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[編集長の酒場談義]創業10年目の葛藤と挑戦/見木久夫さん

今宵、酒場で語らうのは見木久夫さん。舞台は、見木さんが立ち上げた3坪のクラフトビール工房、26Kブルワリーがある武蔵境高架下のondです。ともに創業10年を迎える2人。話は出会った頃に遡ります。

クライアントワークでの葛藤

北池
こんばんは。今日は、見木さんの作ったクラフトビールを片手にお話をお聞きできるのを楽しみにしていました。二人でこうしてお会いしてお話するのは久しぶりですね。

見木
そうですね。初めて北池さんとお会いしたのは知人の紹介でしたね。もう6,7年ぐらい前かな。

北池
そうそう。そのときの見木さんの印象は、ゴリゴリ営業でちょっとこわかったな。

見木
全然ですよ。当時から、武蔵境のまちを中心に、大手出版社での経験を活かして広告制作事業を中心にしていました。地域の小さなお店に営業して、フリーペーパーを制作したり。

見木さんの立ち上げた26Kブルワリーで醸造されたビールで、酒場談義スタート。

北池
ホームページでも、広告百貨店と謳われていますね。そんな見木さんが、今は創業支援施設を開設したり、クラフトビールを製造したり、ビールフェスなどのイベントづくりもされたり。随分、しごとの内容が変わってこられましたね。見木さんの中でどんな変化があったんですか?

見木
広告制作のしごとって、クライアントワークがメインなんです。別にクライアントワークがダメってことはないんですが、自分だったらこうしたいのに、とか、こうした方がいいのにな、と思っても、最後に意思決定するのはクライアント。そんなしごとをずっとやっていると、自分で何か発信したくなってきちゃうんです。

北池
なるほど。クリエイターやコンサルタントなど、多くのしごとで同じような悩みをよく聞きます。でも、頭でそう思っていても、それを形にするのって難しいですよね。

見木
そうなんです。当時は、せっかく自分で会社を作ったんだから、自分たちで主体的に何かをやらなくちゃってすごく思ってました。あるいは、なにか社会のためとか、ソーシャルなことをしなくちゃいけないんじゃないかって。そんな悩みを持っていたとき、たまたま武蔵野市が創業支援施設を作る事業者を募集していることを知り、企画書をつくることにしたんです。

北池
それで、その企画が通り、創業支援施設をはじめることにしたんですね。

見木
はい。これまで広告制作をやってきていた自分にとって、新しいチャレンジだったんですが、実際やってみると、これが全然できなくって。

北池
えええ、なんか上手にできそうなのに。

見木
実際に始めてみると、人を支援することの難しさに行き詰ってしまったんです。創業支援って何だろうとか、何を支援すればいいんだろうっていう感じで。それで北池さんに泣きついた(笑)

北池
いえいえ。でも、おっしゃってることはよくわかります。私たちも創業スクールやセミナーを開催したり講師として呼ばれることも多いんですが、創業する人ってそんなスクールとかセミナーとかには参加せず、勝手に自分でやっちゃうんですよね。

見木
そう。手取り足取り支援することって、なんでも自分でやらなきゃいけない自分が経験したサバイバルな創業論からは逆行している部分もあるのかも。

北池
わかります。創業支援って、基本は自分自身でなんとかしていくための主体性を持ってもらいつつ、一方でなにか困ったことがあったときに手を差し伸べてあげられる存在なのかもしれないですね。

クラフトビールの魅力は、麦芽やホップ以外に色々な素材を入れたビールを楽しめること。今回は、隠し味として山芋が入ったビールをいただきました。

”ことづくり”から”ものづくり”へ

北池
そして、創業支援だけでなく、その後ビールづくりも。

見木
広告制作や創業支援では“ことづくり”をしている感覚だったんですが、“ものづくり”への憧れがずっとあったんです。そんな想いからビールを始めました。

北池
どうしてビールだったんですか?

