東小金井に“おやきカフェ”がオープンしました。その名は、OYAKI CAFE キイロ。店長の野内スザナさんは、多様な人がはたらく場を作りたくて、お店を始めたそうです。ご自身がうつ病を患った経験や福祉のしごとの経験が今につながっているのだとか。どんなお店なのでしょうか?
2021年8月、東小金井駅近くにオープンしたOYAKI CAFE キイロはその名の通り、おやきの専門店。日々の開店前から行列ができるなど、順調な滑り出しを見せているキイロですが、聞けば、「おやきをやろう!」と思って始めたカフェではないようです。
「多様なはたらき方を応援する。それがここのコンセプトです。いろんな人がはたらける場を作りたいと考えた結果が、カフェであり、おやきでした」
野内さん自身は小金井で生まれ育ちましたが、ご両親が長野のご出身。小さい頃から、手作りのおやきを食べていたそうです。
「おやきは長野の郷土料理で、家庭によって、味や作り方が違うんです。“肉味噌とナス”は母の味です。隠れファンが多いのは、“くるみと白あん”。信州みそ入りのあまじょっぱい餡がクセになると人気です」
おやきを通して、多様な人がはたらける場をつくろうとした背景には、何があったのでしょう。野内さんの前職は、福祉のおしごとでした。うつ病やパニック障害などではたらくことが難しくなった方々が、もう一度はたらけるようサポートをする。そんな障害者就労移行支援事業所を共同経営者として立ち上げ、運営していました。
「通っていた方が元気になって、社会に出ていきます。すごくやりがいのあるしごとでした。ただ、限界も感じていて。どうしても“自分たちは障害がある”というくくりにとらわれて、自己肯定感がなかなか上がりにくい面があったのです」
福祉の枠で囲うのではなく、まちの中で、いろいろな人が混じり合いながらはたらく場を作れたら……。そう願って、いくつかの葛藤を経て独立を決めた野内さん。
「今よりも元気になって生活が向上する人が、一人でも多いほうがいい」と話すのには、野内さん自身の経験が影響しています。
「私自身、うつ病で動けない時期がありました」
今からおよそ20年前、野内さんは結婚を機に、両親がUターン移住をした安曇野に引っ越します。その後、再び東京・小金井へ。当時、娘さんが2才。「ワンオペ育児がきつかった」と野内さんは振り返ります。
「保育園に預けて外ではたらこうと頑張った時期があって。無理してしまったんですね。眠れない日が続き、うつになりました」
「2年くらいはたらけない時期が続いて。もう一度はたらきたいと思っても、シフトに入るのが怖いんです。また迷惑をかけるのではないかって。その時に思ったのが、ゆるっと社会参加できる、戻れる場がほしいということでした」
心の病は、良くなったり、悪くなったり、足踏みしたりと、波を繰り返すもの。しごとを急に休む日もあるでしょう。職場の理解があるとなしでは、その後の回復にも、大きな差が出ます。この経験が、福祉事業の立ち上げ、そしてキイロへとつながっていきました。
「回復してきてからは、アロマトリートメントなどの自宅サロンをしていました。それで地域とのつながりができたけれど、サロンは1対1のクローズな場所。もっと地域に出たいと、福祉の事業を立ち上げました。さらにもう一歩開かれた場所を作りたいと思って、今があります。振り返ってみると、場所を開いていくと同時に、私自身も開かれていっているのかな。しんどくて閉じこもっていたころと比べると」
地域の人とコミュニケーションを取れる、開かれた場所とは?そう考えて、カフェを開くことにした野内さん。
その頃、パートナーである野内隆さんのはたらき方にも変化が訪れていました。隆さんはデザイン事務所を営み、店舗や公共施設などの空間デザインやグラフィック制作で活躍しています。コロナ禍でリモートワーク中心になり、阿佐ヶ谷にあった事務所に通うことが減ったのです。
「地元に移転しようかな、と主人が言いまして。それで、場所を借りるなら、事務所とカフェを一緒にしてはどうかと考えたのです。ちょうど主人にも、開かれた事務所にしたいという気持ちがありました」
「カフェをやろうと決めてから物件が見つかるまでは、半年くらいだったと思います。ピタッと来るところがなかなか見つからなかったんですけど、この物件を見た瞬間、ここだなって」
物件が決まり、資金調達に動くなか、国の補助金を受けるための申請書づくりには苦戦したと言います。
「キイロは主人の会社の新規事業として始めたので、補助金を申請することにしたものの、とても大変で……。ただ、申請の過程を通じて、どうしたら収益を挙げられるかと数字を追いかけ、ようやく現実味が帯びてきたと思います。結局、ビジネスとして成立しないと、雇用なんてできないじゃないですか」
現在は、1名の社員さん、6名のアルバイトさんと一緒に店を運営しています。
「今は学生さんや主婦の方にがんばってもらっています。オープンから4ヶ月が経ち、運営もだいぶ落ち着いてきましたので、ここからは、ちょっとしんどい人もチャレンジできる場にしていきたいと思っています」
野内さんが考えているのは、(公財)東京しごと財団とハローワークが設置する“障害者委託訓練”という仕組みの活用です。これは、障害や病気のある方が就職を目指すとき、委託機関で職業訓練を受けられるもの。キイロはこの委託機関として“ちょっとしんどい人”をサポートしていこうとしています。
「多様な雇用に対して、私は結構貪欲で」という野内さん。はたらき方のバリエーションをこれから増やしていきたいのだとか。
「まずやりたいのは畑です。畑って、お店とは違うはたらき方ができますよね。店はしんどい人も、畑ならできるかもしれません。あとは、おやきの生産量を増やせば、製造だけを担当するチームも作れるかも。いろんな人がはたらける要素を増やしていくよう、チャレンジしていきたいと思っています」
キイロのオープンは、野内さんにとって、大きな夢の第一歩。この先の展開を見据えています。
「フランスに、ジャルダン・ド・コカーニュという社会的企業があります。畑やレストラン、花の販売、野菜の宅配などバラエティある事業を展開し、多様な人がはたらく場となっているんです。5年ほど前に雑誌で知り、グッと来ちゃったんですね、すごいシステムを作ってる!って。そこまではいけないかもしれないけれど、いろんなはたらき方をできる場を作りたくて」
これからが楽しみなキイロ。なにより、野内さんの歩みそのものが、今しんどさを抱える方の希望になりそうです。野内さんは最後に、「話しながら思い出したのですが」とこう教えてくれました。
「私もいろんな人に助けられてきたんですよね。今思えば、回復するきっかけになったのが、たまたま遊びに行ったところで、『ちょっとそれ盛り付けといて』と頼まれたこと。たいしたことじゃないけれど気負わずにできて、『私、できた。大丈夫かも』って思えた。病気になると、自分のダメなことやできなくなったことばかりに目が行きがちですから……。回復するって、『大丈夫かも』と思える瞬間の積み重ねなんだと思います。そんなふうに、いろんな人が関わり合って、さりげない経験が生まれる場所を作りたいんですね、きっと」
(近藤)
野内さんが選んだ物件
再開発が進む駅前大通の新築店舗|東小金井
TEL 0422-30-5800
MAIL info@town-kitchen.com
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OYAKI CAFE キイロ店長。長野出身の両親のもと、小金井で生まれ育つ。自宅サロンや、障害者就労移行支援事業所の共同経営者を経て、2021年8月、OYAKI CAFE キイロをオープン。多様な人が交わり、はたらく、地域に開かれたカフェをめざす。
https://kiiro.superball.jp/