極小出版社のつくり方とつづけ方

2024.05.09
極小出版社のつくり方とつづけ方

「天職」と呼べる仕事で生計を立てることはたやすくないけれど、好きなものやことに携わり続けることで開ける道があります。「本をつくることが楽しくて仕方がない」と話す、合同会社素粒社の代表で編集者の北野太一さん。彼が紡ぐ言葉には、何事も柔軟でいることの大切さが散りばめられていました。

本が導いた編集者という仕事

2020年夏、東京・小金井に素粒社というひとり出版社が生まれました。代表を務めるのは、編集者の北野太一さん。大学の進学で、兵庫・淡路島から上京したことが、編集者、そして出版社を立ち上げるきっかけのひとつになった、と振り返ります。

「文学系の大学に進学し、上京して衝撃を受けたのが書店の規模と多さ。個人的にはくまざわ書店八王子店やジュンク堂書店池袋本店など、地元ではありえない数の本を取り扱う書店に魅了されて、大学よりも書店に通うようになり、どんどん読書にはまっていきました。本って、何冊か読んでいくと“開ける”感覚になる時があるんです。ある一冊の本には、著者やテーマやその他もろもろの文脈で別の本が何十冊も連なっていて、読みたい本が増え続けることも楽しかったですね」

著者の発掘、編集、営業、販売、経営とすべてをひとりで行う北野さん。「本への興味は、淡路島で暮らしていたときはそこまでなく、編集者になりたいとも思っていませんでした」
著者の発掘、編集、営業、販売、経営とすべてをひとりで行う北野さん。「本への興味は、淡路島で暮らしていたときはそこまでなく、編集者になりたいとも思っていませんでした」

読書に没頭する学生生活を送っていた北野さんは、自然と本づくりを担う編集者に憧れを抱くようになり、大学卒業後は詩歌ジャンルを中心に発行する出版社で実績を積むことに。

「いくつか出版社を受けましたけどだめで……新卒で正社員で就職するのは狭き門ですが、どうしても本づくりをしたかった。なんとかどこかの出版社に入れないかと探して、最終的には小さな出版社のアルバイトが決まり、数年後に正社員になりました。詩歌関連の本を出している出版社だったのですが、自分でも学生のときに俳句をつくったり、句会に行ったりしていたので、興味があるジャンルの本づくりに携われたのはよかったです」

好きなことを仕事にし、編集者としてやりがいや面白さが増す日々。一方でさらに幅広いジャンルの本づくりをしたいという思いと会社の方針が合わず、最終的には退社することを選びます。

書籍化する上で大切にしているのが、身近にある未知を本にすること。大手出版社であれば、埋没してしまうかもしれないテーマを検出し形にしている
書籍化する上で大切にしているのが、身近にある未知を本にすること。大手出版社であれば、埋没してしまうかもしれないテーマを検出し形にしている

必然的だった出版社の開業

5年ほど勤めた出版社の退社を決め、北野さんが始めたことは転職活動。何社か受けるも内定は出ず、「それであれば」と転職に見切りをつけて選んだのが起業でした。

「勤めていた出版社は、編集者が企画したものではない自費出版の本を多く発行していました。次第に、自分で企画した本がつくれないことに物足りなさを感じるようになって。結果的には企画した本を何冊か出版したんです。ただ、社内には営業や販売、取次との交渉などを行う部署も人もいないので編集以外の業務も自分でやることになり、気づけば本づくりのノウハウと合わせて流通面の知識も深まっていました。転職先が決まらなかったことで起業に踏み出せたのは、編集以外のこともある程度は経験していたのも大きかったです」

淡路島で魚屋を営む両親、編集者のパートナーからも起業することに対して、否定的な意見はなかったそう。北野さん曰く「親がずっと自営業だったので、起業することがそこまで特別な環境ではなかったのかなと思います」
淡路島で魚屋を営む両親、編集者のパートナーからも起業することに対して、否定的な意見はなかったそう。北野さん曰く「親がずっと自営業だったので、起業することがそこまで特別な環境ではなかったのかなと思います」

