「流れに身を任せていたら、いつの間にかお店を構えることになっていました」と語るのは、小金井市内でセミオーダーの革靴店「coupé -コッペ-」を営む中丸貴幸さんと美砂さんご夫妻。2012年に小金井市で開業し、イベント出店や5組のメンバーとのシェアショップ時代を経て、2022年12月に自分たちの新しい店舗をオープンしました。開業して11年目を迎えるお二人に、今日までに至る道のりや、新しい店舗、これからについて取材しました。
中丸貴幸さんと美砂さんの革靴ブランドcoupéが生まれたのは、2012年。もともとメーカーで靴を作っていた二人が、美砂さんの実家がある小金井市に靴作りの工房兼自宅を構えたところからスタートしました。
美砂さん 「まだ工房が無い頃、最初に運試し的に応募したクラフトフェアまつもとへの出店が決まったことで、本格的に活動が始まりました。1年目はツテもなかったので、イベント出店でオーダーを受けて、工房で作るというのがメインの活動でしたね」
クラフトフェアまつもとは長野県で開催される大型マーケットで、当時の個人の作り手にとっては憧れの舞台だったのだとか。そこで、たまたま同じタイミングで初出店していた革小物のSAFUJIと出会います。SAFUJIは中丸さん夫婦が活動を始めてから、最初にできた作家仲間でした。
貴幸さん 「SAFUJIは、偶然近所に住んでいて、同じ作り手同士。出会いは松本でしたが、小金井でも会って情報交換をしたりするようになって。少しずつ地元でのつながりが広がっていきました。その流れで、活動1年目の秋から小金井市内の個人店が集まって開催している『はけのおいしい朝市』の活動に参加することになります。それから1年くらい経った頃、朝市でもお世話になっていたdogdecoの池田さんからシェアショップのお誘いがあって。確か、その場で参加が決まったよね(笑)」
美砂さん 「うん(笑)」
こうしたご縁で、2014年からはJR中央線東小金井駅の高架下に位置するシェアショップ「atelier tempo(アトリエテンポ)」にて、coupé初となる常設店をオープンすることになったそう。dogdeco、あたらしい日常料理 ふじわら、ヤマコヤ、SAFUJI、coupéとジャンルの違う5つのお店が集まったatelier tempoは、店内に工房があり、お客さんがものづくりの様子を見ることができるのが特徴でした。
美砂さん 「atelier tempoへの参加が決まったのは、coupéがまだ開業して2年目のタイミングでした。当時の私たちは、まだバイトと靴作りを掛け持ちしている状態で、自分たちの店舗を持つなんて考えられなかった。でもシェアショップでみんなと協力しながらだったら、生産と販売のどちらもできそうだなと思ったんです。だから、これはチャンスだなって」
atelier tempoのメンバーとシェアしながらお店を営業する一方で、日本各地で靴の展示会も行っていた中丸さん夫婦。シェアショップは、メンバー同士仲良く居心地も良かったものの、段々とお店が手狭になってきたことで、次の展開を考え始めたそうです。そんな中、家族が増えてライフステージが変化したことや、SAFUJIの移転もきっかけとなり、新店舗のオープンへ動き出します。
美砂さん 「当時、上の子が小学校に上がるタイミングということもあって引っ越しを考えていて。これを機にatelier tempoを出て、coupéとして新しく始めようかという話になったんです。二人で話し合って決めたというよりは、周りの状況から流れるように決まった感じですかね」
移転は決めたものの、小金井市から出て地方に作業場兼自宅を持つか、atelier tempoに席は残したまま通える範囲に作業場兼自宅を移すかなど、どんなスタイルにするかは迷っていたといいます。考えた結果、もともとあった自宅兼工房を工房兼店舗にし、自宅は別の場所にすることに。
美砂さん 「たまたま、私たちの工房の近くにSAFUJIが新しくアトリエを構えることになって。それならば工房の場所はこのまま変えずにできたらいいねって話をしたよね」
今の場所を拠点にしたのは、こんな想いもあったそうです。
貴幸さん 「僕たちの店は商店街にあるんですが、運営されている方がご高齢になってきたこともあってだんだん店も閉まってきて、寂しくなってきちゃったんです。でもここ数年の間に、SAFUJIや古本屋さんや製本屋さんなどが近くに集まってきているんですよ。面白いお店があれば、商店街にも人が集まる。なんとなく、同世代の人たちが集まりそうだなっていう空気感になってきたので、ここでお店を開いても面白いかなと」
