公共空間的カフェの連鎖を生む

2017.08.17
公共空間的カフェの連鎖を生む

居心地のよいカフェ、雑貨屋、家具屋・・・そんな店をここでやってみたい!と思わせる“まちの空気”をつくり出すのが、パブリック・スペース株式会社代表取締役の鈴木佳範さんのしごとです。これまでに東京・三鷹市に1店舗、隣市である武蔵野市に2店舗をオープンさせています。良い店がある場所には人が集まる、だから1店舗だけでなく、いくつもの良い店が集まるパブリック・スペースをつくってまちに“温度”を持たせるーーそんなまちづくりを考える鈴木さんの原点は、1枚の写真にありました。

イタリアに憧れて

鈴木さんは山々に囲まれた岩手県で生まれ育ちました。高校時代、モード系ファッションに興味を持ち、先端を走るイタリアやフランスへ目が向いていったそうです。ある日、鈴木さんは1枚の写真を目にします。それは、フランスの街角にあるカフェの写真でした。カフェにいるお客さんがみんな、通りを眺めながらお茶をしているーーそんな写真だったのです。それは日本にはない景色でした。

まちと店と人との区切り目がなく調和している風景に、「なんて豊かな生き方なんだ!」と衝撃を受けたそうです。そしてまた、家族が一緒にはたらいたり、共に過ごす時間をとても大切にしているイタリア人の生活を知り、強く心をひかれました。「だからと言って、その時はカフェをやりたい、とは思わなかったんです。ファッショナブルな格好をして、その国で生活したいという気持ちが強かった」という鈴木さん、高校卒業後の進路としてイタリアへ渡ることを真剣に考えます。しかし、周囲の反対にあい、やむなく進路を変更、上京しました。

「大学の時はいろんなものに興味が向きました。ファッションから始まって食やら民芸品やら家具やら……あちこち見て回りましたよ。その時に住んでいたのが三鷹です。だから、このまちには“情”を持っているんです」と笑います。

鈴木さんは大学時代、ジャンルにとらわれずあれこれ見聞きして自身の基盤をつくっていきました(写真は「オンド」にて。サイフォンでもハンドドリップでも好みに合わせてコーヒーを淹れてくれる)。
鈴木さんは大学時代、ジャンルにとらわれずあれこれ見聞きして自身の基盤をつくっていきました(写真は「オンド」にて。サイフォンでもハンドドリップでも好みに合わせてコーヒーを淹れてくれる)。

超就職氷河期だったからこそ、自由になれた

大学の卒論ではカフェを研究テーマにし、そのころには将来、カフェをやりたいという気持ちが芽生えていました。卒業後のはたらき方を考え始めたころ、世の中は超就職氷河期と呼ばれる時期に突入していました。30社、40社と手当たり次第に企業の就職試験を受ける友人たちや時代の風潮に違和感を覚え、自分のやってみたいことができそうだと感じて絞り込んだ3社のみ、就職活動をしました。残念ながら3社とも内定には至らなかったのですが、不思議と落ち込んだりはしなかったそうです。

「だってよく考えれば、僕の祖父たちなんか、戦争という混乱もあって、同じしごとをずっとやっていたわけでもなく、生きていくためにその時々でできることをやっていたわけで。就職できないから人生終わったなんて考えるのは、ご先祖様に対して失礼だな、という気持ちでしたね」と振り返ります。

大学時代にあちこち回り、東京には良い店がたくさんあることを肌で感じていたので、自分でカフェをやるなら、とにかくまずはどこかの店ではたらいて勉強したいと思ったそうです。そして、三鷹にあるDAILIES(デイリーズ)に就職します。「デイリーズを選んだのは、カフェやインテリアなどの複合型ショップだったからです。今ではずいぶんライフスタイルショップが増えましたが、当時はまだ少なかった。僕は、『豊かに暮らす』ということは、家の外でだけでなく、家の中でも何を着たいか、どんな食器を使って食事をしたいか、どんな空間に住みたいかーーそんなことを日々考えながら生きていくことだと思っていて、デイリーズは日常生活を豊かにすることに関われる店だと感じたんです」。超就職氷河期だったからこそ、自分のはたらき方に向き合い、夢を実現させる最短距離を見つけられたのかもしれません。

デイリーズ時代は、店を運営していくために必要なことをとにかく覚えることに集中したそうです。
デイリーズ時代は、店を運営していくために必要なことをとにかく覚えることに集中したそうです。

チャンスが来たらすぐに動ける準備を整える

デイリーズでは、「話が上手い」という理由で飲食のしごとを任されました。「本当は家具をやりたかったから、最初はえ?? という感じで」と苦笑い。しかし、とにかく飲食のことを突き詰めてみようとすぐに気持ちを切り替えます。そんな気持ちはデイリーズの社長にも通じ、土日は家具の配達も任されて、家具の勉強もできるようになったそうです。

料理も見よう見真似で覚えていきました。デイリーズではたらき始めてから、初めてお客さんに出す料理を独学で身につけていきました。「人間って徐々に何かできるようになるわけじゃないと思います。最初は真似することから始めていって、自分の中に味の引き出しがある程度できた時、急にポンっとできるようになる。気持ちも同じじゃないかな。徐々になんか変えられない。今はこうだと思っていることを真逆に見られるようになった時、変わるのだと思います」と話してくれました。

デイリーズではたらいた5年半の間に、店長を務め、新しい店舗立ち上げに関わり、そして最後の2年ぐらいはずっと社長のお金や人の動かし方を側で見て、店のマネジンメントについて学んだそうです。そのときはまだ、ほどなくしてカフェや会社を経営する話が舞い込むとは予想だにしていませんでした。しかし、「チャンスが来たときにすぐに動けるよう準備をしておくことが、成功への道」という信念を持つ鈴木さんにとっては必要不可欠なことでした。だから、社長から「新しい店をやってみないか?」と持ち掛けられたとき、二つ返事で引き受けられたのです。

開店資金の準備から店内内装、メニューづくりなど、デイリーズで吸収したことを余すことなく生かした「カフェ ハイファミリア」。料理のおいしさと居心地の良さから、いつも多くのお客さんでにぎわっています。
開店資金の準備から店内内装、メニューづくりなど、デイリーズで吸収したことを余すことなく生かした「カフェ ハイファミリア」。料理のおいしさと居心地の良さから、いつも多くのお客さんでにぎわっています。

こうして28歳のとき、東京・三鷹市にCafé Hi famiglia(カフェ ハイファミリア)をオープンさせます。念願のカフェをオープンさせましたが、そのとき鈴木さんの視野はもっと広がっていました。「カフェの中で目の前にいる人を幸せにするだけではなく、みんなの公共の場所をつくって、みんなで幸せになりたいと思うようになっていて。だから、心を込めて“パブリック・スペース”という名前を会社につけたんです」。

次回は、鈴木さんが考える「みんなが幸せを感じられる公共空間」について、詳しく聞いていきます。(大垣)

連載一覧

まちの空気と温度をつくる人

#1 公共空間的カフェの連鎖を生む

#2 自分の店は、自分のものじゃない

#3 家族、スタッフ、まちとともに

プロフィール

鈴木佳範

パブリック・スペース株式会社 代表取締役。岩手県出身。大学卒業後、三鷹のライフスタイルショップDAILIES(デイリーズ)を経て28歳で独立。現在、カフェ2店、デイリーアクセスショップ1店を経営する。

Cafe Hi famiglia(カフェ ハイファミリア)
http://www.hi-famiglia.com
Cafe Sacai(カフェ サカイ)
http://www.cafe-sacai.com
ond(オンド)
http://ond-craftfood.com/

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