「私はご飯で病気や争いをなくせると思ってるんです」と話すのは、東京・高円寺にある2つのカフェ「レクトサンドカフェ」と「coret(コレト)」のオーナーである毛利美恵子さん。大人も子どもも美味しく食べられるようにとホットサンドのお店をスタートしましたが、ある日、メニューから迷うことなくサンドイッチを消しました。そこにはどんな経緯と思いがあったのでしょう。
今から13年前。自分の住むまち・高円寺でカフェをはじめた背景を毛利さんはこう振り返ります。
「13年前の高円寺はガンガン音楽が鳴ってお酒が出て、タバコの煙が漂うお店ばかりだったんです。娘が生まれて、赤ちゃんと一緒に入れるカフェがそばにないと気づきました。もともと私は、会社でギャラリーカフェの立ち上げに関わってカフェ巡りをするようになってから、自分の生活の一部になるぐらいカフェが大好きで。ファミレスのチェーン店に行くのも違うし……。それで、“ないなら自分でつくっちゃえ”って思ったんです」
長年、企業でディスプレイデザインの仕事をしていて、飲食店で働いた経験はほとんどなし。結婚後に会社を辞めてフリーランスになった毛利さんにとってカフェの開業は厳しいものでした。
「乳飲子を抱えながら物件や仕入れ先を探していたら、『赤ちゃんを抱っこしてる人には貸せない』『株式会社じゃないと取引しない』って相手にしてくれなくて。お店を開いたこともない個人が借りたり仕入れたりするのは、すごく難しいんだなって知りました。今思えば開業をなめてましたね(笑)」
それでも自分の思いを曲げず、実践者から学んでいった毛利さん。どうすればお店をつくれるかをヒアリングしたり、コーヒーの入れ方を教えてもらったり。カフェ運営者を芋づる式に紹介してもらい、ゼロからカフェ経営の知見を積み上げていったとか。そして知人の紹介で現在の場所を見つけ、2012年にレクトサンドカフェをオープンしました。
「レクトサンドカフェ」はお店の名が示すように、もともとはサンドイッチを提供するカフェでした。今のようにヴィーガン、酵素玄米に辿り着くまでにどんな経緯があったのでしょう。
「ホットサンドは私が一番好きな母の料理で、誰が作ってもどんな具材を入れても美味しくできます。あと、小さな子どもがいるお母さんは冷めたご飯を食べることが多いですが、ホットサンドなら抱っこ中のお母さんも片手で熱々を食べられる。子どもも大人も好きだし、“みんなで同じご飯”のお店をしたいと思ったのが出発点でした」
しかしオープンすると、子育て中のお母さんの切実な問題に直面します。来てくれる子どもの4人に1人はアレルギーがあり、「牛乳、卵がないサンドイッチはないですか?」と聞かれることも。みんなで同じご飯ができるお店にしたいのに、誰かが我慢しなきゃいけないのはおかしいー。そんな気持ちが強まる中、お店の行末を変える出来事がありました。
「お店でお誕生会を開いた時のことでした。お誕生日の子にアレルギーがあって牛乳と卵を抜いた特別なサンドイッチを作ったんですが、他の子の普通のサンドイッチを見て『それが食べたい』って泣いちゃって。みんなが同じご飯を食べれば嫌な思いをしなかったのに…。それでヴィーガンなら、牛乳・卵・はちみつ・甲殻類のアレルギーの子もみんな同じご飯が食べられることに気づき、『今すぐメニューを変えよう』と決めました」
そこから独学でヴィーガン料理を勉強し、ヴィーガンのホットサンド専門店に転向。一から調味料を作り、ビーンズやマカロニのサンドイッチや高野豆腐で作ったカツサンドなどを提供することに。ヴィーガンにしたことで、健康志向の食通の方や外国のお客さんが増え、新たなリクエストが出てきたとか。
「お客さんに『グルテンフリーはない?』と聞かれてあれこれ調べていくうちに、ヴィーガンは気をつけないと栄養が偏ってしまうことがわかりました。ヴィーガンでもタンパク質やビタミンをバランス良く摂取できて、食べたら元気になるお食事を提供したい。どうしようかと悩んでいる時に酵素玄米を食べたら、美味しくて消化も良くて。娘もパクパク食べて『これだ!』って。サンドイッチがメニューからなくなるのでレクトサンドカフェというお店の名前を変えるべきかだけは悩みましたが(笑)、“みんなで同じご飯”を叶えるために手段を変えることには迷いませんでした」
こうして、オープンして1年でヴィーガンのサンドイッチ屋に、その1年後にはヴィーガン×酵素玄米のカフェに大転換。ヴィーガンとはいえ、目指しているのは毎日食べたくなるようなお袋の味だとか。
「うちは“お袋の味のヴィーガンご飯”ってよく言ってるんです。例えば『今日は暑かったからちょっと塩多めにしたよ』みたいに、お母さんが家族の体調を考えてご飯を作るような、家庭の味を出したくて。もともと、日本人って昔から玄米や梅干し、お漬物とお味噌汁、お豆腐で、自然とヴィーガンっぽい食事をしてきたんですよね。畑で採れたての野菜は炒めただけでも美味しいし、高野豆腐や車麩などの乾物から豊富なタンパク質も取れる。無理に洋食に寄せなくても、伝統的な和食ヴィーガンはなんかホッとする美味しくてなつかしい味なんです」
毛利さんがカフェで叶えたいのは、美味しさだけではありません。食べ物で、病気や争いをなくしたいー。そんな考えを持つようになった最初のきっかけは、海外を訪れた体験でした。