7年半続けてきたatelier tempoでの営業を、2022年3月で終えたcoupé。シェアショップ時代に感じていた良さや課題を、自分たちの新しいお店に活かしたいと考えていたそうです。
美砂さん 「シェアショップでは靴を作っている様子をお客さまに見てもらえるのはいいなって実感したのですが、どうしても手狭で、メインの作業は自宅の工房でやるしかなく、行き来も大変でした。新しいお店では、全ての作業を行える工房スペースと、お客さまをきちんとお迎えできるお店の空間が共存できる場所にしたいと思いました」
お店の空間のデザインは美砂さんの大学同期のデザイナーに依頼。coupéの靴の愛用者でもあり信頼してるデザイナーさんだったので、ある程度の要望を伝えてデザインはお任せしたそう。そして、「工房と店舗が完全に独立しているのでなく、ゆるやかに繋がるように」という中丸さんご夫婦の想いを汲み取ってもらって完成した店内は、想像していた以上の仕上がりだったといいます。
美砂さん 「私たちのこだわりを工夫して空間に落とし込んでくれたデザイナーさんに感謝ですね。coupéの靴に通じる丸みを生かしたデザインで、空間としてcoupéの世界観を感じてもらえる場所になったかと思います」
今はネットを使ってオンラインでものを買うことができる時代。「そんな中、わざわざ店まで足を運んで買いに来てくれる意味を考えたい」と中丸さん夫婦は語ります。
貴幸さん 「atelier tempoを出た後、店舗は持たずに地方へ工房を移して活動することも考えました。でもこうしてまた店舗を持とうと決めたのは、自分たちが靴を作る場所へ、お客さまに足を運んでもらいたかったっていう気持ちが大きかったように思います」
美砂さん 「coupéの靴は、こちらで用意しているサンプル靴をまずは試着していただき、必要に応じて靴の幅やくるぶしの高さを変えるなどの調整を加えてお作りします。だから試着がとても大切になってくるんです。正しい靴の履き方やサイズの選び方がわからない方って多いと思うんですが、ここで、“きちんとした履き方”で“自分に合ったサイズ”を選ぶとどんな履き心地になるのかを感じていただきながら、納得して選んでもらいたいと思っています。そのためにも、お客さまがリラックスした状態で靴と向き合えて、オーダーする時間も楽しめるような場所にしたかったんです」
お二人の「多くの人にもっと靴を楽しんでほしい」という情熱があったからこそ、新しい店舗をオープンするという決断に至ったのかもしれません。
coupéが掲げる、『10年後も履きたい靴。』という言葉には、中丸さん夫婦の靴作りに対するひたむきな姿勢を感じます。一体、どんな意味が込められているのでしょうか。
貴幸さん 「以前、展示をしていたギャラリーの店主が、僕たちの靴づくりに対する話を聞いて、『10年後も履きたい靴。』という展示タイトルをつけてくれたんです。コンセプトというものを特別に設けず活動を始めた僕たちですが、この言葉はとてもしっくりきました。それ以来、coupéのキャッチコピーとしてこの言葉を使っています。新しいデザインを考える時にも、“10年後も履きたいと思えるデザインか”“10年後も履けるような修理ができる作りか”など、検討をしていく中での軸となる言葉になっています」
そしてもう一つ、お二人が大切にしている想いがあると語ります。
貴幸さん 「単に靴を作るには、無くても成立してしまうような作業や工程もあって。効率を重視すると省かれてしまう部分でもあるのですが、そんな“無駄とも思える作業”が僕は好きで、楽しいとも思っているんです。やらなくても“靴”は出来上がるけど、その無駄とも思える作業で確実にクオリティが上がるし、今まで作ってきた靴を振り返ると、そういった作業自体が、coupéらしさを形作っているかもしれない、と気付きました。作業の工程を増やすことで靴の値段も上がってしまうけれど、そんな自己満足も許してもらえるような靴を作っていきたいですね(笑)」
美砂さん 「私も基本的に手間のかかる作業が好きなので、コストとか考えなくていいなら面倒臭いことをいっぱいやりたい(笑)」
