「ずっとは頑張れない」「こわい」「自分で自分を救いたい」。ドキリとするほど率直な言葉が並ぶ、インターネット上に公開された日記。書き手は、自分にできることを探して“ふたり出版社”にたどり着いた屋良朝哉さんです。友人の小室ユウヤさんとともに、合同会社点滅社を開業しました。2人とも、出版業界での経験はゼロ。会社員経験もゼロ。大学中退、ニート生活など、上手くできないこととぶつかり続けてきた人生でした。感じる恐怖や喜び、しんどさ、迷い…。すべて表に出しながら出版社を営むのには理由があります。
そう記された会社ホームページの代表挨拶。武蔵小金井にあるアパートの2階に自宅兼事務所を借り、2022年6月、出版社「点滅社」が誕生しました。地元沖縄の大学に入ったものの上手く馴染めず、休学の後、中退を選択した屋良朝哉さん。21歳のとき、大好きなカルチャーを求めて上京しました。
屋良 「東京への純粋な憧れです。音楽や本や映画がすごく好きなので、もっといっぱいカルチャーを摂取したいなと思って。もちろん沖縄にも文化はあるけど、『中野ブロードウェイにすぐ行けたらうれしいな』とか、『東京に来たら何かあるんじゃないか』という漠然とした気持ちでした。八王子のシェアハウスで暮らしながら、JR中央線沿いで中野から高円寺、阿佐ヶ谷辺りを1年くらい、だいぶうろうろしました。沖縄には電車がないので、あの頃は移動するだけでも楽しかったな」
屋良 「就職活動をしてみたり、バイトをしたこともあるけど、どれも上手にできなくて。長続きしないんです。シェアハウスで企画したボードゲーム会をカフェとして営業することになったとき、個人事業主として1年半店長をしたんですけど、経営も人間関係も難しくて結局閉店してしまいました。4年くらいニートをしてる間に、自分で仕事をやる方がしっくりきたりするのかなと、ふと思って。だけど、何かの資格を取るような気力は正直言って全然なかった。代わりにではないですが、僕が人生で熱中したことって、音楽と本と映画。どれも、聞くだけ、読むだけ、見るだけで、遊んでただけですが、知識としては吸収してきた。それに頼るしかない。だから、カルチャー系の会社にしようと思ったんです」
出版社を選んだのは、おぼろげながらも形にしていくイメージが掴めたからでした。
屋良 「音楽のレーベルをつくるとか、カルト映画の復刻をするとか、いつか実現したいと考えていることは今でもいろいろあるんですけど、やり方がぼんやりしていて。出版業は会社をつくるためのノウハウ本がたくさんあるし、ひとりでもチャレンジできるんじゃないかと思えたのが大きかったです。試しにZINEを2冊つくってみたら、『これのパワーアップ版にバーコードを貼ればいいんだ』とシンプルに想像できました」
大企業に勤めていなくても、学歴や特別な何かがなくても、素人だって出版社をつくれると証明したい。反骨精神に火を灯しながら、ひとりで出版社をつくろうとしていた屋良さんは、ある時、友人の小室ユウヤさんに「一緒にやらない?」と声をかけました。
屋良 「出会ったのは、僕が八王子で住んでいたシェアハウス。住民以外も参加できるイベントに来ていて、お互い映画好きなのですぐ仲良くなりました。ユウヤさんはインプットがすごく多い人だから、一緒に会社をしたら活かせて面白いんじゃないかと思って。本の企画を立てるときに、『こういうのつくったら』とか言ってもらえたらいいなと」
小室さんは神奈川出身。誘いを受けた当時は、バイトを転々としながらその日暮らしを送っていました。
小室 「好きな映画を見たり本を読んだり、それまでの人生でインプットばっかりしていたので、屋良と一緒にZINEをつくってみたとき、アウトプットがすごく楽しかったですね。会社に誘われたときは、バイトがちょうど一区切りついたタイミングで。どこまで本気かわかんないなと思いつつ、『まぁやってみるか』くらいの気持ちでした。お金も屋良がどこからか出してきて全部ゼロから立ち上げようとしていたので、当時も今も、僕は『やってるやってる』と思いながら横で見ている感じです」
出版社をつくろうと思い立ってから、準備期間は1年。右も左もわからないまま、出版社の開業ノウハウ、校正や著作権に関する本を読み漁りました。バンドTシャツを着てスーツ姿の人だらけの街へ出かけ、緊張に震えながら、司法書士事務所、出版社と書店の繋ぎ役である取次会社などへ相談に訪れたといいます。
屋良 「つくってから考えようっていう気持ちが強くて、見切り発車で、必死だったんですよね。なにしろ何も知らなくて、人に聞かないとわからないので、僕がつくったって感覚でもないんです」
開業準備と並行して制作を進めたのは、「この本をつくるために会社をつくったと言ってもいい」と屋良さんが語るほど、特に思い入れの強い一冊でした。
屋良 「武蔵野市で結成された『ニーネ』というスリーピースバンドの歌詞集です。僕が本をつくることがあったら、一冊目はこれと決めていました。作詞を担当しているギターボーカルの大塚久生さんに、ものすごく緊張しながらメールをしたら快諾してくださって。企画を進めていたとき、デザイナーの平野拓也さんが『一緒にしませんか』って声をかけてくれて、とても有難かったです。まずイラストがすごく良かったし、デザイナーの探し方もわからなかったので…。最終確認は本当にこわかった。入稿直前、僕がスケジュール管理を間違えていることが発覚して、床じゅうゲラ(誤字などのチェックを行うため印刷した原稿)まみれにしながら作業して大変でした」
