心を動かすリハビリを地域で

2018.05.10
心を動かすリハビリを地域で

理学療法士の波多野愼亮さんは、訪問看護の事業所に勤務しながら、リハビリ関係者をつなげるイベント “シェアリハ! ”を主宰。臨床美術士の資格を持ち、“とん れすぃ”という屋号でアートワークショップも開催しています。3 つの名刺を持つ波多野さんの、職能を活かし多摩地域で展開する、ライフワークについてお聞きしました。

「人の役に立ちたい」と、理学療法士に

中学生のとき怪我をし、教員や医療関係者など多くの大人に支えてもらった経験から、理学療法士を目指したという波多野さん。理学療法士(Physical Therapist)とは、怪我や病気などで身体に障がいのある人の運動機能の改善のための治療をほどこす専門職です。高校卒業後、アルバイトで専門学校の学費を貯め、昼間はクリニックではたらきながら夜間の専門学校で4年間学んだのち国家試験を取得。理学療法士として府中市の病院ではたらきはじめたのがキャリアのスタートでした。

経験を積むうち、病院という組織の中で、どうしたら自分らしく患者さんに寄り添うことができるか、悩むことが増えていきました。3年で病院を退職し、小平市でリハビリに特化したデイサービス事業に立ち上げから参加することに。地域ではたらく中で、利用者さんとその家族への寄り添い方について、深く考え始めます。そんな時、父親が脳梗塞で倒れ介護する側になるなど様々なプライベートでの変化も重なり、「本当にやりたいことは何か、どう生きたいのか」と、自分自身に対するモヤモヤした気持ちがふくらんでいきました。

デイサービスではたらき、介護に関わる人たちと出会い、寄り添い方を模索していた頃。
デイサービスではたらき、介護に関わる人たちと出会い、寄り添い方を模索していた頃。

地域ではたらき、リハビリ専門職のイベントに参加

自身が介護者の立場になり、家族のための情報を探していたときに見つけたのが介護者とリハビリ専門職をつなげるオヤミルのサイトでした。そのイベントに参加したときの出会いが、波多野さんの意識を大きく変えるきっかけになりました。専門性を活かし、地域で新しい社会貢献の形を創ろうとしている仲間の存在に刺激を受け、オヤミルが主催するコアリーダー実践塾に通いはじめます。

そこで、自分の軸を持つことの大切さを学んだ波多野さんは、積極的な情報発信を実践。それぞれに活動する医療介護関係者とのつながりが増え、交流する中で、「自分のライフワークは何か」を真剣に考えるようになりました。

活動のフィールドは自身が育った多摩地域。「自分にとって大切な人がたくさん住んでいて、これからも住み続けたいと思っている地域だから」。
活動のフィールドは自身が育った多摩地域。「自分にとって大切な人がたくさん住んでいて、これからも住み続けたいと思っている地域だから」。

リハビリ関係者を集め、シェアリハ!を立ち上げる

「自分のまわりの身近な人や、住んでいる地域を良くしたい」という想いから、波多野さんは2017年2月に多摩地域をフィールドとする任意団体、シェアリハ!を立ち上げます。

リハビリテーションに携わる若手が集まり、それぞれの“想い”、“やりたいこと”、“情報”をシェアして生まれたアイディアから年に4〜5回ほどイベントを行っています。これまでにアロマのワークショップや、車いすでの外出体験など、様々なテーマで開催。地域により医療介護サービスに差がある中で、多摩地域で少しでも良い状況が生まれるよう、「参加者がそれぞれのしごとや生活にフィードバックできるようなきっかけをつくりたい」と語ります。

お互いに刺激を受けている同業者の仲間とともに運営する「シェアリハ!」第2回、アロマワークショップの様子。
お互いに刺激を受けている同業者の仲間とともに運営する「シェアリハ!」第2回、アロマワークショップの様子。

このシェアリハ!は波多野さんのしごとにも大きな影響をもたらしました。現在、彼が理学療法士としてはたらいている府中市のLIC訪問看護リハビリステーションは、“住民と医療・介護との懸け橋になる”ことをミッションに、株式会社シンクハピネスが運営。この事業所が運営するカフェでシェアリハ!を開催していたことから知り合ったオーナーの理念に共感し「ここではたらきたい」と思い、スタッフになったそうです。

自分から動き、発信することで、新たな出会いが生まれアンテナを張っていれば人とつながり、自発的にやりたいことが増えていくことを実感。そんなとき、あるイベントで出会ったのが “臨床美術”という、創作活動をメンタルヘルスに役立てるアートセラピーのメソッドでした。

波多野さんが初めて臨床美術を体験したワークショップで作った作品。いつも大切に持ち歩いています。
波多野さんが初めて臨床美術を体験したワークショップで作った作品。いつも大切に持ち歩いています。

アートワークショップで“心を動かす”

絵は得意ではなかった波多野さんでしたが、ワークショップでは自由に描く楽しさや、作品を認められたうれしさで心が軽くなり、効果を実感しました。リハビリの現場で心を動かしたいと考えていた波多野さんは「これだ!」とひらめき、その後すぐに講座を受け、昨年10月に臨床美術士の資格を取りました。今年から月に1度程度、“とん れすぃ”という屋号で小金井市でシェアスペースを借り、臨床美術を通じて生まれるコミュニケーションを大切にしながら、誰もがホッとできる場を目指してワークショップを開催しています。

主催するアートワークショップで参加者の選ぶ色や描く線などは人それぞれ。講師として評価するようなことはせず、その人らしさを認め、声をかけていきます。
主催するアートワークショップで参加者の選ぶ色や描く線などは人それぞれ。講師として評価するようなことはせず、その人らしさを認め、声をかけていきます。

勤務しているLICの利用者さんは主に高齢者ですが、とん れすぃでは、“若い世代を対象に、ストレス・メンタルヘルスケアをしたい”との想いがあります。屋号の“とん れすい ton récit”は、“あなたの物語”という意味のフランス語。“それぞれの物語を大切にしてほしい”という想いが込められています。アートワークショップで心をほぐすことで、ストレスを解消し、参加者がよりよい生活を送れるきっかけになればと考えています。最近は声をかけられてイベントに出張することもあり、これからもっと間口を広くしていきたいとのことです。

波多野さんにとって“LIC”も“シェアリハ!”も“とん れすぃ”も、理学療法士という職能を活かして、まわりの人や地域を良くするために行っている自発的な活動です。「アートやリハビリテーションの概念を通して、身近な人の生活や地域を良くしていく旗ふり役になれれば」と話す波多野さん。さまざまな場面で誰かの心を動かし寄り添うことで、これからの多摩地域が少しずつ変わっていくかもしれません。

柔らかな線で描かれたイラストロゴは、美大卒の友人の手によるものだそう。
柔らかな線で描かれたイラストロゴは、美大卒の友人の手によるものだそう。

プロフィール

波多野愼亮

1986年生まれ。東京都武蔵村山市で育つ。サッカーと空手に没頭していた中学生のときに腰を痛めた経験から、理学療法士を志す。高校卒業後、リハビリ系専門学校に通い、理学療法士の国家資格を取得。病院やデイサービスで経験を積み、現在は府中市の訪問看護リハビリステーションで地域医療に携わっている。臨床美術士の資格も持ち、アートワークショップ、とん れすぃを主宰。イベント、シェアリハ!代表。多摩地域を活動エリアとしている。

※『臨床美術』及び『臨床美術士』は日本における(株)芸術造形研究所の商標登録です。

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