空き家と孤独を埋める革新者

2023.02.27
空き家と孤独を埋める革新者

DVやネグレクト、貧困、障害などを背景に、日々の生活に苦しむ人たちがいます。中には生活保護を受けてもおかしくないにもかかわらず、複雑な事情が絡み受給に至らないケースも。そうした人の多くが直面するのは、住まいの問題です。身元の保証や収入など、新たに家を借りるにはさまざまな壁が立ちはだかります。不当な差別を受けることもあり、風雨をしのぐにも大変な思いをしています。

片や地域課題で、昨今たびたび注目を集めるのが空き家です。住人の高齢化や相続の問題などから、無人の状態で放置される家屋が続出。時間が経つにつれ荒れ果て、景観や治安の悪化といった新たな問題の引き金となります。生きづらさの問題と空き家問題、この2つを結び付け、解決に努めようと立ち上がった若者がいます。合同会社Renovate Japanの甲斐隆之さんです。

誰かを苦しめる社会の構造を変えたい

Renovate Japanでは、地域の空き家物件を借り上げ、建築家などプロの助言のもとシェルター(DVを受けている人や生活困窮者などが一時的に保護・生活するための施設)やシェアハウスにリノベーションします。

改築のカギを握るのは、「リノベーター」と呼ばれる生活支援を受ける人たちです。リノベーターは物件に住み込み、最長で半年ほど壁のペンキ塗りや床の張り直しなどを手伝います。働いた分は給料も発生し、家賃や生活費に。週数回のリノベーター活動と並行して、就労や住まいの確保など生活基盤を整えていきます。会社は完成したシェアハウス等の運用益によって、新たなプロジェクトに投資する仕組みです。

「リノベーターは身の危険を感じて、自宅を離れた人たち。精神的にもギリギリな状態です。先のことを考えるにも、まずは落ち着ける場所が必要だと思うんです」と話すのは、2020年に合同会社Renovate Japanを立ち上げた甲斐隆之さんです。

甲斐隆之さん。一橋大学在学中は国際学生宿舎の運営にも携わる。世界各地から集まった800人以上の入居者が、心地よく過ごせる場づくりに心を砕いた経験の持ち主
甲斐隆之さん。一橋大学在学中は国際学生宿舎の運営にも携わる。世界各地から集まった800人以上の入居者が、心地よく過ごせる場づくりに心を砕いた経験の持ち主

甲斐さんが社会課題に関心を持ったのは、大学の授業がきっかけでした。

「人身売買や児童労働のドキュメンタリーを見たりしながら、人が生きづらい状況に陥るのは、社会構造によるところが大きいと知ったのです。私は母子家庭でしたが、明日の暮らしを不安に思うことはなかったし、進学で困ったこともありませんでした。しかしそれは、公的教育や年金など社会のセーフティーネットに守られていたからと気づきました」

生まれや育った環境によって、生活や機会の格差が生じる世界の仕組みを変えたい。そう決意した甲斐さんはNGOに参画したり、カナダの大学院で開発経済学を学んだりします。帰国後はシンクタンクへ就職し、公共政策のコンサルティングに携わるように。ここで日本の社会の負の側面に直面します。特に痛感したのは、公共でできることの限界でした。

東久留米にある「オナガハウス」の外観。1970年代に建てられた一軒家は、オーナーと友人、Renovate Japanの手で地域の人たちの「したいことができる場所」に生まれ変わった
東久留米にある「オナガハウス」の外観。1970年代に建てられた一軒家は、オーナーと友人、Renovate Japanの手で地域の人たちの「したいことができる場所」に生まれ変わった

「財源は税金ですから限りがありますし、“誰もが等しく”という考えがあるんですよね。大事なことですが、生活に困る状況と背景は画一ではありません。本来なら“個別に”“細やかな”ケアを必要としているのに、すべて削ぎ落されてしまう。結果、シェルターも大部屋に複数人が押し込まれるなど、余裕のない場になってしまっています」

あるときは散歩中にペットを連れたホームレスを見かけ、大切なペットと一緒に過ごせるシェルターをつくれたらいいのに、と思うこともあった甲斐さん。「誰もが安心して過ごせる場とは」と、自問自答を四六時中繰り返す中で“パッと降りてきた”のが、空き家対策と両立させるアイデアでした。

