3人の熱量が広げるカフェの可能性

2024.03.07
3人の熱量が広げるカフェの可能性

2023年11月、国分寺に「喫茶ソラクラゲ」がオープンしました。西国分寺のクルミドコーヒーで経験を積み、IT起業で働きながら喫茶ソラクラゲを立ち上げた鈴木弘樹さんと、北海道で喫茶店を開業した経験を持つ店長の稲垣菫さん、国分寺のシェアハウス・ぶんじ寮つながりで二人の熱意に突き動かされ、共にお店を運営することになった田口敏広さんにお話を伺いました。

追いかけ続けた珈琲への思い

両親と共に珈琲豆を買いにいくことを日常にしていた鈴木弘樹さんは、小学生の時には「珈琲屋になりたい」という夢を描くようになります。そして中学校での職場体験先に鈴木さんが選んだのは西国分寺の喫茶店、クルミドコーヒーでした。3日間の職場体験で、デザート作りや皿洗い、接客などを経験。その後も珈琲屋への思いがなくなることはなく、「珈琲豆の輸入には英語が必要」と、高校生の時に約1年間オーストラリアに留学します。

大学生になるとクルミドコーヒーでアルバイトしながら学生団体に入り、ラオスの珈琲豆農園を回るように。「一杯のコーヒーから生産者や消費者、珈琲屋や商社と広がっていき本当に面白かったです」と鈴木さんは振り返ります。

クルミドコーヒーはカフェ運営だけでなく、地域通貨などの地域コミュニティのプロジェクト、書籍の出版など幅広い事業を行っていました。そこで働くうちに、「カフェは単に珈琲を飲むだけの場所ではないのではないか」と思った鈴木さんはクルミドコーヒー店主の影山知明さんが抱くカフェから社会へとつながっていく姿を聞いて興奮し、インターンを申し出ます。一歩踏み込んだ形でカフェの運営に携わるようになり、卒業前には社員となって事業運営や企画を担っていきます。

「その年齢でクルミドコーヒーで働けたことは自分にとって本当に貴重な経験でした。カフェを取り巻くさまざまな価値観の人に出会い、豊かな人の重なりから新しい創造が生まれる場に立ち合えたことでカフェの可能性を実感しました」

喫茶ソラクラゲの発起人、鈴木弘樹さん。「師匠である影山さんへの恩返しは、影山さんを超えること。喫茶ソラクラゲをより良いお店にしていきたいです」
喫茶ソラクラゲの発起人、鈴木弘樹さん。「師匠である影山さんへの恩返しは、影山さんを超えること。喫茶ソラクラゲをより良いお店にしていきたいです」

事業運営にやりがいを感じつつも力不足を実感した鈴木さんは、居心地のいいクルミドコーヒーから一度離れて異業種で経験を積むことも必要だと考え、IT企業に転職します。カフェで5年間働き運営の苦労も感じていたため違う畑に飛び出してみたいという思いもありました。新しい仕事は日々充実していましたが、離れたことで珈琲に対する思いが強くなり、半年も経つと「珈琲を淹れたい!」という思いが沸いてきます。

「やっぱり会社員だけではどこか違和感があって。これまで培ってきた人とのつながりがある国分寺で月に1回、2回でも珈琲と関わりたいと思ったんですが、当時国分寺にはしっくりくる場所が見当たらなかったんです。国分寺に暮らす友人たちも、何かやる時は国分寺外でやっていることが多かった。そんな時、今の物件が空いたことを知って、ここなら自分や友人たちのように、何か自分の中にあるものを表現したい人が集う場所にできるかもしれないと思い、すぐに借りることを決めました。最初は間借りスペースにしようと思っていたんです」

喫茶ソラクラゲは中央線・国分寺駅から徒歩7分の場所にある
喫茶ソラクラゲは中央線・国分寺駅から徒歩7分の場所にある

喫茶ソラクラゲのはじまり

鈴木さんがクルミドコーヒーでインターンをしていた頃、のちに喫茶ソラクラゲの店長となる稲垣菫さんは、地元の北海道の大学で管理栄養士を専攻していました。自分の居場所を感じられずにいた時に偶然訪れた喫茶店の存在が稲垣さんを支えていたそうです。

「なんだか言葉にできない心地よさがあって気がつくと週に何度も足を運んでいました。珈琲を一杯、ただそこにいていい。珈琲と共に過ごす時間が、何よりも心の拠り所となっていました」

