小金井市を拠点に、子どもから大人向けまでアニメーションを主として幅広いコンテンツを制作する「デコボーカル」。上甲トモヨシさんと一のせ皓コ(ひろこ)さん夫婦によるクリエイティブユニットです。2019年には上甲さんが代表となり、国分寺崖線下の“はけの大地”周辺に住まう作家同士で地域クリエーション団体「はけの手アニメーション」を結成しました。
活動が始まってから、小金井のまちで地域の人々と交錯し、ゆるやかにつながりを増やしていきます。活動によってお二人はどのように変化していったのでしょうか。そのきっかけと秘訣、これから考えている取り組みや、地域とのつながりの理想についてお話いただきました。
はけの手アニメーションの発起人となった上甲さんは、小金井在住のアニメーション作家。住まいの周りを拠点としながらアニメーションを中心に制作活動をしています。
誰もが知っているNHK教育テレビの番組や、ベネッセの教育コンテンツなどに登場するアニメーション・イラストレーションには、デコボーカルで制作したものも。その優しく柔らかい色使いと作画には、子どもから大人までみんなが心満たされます。
“子どもと大人、そしてコミュニティ”をキーワードとして、暮らしとのつながりが深いしごとをしてきました。さらに、上甲一のせファミリーが自分たちの子どもを通じて、小金井の地域と日々交わるようになってからは「住んでいるまちをもっと楽しみたい、地域とつながって自分たちができることを生かしたい」、という想いがどんどん膨らんでいったようです。
そんな上甲さんと一のせさんの二人が小金井に住まいを移したのは、今から8年前、2014年のことです。それまではしごとや遊びなど、くらしの中心に刺激を据えるために、世田谷区で日々を過ごしていました。次の住処に小金井のまちを選んだのは、家族が増えるタイミング。訪れた時に「子どもと一緒に過ごしやすい」と感じたからだそうです。
一のせさん「小金井に引っ越してきて驚いたのは、まちの中で“家族”“ご近所さん同士”というコミュニティをよく目にしたことです」
「それまで暮らしていた世田谷や中野などはそもそも人が多く密度も高かったので“いろんな人がいる”中で一人行動をする感じでした。ところが小金井は様子が違う。地元の人が多く、地域と繋がるコミュニティの空気をひしひしと感じました。ここに来たのならコミュニティに飛び込む力をつけたいと思って」
当時を思い出しながら、一のせさんは話します。引っ越し後に知り嬉しかったのは、旧知のクリエイター仲間が小金井やその周辺に住んでいたことです。
上甲さん「所属している日本アニメーション協会のメンバーでも、小金井公園でお花見をしたりもしてね。みんなでワイワイすることが好きだったんです。そういう“コミュニティ単位での暮らし”を丸ごと味わえる気がして」
住まいを移した後、子どもの送り迎え、学校の先生や子どもの友達を介した親同士の交流など、ゆるやかながらも積極的につながりを作り続けていきました。
「子どもを連れて公園やイベントに行って、そこに入り込んで地域と交わるのがとても面白くて。自分でも出来る事がないか考えるようになりました」
上甲さん「言い方が良くないですが、小金井って可能性があるという意味で未完成だと思っているんですよ(笑)」
一のせさん「いつもそれ言っているよね」
笑いながら切り返す一のせさん。暮らすまちが大切だからこその愛ある叱咤のやりとりは、まさに“凸凹(デコボコ)”。夫婦のユニット名を思わせる微笑ましいやりとりが、終始続いていきます。続いて、上甲さんはこう話します。
「でも、未完成だからこそ可能性を秘めていると思うんです」
そう強く感じたのは、小金井市観光まちおこし協会と出会ったことがきっかけのひとつのよう。
「まちおこし協会の人たちはもっともっとまちを盛り上げたい。けれども“足りないもの”を感じていた。その中で、例えばまちの良さを伝えるための“表現方法”を探していたんですよね。だからこそ自分たちクリエイターが力になりたかったし、求められていることをやりたいと思ったんです」
「できることを手伝いたい」と申し出た時には、まちおこし協会の人たちもとても喜んでいたそうです。
そんな熱い想いの元で立ち上がった、はけの手アニメーション。きっかけは、同じくアニメーション制作を生業にする岩井澤健治さんでした。デコボーカルの二人とは、学生時代からの旧知の仲。小金井に引っ越してきた時、岩井澤さんは、ちょうどアニメーション映画『音楽』を制作中でした。デコボーカルも『音楽』の制作に参加。「すごい作品が小金井から生まれる」。そう思った上甲さんは、完成間近、作品をPRするためにまちおこし協会を訪れます。このことがきっかけになり、「小金井でアニメーションを通じて地域とつながる活動をしたい!」と強く感じたそう。