「起業しよう」と確固たる意志があったわけではなく、流れに身を任せたことでひとり出版社を立ち上げることにした北野さん。もうひとつ、後押しになったことがあると言います。

「そのころ、ひとりで出版社や書店を開業する人や、出版社と書店をつなぐ取次を通さずに本の取り引きをするいわゆる直取引をおこなう版元が増え出したタイミングで、さらには雑誌や書籍でも小規模出版社に関する情報をたくさん見かけるようになっていました。わからないことを自分で調べることができたのもよかったですね」

積み重ねてきた経験を常にアップデートさせ、制限をかけずフレキシブルに起業準備を進める中、幸運にも興味のあった辞書にまつわる編集の仕事が舞い込んできます。

「契約期間が一年ほどの、辞書に関わる派遣の仕事をたまたま見つけたんです。なかなかできない辞書づくりの仕事で、起業するための資金も貯めたいと思っていた時なので本当にラッキーでした。実際、やりがいも楽しさもあり、貴重な経験になっています」

日中は辞書の編集と校正業務を、夜は自社で出版する本の編集や事務作業といった起業準備を。多忙ながらもやりたいことが思いっきりできる毎日は、さらなるキャリアアップに繋がっていきます。

ひとり出版社の魅力について、「あらゆることが自分で決められるので、会社勤めであった対立やしがらみはなくなりますよね。責任や失敗などはすべて自分にかかってくるのでプレッシャーは大きいですがやりがいはハンパないです」と北野さん
ひとり出版社の魅力について、「あらゆることが自分で決められるので、会社勤めであった対立やしがらみはなくなりますよね。責任や失敗などはすべて自分にかかってくるのでプレッシャーは大きいですがやりがいはハンパないです」と北野さん

ひとつでも多くの作品が読者に届くために

東小金井駅近くの高架下にある公共の創業支援施設「東小金井事業創造センター KO-TO(コート)」の一部屋を拠点に、「素粒社」を設立して4年。10冊以上の本を世に出し、まもなく14冊目となる新刊も刊行されます。

「書き下ろしの場合は、本をつくりましょうと声をかけてから発売されるまで、早くて1年くらい。ブログやZINEや連載など、すでに原稿がある著者の作品をまとめる場合はもっと早くできます。仕込む本の企画は、知り合いの方から持ち込まれることもありますが、基本はこちらからですね。年間で5〜6冊の新刊が出せればいいのですが、それがなかなか思うようにはいかない……」

2024年5月10日発売の最新刊『編棒を火の色に替えてから  冬野虹詩文集』の色校正紙
2024年5月10日発売の最新刊『編棒を火の色に替えてから 冬野虹詩文集』の色校正紙

当然のことながら、人ひとりが一日に持てる時間は24時間。やりたいこと、やらなければいけないことと、できることはイコールではありません。だからこそ、経営も運営も今日できることをコツコツと。強硬にならず、いつもしなやかに。それは編集業務以外に関しても同じスタンスです。

「新刊はもちろん、在庫のある既刊をどうやって売るかは大切ですね。その点でシリーズ化や、同じ著者の方に次作を書いていただくことは大事だと思っています。2冊、3冊と新刊を出せば、既刊も一緒に動きますし、制作する新刊の見通しも立ちますしね」

素粒社が発行した書籍の取り扱い店は、大型書店から個人書店までさまざま。面白いと自信を持ってつくった書籍と読者が出合う取り扱い店は、大切な場所です。

「ひとりでも多くの読者に届けることを第一にしています。なので、取り扱い店舗は一件でも多いほうがいい。依頼があればどこにでも卸しますし、書店と出版社を繋いでいる取次を通さず、2冊から直接取り引きをすることもできるようにしています。また、電子書籍の発行についても比較的積極的です。個人的には紙の本は好きですけど、電子書籍の良さも感じています。紙か電子か、その両方か、読者が選べるのが一番です」

編集者としての勘を常に研ぎ澄ませ、“売れるから”ではなく心からいいと思える本をつくり、需要のある形で世に出すこと。北野さんの芯は、ブレることがありません。

即売会やブックフェアに参加することも。「いまはそういうイベントが各地にあるので家族旅行を兼ねて全国をまわるのもアリです」
即売会やブックフェアに参加することも。「いまはそういうイベントが各地にあるので家族旅行を兼ねて全国をまわるのもアリです」

出版社を存続させるには?

