まちのインキュベーションゼミ#6との連動企画「あの人の、お店づくり解剖」をテーマにした取材連載の第一弾は、西荻窪にある「松庵文庫(しょうあんぶんこ)」のオーナー、岡崎友美さん。カフェとギャラリー・ショップが併設され、築80年を超える古民家のノスタルジックな雰囲気と洗練された料理や文化が融合し、近所の方から遠方から来る方まで多くのお客様が訪れます。
オープン前は、長年、専業主婦をしていたという岡崎さん。コアなファンも多い松庵文庫では、どうお店づくりをしているのでしょうか。
短大の英語科で貿易を学び、メガバンクで外国為替のしごとを経て、旅行会社の海外添乗員へ。その後、結婚を機にしごとを辞めて、家事や子育てに専念していた岡崎さん。専業主婦だった頃は、「もう一生しごとはできないのかな?私は何がしたいんだろう」と色々迷いを感じていたと言います。
そこから、どうして松庵文庫をはじめることになったのでしょうか。実はもともと、自分のお店を開きたいと考えていたわけではなく、最初のきっかけは近所にあった築80年の建物と庭を譲り受けたことに遡ります。
「ここは民家で音楽家のおばあちゃんが住んでいました。旦那さんが亡くなって引っ越す時に、“ここを売って駐車場や建売住宅にしたくない。建物を残したいし、庭にある樹齢100年のツツジを切りたくない。岡崎さんここをどうにかしてくれない?”と相談があったんです。同じまちに住んでいる私なら、ここを取り壊して景観を損なうことはしないだろうと思ってくれたようです」
最初は無理だと断ったものの、何度も相談され、他の人のオファーを全て断ってまでこの家を岡崎さんに託そうとしていたとか。 「そこまで強い思いがあるなら、私もおばあちゃんの力になろう」と受け継ぐことを決意したと言います。
「どうなるかわかりませんでしたが、年月を経た深みある建物の雰囲気や広い庭に惹かれて、どうにかして残したいと言う気持ちが先立ったんです。一度壊してしまったらこの景色を元に戻せない。これは天地人の巡り合わせだろうと」
こうして譲られた古民家は、最初はシェアハウスにして貸し出そうとしていたのだとか。けれど、リノベーションの専門家に相談したところ、“スペースを区切ったらこの建物の良さが活かせなくてもったいない”と指摘され、岡崎さんはゼロから考え直すことになりました。
「“この建物の雰囲気を残しつつ、みんなでシェアできる場所って何だろう?”って考えた時に思い浮かんだのが、ブックカフェでした。私は本が大好きだったので、文庫本を読みながらコーヒーを飲める場所があったらいいなと。当時、ブックカフェはそんなに多くありませんでしたが、子供たちと地方に遊びに行った時にカフェのある本屋さんが居心地良くて、そんなゆっくり過ごせる場をつくりたかったんです」
そして、お店の名前は松庵というまちにあるので、「松庵文庫」と命名。とはいえ、岡崎さんには飲食業の経験もお店の運営経験もありません。どうしようかと考えていた矢先、奇跡のようなご縁がありました。
「近所でコーヒー屋を営んでいたバリスタの男の子が “とにかくここは雰囲気が良い。カフェをやるなら立ち上げやりたいんです!”と、この家を面白がって、数人のスタッフも一緒に連れて来てくれたんです。私には何のノウハウもないんで、ぜひどうぞと(笑) カフェの運営やコーヒーの淹れ方なども彼に一から教わり、相談しながらメニューを考えて、オープンの準備を進めていきました」
さらにこの家が人を引き寄せ、ご縁が続きます。ご主人のつながりで出版社の立ち上げをしていた人も、「ストーリーがある場所だから人に伝えるお手伝いがしたい」と、松庵文庫のコンセプトにコミット。様々な人を通してアイデアが広がり、どんどんカタチになっていきます。
「“松庵文庫の文庫という言葉には智慧を分け与える場所という意味があるから、知恵を持ち寄ってシェアできる場所にしては?”とアイデアをいただき、料理教室や金継ぎ教室などのワークショップを行うことにしました。あと、プロモーターのしごとをしている知人が宣伝してくれたり、食関係にパイプを持つ近所のママ友がお店で売る商品をセレクトしてくれたり。様々な人がそれぞれの得意を活かして立ち上げに関わってくださり、最初の機動力がありがたかったです」
古民家の改修は、建物の雰囲気を残すことを重視しつつ、便利にできるところは便利に。朽ちていた葡萄棚は縁側にするなど、建物を活かしつつ新しく生まれ変わらせていきました。