岩井澤さんから始まり、徐々に声をかけるメンバーが増えていきました。アニメーションの企画・演出を中心に活動する坂井治さん、後に合流するキャラクターコンテンツの企画・制作などを行うはかたてつやさんが仲間に加わります。
最初の活動として、2019年に市内の「小金井お月見のつどい」で「ぱらぱらマンガ」のワークショップ」を開催します。実際に地域の様々な人たちとイベントを通じて触れ合う時間は充実した時だったよう。
一のせさん「訪れる小さな子どもの笑顔や、歓声を上げる姿を見る時が、『ああよかった〜』と思う瞬間です」
こうして初めてのイベントを成功させると、徐々にアニメーション作りのワークショップや上映会アニメーションの普及活動など、多彩な計画が膨らんでいきます。
はけの手アニメーションとして順調な滑り出しをしたところで、新型コロナウイルスが広がり始めた2020年。予定していたイベントが続々と中止になってしまいます。
上甲さん「まちおこし協会の方とも意見を交換したり、自分たちでも考えたりする日々が続きましたね。イベントだけではない、まちとの良い関わり方、できることはなんだろうと考え続けていました」
そんな中で、新たな関わりが生まれました。市内の丸田ストアーにある焼き菓子や惣菜の人気店「スプンフル」とのコラボレーションです。
上甲さん「お店の10周年記念イベントとして何かやりたい、とお声がけいただき共創できたことはとても嬉しかったですね」
周年企画のノベルティや特設ホームページを作成して公開。さらに店内でははけの手アニメーションメンバーのイラストレーションの展示イベントも実施。現地かオンラインかの二択にとらわれない世界を作り上げました。
さらに上甲さん、一のせさん夫婦のお子さんが通う学校から、創立70周年記念動画のお話が舞い込みます。
一のせさん「記念に残る作品をと思い、子どもたちが描いたイラストを私たちがアニメーションにして仕上げ、さらに先生がたが撮った動画を掛け合わせて作品を完成させました」
上甲さん「お披露目の全校集会に立ち会うこともできて、それはもうあちこちから歓声が上がりました。自分の子どもの教室にも移動してこっそりその瞬間を見ていましたが、とても感動しましたね」
お二人にとって、子どもたちや地域との関わりは、しごとだけではなく、毎日の暮らしの中でなくてはならないもの。地域へ積極的に入り込む姿は濃密で、子どもの送り迎えを始め、ご近所の方とのお付き合い、見守りなど、一つひとつに時間をかけて関係作りをしています。
上甲さん「伝えたいことをただ言うだけではなくて、やっぱりお顔を合わせて表情や息遣いを感じながら話をするということは、地域で暮らしはたらく上でとても大切なのではと思っています」
無理なく少しずつ。けれども勇気を出して足を踏み入れてみる。そんな風に意識をしていけたら、段々仲間も増えていきそうです。
「便利になった世の中と言いつつも、やっぱりコミュニケーションはリアルの方が面白いんですよね」と笑う上甲さん。
「今日みたいに公園で過ごす時間が幸せなんです。理想は、この公園でのびのびとワークショップやイベントをすること。夢はワークショップができる子どもたちの工房を作りたいんです。暮らしの中に遊びと創造が溶け込む姿があることを頭に描くだけで、ワクワクするんですよね」
日々の暮らしとしごとが仮想の世界ではなく、目の前の景色に当たり前にあるからこそ、生々しくもイキイキとしたつながりをより大切にする。そんなちょっと青臭さや泥臭さを胸に抱きながら私も明日から過ごしたい、そんなふうに思わされた時間でした。(永見)
アニメーション作家。日本アニメーション協会の理事も務める。やさしさやぬくもりをテーマに、子ども向けコンテンツのアニメーションを制作している。2014年に小金井市へ移住し、地域でのつながりに魅了されたことをきっかけに地域クリエーション団体「はけの手アニメーション」を立ち上げ、活動をしている。
アニメーション作家・イラストレーター・アーティスト。多くの人が楽しめるアニメーションやイラストレーション、ワークショップなどを手がけるだけではなく、アーティストとしてライブペインティングなども行う。上甲さんとともに「はけの手アニメーション」に参加中。日本アニメーション協会会員。上甲さんとは「デコボーカル」というユニット名で活動中。
はけの手アニメーション https://hakenote.localinfo.jp/
デコボーカル http://decovocal.com/About.html