写真家、3坪の植物店をはじめる

2024.02.01
写真家、3坪の植物店をはじめる

2023年、吉祥寺にオープンした観葉植物のお店「ECHO PLANTS(エコープランツ)」。店主の秋谷弘太郎さんは、写真家として長く活躍してきた方です。秋谷さんはコロナ禍を機に、公園管理などをてがける会社が運営するグリーンショップのマネジャーに転身。そして独立し、お店を開いたのはなぜだったのでしょうか。

一人でできる小さな店を作りたかった

吉祥寺の中道通りを進み、住宅地に近づいたあたりを曲がると、グリーンが並ぶガラス張りの店があります。2023年7月にオープンした「ECHO PLANTS」です。ここは、植物の専門店。それも、“手のりサイズ”を中心とした、小さめの観葉植物や多肉植物を専門としています。

「東京は一人当たりの居住面積が小さいらしいんですよね。うちでは、都市の住宅事情にフィットした小さめサイズの植物を扱っています。自分自身も、小さめの植物がかわいくて集めていましたし」

こう話すのは、店主の秋谷弘太郎さんです。

小さな植物が並ぶ「ECHO PLANTS」
小さな植物が並ぶ「ECHO PLANTS」

もともとはビルの駐車場スペースだったという店舗には、コンパクトな植物がずらり。「小さいお店を作りたかった」と秋谷さんは言います。

「自分が思い描くイメージを形にするには、一人ですべてをハンドリングできる小さいお店が良かったんです。小さい店なら、小さい商品に絞ったほうが数多く置けますよね。それに、一人だと配達のご希望にもなかなか応じられないので、大きな観葉植物は扱わないことにしました」

壁面を有効活用した店内
壁面を有効活用した店内

コロナ禍を機に写真家から異業種に転身

秋谷さんには、もう一つの顔があります。それは、写真家です。フリーの広告写真家として20年以上のキャリアを持ち、誰もが知るアーティストのCDジャケットや雑誌の撮影をしていました。そんな秋谷さんがなぜ、植物専門ショップを開くことになったのか。きっかけは4年前にさかのぼります。

「新型コロナのニュースが報じられるようになったころ、『これは大変なことになる』と思って、すぐに転職活動を始めました」

秋谷さんを素早い決断へと導いたのは、これまでの経験でした。社会人になったのは就職氷河期。その後のリーマンショックや東日本大震災では、広告の仕事が激減しました。何度か繰り返された経験から、先を見通したのです。

「写真の仕事は、ある程度やったという手応えもありましたしね。やりたかった仕事もわりとできたし、お会いしたかった人たちともご一緒することができた。それに、写真家は早めに引退する人も多いんです。感性や体力と連動する仕事ですので。今後のキャリアを考えていたことも、転職活動を始めた背景にありました。決断が遅かったら、今の自分はなかったかもしれません」

これまでの経験が秋谷さんを素早い決断へと導いた
これまでの経験が秋谷さんを素早い決断へと導いた

転職活動を始めた秋谷さんは、SPI対策をし、履歴書を書いて、面接を受け…。興味を持った会社に応募する中で採用されたのは、公園管理も手がける鉄道系の会社でした。

「その会社は、新たにグリーンショップを立ち上げるところでした。応募したのは、公園管理の求人だったのですが、履歴書と一緒に提出したポートフォリオに、自分の部屋の写真を載せていたのが目に留まったようで」

秋谷さんはもともと観葉植物が好きで、たくさんの種類を自宅で育てていました。「凝り性なんですよ」の言葉の通り、そのレベルは趣味の域を超えるほど。ときには育て方を追求して、学術論文まで探すそうで、「調べた育て方を試してみて、うまくいくとうれしいですね」と話します。そんな秋谷さんの経験を知った企業から、グリーンショップのマネジャーの仕事に声がかかったのです。

植物の論文を探して読み込むほどに、とことん突き詰めるタイプ。観葉植物を好きになったのは、サボテン愛好家のお父様の影響だそう
植物の論文を探して読み込むほどに、とことん突き詰めるタイプ。観葉植物を好きになったのは、サボテン愛好家のお父様の影響だそう

3坪の狭小物件を改装、そして植物店を開業

着任したグリーンショップでは、仕入れから広報まで幅広く担当しました。ときにはショップに自ら立つことも。

「スタッフが足りない時には、お店で接客していました。お客さんと話をしていると、『グリーンを買いたくても、置くスペースがない』という声がよくあって、小さなグリーンショップがあったら良いなと」

そして秋谷さん自身、ほっとしたいときに、「夜中に小さい植物を愛でるのがいいなと思って」、植物の良さを再認識したと言います。次第に、自身が思い描くお店を作りたい気持ちが高まり、3年間の企業勤めを辞めることに。

「視界の中に緑がどれだけあるかを“緑視率”というのですが、緑視率が高いと、人はやすらぎを感じやすいそうです。小さなスペースでも楽しめる植物を紹介して、やすらぎを得るお手伝いをできたらと思いました」