見木
武蔵野エリアって地元のプロダクトがあまりないんですよ。例えば武蔵境は唐辛子を売りにした商品開発などをやっていますが、もっと個性が出せて、かつ大手が参入しにくいものをつくりたかったんです。

北池
なるほど。それでビールを。

見木
ですね。僕自身「すごくビールが好き」というわけではないんです。どちらかと言えば、つくったビールを飲んでくれる人が幸せになる風景を考える方が楽しい。だからビールの職人になるのではなく、そのビールをどう飲んでもらうか、ってところがスタートです。

この日は色合いや味わいの異なる4種類のビールが提供されていました。

北池
よくわかります。今年ヨーロッパに行ったんですが、パブでビールを片手に語り合っている、あの風景に憧れますよね。

見木
もちろん、当初に比べてビール醸造に詳しくなりましたが、いつまでも素人でいようと意識しています。ど真ん中で醸造をやってしまうと、どう広めるのかということが客観的に考えられなくなりそうで。

北池
たしかに。役割分担ですよね。プロデュースする人は現場から少し離れて俯瞰することの重要性はよくわかります。見木さんには、やはり人と人が楽しくなる風景の中央にビールがあるだろうというビジョンがあったんですね。

見木
おっしゃる通りです。例えば北池さんに「今日、ちょっと相談があるんですが」って話しかけるのと、「ちょっと一杯飲みに行きましょうよ」って話しかけるのには違いがあるじゃないですか。そこにモノがあると人は安心できると思います。こんな時代だから人と人が真正面で話す間にはやっぱり何かがあった方がいいなと思う。

北池
その時にビールが最適だと。

見木
そう。自分たちで醸造して、季節ごとに新しい商品も出て。好きなものをつくれて、個性が出せて、話のネタにもなる。そして、みんなが笑顔になってくれる。

北池
いいなあ。僕たちも創業支援施設を運営しているけど、創業者同士の交流やコラボを促進させるときには、だいたいその中心にビールがあるような気がします。

見木さんが活躍する武蔵境と、リンジン編集部がある東小金井は、実は隣駅。共に高架下を拠点にまちづくりに取り組んでいます。

地域でビールをつくる上で大切にしている感覚

北池
最近は中央線のビールフェスティバルの企画などもされていますが、ビールをつくり始めた当初からそういったイベントは視野に入れていたんですか?

見木
はい。ビールの醸造免許で一つハードルとなるのが、製造量を一定量確保しないといけないこと。つまり、その分売り先を考えておかなければならないんです。

北池
そのようですね。

見木
自分のお店で売ろうとすると、どうしてもまとまった販売が期待できない。あるいは、いろんなメニューを豊富に揃えていけば販売量も期待できるかもしれないけど、どんどん経営が重くなっていく。一方、他のお店に卸すとなると流通の問題があるんです。

北池
と言いますと。

見木
私たちのつくるクラフトビールって、樽に入れてからもどんどん発酵が進むため、基本は冷蔵保存なんです。でも、冷蔵の流通はコストがかかるし、卸した先の飲食店に、冷蔵設備が整ったサーバーが設置されていることは少ない。

ものづくりに憧れてビール作りを始めた見木さん。キャリアのスタートはカメラマンでした。

北池
いわゆる大手ビールメーカーの作るビールと違って、クラフトビールってデリケートなんですね。

見木
そうなんです。やっぱり自分たちで作ったビールは、美味しく納得できる状態で飲んでほしい。そう考えていくと、ビールイベントで多くの人に楽しんでもらうというのが一つの策でした。

北池
なるほど。このまえの武蔵境の駅前で開催されたビールフェスティバルに伺いましたが、大盛況でしたね。中央線の沿線上のいろんなクラフトビールが一同に集まって楽しめて。

見木
イベントに出店するブルワリーの多くは新興のブルワリーなんです。だからまだまだ技術的には発展の余地がある。時には玄人から辛辣なご意見をいただくこともあります。

北池
それはつらいなあ。

見木
でも、その成長過程の段階を楽しんでもらうというのも一つなんじゃないかなと思ってます。もちろん、いずれはマニアの方においしいと言ってもらうよう精進していきたいけど、まずは普段缶ビールを飲んでいる人が、「あれ、普段飲んでいるビールと違うな」と思ってくれる。そのステップをつくることも大事なんじゃないかなと思って。

北池
たしかに、自分の応援したいブルワリーが見つかったり、季節ごとに目新しいビールが出たり。そんな、ただビールを飲むだけでなく、それを作った人がいて、そこにストーリーがある。その全部を楽しんでもらうというのが、クラフトビールの魅力なんでしょうね。

会場となったondでは、出来たてのビールをカウンターでいただけます。

やってみないとわからない

北池
創業支援では色々な悩みや葛藤があったようですが、ビールづくりはどうですか?