その店には、閉店後、楽器を弾いたり歌ったり、思い思いに自由に過ごす大人たちが集まり、そこに混ざるうちに、稲垣さんも「自分も何か表現してみたい」と思い始めます。北海道の生産者を回ったりヴィーガンの飲食店で働いたり、イベント企画をするなどいろいろなチャレンジをしていく中で作ったのが、クラゲをかたどった「くらげっきー」でした。

「自分にとってその喫茶店のように、誰かの人生の小さなきっかけになれたらと、くらげっきーを使って起業したいと考えるようになりました。周囲には反対されましたが、私は絶対やってみせる!と誓いました。 できないと決めつけず可能性を信じて生きていたい。クラゲも空をとぶかもしれない、と夢を持って生きていたほうが人生楽しいという思いで決めた屋号が『ソラクラゲ』でした」

大学3年のときに、稲垣さんが友人から頼まれたお菓子のケータリングで作った「くらげっきー」。くらげは今も喫茶ソラクラゲを貫くアイテム。「意志をもって流れるように生きたい」との思いが込められている
大学3年のときに、稲垣さんが友人から頼まれたお菓子のケータリングで作った「くらげっきー」。くらげは今も喫茶ソラクラゲを貫くアイテム。「意志をもって流れるように生きたい」との思いが込められている

大学卒業後、稲垣さんはくらげっきーと珈琲をトランクに詰め、北海道のいろんな街で間借り営業やイベント出店をします。その後、「閉店した店舗の居抜きで試してみないか」と声がかかって札幌に店舗を構えることになり、合同会社も設立しますが、新卒で起業した稲垣さんには初めてのことばかり。カフェ営業は順調ながらもスタッフへの仕事の任せ方など会社運営に悩んだといいます。

「店についてももっとまちに開いたお店づくりがしたい、人生の小さなきっかけになるような場所にするにはどうしたらいいかと悩んでいました。そんな中、SNSでクルミドコーヒーの講座を見つけて。私も読んでいた『カフェから時代は創られる』(飯田美樹、クルミド出版)という本について話し合う半年間の講座で、ここで何かヒントが得られるかもしれないとピンときました」

「オンラインでもないのに札幌から国分寺に通うというのでびっくりしました」と、当時、講座の担当だった鈴木さんは振り返ります。

店長の稲垣菫さん。「国分寺はオープン前から喫茶ソラクラゲを自分たちのこととして応援してくれる人が街にたくさんいたのに驚いたし、嬉しかったです」
店長の稲垣菫さん。「国分寺はオープン前から喫茶ソラクラゲを自分たちのこととして応援してくれる人が街にたくさんいたのに驚いたし、嬉しかったです」

稲垣さんは講座の時はお店をスタッフに任せて札幌から国分寺に通っていました。そして物件の更新を機に1年ほど続けていたお店を畳み、国分寺に移り住みます。

「講座に参加して自分が考えていたカフェの可能性は間違ってなかったんだなって確信したんです。鹿児島から通う子もいて、全国にこんなに同じ思いの人がいるんだって嬉しくなりました。国分寺の人の温かさや街の魅力に惚れて、移り住むことにしました」

稲垣さんが住んだのは、喫茶ソラクラゲのスタッフのつながりの場として重要な存在となっていくぶんじ寮でした。旧社員寮を改修した20人のシェアハウスは、自分を見つめ未来を模索する若者たちが集まっていました。国分寺で行われているいろいろな取り組みに参加する中で、環境に配慮した取り組みや事業として持続可能なあり方、まちに開いたお店づくりについて学んでいきます。

そんな時、鈴木さんが国分寺の物件を借りようと考えていると聞いた稲垣さんは、一緒にそのあり方を考えているうちに気づくと「一緒にやりたい」と言っていたといいます。

「私も自分のやりたいことをやるために、住んでいる国分寺を出てしまうのがもったいないと思っていたので、鈴木の思いに共感しました。2人ともカフェという場への思いがあり、可能性を信じていたので、カフェという形にしてはどうかと提案しました。鈴木は普段仕事をしているので、私が店頭に立つよと」