「20代の頃、アメリカで同時多発テロがあった時に、これから何が起こるかわからないから今までと全然違う経験をしようと思ったんです。それでピースボートに乗って、リビアやエルサルバトルとか、一般的な観光地ではない国を訪ねました。決して裕福ではないまちで遊んでる子どもたちがとにかく元気で、おやつにその場で収穫した木の実を『おいしい』って食べていて、目がすごくキラキラしてるんですよ。それに絶対、食べ物を独り占めしないでみんなで分け合うんですよね」
そんな子どもたちの姿を見て、利益が重視される先進国のフードビジネスに、違和感を持つようになったとか。それはお店を営む今にもつながっています。
「例えば、いちご味の飴なのに本物のいちごが入ってなくて、石油系で作った添加物が入ってたり。飲食に携わる世界的な大企業が、体に良くない材料を入れて、美味しいと錯覚させたり、安く仕上げて大きな利益を出しているのが同じ食に関わる者として許せなくて。ただその場で美味しいというだけでなく、その先の未来にもつながる食べ物を作ることが、私の使命だと思ってるんです」
コロナ禍ではテイクアウト販売店に大改造し、キッチンカーを出店。状況に合わせて思い切った決断を柔軟に行い、ピンチの時も前に進んできました。そんな毛利さんを周りのスタッフが支えています。
「私一人では無理だったと思います。今店長をしてくれている坂田さんは、立ち上げの頃から関わってくれて。本業はカメラマンなんですが料理も上手で、『こうしたいんだけど何かアイデアない?』ってよく相談していました。他のスタッフも元々うちの店の常連のお客さんで、お店に共感して来てくれた人。メニューの作戦会議をしたり、売り上げの伸ばし方を一緒に考えたりしています」
必死に走り続けてきた毛利さんの前には、今、さらに新しい風景が広がりつつあります。今年の6月に、レクトサンドカフェから徒歩5分の場所に新設された集合住宅「高円寺アパートメント」の1階に、「coret(コレト)」が誕生しました。
「前から高円寺アパートメントのマルシェでキッチンカーを出店してたんですが、オーナーのジェイアール東日本都市開発さんから、『高円寺で長く慕われているお店に入ってほしい』とお声がけいただいて。周りには『広い新築なんて大丈夫?』って心配されましたが、高円寺アパートメントは昔の団地みたいな住人同士で助け合う関係性が素敵だなと思っていて、もっと地域の人が集まれる場所をつくりたかったし、『やるしかない!』と」
coretはカフェスペースが20席あり、これまでの3倍の広さに。ペットも同伴でき、ベビーカーや車椅子でも入れます。副菜は大皿から選んで自分のお皿にピックアップするスタイルで、カウンターにはたくさんの焼き菓子も並びます。
「今はワンちゃん連れ、赤ちゃん連れの家族、友人同士、ご高齢の方、大学生まで、いろいろな人が来てくれて。美味しいものをみんなで分かち合う“大家族で食卓”のような、作りたかった景色が少しずつできているなと感じます。カフェは地域の人がつながる居場所でもありますよね。実際にここで初めて会った隣の人と『美味しいですね』と会話が始まることもあったり、偶然友達に会ったり。これからはイベントにも力を入れて、友達が広がり気軽に悩みを話せるような場所にしていきたいんです」
coretのプレオープンイベントでは、マルシェで子ども100人に無料のご飯を提供。「地域を巻き込んで何かができれば」とクラウドファンディングで資金を集め、たくさんの地域のお客さんが応援してくれたとか。毛利さんにとって、お客さんとは単なるお客さんではないと言います。
「お客さんというより、助け合いのような感覚があります。近所に住む方に食べきれないからとたくさんのフルーツをいただいたり、とれたての無農薬の野菜を届けてくれたり、庭の花をお裾分けいただいたり。私の思いを理解してくださってたくさん支えていただいて。だから、大変な時も“もうちょっと頑張ってみよう”と続けてこれたんです。近所の常連さんが来なくなったり、入院したと聞くと、『大丈夫かな?』と心配になって眠れなくなっちゃうんですよね」
「みんなで同じご飯を食べること」「平和と健康をつくること」。そんな信念を貫くために、状況に合わせて柔軟に手段を変えながら突き進んできた毛利さん。その熱量と行動力が多くの人を動かし、まちに居場所と支え合いを広げていました。
高円寺の「レクトサンドカフェ」「coret」のオーナー。ディスプレイ関係の会社で、ギャラリーカフェの立ち上げに携わる。結婚を経て、フリーランスでディスプレイデザイナーに。2012年、レクトサンドカフェを開業。2025年6月に2号店となる「coret」をオープンした。
https://rectsandcafe.com/index.html
coretがある高円寺アパートメントの1階にあるシェアキッチン「8K」で、現在、利用者を募集しています。ご自身の得意料理を活かした飲食店をオープンしたり、菓子製造・販売場所として利用することができます。あなたも高円寺アパートメントで小さなお店をはじめませんか? 詳細や内覧についてはwebサイトをご覧ください。
8K 高円寺アパートメント
東京都杉並区高円寺北4-1-7 高円寺アパートメント テラス棟
JR中央線 高円寺駅より徒歩8分/阿佐ヶ谷駅より徒歩11分
30,000 円(税込33,000円)/月 ※30時間の利⽤料を含みます
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