「学校の先生になりたい」「森林に興味がある」などの共通点を持って小金井市にある東京学芸大学で出会い、「木育研究所」を立ち上げて子ども向けワークショップを行ってきた前田彩世さん、阿部真弥さん、田中萌さん。前田さんの大学院卒業を機に設立した一般社団法人「kiki」は、2024年6月、 子どもたちに向けて“世界を広げるきっかけ”“自分の周りを知るきっかけ”“居場所をつくるきっかけ”の場になればとの思いを込めた拠点「きっかけ家」をオープンしました。
緑豊かで、キャンパス内に木々が並ぶ東京学芸大学。一般社団法人「kiki」の前身である「木育研究所」の発起人・前田彩世さんは、中等教育教員養成課程の技術科に在籍し、木材加工の研究室で学んでいました。
前田彩世さん(以下:前田)「もともと学校の先生と女優になりたかったんです。中学生の時から芸能事務所に所属して、大学に入ってからもレッスンを続けていました。でも教育実習を経験して、先生と女優は両立できないなと思いました。先生はやらないといけないことが多いのと、30人以上の生徒を同時にみることは私には無理だと。もっと時間をかけて木育について伝えたり、一人一人とじっくり向き合いたいと思ったんです」
「それなら、新しい仕事をつくろう」と前田さんが生み出したのが、「木育ガール キキちゃん」でした。
“気になる思いが、木になる”をコンセプトに、前田さんがキキちゃんとなって、公民館や児童館などで木や木材について伝えるワークショップをはじめます。木材について学んでいくうちに、「子どもたちにも、木がどこからきたのかとか木の種類とか気になってほしい」と思うようになったといいます。
好奇心旺盛で、行動力抜群の前田さんは、やりたいことを言葉にして発信しながら、キキちゃんとして精力的に活動していきます。「木の事を学ばなくては!」と高知県に林業の方の話を聞きに行き、学んだことをラジオドラマにし、府中市のコミュニティFM「ラジオフチューズ」の大学枠で発信。Youtubeにもチャンネルを開設し、いろいろな人に会って学ぶ企画を始めると、「次はここに行くといいよ」と、どんどん輪が広がっていったといいます。
こうしてキキちゃんの存在は徐々に浸透していき、農林水産省が主催するZ世代に森林に興味を持ってもらうイベントで林野庁長官と共にコメンテーターとして登壇。さらに、東京都主催の東京ビッグサイトでのイベントで、あの「ガチャピン」との共演依頼がメールで届いた時には「頑張ってきてよかった、と思いました」と前田さんは振り返ります。
その後、東京学芸大学で大学院へと進学した前田さん。同じ研究室のメンバーとして出会ったのが阿部真弥さんでした。阿部さんは岩手県の農業高校を卒業後、森林や林業を学びながら教職免許も取っていました。そして、もっと教育について学びたいと進学してきていました。
阿部真弥さん(以下:阿部)「私も森林教育をやっていたのでキキちゃんの活動に興味を持って、『一緒にやらせてほしい!』と言いました。教育支援協働実践開発専攻というところで、なんでもありみたいに自由にやらせてくれる研究室だったので、2人ともそこに流れ着いたのかなと」
前田さんとの出会いは、阿部さんにとって大きなものでした。
阿部「彩世は行動力の塊なので私も刺激されました。私もいろいろな活動をしていたのですが、自分でやりたいことを設計して一からやってみるという経験がなかったので、最初から最後までやるということが楽しくてもっとやりたいと思いました。『やればできるんだ』という感覚でしたね」
一方、大学1年の時に前田さんと出会っていたのが、熊本出身の田中萌さんです。田中さんは東京学芸大学の中等教育教員養成課程の美術専攻を卒業し、大学院に通いながら中学校で特別支援学級の非常勤講師や産休代替として美術を教えていました。
田中萌さん(以下:田中)「私が身近な素材を使って作品を制作していたことを話すと、彩世が『ワークショップをしたい』と相談してくれました。『一番身近な木材の割り箸を使おう』と話し合って、割り箸の会社をネットで見つけ、その場で注文しました」
さらに、電話で不良品の割り箸を提供してもらえるか確認し、大量に提供を受けたことをきっかけに、連携事業として、その会社の取り組みや不良品割り箸について考えてもらう教材を作成しワークショップで伝えていくなど、一つひとつの行動が道を切り開いていきます。
こうして前田さんを中心に、同じ関心を持つ阿部さんや田中さん、同じ研究室のメンバーも加わってワークショップを定期開催するようになっていきます。そんな時、国立青少年教育振興機構が主催する子ども向けワークショップの祭典「キッズフェスタ」への出展の呼びかけを受けたことをきっかけに、団体を発足することになります。
