そばではたらく
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一年だけ花店をひらく

「お店をはじめたい。そして、できることならば、好きなことを活かしながら永く続くようなお店にしたい」。お店づくりをする人にとって多くの人の念頭にある想いではないでしょうか? ところが、それとは相反して昨年の7月から今年の6月末まで、季節が一巡したことで幕を降ろしたお店があります。名前は「小宮花店」。はじめから一年間限定のつもりだった言うその店舗運営。企業のプロモーションであればなんとなくイメージはできますが、個人経営のお店としては少し考えが及びづらいかもしれません。この営業形態の背景にあるのは、店主である小宮麻吏奈さんの芸術活動でした。

小宮花店というアート作品

西武新宿線は野方駅から歩くこと数分、昔ながらの商店が並び、雑踏で賑わう通りに面する野方文化マーケットの一角に小宮花店はありました。わずか3坪の小さなスペースには常に10数種類、全部で100本以上の花が並びます。花の商品としての寿命は3日が限界。別のしごとで生計をたてながら一週間で2〜3回は卸市場に花の仕入れに行き、店頭に立つ生活を一年間続けていた小宮さん。1日の平均客数は20人前後。その多くは周辺に住む人で、日々の買い物と併せてこの小さな花屋に立ち寄ってくれたそうです。

昔この場所は商店街の中心で、八百屋、魚屋、肉屋もあったそうですが、今やその面影はなく、ほとんどのお店が閉店を迎えてシャッターが降りています。マーケットと言うよりは、まるでうす暗い路地裏のよう。小宮さんは一年間の店舗運営を振り返りながら話し始めます。

「この立地を見た時、はじめは衝撃的でした。ただ、全部見渡せる小さな規模感と、廃れた雰囲気が気に入ってしまって。賃料もかなり安くて魅力的でした。お店としては一年を通して黒字とは言えませんでしたけどね」

利益を出そうと思えばもっと定期的にイベントを行うなど、様々なアプローチもできたはずですが、あえてそうしなかったのは“お店を営む”ことを作品として捉えて、シンプルなお店の運営を試みたかったからだと言います。

「美術やアート活動をしている自覚があるんですが、その作品を発表するためには“展示”という形態に落とし込むことが一般的になり過ぎてしまっていて。でも今の自分のテーマを体現するためにはお店の運営をする必要があったんです」

表通りからうす暗い通りへ一歩足を踏み入れると、そこにあるのが小宮花店。

自身で制作をした店の看板がぼんやりとした灯りで訪問者を迎えてくれる。

花を選んだ理由

大学では油画を専攻していたという小宮さん。ただし、本来の自身の作品の表現方法は、画を描くというよりもひとつのテーマにむけて実験を重ねていくタイプだと言います。そして、大学を卒業して以降三年間ほど取り組んでいるテーマがあります。それは、“人間の新しい繁殖方法を模索する”こと。人間の繁殖を考えるにあたり、他の生物を参考にしたかった小宮さんはひとつのサンプルとして“花”という対象を選びました。

「生物の繁殖って何億分の一の可能性の中で成立していることですよね。花は自走出来ないかわりに風や虫を利用しながら花粉を飛ばしてその可能性を少しでも増やしています。だから花屋って、極端な言い方をすれば“可能性を経営するお店”なんです。それと同時に、人間が生きていく中で最も希望のある行為って、“可能性を発し続けること”だと思っていて。そのふたつの“可能性”が私のなかで上手くフィットしたんです」

一方で、花と芸術作品の大きな共通点も花店を営むもうひとつの理由でした。
「どちらにも共通して言えることは、美しいことや、どれだけ人の心を動かすことができるのか、ということに価値があるということです。さらに言えば、花は芸術作品以上に私達の日常生活の中で、より自然に経済活動を発生させることができると思って」

お客さんにとってはあくまでも花を買いに来たという認識でありながら、小宮さんにとっては自分の作品に触れてもらっているという意識がある。そんなギャップのある場所をつくれたことに、彼女は大きな価値を感じているそうです。

寡黙でミステリアスな雰囲気を纏った小宮さん。

“怖い”が思考の原動力

花という存在に、活動テーマへの問いに対した大きな可能性を見出した小宮さん。けれど、彼女にとって花という存在にもともとは好意的な想いを持っておらず、別の感情を抱いていたと言います。

「花は怖くて嫌いでした。あんなに綺麗なのにわずかな時間で枯れて姿を変えてしまうから。ただ、私にとって作品をつくる上での活動対象を決めるときは、“好きか嫌いか”ではなく“好きか怖いか”で判断するんです。怖いものって自分の中で批評的になれて思考をめぐらせることができますし、違和感のある方がその答えを導き出したときに得るものが大きいんですよね」

お店をつくるとき、普通であれば“いかに自分の好きなことを活かすことができるのか”を出発点にする人は多いはず。けれど、小宮さんは作品をつくることが目的であり、お店をつくることはその手段のひとつ。目的が違うことで、お店づくりへアプローチの方法は大きく変わってくるのです。

美しいものとは相反した、枯れていく怖さが活動の原動力となったとか。

続ければ開けると信じて

“人間の新しい繁殖方法を模索する”。小宮さんがこのテーマに取り組んでから三年が経ち、大きなプロジェクトであった小宮花店を経て、次に取り組んでいきたいことが見えてきたそうです。

「家族や結婚などの制度の解明をしたいんです。こういった制度は人間社会の中でどこまで有効なのか? どこまでそれが耐えうるものなのか? そのために来年以降、できる限り早いうちにフィリピンに生活の拠点を移して活動したいと思っています。理由は、“性”に対しての認識のバリエーションが豊かだから。さらに現実的なことを言うと、生活コストが安くすむから。アーティストが直面する壁って、活動が続けられないことがほとんどなんです。事実、同年代でも大学を卒業してから創作活動を続けている人ってほとんどいなくて。だから私はいかにして活動を続けられるかも併せて考えていきたいんです」

テーマの追求のためにお店をはじめ、決まった期限通りに潔くその幕を閉じる。小宮花店という店舗運営がもたらした経験は、小宮さんにとってこれからの活動への大きなステップであり、栄養豊かな肥料となりました。この大胆な行動の先に咲く花の色、そして結ぶ実のカタチ。そう遠くない将来に、私たちは目にできるのかもしれません。(カトウ)

貸しギャラリーとして、この場所は運営は引き続き行っていくそう。

プロフィール

小宮麻吏奈

芸術家。アメリカのアトランタで生まれ7歳までの幼少期を過ごす。2011年、女子美術大学へ入学。美術学科洋画家専攻にて油画を制作する。以降、一年に一、二回のグループ展への参加や二回の個展を経て、2016年に一年間限定のプロジェクトとして「小宮花店」を営業開始。2017年6月を以て閉店した。

https://www.marinalisakomiya.com
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