3年働くつもりだったんですが、死ぬ気が4年ぐらい続いて、だんだん頑張れなくなってしまって。遊び道具やおもちゃを販売しているのに、自分は全然遊んでないというジレンマも感じました。この状態は良くないと、いろいろな人に相談しましたね」

そして、 “泊まれる公園”をコンセプトにした静岡のホテルの立ち上げに運営や企画で関わることになり、転職へ。沼津にある工事中のホテルに寝泊まりしながら無事にオープンできたものの、運営する中で徐々に求めていたものが違うと感じるようになり、静岡を離れます。

「東京に戻り、自分のやりたいことを探りながら無職になって。そんな状況で何が自分の中に残っているのか考えたら、ボードゲームしか残ってなくて、就活しながらボードゲームのイベントをずっと続けていました」

働きすぎるとダメになる。遊びは人の本能であり文化であり、生きる上で非生産的だけど大切なもの。そんな実感を経て、2018年から様々な人や場所に遊びを届ける遊び配達人の個人活動を本格的にスタートしました。新たな会社に転職後も、別軸で遊びの活動を続けています。

会社を辞めて無職になった時期も。知人の助言もあり、経験や知識をボードゲームで生かせる環境で働くことを決意。人づてに今勤めるボードゲーム会社の社長と出会い、就職した
会社を辞めて無職になった時期も。知人の助言もあり、経験や知識をボードゲームで生かせる環境で働くことを決意。人づてに今勤めるボードゲーム会社の社長と出会い、就職した

団地の一角を遊び部屋にしたい

東京都日野市にある広々とした高幡台団地が、クリハラさんの拠点。団地に住み、集会所や空き地で、定期的にゲームイベントを行っています。今は自分が住むまちに積極的にコミットしているクリハラさんですが、もともとは思い入れはなかったとか。

「僕は上京した後、あちこちに引っ越ししてきたので、自分の住むまちに対して愛着を持ってなかったんです。でも、静岡や赤羽に住んでいた時にゲームイベントを企画したら、住んでる人たちとそのまち全体がつながっていくのが面白くて。まちのハブになるって気持ちいいな、自分が住むまちで、何かできるっていいなと思ったんです」

まちを自分ごとにする体験から、2022年には高幡台団地に引っ越し。「団地に住みたかったんです」と、クリハラさんは話します。

「最近の団地はリノベーションされてキレイになっているし、賃料も安い。緑も商店街も病院もあって、小さいながらも生活のインフラができてて、安心して生活できるイメージがあった」と、クリハラさん
「最近の団地はリノベーションされてキレイになっているし、賃料も安い。緑も商店街も病院もあって、小さいながらも生活のインフラができてて、安心して生活できるイメージがあった」と、クリハラさん

「団地の一室をカフェに変えたら高齢者や若者が集まるきっかけ作りができたというニュースをたまたま見たんです。僕は最初のキャリアが介護福祉士だから、おじいちゃんやおばあちゃんがもっと楽しめる世界線があってもいいのでは?と思ってて、団地の一角が遊び部屋になってたらハッピーだなって。団地でみんなで楽しくゲームをしてみんながつながる景色を見てみたいと思ったんです。それなら、自分が団地に住んでイベントを企画した方が早いなと(笑)」

クリハラさんのそんな想いはすぐカタチに。団地に引っ越して3日後に団地の住民が集まる会議でゲームイベントを提案し、2週間後には開催。広場に遊び道具やボードゲームを置き、多くの子どもや大人が集まりました。回を重ねるごとに参加者は40人、50人と増え、今年の3月には同じ日野市内にある明星大学で地域社会学を研究する教授と学生、さらには市とも連携。少しずつ大きなイベントになっていきました。

高幡台団地でのゲームイベントの様子
高幡台団地でのゲームイベントの様子
ボードゲームはコミュニティの形成にちょうどいいという
ボードゲームはコミュニティの形成にちょうどいいという

「前に参加して楽しかったから来た人や、楽しそうだから初めて来た人、孫夫婦を呼んで一緒に遊ぶおばあちゃん、団地に引っ越してきてこれまで周りと交流がなかったご夫婦、まちの外れから来てくれた方などが来てくれて。団地の高齢者やファミリー層、大学生など、いろいろな人が一緒にボードゲームで遊んで一日でつながる世界線がありました」

こうした団地のイベントを通して、行政や近隣の西東京エリアのイベント主催者、団地の再生に取り組むUR都市機構からも声がかかるように。今は、やりたいと思っていたことが次々と実現していく大きな手応えを感じているそうです。

コロナ禍でクリエイター仲間と始めた“野ゲー”

クリハラさんの個人活動の一つに、「野ゲー(野外ゲーム)の会」があります。ボードゲームを考えるボードゲームデザイナーたちが外で遊べるゲームを作ってみんなで遊ぶプロジェクトで、クリハラさんもクリエイターとしてボードゲームを開発。コロナ禍をきっかけに、盛り上がりを見せています。

「業界で知り合ったボードゲーム仲間と集まってゲームで遊んでたんですが、コロナ禍で遊べなくなって。それでも僕らは遊びたいので、外だったら文句ないだろうと、前々から温めていた外遊びゲームのアイデアをここで形にしてみるかと。みんな凝り性なのでどんどんクオリティが上がって、日本最大級のキャンプイベント“GO OUT CAMP”の主催者に見せたら、“超いいじゃん!”とOKいただき、野ゲーがデビューしました。やっぱりキャンプとゲームの相性はめちゃくちゃいいですね」

