細く長く続く活版印刷の道

2017.11.16
細く長く続く活版印刷の道

活版作家のつるぎ堂の多田陽平さんとknotenの岡城直子さん。活版の世界に足を踏み入れるいきさつや、作家性は大きく異なりながらも、それぞれの活動が成熟してきた頃に訪れた大きな転機。活版作家としての活動をする傍らで同じ職能を活かした受注仕事をしていくために、どのような手段や考え方で向き合っているのでしょうか。緑青社の活動内容に迫ります。

二人で活動するならではの受注仕事

緑青社としてのしごとはまず第一にクライアントワーク。多田さんと岡城さんがそれぞれで受注したしごとを、お互いの繁閑と照らし合わせて分担をしています。この体制による利点はどのようなものでしょうか? 「純粋に一人より二人の方が、受けられるしごとの量が増えるかなと思ったんです。それぞれ人脈が全く違うので、お互いに初めてのしごとが増えて刺激的です」と話す岡城さん。続けて「好みの紙も違う、出来上がりも違う、アイデアもお互い言い合える。さらに作業も分担できるので、受けられるしごとの幅が広がりましたね」と話します。それに対して「自分に無いものを補い合える関係はとても貴重ですね」と多田さんも応えます。

ただ、ときには片方がとってきたしごとに対して、もう片方が「これ、どうやって刷るの? ちゃんとお客さんに説明したの?」と言い合いになることもしばしばあるそう。より良い印刷物を仕上げるためにそれぞれの知識と技術をぶつけ合うことも大切なようです。

また別の課題についても多田さんが口にします。「僕の実家の機材が充実していることもあって、緑青社としての作業は僕がすることが圧倒的に多いんですよ(笑)」。このこともあり、つるぎ堂はここ一年ほど作家としての新作を作れていないんだそう。「私が活動を休止していたため、knotenの作業で手一杯になることが多いので、そこは改善していきたいですね」と岡城さんもその自覚はあるようです。

言葉は交わさずとも、活版への情熱から成り立つ信頼関係が伝わってきます。
言葉は交わさずとも、活版への情熱から成り立つ信頼関係が伝わってきます。

お客さんを導く印刷会社に

受注仕事をする中で、緑青社として決して忘れてはいけない行動理念があると言います。それは、“お客さんと共に印刷物をつくること”。客商売をするうえで、ごくごく当たり前のように聞こえてしまうこの言葉。ですが、印刷業に身を投じてきたお二人にとっては真に迫る言葉のようです。高齢化が進む活版印刷業界では「こんなものはうちでは刷れないよ」と、せっかくのお客さんを突っぱねてしまうことが今でもあるのだそう。そのことを残念がりながらも岡城さんは「まずは断らないことを第一に、とはいえ活版印刷の良さを活かせていない印刷物が実際すごく多くて。だからより良い作品にできるようにお客さんを導いてあげたい」と希望の言葉に変えます。「活版印刷所はもっと身近にあるものというイメージを持ってもらうことからですね」と続いて多田さんも。

さらに、活版印刷の質を高めるための努力はコラボレーション作品としてカタチになることもあります。◯◯(作家の名前)×緑青社といったクレジットで作り手と共にオリジナル印刷物を作ることも。「私達が前面に出たいわけでは決してないのですが、印刷物を生み出す責任だと思っています」と言う岡城さん。活版印刷に詳しくない作家さんも多いため、活版印刷の良さを活かせるアイデアを提供しながら一緒にものづくりをしたいと願うお二人の想いの現れなのでしょう。

現在制作中のラフ案を見せてくれる岡城さん。
現在制作中のラフ案を見せてくれる岡城さん。
大切に印刷機の手入れをする多田さん。
大切に印刷機の手入れをする多田さん。
イラストレーターのイシイリョウコさんとのコラボ商品、六角形切手風シール。作家という側面を持つ二人だからこそなせる緑青社の特徴のひとつ。
イラストレーターのイシイリョウコさんとのコラボ商品、六角形切手風シール。作家という側面を持つ二人だからこそなせる緑青社の特徴のひとつ。

緑青社のこれから

お二人で活動を始めて一年。今後の展望をどのように考えているのでしょうか。少しの沈黙の後、寡黙な多田さんが口を開きます。「…まだまだ先のことは考えられないですね。まずはどんどん受注仕事を増やしていく段階です」。続けて「希少価値、高級感、ノスタルジックとか、いにしえから伝承されてきたというイメージは守っていきたいですね。身近に感じてもらえるような努力はしつつも、大衆化しすぎないよう配慮はしたい。細く長く続けていきたいです」と、幼少の頃から活版印刷所が身近にあった多田さんのならではの言葉。特別なものであり続けるためのクオリティコントロールも、怠る隙はないようです。

対して岡城さん、「なによりも私達自身の印刷工としてのモチベーションは、良い作品に出逢うことや、好きな人達と一緒に印刷物を作ることにあるんだと思います。これからも、たくさんの人と出会っていきたいです」と、活版印刷への愛を語ります。

作家として自身の表現を突き詰めていくことで育まれた活版印刷の可能性。これからたくさんの人を新たな道へと導く緑青社の旅は、まだまだ始まったばかりです。(加藤)

「親身になって相談できる印刷屋があるということを知ってもらいたいですね」と笑顔を見せてくれたお二人。
「親身になって相談できる印刷屋があるということを知ってもらいたいですね」と笑顔を見せてくれたお二人。
連載一覧

#1 表現者と職人による緑青社の誕生

#2 細く長く続く活版印刷の道

プロフィール

緑青社

2016年10月に結成した、つるぎ堂の多田陽平とknotenの岡城直子による活版印刷事業。名刺やショップカード等の制作の受注を行う。
https://rokusholetterpress.tumblr.com

多田陽平

つるぎ堂を屋号に活版印刷によるオリジナル商品を製作し、取り扱い店舗や各種イベントなどでの販売、ワークショップを行う。
http://tsurugido.net/

岡城直子

活版ユニットknotenの印刷担当として活動。季節を感じられるモチーフなどを中心に、紙やインキの色にこだわりながら手キンと呼ばれる手動の活版印刷機で作品を印刷している。
https://knotenletterpress.tumblr.com

811view
Loading...