「住んでいた人の記憶を留めておきたかったので、手を加えすぎず、なるべくあるものを活かしました。内装はキレイにリノベーションしましたが、天井や柱、棚などは今もそのままです。庭は狸も出入りするようなうっそうとした雑木林だったので、おばあちゃんが残したいと言っていたツツジとキンカン以外は抜いて、まっさらな芝生に。あえて古い雰囲気を残しているからか、今もこの場所を好きになってくれる人が多くて嬉しいですね」
洗練された古民家と寛げるカフェと本、本格的な料理、良質な食材や雑貨に出会えるギャラリー&ショップ、料理家やワイン・ファッションなどの第一線で活躍する人たちとコラボしたイベント。そんなユニークなお店のスタイルで、松庵文庫はまちの人からコアなファンまで多くの人に愛されています。お店づくりで岡崎さんが大切にされていることは何でしょう?そう質問すると、意外な答えが返ってきました。
「実は、オープン時からずっと葛藤しているのが、“松庵文庫らしさってなんだろう?”という線引きです。いかにも純喫茶のように、あんみつを出したりしてほっこりした雰囲気にしてしまうと、土っぽくなっちゃう(笑)。新しいものを取り入れながら、“古民家だからこそ、甘くなりすぎてはいかん“というのを意識してます。とはいえ、私がワンマンで方向性を決めるのではなく、様々な人の意見を取り入れて、そのつど方向修正しながら松庵文庫はつくられているんです」
松庵文庫らしさにこだわるわけは、来たお客様に楽しんでほしいという思いもあるとか。
「ここは住宅街の中にあって駅からちょっと遠い。だから、わざわざ来てくれたお客様にがっかりして帰ってほしくないんです。メニューも提供する器も販売する商品なども一つ一つ、“これはだめ、これはあり”とスタッフと話し合いながら厳選してます」
松庵文庫は今年でオープンから9年目を迎えます。その中でも、お店や岡崎さん自身のターニングポイントになったのは、スタッフの入れ替わりだったと言います。
2019年頃に、立ち上げから松庵文庫の基盤をつくってくれたスタッフが、自分の生き方やはたらき方を見直すタイミングで卒業。そして、「ここで社員になりたいんです!」と新しい男性スタッフが入りました。それまではアルバイトしか雇っていませんでしたが、彼の熱意に応え、正社員として採用することに。
「長い間、頼っていた人が離れてしまう不安もありました。でも新しいスタッフが入ったら、新しい意見やコミュニケーションが生まれ、お店の雰囲気や接客の仕方などがガラッと変わって。私も“新しいことをやっていってもいいんだ”と思うようになりました。守りすぎると価値観が凝り固まって風化しちゃいますからね。辞めたスタッフも、今はうちのソムリエをお願いしたり、チーズのイベント開催の相談をしたりと、新しい関係性を築いています」
そして、コロナ禍でも一つの転機が。しばらくお店を営業できず、感染症対策のためにワークショップもできなくなり、ブックカフェとしてたくさん並んでいた本も置けなくなる中、“何とかしなきゃ!”と試行錯誤して作ったお弁当が大反響。
「まさに人間万事塞翁が馬。お店で提供している本格的なお米御膳を満足できるお弁当にするのは無理だと思っていましたが、やってみたら意外とできた。お弁当を気に入ってリピートしてくれる人がいたり、企業などから多くのケータリングの依頼も受けるようになったんです。大変だったけれど、良い転機になりました」
新しいことに挑戦し続け、ファンを広げる松庵文庫。うまく経営されていると思いきや、岡崎さんは事業計画や売上管理などのお金の計算は苦手だと笑います。経理面はご主人にも見てもらい、アドバイスをもらうこともあるとか。
「私の場合、キチキチっと細かく考えると怖くて何もできなくなってしまうんです。短期間の売上に左右されず、年に一度の確定申告の時に採算が合えばOKと、大らかに考えてます。ずっとそうやってきて、もう9年目(笑)。お金のことだけ考えたら何も動けないですから。夫からは、“今月は売上が少ないから新しいデザートを考えた方がいいんじゃない?”などの助言をもらって参考にしていますね」
そして、何の経験もない状態からカフェをスタートしたことを、今こう振り返ります。