屋良さん28歳、小室さん32歳で、開業の日を迎えた点滅社。約半年後の2022年11月には、『ニーネ詩集』が完成しました。表紙を見て「かっけぇ〜〜〜」と手に取った屋良さんには、特別な感慨がありました。
屋良 「『よかったー!ああできるもんだねえ』って思いました。素人でも本がつくれたというのが大事というか、すごくうれしかった。僕は能力が低いからできないんだという劣等感がずっとあって、昔の自分が見たら喜ぶだろうなと。今も根っこは大して変わってなくて、自信とかないし、上手なわけでもない。でも、やってる人が1人いれば、誰にでもできると思ってもらえるから」
大学を中退したこと、アルバイトの面接にも落ちること、ニート時代から精神薬を服用しながら暮らしていることなどを、あえて公言する屋良さん。そんな自分が本をつくっていることを知ってほしいという思いが、大きな原動力になっています。
屋良 「特に好きな80年代の邦ロックとか、アメリカの映画には、僕のヒーローみたいなミュージシャンやキャラクターがたくさんいます。時にアンチハッピーエンドで、かっこよくて、権力に反発する人たち。僕も、そういう存在になりたかった。『何もできなくてもできることあるよ。素人だよ。だけどやってるよ〜』って、昔の自分と似てる人に知ってほしい」
そして、小室さんは屋良さんの傍らで、常に変わらず淡々と見守っています。
小室 「『へーできんだ、それにしても詩集にしちゃ分厚いな』って思いました(笑) ニーネ詩集を出したことをきっかけにメディアの取材を受けることもあって、記事を親に見せたら安心したみたいで、それはよかったですね。最初、友達のつくった会社で雑用してるくらいしか伝えてなくて。屋良がどう見てもヒッピーみたいなやつなので、心配されてたんです(笑)」
勝負どころの開業2年目。全財産を注ぎ込んではじめた会社が今はまだ大赤字。日々行く手に現れる難題にもがきながら、2人は目の前の1冊に集中しています。今年、2023年には、点滅社2冊目となる歌集『 incomplete album』、3冊目となる漫画選集『ザジ Vol.1』を出版。書店巡りをして地道な営業活動を続けながら、融資を受けることを検討したり、年金事務所や労働基準監督署に行ったり、インターンを受け入れたり…。そんな中で特に大きな出来事のひとつは、古本屋「そぞろ書房」のオープンです。
屋良 「きっかけは、高円寺で古本の販売や展示などをしている『えほんやるすばんばんするかいしゃ』の荒木さんとの出会いです。Twitterで投稿を見かけて、面白そうな人だなと思って会いに行ったんですが、とても優しくて経験豊富な方で、すっかり仲良くなって。荒木さんが持っているスペースで、2022年に1週間だけ本屋さんをしました。その後、点滅社の本を置ける場所がほしいことや、本屋にも興味があるという話をしたら、『本格的にやってみる?』と物件を紹介してくれたんです」
同じく古本屋をやってみたいと話していた「小窓舎」の2人に声をかけ、共同経営することを決定。小窓舎は本とウェブに関わる様々な仕事をしている2人組で、点滅社のウェブサイト作成や『ニーネ詩集』の校正を担当した間柄です。2023年3月に物件契約、翌4月には開店の日を迎えました。
屋良 「最初は古物商の許可も取れてなかったので、ひたすら本を集めて、ZINEを募集して。助っ人をお願いした僕の知り合いが、レイアウトとかお店の9.5割くらいを形にしてくれました。小窓舎の2人は僕たちができない展示などをしてくれるので、各々の得意分野を活かせてる気がします」
小室 「実は、点滅社では最初編集を担当しようと思っていたんですが、企画が頓挫してしまって。じゃあ経理と思ったけど無理で、営業は2日で辞めちゃって。上手く努力ができないというか、する気もなくなってきていた。そんな中で、古本屋は自分の好きな本が置けるし、それをお客さんが見て『アッ』となってるのを見ると楽しい。自分の特性というか能力がお店に直接影響していくのは面白いですね」
屋良 「会社をつくってみても、特に何も見えてはなくて(笑) どうやったら本が売れるかなんてわかってなかったけど、2%くらいは掴めたかな。まずは10冊つくりたい。儲かるとは思ってないし、売れるだけならうちで出す意味はない。出したい本をまずつくって、『調べたところによるとこうすると売れるっぽい』みたいな方法の中からいいと思ったものを段々足して、工夫しながらやってみようと思っています」
点滅社という社名の由来は、屋良さんが大好きなバンド「筋肉少女帯」の曲『サーチライト』。憂うつと、それを照らす光の点滅。「日々を静かにおもしろく照らす本を」をスローガンに、やわらかく、魂を込めた一冊が、今日もアパートの一室から生み出されようとしています。(國廣)
沖縄出身の屋良さんと神奈川県出身の小室さんが八王子のシェアハウスで出会い、資本金305万円を持ち寄って2022年6月に合同会社点滅社を開業。スリーピースバンドの歌詞集『ニーネ詩集』を皮切りに、歌集『 incomplete album』、漫画選集『ザジ』など、文芸系の本を中心に出版。高円寺には、2023年から「小窓舎」と共同経営する古本屋「そぞろ書房」がある。いつか名画座をつくるのが映画好きの2人の夢。
唯一の頼りは、中央線カルチャー
「どうせなら最後にやりたいこと全部やってから死のう。本をつくろう。全財産ぶっ込もう。今までずっとぼくのことを助けてくれた本や音楽や映画に恩返しをしよう。それに、ぼくが『素敵だ』と感じたものの魅力を社会に広めていければ、もしかしたら誰かが助かるかもしれない。せめて最後ぐらいは人の役に立ってから死のう」。