学内には、学長らが代表理事を務め、教員や学生の新しい取り組みを支援する一般社団法人「東京学芸大Explayground推進機構(以下、Explayground)」が設立されており、前田さんたちもその一環で木育研究所を立ち上げます。
キキちゃんの活動も木育研究所の活動を後押しします。都が運営する国産木材の魅力発信拠点「MOCTION(モクション)」に、木育研究所のパンフレットを置いてほしいと訪れた際にも、「キキちゃんの事知っているよ」と、スムーズに話が進み、ワークショップの開催へとつながっていきました。さらに、MOCTIONを通じて、伊藤忠商事からもワークショップの仕事の依頼を受けることになります。
木育研究所は、前田さんの大学院卒業と共に現役の学生に引き継ぎました。そこには、前田さんのこんな思いがありました。
前田「木育研究所は、実験、挑戦の場としてあってほしいという思いが最初からありました。私達もそうやっていろんなことに挑戦してきたし、学生の時に自分がやってみたい教育活動を試せる場って貴重ですよね。団体として実績もあるのでイベントにも出やすいし、補助金も取っていて。財源もあってやりたいことができる、この枠をやりたい子がいるなら使ってもらえたらと思いました」
活動するうちに変わってきた思いを阿部さんはこう話します。
阿部「木育研究所は、Explayground内の団体として“遊びから生まれる学び”を大切に活動していました。この考え方が好きなので大切にしつつも、枠を超えてもっと自由にやりたいという気持ちも出てきましたね」
そして、2024年6月に前田さん、阿部さん、田中さんの3人で一般社団法人kikiを設立。新しい道を進み始めます。
前田「木育研究所でワークショップを重ねる中で、木育だけではなく、『これ好きかも』『これにワクワクした』みたいな出会いが大事だなと思うようになり、kikiは“学びのきっかけをつくる”ことをテーマにしました。どういうことをしていきたいか話してみたら3人とも同じだったんですよね」
設立から2ヶ月後には、拠点となる「きっかけ家」を武蔵小金井駅からほど近い場所にプレオープンしました。
前田「木育研究所からのご縁で、空いたスペースを有効活用するチャンスをもらいました。最初は出張授業や教材開発などをしていき、3年後くらいに拠点を持てたらと話していたんですが、場所ができたからスタートしようと。走りながら作り続けている感じですね」
きっかけ家は“自分らしくいられる居場所をみつける、つくる場所”をコンセプトにしています。
阿部「私達が一番はじめに大切にしているのは、安心して体験できる場、環境づくりです。そこで子どもたちが作りたいものを作って自分の殻を破っていくのを見るのがすごい好きで。スモールステップを重ねていくのを見届けたいという思いがどんどん強くなっています」
3人とも仕事や学業など個人の活動と平行して、kikiとしてきっかけ家を運営しています。曜日ごとに交代で休みをとりながら足を運び、オンラインなどでの週2回の打ち合わせも欠かしません。田中さんも学校で授業をした後に、きっかけ家に足を運ぶこともあります。
田中「学校の存在が怖いとか学校に来れない子もいるんですが、学校だけが学びの場じゃないと思っていて、いろんな学びの形を模索していきたいというのがありますね。ルールややることがしっかり決まっている学校や習い事とも違って、『あそこにいるお姉さんたちに会いに行こう』みたいな感じでふらっと来れて、いろいろな人に出会ったり挑戦してもらえたらと思っています」
2025年春、きっかけ家のオープンから約9ヶ月が経ち、土日のみから、平日もオープンするようになりました。それには、前田さんがkiki設立の2ヶ月前に就職した会社からの退職を決めたことも関係しています。
前田「会社組織とか、会社が環境にいいことをするのにお金をかけるってどういう感覚なんだろう、と思って興味があったんです。会社はとても面白かったのですが、一方で目の前にお客さんがいる仕事ではなくて、会社と家の往復だと辛い時もありました。きっかけ家で子どもたちと遊ぶと目の前でリアクションが見えて、『生きてるわ~』と思えました(笑) 心の健康を保つためにここが必要でしたし、kikiをやっていたから会社をやめようと思えました」
阿部さんにとっても、会社で働いた経験は、その後の研究に対する向き合い方を変えました。大学院1年の時、タウンキッチンでインターンをしたことで、「在学したまま一度社会に出て視野を広げたい」と2年間休学。大学の先生の起業を支援する会社でインターンをした後、復学して、現在も大学院に籍を置いています。