ひとり出版社をはじめ、全国で小さな出版社が増えています。メディアによっては、発行されている本ではなく、“ひとり”ということに焦点を当てて紹介されることも多い中、北野さんはひとり出版社であることを表立てていません。

「よく言われることですが、本を買うときに、その本がどこの出版社から出ているかを、多くの読者はあまり気にしていない。出版社を気にして本を買う人はたぶん多くはないと思うんです。もちろん、特定の出版社のファンという人もいるとは思うんですけど。重要なのは、その本が面白いかどうか、買って手元に置いておきたい本であるかどうか。純粋に本を楽しんでもらいたいという気持ちがあるのかもしれません。ただ、経営面は得策ではないのか……。ひとりでやっていることの強みを生かして、個性を出したほうが生き残れるのかもと、まぁ、悩みつつやっています」

「経営はほんとうはやりたくないですけど……いまのところ本づくりほど面白いことはないですね。原稿やゲラ、装丁案があがってくるたびにほぼ毎回感動してます」。本づくりそのものが、しごとのモチベーションに
「経営はほんとうはやりたくないですけど……いまのところ本づくりほど面白いことはないですね。原稿やゲラ、装丁案があがってくるたびにほぼ毎回感動してます」。本づくりそのものが、しごとのモチベーションに

ひとりであることよりも、読者にいい本を届けることを何よりも大切にしている北野さんは、素粒社の今後についてもゆるやかに考えていました。

「仲間だったり、相談相手だったりが欲しいという気持ちもあるんです。編集者が増えればつくれる本が増えるし、営業がいればより本が売りやすくなるし。ただ、人数を増やすこと、出版社の規模を大きくすることを目指しているわけではなく、なりゆきでいいと思っています。ひとりでもいいし、増えてもいい。そこはゆるく考えています」

出版社名の由来は、物質を組み立てる最小の単位の素粒子から。小さな出版社、従業員がひとりという意味合いも込めて命名
出版社名の由来は、物質を組み立てる最小の単位の素粒子から。小さな出版社、従業員がひとりという意味合いも込めて命名

過去にも未来にもとらわれず、今をしっかり見つめて、丁寧に本づくりをする北野さんですが、ひとつだけ明確に考えていることがありました。

「どこまで続けられるか。本づくりが楽しすぎるんですよね。素粒社という社名も気に入っているので、それもどこまで残せるか。続けることの難しさをいつも身にしみて感じています」

そして、続けるために出版業界のこれからにも思いを寄せます。

「出版社は、始めようと思えば誰にでも始められると思うんです。資格はいらないし、資金をあつめるのに創業者支援の制度などもありますし。ただ、続けていくことはとても難しい。いま増えている小規模出版社や独立系書店も一時的なものではなく、確立された働き方になっていって欲しいです。それは、読者にとっても多種多様な本と出合う機会を増やすことだと思います」

本の先にいる読者に思いを馳せて、誰よりも自由に楽しく本をつくる北野さん。手探りだらけの日々は、まだ始まったばかりです。(新居)

プロフィール

北野太一

合同会社素粒社代表。兵庫県淡路島で生まれ育ち、大学進学で上京。出版社勤務などを経て、2020年に自身が代表を務める出版社「素粒社」を立ち上げる。編集業務と合わせて、販売や営業、HPの運営、経営など、すべてをひとりで行う。最新刊『編棒を火の色に替えてから 冬野虹詩文集』を含め、現在14冊の書籍を出版・販売している。
https://soryusha.co.jp/

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