こうして、鈴木さんと稲垣さんは一緒にカフェの運営をしていくことを決めます。

店内にはクルミドコーヒーの影山知明さんの本など、様々な本が置かれている
店内にはクルミドコーヒーの影山知明さんの本など、様々な本が置かれている

3人で進み始めたお店

それぞれにカフェへの熱い思いを持った2人だからこそ、店についての話し合いはなかなか進まなかったといいます。店名が2ヶ月経っても決まらず煮詰まっていた2人は、既に離れていたぶんじ寮に相談に行くことに。その場にたまたま居合わせたのが寮で暮らしていた田口敏広さんでした。

愛知県出身の田口さんは東京の大学を卒業後、イギリスの大学院で国際政治を学び、帰国後、新卒でNPO法人に就職します。非行少年再犯や在日外国人の生活困窮といった問題解決の事業立ち上げをしていましたが、無理がたたって退職。自分らしい暮らしと目の前の人への貢献を目指して人事コンサルの会社に転職し、ぶんじ寮に住み始めていたのでした。

「話を聞きながら、2人のカフェにかけるまっすぐな熱意に感動しました。自分はそれまでカフェに行く習慣がなかったのですが、2人はカフェの可能性を信じていて、彼らがそこまで信じているものならば信じるに値するという感覚でした。そして自分もできることは応援したいと心から思いました」

田口敏広さん。「3人でやれていることがすごく幸せで、それに勝ることはないですね」
田口敏広さん。「3人でやれていることがすごく幸せで、それに勝ることはないですね」

それから話し合いに田口さんも加わるようになり、田口さんの存在が2人の話し合いをスムーズにします。

「私達は主張が強くて喧嘩ばっかりなのですが、田口君のファシリテート能力がすごくて、田口君がいると話し合いが進むねって(笑)」

一方で田口さんも思いを募らせます。

「口で応援するだけでなく、実際に2人の背負うものを軽くしたいと思いました。そう考えた時、やっぱり大きいのはお金だなと思って、会社勤めで貯めたきたお金から融資したいと伝えました」

融資をしたいという田口さんの言葉を聞いて、鈴木さんはどんな思いだったのでしょうか。

「何者だろうと思いました(笑)結構な額を出資してくれて、何で?と。でもその気持ちがすごく嬉しくて。本当に自分事としてとらえてくれているなと。そして何より田口君がいるとものすごく円滑に物事が進むので、一緒にやっていきたいと思いました」

2人は田口さんに3人目として喫茶ソラクラゲの運営に関わってもらえないかと声をかけたそう。田口さんはこう振り返ります。

「この3人でやっている感じがすごく楽しかったので、唯一の懸念はビジネスという形になり、関係性が変化してしまうことでした。でも覚悟を決めて、はじめようと思いました」

鈴木さんの思いから始まったお店は、稲垣さんと田口さんが加わって、オープンに向けて進み始めます。

「この店が無事にオープンできたのは田口君のおかげ」と鈴木さん。今もメニューやイベント、お金関係、お店のこれからなどを定期的に3人で顔を合わせ打ち合わせをしている
「この店が無事にオープンできたのは田口君のおかげ」と鈴木さん。今もメニューやイベント、お金関係、お店のこれからなどを定期的に3人で顔を合わせ打ち合わせをしている

たくさんの人の応援を受け、喫茶ソラクラゲは2023年11月にオープンしました。お店のオープンに向けてクラウドファンディングを立ち上げたところ、印象的なことがあったと稲垣さんは話します。

「少なくはない額を現金で持ってきてくださる方が何人もいたことが衝撃でした。現金を渡すって気軽にできないことだと思うんですよね。自分のこととして考えてくれているんだなと嬉しかったですね」

お店は稲垣さんが店長を務め、会社員でもある鈴木さんは週に4日、田口さんは週に5日、リモートワークで仕事をしながらお店を運営しています。他にもロゴのデザインや店の新聞作り、イベント開催など、それぞれの関わり方で店を支えるスタッフがいます。

「その人がいるから生まれることとか、その人らしく仕事ができる場ということを大事にしたい」と鈴木さんは話します。

加工が難しい丸型のステンドグラスを荻窪の店に特注。内装は他のメンバーも加わって2、3ヶ月かけてDIYで仕上げた。床には1トンのモルタルを塗ったという
加工が難しい丸型のステンドグラスを荻窪の店に特注。内装は他のメンバーも加わって2、3ヶ月かけてDIYで仕上げた。床には1トンのモルタルを塗ったという