見木
ビールづくりも大変ですね。免許を取る段階から大変なことばかり。免許を取るまでには結局2年以上かかりましたし、免許を取ってからも人の問題や設備のトラブル、税務の大変さ、さまざまな困難がありますね。

北池
それでもやってよかった?

見木
よかったですね。創業支援もビールもやってよかったです。

北池
おー、創業支援も!

見木
はい、創業支援も学んだことは多かったです。

北池
そうですよね、やってみないとわからないし。

ondには、ビールの他、コーヒー、惣菜、スイーツなどのクラフトフードが並びます。

見木
もともと僕はたたき上げのカメラマンからキャリアがスタートしたんです。だから、誰もが独立できるし、したいものだと思っていた。失敗か成功かは本人が決める。でも、創業支援をしてみるとそうではないんだなと分かりました。自分で自分の人生を意思決定することが難しい人もたくさんいるんだと知ることができたのは大きな学びでした。

北池
確かにカメラマンのような手に職をつけてはたらくような人にとっては、独立するキャリアが一般的なんだろうけど、世の中いわゆるサラリーマンにとっては、そういうモデルが近くにいないとイメージすらできない。

見木
僕には、そういう世界があることを知らなかった。

北池
なるほど。

見木
そんな感じで事業を続けてきたんですが、今年の10月で会社を設立して10年なんです。

北池
お、うちは今年の7月で10年目を迎えました。

2人はほとんど同じタイミングで創業し、今年創業10年を迎える。

見木
色々紆余曲折の中で試行錯誤を繰り返してきて、今更な感じもするんですが、ちゃんとしないといけないなという気持ちが出てきました。(笑)

北池
ちゃんとね(笑)

見木
子どもの存在もそういった気持ちに影響している気がします。

北池
たしかにそれはあるかもしれないですね。

見木
上の子が小学生なんですが、子どもも小学生になると大人ですよね。そうなると自分の鏡として見ることがすごく多くなった。どういうことを考えて、どういう軸で意思決定したのかを子どもに言えないのはダサいなって。楽しく仕事をする姿を見せることって大切じゃないですか。仕事が嫌いな大人になってほしくない。

次の10年を見据えて

見木
北池さんからすればそんなこと今更って思われるかもしれないですけど、やっぱり事業を続けるって大変だなあって。もともと写真をしごとにしていて、クリエイティブと芸術を行ったり来たりしていたので、競争とか数字とは全く別の世界にいた感覚があって。

北池
うーん、でも、これからの経営って数字だけで語れなくなってきていて。そういう意味ではクリエイティブとか芸術的な考え方とかって、むしろ武器になるような気がします。

見木
そうですね。たしかに、芸術の世界でやってきたことも無駄ではなかったという実感もあります。人を感動させる定量化できない感覚があるというか。周囲の先輩起業家や同世代の起業家と自分を比べて、彼らが当たり前に言っていることをなんで分からなかったんだろうって思ったりすることもよくありますが、でも、この人にはこの部分で勝てるなと思ったり。

北池
最近だと、アーティスト出身の人がビジネスの世界で飛躍するケースって増えている印象があります。これからはロジックで解が見出せないことばかりだと思うし、両輪が必要な時代になってきているんでしょうね。私なんかは、これまでビジネスの世界を歩んできた人間なので、最近になってアートとかクリエイティブとか、そっちの世界を学ばなきゃって思っています。(笑)

見木
お互い創業して10年。次の10年に向けて、また北池さんと経営について話ができるように精進していきたいと思います!

北池
こちらこそです。これからもよろしくおねがいします!

次の10年に向けてお互いにエールを送りつつ、話は尽きません。

プロフィール

見木 久夫

株式会社スイベルアンドノット代表取締役。大手広告代理店を退職後、2010年12月に創業し、さかいマルシェの運営やフリーペーパーiisakaiiの編集などを手掛ける。また、創業支援施設スタートアップカフェや、クラフトビール工房26Kブルワリーを立ち上げるなど、広告制作や出版だけにとらわれない地域に根差した事業展開を図っている。現在は中央線ビールフェスティバルの企画運営などにも携わっている。

株式会社スイベルアンドノット
http://swivel.co.jp/