小さなお店が寄り添うように並ぶ小金井の丸田ストアーに2021年6月、小さな和菓子屋「季節の和菓子 みのり」がオープンしました。店主の深井直樹さんは、菓子職人として別の店に勤めながら、週2日ここで自分のお店を営んでいます。本蕨粉わらび餅や季節の商品も驚くほど絶品で、深井さんの技量はもちろん、しごとに向かう真摯な想いが和菓子を通して伝わってきます。勤め人としてはたらきながら、自分の和菓子屋を開いた経緯やその想いについてお話を伺いました。
武蔵小金井駅から歩いて20分。ゆったりとした時間が流れる住宅地に突然現れる「丸田ストアー」。55年の風情を残した懐かしくも新しい、ここならではの空気が流れます。1階にはお肉屋、スタンド、八百屋などが肩を寄せ合うように並び、2階には子どもたちの秘密基地のようなアトリエ・ギャラリーがワクワクする時間・空間をつくりあげています。まさに寄合場といったような趣の丸田ストアーに、深井さんは近くに住む友人を通して出合いました。
「初めて訪れた時、懐かしさを感じる佇まいに温かさを感じました。都内のシェアキッチンも検討しましたが、地元に根づき、常連さんに愛されている様子が自分の求めていたものだったのと、厨房を共有しないので時間が自由に使えることが魅力でここにお店を開くことに決めました」
丸田ストアーにお店を構えたことで、ストアーメンバーとの結びつきが生まれていきます。
「ストアー内のお店は百戦錬磨の人気店ばかりです。8割が常連客という環境の中で、開店前から『今度、和菓子屋がオープンするよ』と宣伝していただき、これほど有難いことはありませんでした。店主の方々はそれぞれしっかりとした信念としごとへの誇りを持っていて、個人事業主の先輩として経営に必要なこともたくさん教えてもらっていますし、皆さんに助けられてスタートラインに立たせてもらいました。これを一人で全て抱えて開業していたらどんなに大変だったかと思います」
もともと小金井に縁がなかった深井さん。素材の仕入れのため市内の農家を紹介してもらうなど、ストアーメンバーを通じて少しずつ地域につながっていきます。
みのりの目の前には花屋と珈琲屋が、まさに顔の見える関係といった距離でお店を営みます。
「和菓子は花をモチーフにすることも多いので、花を眺めながらしごとができるなんてうれしいです。花のある生活はいいなと思い、先日は母に花を贈りました。それに、ここの珈琲は冷めてもおいしくて、苦手だった珈琲がブラックで飲めるようになりました」
今の時代なかなか得ることが難しい、友人とも同僚とも違う、ゆるくてしっかりとした結びつき。ここでのメンバーとの交流が深井さんの暮らしにも潤いをプラスしているようです。
深井さんが和菓子職人の道を歩むきっかけは何だったのでしょうか。
外国に興味を持っていた深井さんは学生時代、ドイツ語や外国文化を専攻していました。「せっかく勉強した語学を使いたい」と夏休みに一カ月ほどバックパッカーでヨーロッパ一人旅に。憧れていたヨーロッパの文化を目の当たりにしたことで、改めて再認識したのが他にはない独特な日本文化の素晴らしさでした。その思いから「自分の手で質の高い物を丁寧に作り出して、日本の伝統文化を守り、伝えていく職人になりたい」と考えるようになったと言います。
帰国後は、大工や左官職人などのアルバイトに挑戦。職人の中でも、深井さんがとくにピンときたのが和菓子の世界でした。浅草の甘味処ではたらくうちに、その奥深さを実感したそう。
「思いをオブラートに包むように皮にあんこを包み、一つのお菓子の中に侘び寂びを表現する。そんな日本人ならではの美意識が形となった和菓子に惹きつけられました。この世界は自分にとても合っていると感じました」
さらに、「もっと深くやってみたい」と、新橋の和菓子屋で修業を始めました。それまでお菓子作りの経験がなかった深井さんでしたが、6年かけて和菓子作りを一から十まで経験し、基礎を身につけていきました。
「このまま和菓子職人としてやっていこう」。そう思った深井さんは京都や東京周辺などいろいろなお店を食べ歩いているうちに一つの疑問が湧き上がってきます。
「見た目の美しさや職人の華麗な技にウエイトが置かれ、味が二の次になっている面があるのでは」
観光地である東京や京都の老舗店はお土産として購入されることが多いため、一見の客も多いのが現状。「大切なのはリピートされるおいしさなのではないか」と、もやもやを抱えていた深井さんが出合ったのが“名古屋の和菓子”でした。見た目の表現を意識し過ぎていない昔の良さが残るシンプルな和菓子は地元に根づき、愛されていました。
「これだ!と思いました。味を最優先に考え、常連に愛される本当においしい和菓子を提供する自分の店を持ちたいという気持ちが生まれました」
そうして名古屋の和菓子屋で2年間の修行に励んだ深井さん。そこにはいい緊張感があり、「こういった厳しさで向き合うからおいしいお菓子が作られるのだな」と刺激を受けたと言います。
それから、「自分の想いと技術を込めて、自分の和菓子を作っていける」という直感を得て、地元である東京に戻ったのはコロナ禍の2020年夏でした。
今は、勤め人としてくず餅屋ではたらきながら、休みの日にみのりを営業しています。くず餅屋では幅広い経験と知識から頼られている深井さん。体力的には厳しいものの、自分の店を営むことに理解のある職場に感謝の心を持ち、「迷惑がかかる辞め方は絶対にしたくない」と言います。そして、そこで得たことを自分の店でも生かしていけるように。今後は職場の状況を見ながら徐々にウエイトを移し、「最終的にはみのり一本でやっていきたい」と、その想いを語ります。
みのりには初めてのお客さんから常連さんまで次々と人が訪れ、和菓子を通して、温かいコミュニケーションが生まれていました。
「多くの人に、和菓子に興味を持ってもらいたいので、和菓子屋の敷居を感じず立ち寄って話をするだけでも有難いです。ここはお客さんとの距離が近く、感想もダイレクトに聞くことができます。『この間のお菓子おいしかったよ』と声をかけていただいた時は本当にうれしくやりがいを感じますし、『こういうの作らないの?』という要望や意見を参考にさせていただくこともあります。ぶれないことも必要なので、自信を持って出しているものは変えませんが」
深井さんが大切にしてきた「常連に愛される和菓子」への想い。その想いと技術を込めて、これからも挑戦は続きます。
「常連の多い丸田ストアーで、おいしいと言ってもらえてリピートされる和菓子を作ることは自信につながります。将来的には、イベントも含め複数の場所に出店することで他の地域の皆さんや外国の方々にも、みのりの和菓子の魅力を知ってもらい、足を運んでもらえたらうれしいです」
深井さんのお話を聞いていると、その時その時の周囲の人や環境への感謝と敬意の念があふれています。周囲に対して温かい思いを持ちながら職人として自分のしごとに真摯な姿勢で取り組む。そんな深井さんが丸田ストアーに導かれ、ここからどんどんつながっていく。これからのそんな様子が目に浮かぶようでした(堀内)。
東京出身。学生時代のヨーロッパ一人旅をきっかけに日本文化の素晴らしさを再認識。日本の伝統文化に携わる職人に興味を持ち、和菓子職人の道に。東京や名古屋など約11年の修業を経て、2021年6月、小金井・丸田ストアーに「季節の和菓子 みのり」をオープン。木曜日・土曜日に営業中。