会社をやめるつもりの自分に気づいた

空き家×シェルターのアイデアを感度の高い知人や友達に話すと、やるべきだと周りは大絶賛。周囲の後押しから起業を決意します。

「いつか自分の手で、社会的インパクトを起こしたい気持ちはありました。そのためにカナダの大学院に戻って、博士課程に進むことも視野に入れてましたし。でもずっと先のことだと思っていたんです。副業的な取り組みも模索しましたが、『カナダに行く』ということは早晩会社を辞めるつもりの自分に気づいてしまって。こういうのはタイミングもあるから、退職して会社を興すことにしました」

起業にあたり同志を募るのに苦労はなかったものの、軌道に乗せるにはいくつものハードルがありました。ひとつはお金の問題。資金調達はともかく、役員報酬を出す余裕はありません。甲斐さん自身の生活費をどう工面するかは、喫緊の課題でした。

「兼業できる求人を探す中で、アジア開発銀行(アジア地域の経済成長と途上国の経済発展を目的とした国際開発金融機関)のリサーチアソシエイトに出会えました。目標とするエコノミストの仕事を間近で見ることができるし、結果的によかったのかも」

「DIYを始めたのは起業してから。電気や水道はプロにお任せしつつ、できるところはリノベーターと一緒につくり上げていきます」
「DIYを始めたのは起業してから。電気や水道はプロにお任せしつつ、できるところはリノベーターと一緒につくり上げていきます」

続くハードルは空き物件の問題です。前例がないため、仲介会社に問い合わせてもなかなか見つかりません。甲斐さんたちは、ひたすら歩き回って物件を探し続けました。

「不動産業が中古物件のリノベーションを、仲介とセットで手がけているんですよね。仲介自体が住める家なのが前提ですから、手つかずの空き家は表に出ないのです。実績もないため、理解を得るのもひと苦労でした」

「オナガハウス」のシェルタースペース(現在は空室)。ベッドやデスク、エアコンなど、必要な家具が揃っている。元は下宿部屋として使われていた
「オナガハウス」のシェルタースペース(現在は空室)。ベッドやデスク、エアコンなど、必要な家具が揃っている。元は下宿部屋として使われていた

まったく相手にされず、門前払いをされることもありましたが、設立から2カ月後にようやく空き家を提供してくれるオーナーが現れました。場所は国分寺。駅から徒歩圏内で複数の大学にも近い立地の一軒家は、古民家シェアハウスに生まれ変わりました。

次々と生まれる再生プロジェクト

それから間もなく、小平にあるアパートのリノベーションに着手。続いて東久留米で、「オナガハウス」プロジェクトが立ち上がります。

ベースとなる空き家は、オーナーが青春時代を過ごした実家です。甥が一時的に過ごした時期もありましたが、誰も住んでいない状態が20年以上続いていました。思い出がいっぱいつまったこの場所を、潰してしまうのは忍びない。DIYで地域がつながる場をつくろうと思い立ったところでRenovate Japanにオファーし、シェアキッチンやコミュニティスペースとシェルターが併設した施設に生まれ変わりました。

「オナガハウス」のシェアキッチン。取材日はRenovate Japanのスタッフがコーヒーを淹れていた
「オナガハウス」のシェアキッチン。取材日はRenovate Japanのスタッフがコーヒーを淹れていた

「オーナーとの協業は、初めての試みでした。家をどう改築するかを一緒に考えたり作業したりするので、距離が近く、私たちの取り組みも深く理解してもらえたと感じます。それに、まちの人たちが空き家やシェアキッチンなど、生活困窮とは別の視点からこのプロジェクトに興味を持って訪れ、“ふとした瞬間に社会問題に触れて理解が深まった”という温かい声をたくさんもらって。新しい形での地域福祉のつくり方に気付きました」

さらに今年に入り、新たなプロジェクトが本格化しています。静岡県の焼津にある、廃ホテルの再生です。

「地方はまた違ったアプローチになると見ています。今まで以上に地元の人たちとの連携は必須で、趣旨に賛同してくれる事業者とコンソーシアムを築くことなどを検討しています。あと今考えているのは、“完成しないホテル”っていうコンセプトで」

「オナガハウス」の2階はギャラリースペース。梁と柱は残しつつ、開放感のあるつくりに
「オナガハウス」の2階はギャラリースペース。梁と柱は残しつつ、開放感のあるつくりに