「お分かりかと思いますが、私には専門的な知識も経験も何もありません(笑)。私の使命は、人が運んできてくれたものをどう活かせるか。自分でやりたいと思ってもできないことがあれば、“誰かできる人、助けてください!”と手を挙げれば、力を貸してくれたり、一緒にやりたいと言ってくれる人はきっといると思います。そこから、学べばいいんです。例えば40代から新しいことを始めても、80代まで続ければ40年の経験ができますからね」
自分の直感と人とのつながりを大切にしながら、9年間まっすぐ突き進んできた岡崎さんは、松庵文庫をこれからどうしていくのでしょう。
「古民家を譲り受けてからずっと走りながら考えてきて、今もまだゴールは見えません。でも、これまでに松庵文庫をつくったことで、思わぬ人とのつながりや自分の視野が広がる新しい出会いなど、プライスレスな価値をたくさん感じてきました。コロナ禍が明けたら、海外で食材や雑貨などを自ら買い付けして料理家の方とコラボし、インドやベトナムなど世界の文化を発信するイベントをしてみたいですね」
「ここはご縁でどうにかなってきた場所」と繰り返し話してくれた、岡崎さん。多くのご縁を引き寄せているのは、岡崎さんの熱量と行動力にあるに違いありません。来年はお店づくりから10年目。この先も多くの人とともに、新しい息吹をもたらしながら、この場所を守っていくのでしょう。
1997年 大手メガバンクに入社し国際為替を担当
1998年 旅行会社に転職して海外添乗員に
2001年 結婚して退職。出産後は2人の子育てに専念
2011年 子育てが落ち着いてきたタイミングで法律事務所ではたらく
2012年 近所の古民家を継承。ブックカフェの準備を進める
2013年 松庵文庫をオープン
2017年 お米農家とのつながりで看板メニュー「お米御膳」がスタート
2019年 立ち上げメンバーが辞め、スタッフが入れ替わり
2020年 コロナ禍でお店を休業。「お米御膳弁当」を提供開始
2022年 夜営業やイベントも少しずつ再開。モーニング開始など挑戦が続く
まちのインキュベーションゼミは、アイデアを地域で育てる実践型の創業プログラム。アイデアを事業化したいリーダーと様々なスキルを持って事業化をサポートしたいフォロワーがチームを作り、地域をフィールドに実践までを共にする4ヶ月間のプログラムです。
今回のテーマは「お店づくり」。いつかお店を開きたいという構想段階の方から、開店準備中で地域の仲間を増やしたい方、お店をオープンしたけどもっとお客様を増やしたい方、誰かのサポートを通してお店づくりを経験をしたい方など、「お店づくり」をキーワードにメンバーを募集します。
7月30日(土)− 12月10日(土)
KO-TO(東小金井事業創造センター)
30名(先着順)
3,300円(税込)
・アイデアをカタチにしたい人
・事業計画を実現したい人
・新規事業をはじめたい人
・事業を推進する仲間が欲しい人
・デザインなどのスキルを、誰かの事業に活かしたい人
・すでにあるお店や場所を、誰かに有効利用してほしい人
・事業化のサポートを通じて、起業経験を積みたい人
・将来、起業を目指している人
オリエンテーション
7月30日(土)10:00-17:00
参加者の自己紹介を行い、共にプログラムをスタートする仲間を知ります。さらに、事業計画に関するレクチャーやフィードバックを受けて、各自のアイデアをブラッシュアップします。
選考会・チームビルディング
8月20日(土)10:00-17:00
リーダー立候補者がプラン発表を行い、リーダーを選出します。決定したリーダーを中心にチーム編成し、4ヶ月後の実践に向けた業務設計を行います。
プランニング
9月24日(土)13:00-17:00
実践プランをチームごとに発表します。プランに対するフィードバックをもとに、実践に向けた細部の設計を進めます。
実践
11月下旬〜12月上旬
プレイベント、テストマーケティング、Web等による情報発信など、チームごとにプランニングした内容の実践を行います。
クロージング
12月10日(土)13:00-17:00
トライアルを踏まえ、事業プランの再構築を行います。ゼミを通じて得た気づきや学びをシェアし、各自のネクストステップを共有します。
松庵文庫のオーナー。神奈川県出身。短大を卒業し、新卒でメガバンクに入社。旅行会社に転職し、海外添乗員として世界を飛び回る。譲り受けた古民家を活かし、松庵文庫をオープン。カフェ運営やメニュー開発、イベント企画、物販のセレクトなどを手がける。
https://shouanbunko.com/