野ゲーのイベント。指定された色に足を置いていく「生き残り島」や、木の玉を相手の棒に当てて倒す「スイングノッカー」など、体を使うゲームが多数
野ゲーのイベント。指定された色に足を置いていく「生き残り島」や、木の玉を相手の棒に当てて倒す「スイングノッカー」など、体を使うゲームが多数
フリスビーの動きを取り入れた「ピッチコースター」もクリハラさんオリジナルのゲーム。コースターを投げてビンゴを競う
フリスビーの動きを取り入れた「ピッチコースター」もクリハラさんオリジナルのゲーム。コースターを投げてビンゴを競う
端材を活用して遊びをつくる「HAZAI GAME」の一つ。企業やアーチストと連携し、ゴムや紙・彫刻などの端材から、ユニークなゲームを生み出している
端材を活用して遊びをつくる「HAZAI GAME」の一つ。企業やアーチストと連携し、ゴムや紙・彫刻などの端材から、ユニークなゲームを生み出している

こうして始まった野ゲーは、公園やホテル、キャンプ場、商業施設など、様々な場所で開催され、今や人気のイベントになっています。クリエイターとして、クリハラさんがゲームをつくる時のこだわりはあるのでしょうか。

「子どもが簡単に理解できて遊べて、大人もちょうど良く楽しい路線を意識しています。あくまで自分が楽しくて、人に簡単に教えられるようなものじゃないと、広がっていかないんで。あと、日常生活で、“このルールいいな”“この体験楽しい“と感じたことからアイデアが出てくることも。例えば、引き戸を開けてピタッと止める動作とか、子どもがボールを色や素材で分別して素早く片付ける動作とか。ゲームっぽくて面白い要素をメモに残してつぎ足して形にしてますね」

一歳の子どもがいるクリハラさん。子どもがもう少し大きくなって遊び相手になってくれるのを楽しみにしているとか
一歳の子どもがいるクリハラさん。子どもがもう少し大きくなって遊び相手になってくれるのを楽しみにしているとか

遊びは自由だと原体験から伝えたい

ボードゲーム会社の営業の仕事と、遊び配達人としての個人活動。どちらも似ているように思えますが、意外にも仕事と個人活動は完全に切り分けているそう。遊び配達人としての活動は、「会社ではできなくて自分がやりたいこと」が基準だとクリハラさんは言います。

日野市の公園で行われたイベントでも遊び配達人として参加
日野市の公園で行われたイベントでも遊び配達人として参加

仕事、育児、家事に追われる日々の中、それでも、遊び配達人として活動を続けるクリハラさんのモチベーションはどこにあるのでしょうか。

「遊びの大切さを大人にも子どもにも知ってほしいんですよ。遊べる大人を増やすと、子どもの遊びのバリエーションも増えるし、安心して遊べる環境をつくれます。でも今は、大人も遊びに対しての理解がなくなって、遊ぶ環境も場所も物も減って限定され、売れるかどうかのマインドで遊び道具が作られていく。それとは違う形で遊べる大人が増えないかって思ってるんです。そのために、僕自身が“遊びはこんなに自由だよ”と原体験から伝えていきたい。ボードゲームもいいし、端材を使ってもいい、外で遊べるゲームもいい。個人活動することで、遊びは面白いぞすごいぞっていうのを、みんなが知ってくれたらと思うんです。あと、働きすぎると身体によくないので、みんなもっと遊んだ方がいいんです」

この1・2年でセルフブランディングができてきたと感じるそう。「遊び配達人なんて誰も検索しないじゃないですか。僕の活動をどこかで知っていただき、イベントの相談や取材などの連絡いただくだけでも成功です。この調子で遊びが仕事になるように遊んでいきたいですね」
この1・2年でセルフブランディングができてきたと感じるそう。「遊び配達人なんて誰も検索しないじゃないですか。僕の活動をどこかで知っていただき、イベントの相談や取材などの連絡いただくだけでも成功です。この調子で遊びが仕事になるように遊んでいきたいですね」

遊び配達人としての活動は「いつも刺激が多い」と話してくれたクリハラさん。活動が広がる中で、これから一番やりたいことは何なのでしょう。今は、次の新しい景色を描いています。

「今、進めているのは、誰でも参加できる日野市のボードゲーム大会。市に動いていただくためにも、まずは自主開催で100人ぐらい集めたい。団地VS団地のチーム対抗戦も面白いんじゃないかな。子どもからお年寄りまで幅広く対象年齢を設定したら、“20代の人足りないんだけどゲームやらない?”みたいに団地内で声を掛け合って(笑)  仲間づくりのきっかけにもなるんじゃないかと思ってます」

団地では老朽化で建物が解体され、空き地も広がっている。こうした空き地をどう活用するかもクリハラさんの活動の一環
団地では老朽化で建物が解体され、空き地も広がっている。こうした空き地をどう活用するかもクリハラさんの活動の一環

コスパやタイパが重視されがちな今の社会で、余白ある遊びを自ら楽しみ、多くの人にその大切さを伝えるクリハラさん。まちの活性や、空き地の活用、ウェルビーイングなどでもカギとなる遊び。あふれるアイデアを実現していくこれからの世界が楽しみです。

プロフィール

クリハラ タツヤ

1984年生まれ。埼玉県春日部市出身。日野市の高幡台団地在住。介護福祉士、インテリアショップバイヤー、知育玩具営業、ホテル運営など様々な経歴を経て、2018年に個人活動として「遊び配達人」をスタート。遊びを欲している場所や人へ、ニーズに合わせた遊びを提供している。団地の空き地を活用するプロジェクトや「野ゲーの会」「HAZAI GAMES」など、多彩なプロジェクトを展開中。
https://www.instagram.com/asobitodokeru/

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