チョコレートとお酒を楽しめるバー「box of chocolates」は、2024年8月に誕生したばかりのお店です。ショコラティエとサービスを担当する中村全貴(まさき)さん、経営戦略を担う竹縄大輔さん。ともに日中はIT関係の仕事をしているというふたりは、なぜこの事業を立ち上げたのでしょうか? 二人が創業支援施設でお店を始めた経緯や、オープンしてからの気づきなどをうかがいました。
JR南武線・稲城長沼駅徒歩1分の高架下。「box of chocolates」は、東京・多摩のベッドタウン稲城のまちの一画にあります。路面の窓から店内を覗き込むと、お店を営む中村さんと竹縄さんが気さくに迎え入れてくれました。扉の先は、こじんまり全4席のカウンター。すぐ目の前のキッチンでつくられるチョコレートが、ふたりの事業の主役です。
中村全貴さん(以下、中村) 「パティシエをしている父の影響で、子どもの頃から甘いものに親しんできました。特によく食べさせてもらったチョコレートは、私の原風景を想起させる特別な存在。突き詰めると、チョコそのものも魅力に溢れていて。それは種類だったり、造形美だったり……どこからお話したらいいか迷いますね」
竹縄大輔さん(以下、竹縄) 「中村と出会って、チョコレートの奥深さに驚かされました。たとえば、 “第4のチョコレート”は、まだ一般に広まっていないんじゃないかな? チョコの知られざる価値や新しい発見を、多くの人に届けられたら嬉しいです」
第4のチョコレートとは、スイスのバリーカレボー社が開発したルビーチョコのこと。その名の通り天然由来の華やかなピンク色が特長で、ダーク・ミルク・ホワイトに次ぐ新カテゴリとして製菓業界に新風を巻き起こしていて……と、チョコ豆知識はさておき、box of chocolatesでは、どんなチョコレートを味わえるのでしょうか。
中村 「現状お出ししているのは、ビター、スイートあわせて5〜6種類。そこに季節やお酒とより相性のよいメニューを加えています。いま竹縄から話が出たようなトレンドも、費用面のバランスを考慮しながら取り入れていきたいですね。製法については、父から一子相伝で引き継いだ基本を大切にしつつ、必要に応じて自分らしさをプラスしています」
日々アップデートされるメニューのなかでも人気なのが、2〜3種の生チョコレートとドリンクのセットとのこと。
竹縄 「お酒を飲みながら店内でくつろいでいただくことで、中村は自分の言葉でチョコへのこだわりを伝えられ、お客さんからは忌憚のないフィードバックを受け取ることができています。小さなスペースでうまくいくか不安もありましたが、対面のバー業態を選んで正解でした」
中村さんと竹縄さんはもともと、IT企業の同僚でした。
竹縄 「仕事が充実する一方で、いつもどこかで『自分のやりたい仕事はこれだけではないかも』と考えていました。ある時、中村も同じような感覚を持っているとわかり、意気投合したんです」
中村 「しばらくして、『やりたいことは見つかった?』というような会話したときに竹縄が、チョコを主軸とした事業を一緒に立ち上げようと言ってくれて。そこから開業に向けて一気に走り出しました」
開業することに迷いはなかったと声を揃えるふたり。現在もお店の運営と並行して続けているIT関係の仕事に就く前は、それぞれにユニークな道を辿ってきたそうです。
竹縄 「学生起業の経験が今も役立っています。大学時代に友人から、僕の通う学校でしか買えないパーカーやスウェットのお遣いを頼まれることがよくあって。そんなに人気なら、さらに手に入りづらい海外の有名大学のアイテムも揃えて販売したら面白いかも、と。はじめは手探りでしたが、少しずつ取引先との関係性を構築し、経営のノウハウを習得しました」
中村 「はじめに就職したのはアパレル業界だったし、今に至るまで紆余曲折いろいろとチャレンジしてきました。家族もそんな姿勢に肯定的で、今回の創業にあたっても『若くて体力があるうちにやってみたらいいんじゃない?』と背中を押してくれました」