地方に仕入れに出ることも。多忙な日々を送る
地方に仕入れに出ることも。多忙な日々を送る

秋谷さんは2023年1月に退職。2月からは物件探しと並行して、図書館に通って経営の本を読み漁り、開業に向けて準備を始めます。お店は秋谷さんが若いころから長い時間を過ごした吉祥寺で始められたらと考えていましたが、家賃の高さが課題でした。そんな中、吉祥寺に約3坪の小さな物件を見つけたことが、小さな植物店の起点となりました。

「商材を小さくすれば、これくらいの小さなスペースでもやれるなと計算しました」

店舗の内外装は、小さなショップや事務所、撮影スタジオなどを手がける会社に依頼し、3坪という狭小物件を有効に活かす設計をしてもらいました。もともと駐車場だった場所ゆえ、地面に傾斜があるのが課題でしたが、床を張ってカバーしたそうです。

かくして、2023年7月に「ECHO PLANTS」がオープン。ご近所はもちろんのこと、遠方からもお客さんが訪れています。吉祥寺は電車で訪れる方が多く、手のりサイズの植物は持ち帰るのにもぴったりです。

 

鉢や雑貨にもこだわり、インテリアに合う観葉植物を提案している
鉢や雑貨にもこだわり、インテリアに合う観葉植物を提案している

退職してお店をはじめると、写真家時代の取引先から、ふたたび写真を撮ってもらえないかという相談も入るようになりました。店舗運営や仕入れなどで時間の制約があり、多くの依頼を受けることはできないと言います。それでも、月2件ほどの撮影を行うようになり、現在は店主と写真家の二足の草鞋を履いています。

働き方がしなやかな印象がある秋谷さん。聞けば、フリーの写真家として活躍していた頃、育児のために仕事をセーブした時代があったそうです。

「妻は会社員なのですが、彼女のキャリア上、大切な時期だったこともあり、1年間ほぼ育児に専念しました。フリーランスであることを活かし、ライフスタイルに合った働き方をしてきました」。

一つの働き方に固執せず、その時の社会状況や生活に応じて働き方を柔軟に変えてきた経験が、今のしなやかさにつながっているのかもしれません。

吉祥寺の“草友”とともに

オープンから半年余りが経った今、秋谷さんに聞いてみると「毎日がドラマチックすぎる」との答えが。

「いろんな方が、入れ代わり立ち代わり来てくださるので。『うちに合う植物を教えてほしい』といったお客様からのご相談にお答えしたり、逆にお客様に教えていただいたり、日々いろんなことが起こって面白いです」

イメージに反して吉祥寺には、観葉植物の専門店が少ないのだそう。専門店を求めていた植物好きが、秋谷さんのお店に訪れています。なかにはプロ顔負けの方もいるのだとか。

「コーデックス(塊根植物)が得意な方、湿り気が好きな植物を集める“ジメジメ系”の方など、詳しい方が来てくださって。雑誌に出ているような方もいらして、びっくりします」

もともと店のラインアップは初心者からマニアまでターゲットにしていましたが、アドバイスをくれる方とのつながりが増えたことから、さらなるマニアが喜ぶ植物も置くようになってきました。

 “草コミュニティ”の存在も、秋谷さんにとっての刺激に
“草コミュニティ”の存在も、秋谷さんにとっての刺激に

そして、吉祥寺の“草コミュニティ”の存在も、秋谷さんを驚かせたそうです。

「植物好きが集まるコミュニティがあるそうなんです。その中のおひとりが来店し、SNSでシェアしてくれて。以来、メンバーの方のお宅に遊び行ったり、植物を交換したり。“草友”ですね」

趣味だった観葉植物がいつしか仕事になった秋谷さん。理想的な働き方のように思えますが、大変さもあるのでしょうか。

「仕事になったことで趣味を楽しめなくなるくらいだったら、仕事にしない方がいいと思います。企業勤めをしていた頃は、時間的な余裕がなく、自宅の植物の手入れを十分にできないもどかしさがありました。店を始めてからは、植物を愛でる時間を1日30分でも確保しようと決めたんです。そうしたら、また楽しめるようになってきましたね。やっぱり自分が楽しんでいないと」

今、秋谷さんにとって、店を終えて帰宅した後、植物を愛でるのが至福の時。「“草友”も結構遅くまで、草を愛でているみたいで。『みんな今やってるんだろうな』と思いながら、楽しんでいます」と話します。

今後、吉祥寺の“草コミュニティ”の盛り上がりにも貢献していけたらと考えている秋谷さん。緑のある幸せなくらしの輪が広がっていきます。(近藤)

植物のあるくらしを秋谷さん自身が楽しんでいる
植物のあるくらしを秋谷さん自身が楽しんでいる

プロフィール

秋谷弘太郎

ECHO PLANTS代表。広告写真家。フリーの写真家としてのキャリアは20年以上。アーティストのCDジャケットや雑誌の撮影など幅広く手掛けてきた。コロナ禍を機に、鉄道系会社が運営するグリーンショップのマネジャーへと転身。3年間の勤務を経て独立し、ECHO PLANTSを開店。一通りの観葉植物を育ててきた経験があるため、お客様からの相談はオールラウンドに受けている。好きな植物はサボテン。
https://www.instagram.com/echoplants.jp/

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