とはいえ、全てに手間をかけることはしないし、できないともいうお二人。本当にかけたい手間や作業のために、必要な部分は効率化をはかりながら試行錯誤を繰り返しているそうです。
貴幸さん 「靴作りには手を使う作業と、機械を使う作業のどちらもありますが、機械の方が効率良くできてクオリティが上がるなら、文句なく機械を使います。もちろん、手を使った方が絶対に良い作業は手を使う。そこはメリハリとこだわりをもって作業しています」
coupéの靴作りは、お二人でどう進めているのでしょうか。お話を伺うと、靴のデザインは二人で相談しながら進め、製作については美砂さんがミシンなどを使った縫製作業、貴幸さんが靴の形にするための底づけ作業を主に担当する分業制なのだそう。お互いがcoupéを立ち上げる以前からメーカーで担当していた作業分担で、自然とこの役割に落ち着いたといいます。
美砂さん 「相談はしますが、自分の作業に責任を持ってやっているので、基本は相手を信頼して任せています。というより、自分ができないことだからあんまり文句は言えません(笑) たまに、気になることを口出しする程度かな。新しいデザインをつくる時には相談しながら最終的に試作を何個も作るんですが、その中でもこれがいいねという判断は割と二人で合いますね」
貴幸さん 「あと、どちらかが妥協するとかもないね。例えば1回目の試作で、これは絶対にダメっていう意見もピッタリ合う(笑)」
また、お店の運営に必要な事務業務もそれぞれの得意分野を活かしているそう。経理や会計まわりは以前会計ソフトの会社で働いていた貴幸さんが担当し、SNS管理やDM作り・梱包関係は美術系大学出身の美砂さんが担当しているといいます。「経営については、二人で悩んでいます(笑)」と、ご夫婦で顔を合わせて苦笑いします。
モノづくりが好きで、自分たちの目指したい靴作りや、ずっとモノづくりで生きていきたいという気持ちから始まったcoupé。10年という節目を迎えて将来を見据えたとき、浮かんだのはcoupéの靴作りに関わる人たちのことだったそうです。
貴幸さん 「結局のところ、やりたいことをやるには続けられなくちゃいけない。なので、どうやったら続けていけるかっていうのは常に考え続けています。僕のイメージとしては、これからは僕たち夫婦だけではなく、もっと人を増やしていきたいですね。以前、僕が働いていた工房では複数人で靴を作っていたので、チームとして協力し合って靴を作ることに対して憧れがあるんです。だから、今年はcoupéでチームを作れるような環境を整えたいですね」
美砂さん 「できる仕事量にも限界があるので、最近は、二人だけで靴を作るという形に拘らなくてもいいかなって思えてきてるんです。私たちもこれから歳をとるし、若い人が入ってきてくれた方が仕事もより楽しくなるのかなって。ふとした時、自分たちの仕事に意味はあるのか、人や社会の役に立っているんだろうかって考えちゃうんですが、お店に来てくれたお客さまがわくわくしながら選んでくれたり、出来上がった靴を受け取りに来た方が喜んでくれたときには、良かったなと心から思います。私たちがやりたいことをしっかりやることで、誰かの喜びにつながっていく。それが循環していくような仕事ができたらと思います」
coupéの靴を心から楽しみ、喜んでくれる人たちのために。今後はチームで靴作りをすることを目指し、2023年は具体的に何をするべきなのかを見つけていく一年にしたいと語ってくれた中丸さん夫婦。coupéの目指す靴作りが、これからもっと多くの人を巻き込んで、もっとたくさんの人の楽しみになる日が待ち遠しいですね。(すずき)
手製靴のメーカー勤務後に独立し、2012年に夫婦でcoupéとしての活動をスタート。自宅に工房を構える。『10年後も履きたい靴。』をテーマにセミオーダーの靴を製作。2014年atelier tempoにて仲間と一緒にお店をスタート。2022年12月、工房と兼ねていた小金井市の自宅の一部を改装し、新店舗をオープン。
以前ご紹介した記事
「日常が見えるシェアストア-atelier tempo-」
https://rinzine.com/article/ateliertempo-539/
工房を併設した高架下のお店「atelier tempo」には、coupéをはじめ5組の商品がひとつの空間の中で心地よく並び合っています。この場所で一緒にお店を始めたのはなぜでしょうか?5回の連載で様々な“はたらき方”のヒントを探ります。