そばではたらく
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暮らしの変化に寄り添うアトリエ

オーダーメイドの手製本や製本教室を行なっている空想製本屋の本間あずささん。リンジンで初めてご紹介したのは昨年のこと。そんな本間さんがこの秋、新小金井駅の駅前に新しいアトリエを構えました。2010年に会社勤めを辞め、製本をしごとにすると決意してから8年。自らの城を持つまでの道のりと、本間さんの背中を押したきっかけをお聞きします。

自分が気持ちよくいられる場所

西武多摩川線の新小金井駅の目と鼻の先に、本間さんの新しいアトリエはあります。近所にある保育園の散歩コースになっていて、平日の午前中は子どもたちの元気な声と、地上を走るガタンゴトンという電車の音が穏やかに聞こえてきます。窓からも見える駅舎もどこかノスタルジック。乗降者数は1日4000人足らずと少なく、中央線から少し離れた場所ですが、駅前の商店街には生鮮三品の個店が今も揃うめずらしいまちです。

駅名には“新”とついていますが、実は同市内で一番歴史の古い駅。今の駅舎は30年ほど前に建て替えられたもの。

駅の西口にある商店街。和菓子屋などこの地で長く続くお店がほとんど。

「物件の内見をしに来た時に初めてこの駅に来て、周りを歩いてみたんです。私は古いものが好きなので、昔から続く懐かしい商店街があったり、駅前だけどタイムトリップ感があるところがすごくいいなと思って。うちはパッと見ても何のお店かわからないので、引っ越してきてからはガラス越しに覗いていかれる方が結構いらっしゃいます(笑)」

古いまちの雰囲気に惹かれたという本間さん。前のアトリエからそのまま移動してきた家具も、そのほとんどが古道具を集めたもの。中央に置かれた大きな机が、製本教室と本間さん自身の作業台です。

作業台として使う一番大きな机が部屋に入るかと胃を痛めていたところ、知り合いの鉄作家の方が救世主として現れ一度脚を切り解体してくれたそう。

床は入居後に貼り直したもの。週末には、製本教室の生徒さんたちと一緒に壁を塗る予定。

これまではずっと自宅の1室をアトリエにされてきましたが、今回の引っ越しで、アトリエは新小金井に、住まいは自転車で15分ほどの三鷹市に移ります。製本のしごとを始めた当初から振り返ると、中野の団地で1年、武蔵野市の古い平屋に6年ほど暮らした時代を経て、初となる独立したアトリエ。広さも約16帖と、以前の倍近くになりました。どのような条件で物件を探されていたのでしょうか。

「重いものがあるので1階で、できれば路面の店舗、くらいでした。あとは、これまで東京の西側で子育てをしてきていて、すごくいい地域だなという実感があったので、三鷹から国立辺りまでがいいなと。教室に来られる方もその辺りにお住まいのことが多いし、家から自転車で通える距離感で探しました」

1軒目に見た物件が今の場所。1、2日後には申し込みを決めた本間さん。巷では物件との出会いは運命とも言いますが、何か決め手があったのでしょうか。

「なんとなく、“ここならできるかもしれないな”と感じたんです。木造なので音は響きやすかったり、後になって気づく点はありますけど、やっぱり自分がいて気持ちいいという部分があれば、ちょっと気になるところがあっても大丈夫だと思うんです。今までの家も全部第一印象と居心地重視だったので、そこは変わらずですね(笑)」

前回のリンジンの記事を見て、近所に住むライターさんから製本のオーダーが届いたと教えてくださいました。

タイミングが重なって感じたゴーサイン

「子どもが小さいときは、住まいと仕事場が一緒なのが本当にやりやすかったんです。子育てとしごとが両立しやすくて。でも今は子どもが5歳になって、再来年には小学生。少し余裕が生まれて来たなと思っていたタイミングで、家をお借りしていた大家さんが立て替えを希望されて、引っ越さなきゃいけないというきっかけが巡って来たんです」

猶予はあったためゆっくり探そうと思いながら、不動産を検索し始めたのは今年の7月頃。いい物件に出会えたことで話は進み、気がつけば、2ヶ月後にはアトリエの引っ越しが完了していました。

