女将の住み込み実験LIFE

2025.08.07
女将の住み込み実験LIFE

隣に住む人の顔はわからない。家は寝に帰るだけの場所。人と人との関係性が薄くなりがちな東京で、高円寺アパートメントやIKEBUKURO LIVING LOOPなどのプロジェクトを通して、人とまちのつながりをつくってきた、宮田サラさん。高円寺アパートメントでは、住み込みの女将(おかみ)として8年、ゆるやかに人と人をつなぎ、幸せな日常を生み出してきました。宮田さんが考える理想の暮らしとは?

“地域”は日常の集合体

宮田さんがコミュニティに興味を持つようになったきっかけは、大学時代のゼミにありました。中学生の終わりから東京都に引っ越してきて、出身地の岡山県をもっと知りたいという思いから始まり、ゼミでさまざまな地域を訪れるようになったと言います。

「自分の好きなテーマで自由に学ぶ越境学習のゼミで、私のテーマは“地域”。最初は岡山に行って、それまで知らなかった地域を盛り上げようと活動してる面白い人に出会って。そこから他の地域にも興味が広がり、東北から九州まで、全国の面白い人に会いに行く旅をしました。東北の被災地でボランティアをしたり、ワークショップに参加したり。人から人へ数珠つなぎで出会いが広がって、結果、全国24箇所を訪れました。東京のインターチェンジから行き先のカードを掲げてヒッチハイクした時もありましたね(笑)」

宮田サラさん。「小さい頃、小学校の目の前に住んでたんです。だから、よく友達が家に遊びに来ていて。今の暮らしもその頃の延長線みたいな感じかもしれません(笑)」
宮田サラさん。「小さい頃、小学校の目の前に住んでたんです。だから、よく友達が家に遊びに来ていて。今の暮らしもその頃の延長線みたいな感じかもしれません(笑)」

こうしてさまざまな地域の人たちと関わる中で見えてきたのが、隣近所で支え合う関係性。宮田さんが東京で経験してこなかった、顔が見える濃いつながりを目の当たりにし、「こんな暮らしがいいな」と感じたとか。そして、目線が変わったと言います。

「現地に行く前は“地域”ってすごく大きいもののように思ってたんです。旅を通して、農家のおばあちゃんなどそこに暮らす人たちと交流する中で、それぞれの日常があって、『“地域”って一人ひとりの暮らしの集合体なんだ』って感じたんです。そして地域というより、暮らしを支える仕事がしたいという思いが強くなりました」

宮田さんの転機となった地域への旅。人とのつながりの大切さを実感した。ヒッチハイクをしたことも
宮田さんの転機となった地域への旅。人とのつながりの大切さを実感した。ヒッチハイクをしたことも
東北の被災地にボランティアで訪れ、現地の方との交流をすることもあったとか
東北の被災地にボランティアで訪れ、現地の方との交流をすることもあったとか
高円寺アパートメントの店舗兼住居に住み、セレクトショップ「まめくらし研究所」も運営する宮田さん
高円寺アパートメントの店舗兼住居に住み、セレクトショップ「まめくらし研究所」も運営する宮田さん

東京もローカル?

ゼミと並行して、個人活動でさまざまなイベントも企画していた宮田さん。音楽イベントを運営したり、学生のボランティアを集めて廃校を利用したものづくりのイベントに携わったり。イベントをきっかけに関わった地域の人たちを通して、ローカルをより強く感じるようになったとか。それは、大都市の東京でも同じでした。

「世田谷出身で地元には思い入れがないって言う子がいたんですが、『東京だってローカルじゃない?』と思って。世田谷は農家さんが多かったので、野菜や鶏や豚を育てている農家さんに直撃して、産みたての卵を食べながら、“ローカル×食”をテーマに対話をするイベントをしました。私の場合、まちをにぎやかにしたくてイベントをしてたわけじゃなくて。そこで関わりが生まれて、同じような興味を持つ人と楽しめたらいいなという気持ちでした」

社会人1年目で運営していたマンション内のコワーキングスペースで落語会を企画・開催したことも
社会人1年目で運営していたマンション内のコワーキングスペースで落語会を企画・開催したことも

そんな経験を重ねる中で、大学時代に出会った一番面白い人が、今は株式会社まめくらしの代表をしている青木純さんだったと言います。当時、青木さんはコワーキングスペースや民泊、シェアハウス、飲食店を併設した池袋のマンションの大家をしていて、住む人同士のコミュニティを築いていました。