3人だからこそできること

お店がオープンして3ヶ月、今感じていることを毎日お店に立つ稲垣さんはこう話してくれました。

「毎週来てくれるおばあちゃんや宿題をやりに来る小学生がいたりして、生活の一部になれているのが嬉しいです。楽しいことや嬉しいこと、悲しいこと、いろんな感情を受け止められる場所でありたいなと。私達3人が経営のことやITのこと、お菓子作りなど得意なことも違ってでこぼこで、でもそのままの自分でいいというか、そういう自分を認め合って生きていく、共存していくという感じがお店にも表れているので、そこに居心地の良さを感じてくれている人がいるのかなと思います」

さらに、お店では新しい創造のきっかけとなるようなイベントも開催していきたいと、稲垣さんは続けます。

「人やカフェの可能性を信じて生きていきたいという自分たちの考えを見せることで、お客さんもいろんな価値観や思いがあっていいと感じられる場にしたいんです。アートやビジネス、環境や政治などいろんなジャンルの人を呼びたい。それができるのがうちの強みだと思っています」

地域通貨も利用できる。また、店内にはレコードも。レコードを提供してくれたお客さんと歌手としてレコードを出しているメンバーがいたことから、自然な流れで広がった
地域通貨も利用できる。また、店内にはレコードも。レコードを提供してくれたお客さんと歌手としてレコードを出しているメンバーがいたことから、自然な流れで広がった

喫茶ソラクラゲが、新しい道に進むきっかけになった人もいるそうです。お店の新聞やウェブの写真を撮ることでカメラマンとして仕事をはじめた人、飲食店廃業のタイミングで訪れてお店で一息つき、次は喫茶店でアルバイトをはじめた人など、3人は嬉しそうに話してくれました。

もともとは一人で間借りスペースを始めようと思っていた鈴木さんですが、今の状況についてどう感じているのでしょうか。

「自分だけでは見られない景色を見ているなと思います。最初思っていたものと違う形で、でももっといい形に育ちつつあるなというのを感じていて。実際にやってみて、一つのお店を作ることってこんなに大変なのかと思うことも多いので、ここまで形になったのは本当に皆がいたからですね。ここから先はきちんと事業としても、持続可能なお店にしていきたいです」

田口さんは本業のコンサルタントとカフェの運営についてこんな風に感じていました。

「カフェが楽しいから本業も頑張れるというところは大いにありますね。経営者相手の仕事なので、ビジネスモデルやマーケティングなど経営者の視点がお店に生かされることも多いですし、カフェの経験が本業に生かされることもあります」

さらに3人の関係について、こう話します。

「何かあるたびに3人でよかったねと話しています。チームとして補完し合いながら、何かあった時に誰かが対応できる。根底にお互いへのリスペクトや信頼など、本質的なシンプルで優しい感情が流れていて、そこをベースにチームとしての役割がある形になっているから、3人でこれだけ濃い時間を過ごせているのかなと思っています」

取材では稲垣さんが勤めるパタゴニアショップの服で3人お揃いに。「ぶつかることもあるんですけど、3ヶ月でだいぶ成長していて、お互いの変化や成長を見合える、それすらも愛しい時間だなと感じています」(稲垣さん)
取材では稲垣さんが勤めるパタゴニアショップの服で3人お揃いに。「ぶつかることもあるんですけど、3ヶ月でだいぶ成長していて、お互いの変化や成長を見合える、それすらも愛しい時間だなと感じています」(稲垣さん)

3人それぞれの個性が絶妙のバランスで組み合わさっている喫茶ソラクラゲ。芯となる部分は思いを一つにしながら、異なったそれぞれの思いや考えが、いろいろな考えや価値観を受け入れるお店の姿につながっているのだなと感じました(堀内)

プロフィール

鈴木弘樹
喫茶ソラクラゲの発起人。西国分寺のクルミドコーヒーで、アルバイト、インターン、正社員と5年勤務。2022年秋に転職し、IT企業に週4日勤めながら、喫茶ソラクラゲを経営。

稲垣菫
北海道札幌市で「ソラクラゲ」という屋号でクッキーや珈琲を販売。クルミドコーヒーの講座を機に国分寺に移り住む。喫茶ソラクラゲ店長。

田口敏広
イギリスの大学院卒業後、NPO法人に就職。「自分らしい暮らしと目の前の人への貢献」を目指して人事コンサル会社に転職。ぶんじ寮に住んだことで、鈴木さんと稲垣さんと出会い、喫茶ソラクラゲの運営に関わる。

https://note.com/kissa_sorakurage

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