お互いの知見やキャラクターを認め合うふたりは、中村さんがチョコレートの製造とサービスを、竹縄さんが経営戦略を、そのほかの部分は一緒に、とゆるやかな分業制でお店を切り盛りしています。
中村 「経営面を竹縄に頼れるぶん、チョコづくりやサービスに集中できています。実際の接客を通して思いついた新しいアイデアを相談する場合にも、揉めたりすることはないかな。それぞれの視座からの意見を交えて、ベストを導き出している感じです」
竹縄 「開業してみて、チョコの魅力はもちろん、新たに出会う方と瞬時に打ち解ける中村の人あたりのやわらかさを改めて実感しました。この事業は、当初想像していた以上に人を喜ばせるポテンシャルを持っていそうだと期待をふくらませています」
それぞれの“得意”活かしたスタイルに加えて、入居先の創業支援施設「SHARE DEPARTMENT(シェアデパートメント)」のしくみも、ふたりの開業の助けとなりました。約6平米でお店を始められる区画に空きが出ていたことを知り、申し込むことに。
中村 「思い立ったらすぐ行動したいタイプなので、小さくスタートできるこの施設は打ってつけでした。審査の結果を待っていた期間を含めて、物件を見つけてからオープンまでにかかったのは5カ月ほど。かなりスムーズに形になりました」
竹縄 「配管など飲食店の開業に必要な設備がもとから整っていたことに加え、内装設計を外注せずに自分たちで行ったことが、スピード開業の大きな要因になったと思います。また、今後の展望の一つとしてEC展開を検討しているので、同じ施設の中に菓子製造業が取得できるシェアキッチン『8K』があるのは頼もしいです」
二人とも日中は会社員として企業で働き、夕方からチョコレートを中心に提供するバーをオープン。それぞれ、自分のやりたい仕事を二軸で叶えています。
住宅地の玄関口にある、いわばまちのマーケットに開業したことで、お客さんに留まらず、周りの事業者や地域住民から刺激を受けることもあるそう。
中村 「それこそ、8Kを利用している人たちにチョコレートを配るなど、周りの店舗と積極的にコミュニケーションをとっています。すると、様子見がてら来店して感想を聞かせてくれる方も出てきて。励みになるし、小さな店で狭まりがちな視野を広げるきっかけになっています」
竹縄 「近所の子どもたちが突撃訪問してくることが多々あるんです。チョコをあげて大喜びしてくれる姿をはじめて見たときは、先々のヴィジョンが鮮明になった気がしました。子どもたちに美味しいチョコレートのある思い出を残せたら嬉しいし、こうしたアクションの積み重ねが将来のチョコレート市場の繁栄の一助となればいいなと」
落ち着きのあるグレートーンでまとめたお店の片隅には、ふたりを応援する人たちの名刺を貼ったコルクボードが飾られています。
竹縄 「お客さんからのフィードバックは事業の成長に欠かせません。まずはローカルのつながりを大切に、場所が人を呼び、人が人を呼ぶような店にしていきたいです」
中村 「好みは人それぞれなので、想定と違うリアクションをいただくこともあり、そこに大きな可能性を感じます。お客さんとお酒の組み合わせが増えるにつれ、つくりたいチョコのイメージも何十、何百通りと広がっていく。毎日が勉強で、楽しみが尽きません」
バイタリティに溢れ、どんなに些細なできごともアイデアの種として掬いあげていくふたり。小さな空間でスタートした事業に見る夢は、無限大に広がっています。(おおた)
二人で2024年8月、チョコレートとお酒を楽しめるバー「box of chocolates」を創業。ともに、IT業界で働きながら店舗を運営している。
https://www.instagram.com/box_of_chocolates_inagi/