シェア本屋のフォーマットを広める

2020.01.31
シェア本屋のフォーマットを広める

2019年の夏、吉祥寺に新しくオープンした、本の発信基地があります。運営しているのは、以前リンジンでもご紹介し大きな反響のあった、三鷹の無人古本屋「BOOKROAD」を弟と共同制作し営む中西功さん。“コンテンツ+無人”の可能性を広げた中西さんが今回新しく仕掛けたのは、本屋をシェア(共同運営)するという仕組み。さて、そのユニークな運営スタイルと、その先に中西さんが見据えるものとは?

本棚だけではなく、運営もシェアしていく

吉祥寺の東急裏エリアに、地下フロアを含めた4階建ての小さなビルがあります。以前は老舗の人気洋食店が入っていたこの場所が、その面影を残しながら新しく生まれ変わりました。表には4つのフロアを意味する「バツヨンビル」という黒い看板、地下に降りる階段入口には「ブックマンション」の文字が。その看板に表示されている矢印につられて下を覗くと、部屋の両側に天井の高さまである大きな本棚が見えます。
ここは、三鷹の商店街で現在も無人古本屋「BOOKROAD」を営む中西功さんが、2019年7月にオープンさせた、新しい“本の発信基地”。1階はからくり時計が決済してくれるユニークなコーヒースタンド、2階と3階はキッチンを備えたイベントスペースとして貸出し、ワークショップや講演会、展示販売などを行っています。

そしてこの「バツヨンビル」の中心となるのが、地下1階スペースにある、本屋をシェアする発信基地「ブックマンション」。床から天井の高さまである大きな本棚が部屋の両側に並び、31cm✕31cmサイズで150個ほどに棚が区切られ、各スペースを借りている店主たちが自分の選書した本を並べて販売しています。新書・古本は問わず、ジャンルも問わないため、自費出版している書籍やZINE、古本のビジネス書や絵本など、置かれている本は様々で、人の本棚を覗いているような好奇心と、本屋に来て知識欲を広げるような探究心が同時に感じられます。

「三鷹のBOOKROADでの試みは無人販売でしたが、今回はお店の本棚や運営を共同でシェアすることが新しいチャレンジです。現在は約80人の方が月額制の一定料金で棚をレンタルしていて、自分で本を入れ替えたり、値段をつけて管理しています。あとは、その中から希望者でシフトを組み、交代で店番をするなど、本を置くだけではなく運営もシェアするという仕組みです」

洋食屋だった頃の面影も残しながら、装いを新たにしたのが「バツヨンビル」。黒い扉の奥にある階段を降ると、「ブックマンション」の入口が。
洋食屋だった頃の面影も残しながら、装いを新たにしたのが「バツヨンビル」。黒い扉の奥にある階段を降ると、「ブックマンション」の入口が。
詩の朗読会や雑貨・ファッションの展示販売などで使用されているという、イベントスペースにて。
詩の朗読会や雑貨・ファッションの展示販売などで使用されているという、イベントスペースにて。

信頼と合理的な判断で成立するのが、共同運営

ブックマンションのすぐ近所に住んでいるという中西さん。鍵の開け締めなどはあるものの、慣れてきてある程度は人に委ねて営業できているため、一日中店舗に立つのは営業日の半分ほどにしていく予定だといいます。空いた時間は、個人でコンサルティングの仕事を受けるなど別の作業に回すことができるため、運営をシェアすることのメリットは大きいとのこと。とはいえ、商品や売上の管理も含めて人に任せるということに、リスクはないのでしょうか?

「三鷹のBOOKROADの時も、“無人にして本を盗まれないの?”とよく聞かれました。誤解を恐れず言うと、盗まれるリスクと人を雇うリスクを考えたら、圧倒的に前者の方が少ないんです。あくまでわずか2坪の無人古本屋を運営する場合ですが。実際、三鷹ではまだ一度も盗まれたことがありません。今回は、自分だけではなく人の本を預かるという責任も発生しているので、さすがに無人にはできませんが、棚を借りてくれている人の善意を信頼して、店番をシェアしています。企業だったら多少のリスクがあるだけでもGOの判断ができないので、そこは個人事業主だからできることかもしれませんね」

人を信頼するという前提と、リスクを天秤にかけたことで生まれる合理的な判断によって、運営をシェアしているブックマンション。他にも、“棚の店主から受け取る委託料は本一冊につき100円とする”など、中西さんの合理性によって、約80人との共同運営を効率よく行っているのです。

「100円という一定額を決めることで、売上額ごとに掛け率を計算するなど個別に対応していく手間も省けます。それと、「売れたら100円もらいます」と言うことで、売る側も本の値段を100円以上に設定しますよね。すると、「家にあるボロボロの本でもとりあえず50円で売れればいいか」と思わないはずなので、必然的に棚に置かれる本の最低限のレベルも保つことができるんです」

本棚には部屋番号の数字がつけられ、看板となる屋号やプロフィールなどが店主によって飾られている。
本棚には部屋番号の数字がつけられ、看板となる屋号やプロフィールなどが店主によって飾られている。
1階のコーヒースタンドは、代金をおいてレバーを引くとカラクリが動いて支払いが完了。常設展示としても楽しめる。
1階のコーヒースタンドは、代金をおいてレバーを引くとカラクリが動いて支払いが完了。常設展示としても楽しめる。

本屋を増やしたい、と言葉にすることの覚悟

これらの合理的な判断は個人事業主だからこそできる、という中西さんの言葉。実は、16年間という長い期間、大手電子商取引企業に勤めていた中西さんですが、このブックマンションをオープンさせるにあたり、退職して個人事業主となったのです。今も運営を続けている三鷹の「BOOKROAD」を始めた頃は、会社との兼業を続けていた中西さんですが、なぜ今回は会社を辞める決断をしたのでしょうか?

