調布市では空き家問題に対し、地域の交流創出の場としての空き家活用を模索し続けてきました。アートユニットminglelingo(みんぐるりんご)の西村達也さん、愛子さん夫妻と、再生プラスチックを用いた創作を手がけるGreen Mind Labo Pebbles(ペブルス)太田風美さんは、市のプロジェクトへの参画を機に、自分たちで新たに空き家を借りて地域に開放すると同時に、自身の活動を精力的に行っています。2組が取り組む地域の誰もがかかわれる場づくりと、小商いの形とは。
味の素スタジアムの最寄り駅として知られる、京王線の飛田給駅。スタジアムのある北口とは逆の南口をしばらく歩くと、地元の小学校と目の鼻の先、閑静な住宅街の一角に「トビバコ」という施設があります。
築40年以上経つ空き家を改装してつくられたトビバコの1階は、フリースペースです。市内の非営利団体に、無償で貸し出しています。たとえば調布出身の絵本作家、五味太郎さん公認の「ごみべや」を運営する地元の団体「よりみっちもぐもぐ」は、五味さんの絵本を並べつつ、子どもたちが学年やつながり関係なく自由に遊べる場を築いています。
ほかにも、先生のいない自習室を運営する「てらこや」、高齢者による身近なお手伝い屋さん「仲間っち」など、個性が光る活動がずらり。
太田風美さん(以下、太田) 「誰でも、どの世代にとっても居心地のいい場所をめざす一方、どこかで見たことがある感じにはしたくなかったんです」
そう話すのは、トビバコの常設事業者で管理人のひとり、Green Mind Labo Pebblesを主宰する太田風美さんです。ペットボトルキャップやカプセルトイの空きカプセル、使い捨てコンタクトレンズのケースなどのプラスチックごみを原料に、再生プラスチックをつくる「プレシャスプラスチック」というプロジェクトに参画。壁に飾るプレートや、アクセサリーは、色鮮やかなマーブル模様が特徴です。
太田さんと同じく常設事業者・管理者で、アート作品の制作やワークショップ、多世代向けSTEAM教育を手がけるユニット、みんぐるりんごの西村達也さんは、この場所の活動が「エッジーであること」を意識したそう。その理由を、次のように説明します。
西村達也さん(以下、達也) 「トビバコは調布市の支援を受け、定期借家契約を結んで2023年にスタートした施設です。2年間のリミットがある中で認知を広げるには、どんな場所?と思ってもらうことが大事だと考えました」
みんぐるりんごのメンバーで、達也さんの妻でもある愛子さんは、「トビバコを始めるにあたって企画会議を開き、近隣の方々とどんな場所にしたいか、話し合った末に見えたコンセプトが『みんなの秘密基地』でした」と、当時を振り返ります。
太田さんと西村さん夫妻が地域の空き家活用に臨むのは、初めてのことではありません。調布市の「空き家等リノベーション促進事業」の一環で、今とは別の場所の空き家を使ったチャレンジショップ企画に応募したのがきっかけでした。2022年のことです。
達也さんと愛子さんは、2019年から始めたみんぐるりんごの活動を本格化するにあたり、自宅のある調布市内に拠点を設けたいと考えていたところでした。
西村愛子さん(以下、愛子) 「mingle(みんぐる)は、英語で混ざり合うという意味。私は学生の頃から創作活動を続けてきましたが、エンジニアの夫と出会って、作品づくりの相談をすると、すごくいいものができたんですよね。ひとりよりもふたり、私たちだけでなく周りの人、特に子どもたちによる化学反応の場がほしいと思っていたときに、駅で募集のチラシを見つけたんです」
一方の太田さんは、市報でチャレンジショップの募集を知ることに。小さな頃からモノづくりが大好きで、以前から興味のあった再生プラスチックをつくるプロジェクトに、事業として取り組めるチャンスだとピンときたそうです。