阿部「研究は、社会課題を解決するためにするというのが自分の中での理解だったんですが、大学の先生や中高生の研究者と接するうちに、興味や好きな気持ちがあってこそ研究者としてやっていけるということを再認識しました。私の好きは何だろう?と考えて、改めて人間が好きだなと。そして自分は教育という面からアプローチしたいんだな、と改めて気づいて戻ってきたという感じです」
阿部さんはこんなお話もしてくれました。
阿部「私の高校は職業高校なので、卒業後就職する人が半分くらい。大学に運よく進学した時に『すごいね』と周りが褒めてくれたんですが、それがなんだか悲しくて。皆それぞれ才能がある素敵な人たちだからこそ、就職でも進学でも優劣なく、自分の好きな道にとことん進める環境をつくりたいと思ったんです。おこがましいんですが、いろいろな未来へのサポートがしたいと思ったんですよね。新しい何かや誰かとの出会いがその人の人生を変えるかもしれないと思っていて、選択肢を広げるということの先にある“その人の人生にとって最適な未来を引き寄せる”お手伝いがしたいんです」
「人を応援したい」という気持ちは前田さんにも共通します。
前田「今まで、私のやりたいことを応援してくれる人がいてやれてこれたので、私も他の人のやりたいことを応援したくて。子どもたちも応援したいし、大人がワークショップやイベントを子ども向けにやってみたい、というのも応援したいんです」
kikiを設立し、学生としての活動から法人に変わったことへの変化も感じていました。
前田「学生だと提供してもらえる機会がすごく多かったですね。話を親身に聞いてくれたり、活動の紹介をしてくれる人、協力してくれる人が多かったです。ボランティアみたいに思われたり、搾取みたいに感じてすごく嫌だった時もあるんですが、法人となると、ビジネス面が色濃くなり、いろいろな費用が発生したり、ここからはビジネスだよ、というような線引きをされることが多くなった気がします」
オープンから9ヶ月、今感じていることを伺ってみました。
前田「近隣の小学生など今は常連さんと呼べる子もちょっとずつ増えてきて、よかったなと思います。小金井に拠点があることで小金井の農家さんとの企画も立ち上がりました。10年続けたいという思いがあって、子どもが大人になってもふらっと立ち寄れるような場、成長を見届けていける場でありたいですね」
阿部「自分のこだわりをアウトプットできる環境が有難いです。地域で活動する方ともっと何か一緒にやりたいと思った時に、実際にイベントに声をかけて動けるのが嬉しいですね。来てくれた子どもたちが、これからの人生で壁に当たった時に私達の事、思い出してくれたらいいなと。お互いがそんな存在になれたら嬉しいですよね」
大学院卒業後もkikiの運営を続けていける働き方をしていきたいという阿部さん。心に抱く未来への思いについても話してくれました。
阿部「寺子屋を作りたいんですよね。吉田松陰の言葉で松下村塾の塾生が世の中を動かしていったエピソードが好きで、自分自身もワクワクできて皆もワクワクできる場。みんなの近所にそういう場があればいいなと思っていて、私達が横展開したり、同じ気持ちを持つ人が増えていくといいなという夢があって。まずは、ここでそれを実現したいなと思ってます」
子どもにとって、あるいは大人にとって何かきっかけの場になれたら、という思いを抱きながら、それぞれの個性や得意を生かし、kikiを運営する3人。kikiでの活動を大切にしながら、自分自身のやりたいことも実現させようと精一杯に歩み続ける姿が輝いていました。(堀内)
大阪府出身。中学生の時から芸能事務所に所属。東京学芸大学教育学部中等教育教員養成課程技術専攻の4年の時に、木育ガールキキちゃんとして活動を始める。修士課程 教育支援協働実践開発専攻、1年の時に設立した、一般社団法人東京学芸大Explayground推進機構木育研究所で代表に。2024年6月、阿部さん、田中さんと一般社団法人kikiを設立し、8月に「きっかけ家」をオープン。
岩手県出身。農業高校卒業後、岩手大学農学部森林学科卒業、東京学芸大学大学院修士課程教育支援協働実践開発専攻在学中。森林教育、主に森林・林業に関する専門教育についての研究を行う。
熊本県出身。中学時代から教師を志し、高校で美術科に進学。東京学芸大学教育学部中等教育教員養成課程美術専攻卒業。中学校で非常勤の美術教師を務める。
一般社団法人kiki
https://kiki-to.com/