「会社のみんなにはすごく驚かれましたし、本気なのかと2時間くらい説得もされました(笑)。でも、2013年に三鷹で無人本屋を始めた時、とても反響が大きくて、書店不況と言われるこの厳しい状況下でもたくさんの人が新しい本屋を求めていることがわかったんです。そんな時2018年の年末にこの物件に出会って、ここでなら何か面白いことができそうだなと。それで、自分の本屋を作ろう!というのではなく、棚も運営もシェアする本屋を取り組もうと思ったんです」

中西さんがずっと感じていたのは、自分の住む町に本屋さんができて欲しいという人や、自分の運営している本屋さんを展開していこうと思っている人がいても、日本に本屋さんを増やしたいと声を上げる人はいない、ということ。そこには、個人が生活していくビジネスとして本屋は成立しにくい、という事実が浮き彫りになっていました。そこで浮かんだのが、共同運営という今回のフォーマットです。

「共同運営であれば個人が抱えるリスクも少ないし、継続していくことができる。何より、この方法だったら、本屋さん開業に興味ある人にブックマンションを見てもらい、その人の地元で取り組んでもらうことができると思ったんです。三鷹の時も、無人販売というフォーマットに興味を持っていただいて、各地で講演を行ったり、コンサルタントとして相談に乗ることも多かったですし、実際にそれで無人本屋をオープンさせた人もいます。このブックマンションのスタイルも、最初は本屋として認めてもらえないだろうし、変わり者として見られるかもしれない。でも数年継続していたら、フォーマットとして広がっていくと思うんです」

「3年後には、共同運営するフォーマットの本屋さんが全国に100店くらい増えるんじゃないかと思っています」と、具体的な数字で予想を立てる中西さん。
「3年後には、共同運営するフォーマットの本屋さんが全国に100店くらい増えるんじゃないかと思っています」と、具体的な数字で予想を立てる中西さん。

前職の経験を生かして、先も見据える

自分が好きな本屋を個人的に始めるのではなく、あくまでも今の世の中で取り組みやすい本屋さんのフォーマットを広めていきたいと話す中西さん。“本屋を増やしたい”と言葉にすることで、旗振りの役割を担ってしまうこともあるでしょう。長年勤めてきた会社の退職を迷いなく決断することができたのも、「純粋に本屋さんが増えたらいいなと思っているからでしょうね」と中西さんは笑います。

「でも、いいフォーマットを提案して使ってほしい、という考え方は、僕が電子商取引企業に勤めていたことが影響しているんだろうなと感じます。基本的にネット関係やインフラ関係の仕事をしている人は、フォーマットを世に放ってたくさんの人に使ってもらうことが前提ですから。それと、僕は何かを始める時は、取り組むことの現実を知るように心がけます。何かを読んだり、誰かに聞いたりしたことを基にするよりも、まずは自分で取り組んで一次情報を取得することを心がけています。今回も、この物件を決める前に、一週間毎日同じ場所から人通りを観察したり、ネガティブな意見を様々な業種の知人から集めたりと、成功確率を上げるための準備はしました。それも、前職からの影響かもしれませんね」

三鷹の“コンテンツ+無人”というフォーマットから始まった中西さんの試みは、これまで働いてきた会社での経験も活かしながら、次のステージで動き始めました。棚を借りている人の中には、出版社に務める雑誌編集者や、評論家、映画製作会社のプロデューサーなど、メディア業界に携わる人も多くいるそうです。

「本が好きだというキーワードは、ジャンルも世代も問わずに人が集まってくる接着剤のようなものだと実感しています。実は、今回の試みを始めたのも、地域のためとか社会のため、という大きなことは考えていなくて、僕も本が好きなので、町の中に本が並んでいる風景がもっと増えたらいいな、という単純な理由なんですよね。ようやく落ち着いて運営がまわるようになってきたので、そろそろこの場所で次のことを仕掛けたいなと思っています」

紙の本というジャンルそのものがマーケットとして小さくなってきているからこそ、その新しい可能性に期待する人は多いでしょう。次に中西さんが何を仕掛けてくるのかを、心待ちにする人も。(安達)

「バツヨンビル」の屋上からは、吉祥寺の賑やかな街並みが一望できる。この場所で中西さんが今後何を仕掛けていくのか、楽しみにしたい。
「バツヨンビル」の屋上からは、吉祥寺の賑やかな街並みが一望できる。この場所で中西さんが今後何を仕掛けていくのか、楽しみにしたい。

プロフィール

中西功

大手電子商取引企業にてECコンサルタントとしてしごとをする傍ら、2013年にJR中央線三鷹駅の商店街の一角に弟と共同制作で無人古本屋「BOOKROAD」をオープン。その後、2019年4月に会社を退職、7月に「バツヨンビル」をオープンさせる。

以前ご紹介した記事

無人古本屋を営む兼業サラリーマン

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