「それまでは東京と地方の二項対立の考え方になっていて、私が見てきた地方のようなつながりのある暮らしは、人が多い東京では無理だと思っていました。でも、青木が大家をしていた池袋のマンションでは屋上で住人さんの結婚式が開かれるほど、愛情ある関係性が築かれていたんです。そんな関わり合いを見て、地方か東京かは関係なく、その人の考え方や振る舞い次第で、つながりがある暮らしはできるんだと思って。関係が薄いと言われる東京で、そんな実験ができたら面白そうだなって」

ここなら「自分がほしい暮らしをつくれる」と感じた宮田さんは青木さんの会社に入社し、マンションの住人の関わりづくりや、コワーキングスペースの運営に携わるように。交流をつくるために、落語会やボードゲームナイトなどのイベントを企画したとか。そして宮田さん自身もマンションに入居し、住む人のつながりをつくる価値を実感しました。

「高円寺アパートメントでも、池袋の公園や道路をまちのリビングにするIKEBUKURO LIVING LOOPのプロジェクトでも、顔が見える関係性ができ、助け合いが生まれていて。東京もまさにローカルだと感じています」
「高円寺アパートメントでも、池袋の公園や道路をまちのリビングにするIKEBUKURO LIVING LOOPのプロジェクトでも、顔が見える関係性ができ、助け合いが生まれていて。東京もまさにローカルだと感じています」

住み込みの女将になる

2017年には、青木さんと立ち上げた株式会社まめくらしが、高円寺にある旧国鉄の社宅をリノベーションした賃貸マンションのコミュニティ運営を担うことに。マンションは「高円寺アパートメント」と名付けられ、当時23歳だった宮田さんが、住人のつながりをつくる「女将」を任されました。住み込むことにしたのは宮田さんの提案だったとか。

「よそからたまに来る人じゃこの場を一緒につくるのは難しいから、私から『住みながら女将をやらせてほしい』って言ったんです。私も住んで一人の当事者になれば、リアルな現場がわかるし住人さんと同じ目線で話せますから」

女将とは一体どんな役割なのでしょう。「みんなをぐいぐい引っ張ってマネジメントするのではなく、自分たちの暮らしを楽しくするためのサポートをする」ことだと宮田さんは言います。

「イベントも、『こういうのあったらいいよね』という住人さんのアイデアからはじまって、『それやるにはどうしたらいいかな?』とみんなで最適なやり方を模索しながら実現しています。私が全部決断して『こうしましょう!』ではないんです。スタート当初は私が一番年下だったこともあり、私も住人さんに相談しますし、権威性はなくてフラットに近い関係性があります」

取材中も新しい住人の方が宮田さんのもとに挨拶に訪れ、気さくな会話が生まれていた
取材中も新しい住人の方が宮田さんのもとに挨拶に訪れ、気さくな会話が生まれていた

まちの人と住む人とのつながりをつくることも、大切な役割の一つです。

「最初は『高円寺アパートメントって名前だけど高円寺らしくないね』って、高円寺の人たちに言われていました。 確かに、ここみたいに芝生広場があって、オープンな雰囲気の場所って高円寺にあまりなかったんですよね。それでこの場所を地域の人に知ってもらうために住人さんと話し合い、マルシェを開いたんです。マルシェは住人さんや近隣店舗などが出店し、多くの人が集まってくれて。そこからどんどんまちにも馴染んできましたね」

芝生広場で行われる、高円寺アパートメントの季節行事。芝生広場はまちにも開かれた場所。「パブリックとプライベートが曖昧であることで、人が入ったり出たりしやすく、つながりが生まれやすいんです」と宮田さん
芝生広場で行われる、高円寺アパートメントの季節行事。芝生広場はまちにも開かれた場所。「パブリックとプライベートが曖昧であることで、人が入ったり出たりしやすく、つながりが生まれやすいんです」と宮田さん

心地よい関係性のつくり方

高円寺アパートメントの女将として表に立ち、コミュニティ運営を担うようになって8年。学生時代からの理想だった「東京で濃いつながりのある暮らし」を宮田さん自身が住人と一緒につくってきました。

「たまに一緒にご飯を食べたり、お花見や餅つきなどの季節行事を企画したり、芝生広場でワイワイ話したり、ラインでお裾分けのやり取りをし合ったり。そんな日常を重ねる中で、理想の暮らしが育まれてきました。とはいえ、関わり方にはグラデーションがあって、積極的に交流する人も、たまに顔を出す人も、ほとんど参加しない方も。声はかけつつも負担にならないよう、“一人ひとりにとってのちょうど温度感”を大切にしています」