太田 「プレシャスプラスチックを始めるには、プラスチックを粉砕する機械や熱を加えてプレスする機械を置くスペースが必要でした。また原料となるプラスチックごみを集めるには、ひとりでは限界があります。地域の人に活動を伝え、暮らしの中で出るごみのこと、調布のごみのことに関心を持ってもらうには、チャレンジショップはピッタリだと思ったのです」
西村さん夫妻も、チャレンジショップだから踏み切れたといいます。
愛子 「おそらく『コミュニティスペースの利用者募集』だったら、エントリーしなかったと思います。活動を続ける中、やはりマネタイズ面で課題を感じていて、第三者の意見がほしかったから。ソーシャル・インクルージョンと小商いの観点で、まちづくりプロデューサーからアドバイスをいただけることもメリットに感じました」
晴れて採用となった、ペブルスとみんぐるりんご。カフェスペースを切り盛りする中学生と3組で、「富士見BASE」の運営に挑戦します。一緒に取り組んだ9カ月間は、気づきと出会いに溢れていたといいます。
達也 「ひとつは子どもたちとの接点ですよね。『みんぐるらんど』という無料工作室を設けて、近所のお子さんたちが遊びに来てくれました。私たちのメインターゲットから、たくさんのインスピレーションを受けました」
太田 「作業のようすを見に来たり、プラスチックごみを持ってきてくれたりと、プロセスに興味を持つ人の存在を間近に感じることができました。自宅でやっていたら、絶対にない交わりだったと思います」
そして最も大きな気づきは、施設の外へ目を向けることの大切さだったそう。
愛子 「太田さんに会いにいらした方がみんぐるりんごもご覧になったのをきっかけに、私たちはカプセルトイを使ったアートに取り組み始めました。創作の幅が広がりましたし、ペブルスとコラボレーションしてイベントに出るなど、みんぐるりりんごの輪が広がっているのを実感します」
達也 「遊びに来てくれた人が私たちの活動に興味を示して、イベント出店のお誘いを受けるようになりました。施設だけで収支を賄おうとすると、絶対に無理がある。でも場があるから私たちの活動が人の目に触れ、新たな機会につながる、また機会に参加することで場の認知を広めることができると学びました」
こうした出会いから生まれる新たなチャレンジは、今の「トビバコ」という施設の名前に込めた思いとリンクすると愛子さんは言います。
愛子 「トビバコは、文字通り体育で使う跳び箱から来ていて。今までより高い段に挑戦するとき、『飛べるよ!』って周りが背中を押すでしょう? トビバコに関わる人の成功を応援し合う、“仲間”の感覚をここでも大切にしていきたいと思っています」
チャレンジショップで出会った太田さんと西村さん夫妻は意気投合し、プロジェクト修了後も新たな拠点での継続を決意。それが、今のトビバコです。地域に開けた場で共に事業を営むことは、それぞれの価値観や考え、働き方にも影響を与えています。
愛子さんはみんぐるりんごを始めてから、作風が大きく変わりました。
達也 「以前の愛子は、自分の中で折り合いをつけられない不条理やネガティブな感情を吐き出す、デトックスのアートだった気がします。でも今の表現は、mingleそのものを楽しんでいる。色づかいも多彩で、慈愛に満ちていると感じます」
愛子 「今は自分を表したい気持ちは、ほとんどないですね。子どもができてからというもの、誰かのための表現へと変わっていきました」
片や太田さん。ペブルスの活動を機に、本業ではジョブチェンジを図りました。
太田 「以前はVRやARを開発するベンチャーにいましたが、今は再生可能エネルギーの会社で採用人事を担当しています。プレシャスプラスチックって、粉砕したり熱で溶かしたりするので、電力をものすごく使うんですね。資源のアップサイクル自体はいい活動に違いないけれど、加工のプロセスはどうなのかと、すごく考えさせられました。それで環境に対し、社会の仕組みからアプローチする仕事がしたいと、転職を決めたんです」
ここで「太田さんは、すごい才女なんですよ!」と達也さん。「一見クールだけど、ハートが熱い!」と、愛子さんがつけ加えます。では、太田さんから見た、西村さん夫妻は?