完成しないホテルとは、どういうことでしょう。

「宿泊客がリノベーションに参加する仕組みも面白いなって。観光もしつつ、ペンキ塗りもできたら、思い出深い旅になりそうでしょう? 自分の手を施した場所には愛着も湧くもの。共同作業でつながりもできて、焼津に何度も訪れる人が出てきたらいいなあと」

改修前に行った見学会や壁の落書きイベントには、既に市民が多数訪れる盛況ぶりだと言います。次々とプロジェクトが生まれる、Renovate Japan。これからどんなことを目指していくのでしょうか。

「私たちが行っている人・家・社会のタテナオシ事業を、社会現象のように出来たらと考えています。リノベーションする物件があったら、“住み込み型の居住・就労支援ができる部屋はないか?”と自然に考えてもらえるぐらい、この仕組みを知ってもらえたら嬉しいです。人々の心の余裕や経済活動の余白をもっとうまく活かせば、困っている人にそれらを届けることができる。私たちはそんな活動・発信を通して、誰もが生きやすい社会を目指していきたいです」

Renovate Japanのスタッフと空き家の前で
Renovate Japanのスタッフと空き家の前で

タグでなく“その人”を知る関係に

ほんのわずかな綻びから、あっという間に生活苦に陥ってしまう今の世の中。背景には、周りに助けを求められない孤独や孤立も関係しています。しかしRenovate Japanで自立をめざすリノベーターのみなさんは、暮らす場所をつくる過程を通じて社会との接点を実感するようです。

「最初に仕組みを考えたときは、部屋やお金など物理的な作用に注目していたのですが、いざ始めてみると心理的作用の大きさを感じています。リノベーターの中にはまだ十代で、複雑な家庭環境から家を出ざるを得なかったという人もいます。スタッフやボランティアとおしゃべりするうちに自己開示できたり、古くなった家を直して人が住めるようにしたり。自分が働くことで状況がよくなる、居場所ができる手ごたえを感じられるのだと思います」

時折うつむいたり遠くを眺めたり。言葉をじっくり選びながら話す
時折うつむいたり遠くを眺めたり。言葉をじっくり選びながら話す

日ごろ生きづらさにもがく人たちと接する甲斐さんは、どういう“ご近所”なら、誰もが自分らしく過ごせると考えるでしょう。

「いかにして、タグとバイアスを外せるかではないかと。たとえば日本に暮らす外国人に、『日本語、お上手ですね』と言ったことはないでしょうか? 褒めたつもりかもしれません。だけど当事者にとっては、軽い侮辱に映るんですよね。外見が日本人と違うというだけで、日本語が話せないと決めつけられてしまっているから。似たようなことは、日常のあらゆる場所で起こっているはずです。でも私がカナダで暮らしていた当時、“日本から来た留学生”であることを意識する場面はほぼありませんでした。誰もそんなことを気にしていないのです。“甲斐隆之”というひとりの人として見てくれた。その違いは大きいと感じます」

属性や肩書などから生まれる先入観に惑わされずに関係を築くには、やはり直接対話を交わすことが大事になってきます。

「私たちの取り組みは、地域の人を巻き込むのも重要なんです。ペンキ塗りとか面白そうという入り口から改修に参加して、隣で作業する子が実は生きづらさを抱えていたと気づくみたいな。誰もが何かのはずみで弱者になる可能性はあります。これから事業は拡大フェーズに入ります。目の前にいる“その人”を知ることから、いろんな人に課題を身近に感じてもらいたい。そう考えています」

Renovate Japanが手がけるのは、“わかり合う仕組み”でもあるのです。(たなべ)

プロフィール

甲斐隆之

合同会社Renovate Japan代表。埼玉県出身。母親の仕事の関係で小4から3年間カナダで過ごす。一橋大学経済学部を卒業後、カナダ・トロント大学で修士号(経済学)を取得。新卒で日系大手シンクタンクに入社し、公共政策の後方支援に従事。2020年10月に合同会社Renovate Japanを設立。空き家と貧困問題にフォーカスし、地域のコミュニティ形成を図るプラットフォームを確立。住宅リノベーションを通じて、生きづらさを抱える人たちの経済的自立を支援する。ビジョンは「私たちは、誰もが生きやすい社会を目指しています。」

https://www.renovatejapan.com/

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