「前の5年間だったら本当に無理だったと思うんですけど、子どもも大きくなって、しごとも充実してきて、引っ越さなきゃいけないという状況が重なって、自然に“今ならできるかも”と思えたんです。生活は変わるものだから、タイミングによってしごとの仕方も変わっていいと思うんです。私の場合は、今はこうやって仕事場をまちに開けるタイミングかなと」

「その人なりに、巡って来るタイミングは違うと思います。私もここで年々か続けてみて、また変わっていくかもしれないし」と本間さん。

「物件を借りる前にお金の試算はしてみて、何とかいけるなと思って行動してはいるんですが、個人事業だと変動も大きいのでプレッシャーはあります。借りるまでは手続きや引っ越しがあってやることが多かったので、無事少し落ち着いた今一番感じているかもしれないですね。本当夢に見るくらい不安はあるんですけど(笑)、でも、その分集中もできるし、しごとがよりひろやかになっていくといいなあと思っています」

自宅にアトリエを構えているときには、教室の時間帯には旦那さんやお子さんに出かけてもらうなど、気遣いも少なくなかったそう。これまではかからなかった家賃が必要になってくる分、気負う部分はありながらも、初対面のお客さんでも抵抗なく招けるこのアトリエが、本間さんのしごとをさらに広げていく拠点になりそうです。

製本教室は引っ越してから2クラス分増席。編集、ライター、書店員、製本工場ではたらいてる人、ブックデザイナー、紙屋さんなど、ビジネスで本を作っている人達の参加も多いそう。

“まちに開かれたアトリエ”への長年の想い

アトリエを探しているとき、“路面の店舗”であることを条件の一つにされていましたが、そこには本間さんが手製本をしごとにした当初からの強い想いがあります。

「いつかはまちに開かれた場所を持ちたいとずっと思っていたんです。私が手製本を学びに行っていたヨーロッパでは、本の修理で困った時や、個人で本を作るための製本のアトリエが歴史的にまちなかにあります。今の日本では、出版社が本を作って本屋さんにあるのが本という感じですよね。だから、手で作ると一人ひとりの思いを乗せた本ができるということを伝えたいなと思っていて」

日本でも都市部を中心に製本教室は数多くありますが、まちの中にお店を構えている光景はほとんど目にしません。「まだ実感はなくて」と言いつつも、念願のアトリエを構えてふと振り返るのは、製本をしごとにと思い始めた当初の思い。取材にうかがった日の約2週間後には、初めてのオープンアトリエを控えていました。

「月1回くらいはオープンアトリエをして、自由に出入りしてもらって、まずは手製本で本が作れるということをもうちょっと知っていただけたらいいなと思っています。オープンにする日がすごく楽しみで」

近所にある古本屋さんは、本間さんが引っ越して来ることをとても喜んでくれているそう。そんな地域の人達とも何か一緒にしていきたいと構想されています。

自分の場所があることで、これまで外でしていた単発の製本ワークショップや、教室の生徒さんたちと開催する一箱古本市など、できることの幅はどんどん広がります。

「この何年かの間に、長く大切にできるものを求める人がちょっとずつ増えてるなという実感はあります。手製本なら、例えば旅の記録だったり、色んな記録が詰まった紙ものを綴じて再編集できるんです。これからは、オープンアトリエでそういうセミオーダーも気軽に受けられるようにしたいなと思っていて」

記録を残していくという意味においては、それも一つの本の形だと本間さんは考えます。最近は大人ばかりか子どもたちもスマホで本を読む時代。読み物としての本だけではなく、純粋に指で紙の感覚を楽しんでもらうことを目的に、変形折り紙のように遊べる本型の紙のおもちゃも制作しています。

「手仕事ブームみたいなものがあったり、電子書籍が増える中で、物としての本を考えるときにも、これから手製本が果たす役割は大きいんじゃないかなと考えているんです」

新しいアトリエは、道に面した窓やドアから製本作業の様子が見えます。「手製本を日常の中に広めていきたい」と願う本間さんの想いが、まちに開かれたこの場所ではじまります。(國廣)

プロフィール

本間あずさ

2018年10月にアトリエを小金井市に移転。空想製本屋の店主として、オーダーメイド手製本、本の仕立て直し、製本教室を中心に活動。一冊一冊、一人一人のために制作している。手製本のリトルプレスMONONOME PRESSの企画・発行のほか、シュタイナー教育を採用する高校で非常勤講師として製本の授業も行う。
http://honno-aida.com/