太田 「天才ですよね! そしてすごく働き者。なんだろう、いつも文化祭前夜の大学生みたいな感じ(笑)。忙しいんだけど若々しくて、楽しそうにやっているのが微笑ましくて、おふたりのようなパートナーシップにあこがれます。またおふたりの手がけるものは、心を動かす何かがある。人と作品の両面で、とても尊敬しています」
“混ざり合う”といえば、達也さんの働き方も特徴的です。IT企業に勤めながら、みんぐるりんごの活動、さらには留学生向けの美大進学塾の仕事に、友人の会社のコンサルティングと、聞いているだけで目が回りそう。もちろん、家のこと、3人の子育てもしながらというから、驚きです。
達也 「でも僕にはちょうどいい。逆にひとつの場所にフルタイムで拘束される働き方は、考えられない。それにこっちの仕事で得たティップスが、あっちの仕事でつながるなど、一見つながりのないものでも関連し合っているのがいいんです」
この感覚に、愛子さんも共感します。
愛子 「大学で造形を教えているのですが、大学の資源を生かしてみんぐるりんごで何か仕掛けたり、逆にみんぐるりんごで得たものが研究に役立ったり。相乗効果につながっていると思います」
トビバコがオープンしてもうすぐ1年。太田さんと達也さん、そして愛子さんは、人が“混ざり合う”場としてのトビバコの価値を、改めて感じています。
愛子 「『ごみべや』には、不登校の子どもたちも訪れます。学校には行けないけれど、トビバコには来られるって。でも楽しそうにおしゃべりする様子を見る限り、誰が不登校かなんてわからない。それがすごくいいなって」
達也 「トビバコに集まる人たちは、立場でラベリングをしないんです。ラベルがあると支援する、されるの関係をつくりがち。でも実際は、大人が子どもに励まされることだってあるわけで、ラベルは意外とアテにならないものです。それに完璧な人などいません。誰もがどこかのピースが欠けているんだけど、トビバコで出会う人たちが混ざり合うことで、ピタッとはまる感触があります」
3人は残りの1年を、どう過ごしたいと考えているのでしょう。
太田 「“環境”というと地球規模の話になりがちですが、ペブルスについていえば、あくまで身の丈を大切にしたい。調布での暮らしを起点に、“あなたの捨てたごみ”や環境を考えるきっかけになればと思っています。また西村さんやフリースペースの人たちと一緒にやってきて、改めて思うのは、調布には面白い人がたくさんいるなと。この1年で、さらに交わりたいですね」
達也 「これから1年経って、トビバコがどうなるかはまだわかりません。もしかしたら契約更新となるかもしれないし、予定通り満了でクロージングを迎えるかもしれない。ひとつ言えるのは、たとえこの場がなくなったとしても、トビバコから始まったつながりが、ひとつのネットワークとして生き続けるんじゃないかって」
その兆しは、既に見られつつあります。ペブルスとみんぐるりんごのコラボレーションのみならず、フリースペースのメンバーも一緒に、地域のイベントに参画するケースも出てきました。
達也 「ワークショップのコラボレーションや、舞台美術など、大きなお話もいただけるように。アーティストや劇団などお互いの仲間が仲間を呼んで、アートギルドみたいな活動になったら面白いと思っているところです」
愛子 「まさにmingleそのもの! これからもっと、広げていけたら嬉しいですね」
太田 「まずはトビバコに思いっきりコミットして、完全燃焼する。その先に交わりの進化があると信じています」
トビバコが挑む跳び箱は、まだまだ段を重ねていく模様です。(たなべ)
Green Mind Labo Pebbles ファウンダー。慶応義塾大学環境情報学部で、コミュニケーション学や社会学、デザインを専攻。創作活動を続ける中で芽生えた「ごみを出すことへの不安」から、再生プラスチックのオープンソースプロジェクト「Precious Plastic」に出会う。2022年にGreen Mind Labo Pebblesを設立。調布市出身。
UI/UXデザイナーの達也さんと、芸術家で大学准教授の愛子さんによる、アートユニット「minglelingo」を2019年に結成。長男の入院時に遭遇したエピソードから絵本を共作したのを機に、活動を始める。子どもの想像力や感性を生かしたアート体験の創出を図る。