熱すぎず冷めすぎず住人同士のちょうどいい関係性が築かれているからこそ、“お互い様”の助け合いが生まれていったとか。

「地震が多発した時には『災害時に助け合えないかな?』という住人さんの声から防災ワークショップを行なって防災マニュアルを作ったり。あと、子育てのサポートも広がっています。産後で上の子の送迎ができない方の代わりに住人さんが交代で送迎に行ったり、ワンオペ育児を手伝いに行ったり、お下がりをシェアしたり。そんなゆるやかな助け合いが自然とできてきたんです」

高円寺アパートメントの新築棟にはシェアキッチンもある。「住人さんがシェアキッチンでお店を開くような暮らしが実現したら、面白いなって思います。住人じゃなくても、シェアキッチンでお店を開く人は高円寺アパートメントの一員だとお互いに思いながら関わり合いたい」
高円寺アパートメントの新築棟にはシェアキッチンもある。「住人さんがシェアキッチンでお店を開くような暮らしが実現したら、面白いなって思います。住人じゃなくても、シェアキッチンでお店を開く人は高円寺アパートメントの一員だとお互いに思いながら関わり合いたい」
高円寺アパートメントでの防災訓練の様子。住人の企画で毎年行われており、大人も子どもも参加
高円寺アパートメントでの防災訓練の様子。住人の企画で毎年行われており、大人も子どもも参加

プライベートとパブリックをつなげていく

住まいと仕事、商いと暮らし、プライベートとパブリック。生活の中で、それぞれが分断されがちですが、宮田さんの中では自然とつながりあっています。

「住みながら女将をしたりお店を開いたりするのは、私にとっては当たり前のことで。“全部含めて暮らし”という感覚がすごくあります。“職住近接”というより“職住密接”ですね。それに住まいは自己表現の場でもありますよね。自分で商いをしたり、何かを作ってマルシェで販売したり、シェアキッチンで空いた時間に飲食店をはじめたり、イベントの企画をしたり。自分の“好き”や“できる”を表現することで、誰かとつながっていく。そんな暮らし方の選択肢が広がったら嬉しいです」

パブリックとプライベートの距離が近い分、しんどさを感じることはないのでしょうか。

「パブリックとプライベートで分けない方が、自分でも心地よくて。私、結構面倒くさがりなんですよ(笑) わざわざ別の場所で仕事をするより、住んでいる人と同じ場所で関わりながら仕事をしている方がいいし、住人さんが宮田サラという個人を理解してくれているから仕事もしやすいですし。私がやりたいことは、個人個人の暮らしの幸せな日常をつくること。日々の仕事は私自身がやりたくてやってることばかりなんです」

IKEBUKURO LIVING LOOPでは、宮田さんがマーケットを企画・運営。ここから自然と挨拶や会話が生まれ、まちにリビングがつくられていることを実感するとか
IKEBUKURO LIVING LOOPでは、宮田さんがマーケットを企画・運営。ここから自然と挨拶や会話が生まれ、まちにリビングがつくられていることを実感するとか
子育てをするなら高円寺アパートメントでしたいという宮田さん
子育てをするなら高円寺アパートメントでしたいという宮田さん

「大切なのはそれぞれの幸せな日常。それがまちの集合体になる」という考え方が根っこにあり、人と人との関係性を築いてきた宮田さん。住まいと仕事、プライベートとパブリックの境界線をあいまいにし、そばにいる人と一緒に日常を楽しみながら、それがまちに連鎖していく理想の暮らし方がありました。

プロフィール

宮田サラ

1994年生まれ。岡山県出身で中学の終わりから東京へ。株式会社まめくらしのメンバーで、2017年よりジェイアール東日本都市開発の賃貸住宅「高円寺アパートメント」の女将として、住人同士や地域との関係性づくりに取り組む。「IKEBUKURO LIVING LOOP」では、マーケットの企画や運営に携わる。趣味はフィルムカメラ。
https://mamekurashi.com

INFO

シェアキッチン8K 高円寺アパートメント

高円寺アパートメントの1階にあるシェアキッチン「8K」で、現在、利用者を募集しています。ご自身の得意料理を活かした飲食店をオープンしたり、菓子製造・販売場所として利用することができます。あなたも高円寺アパートメントで小さなお店をはじめませんか? 詳細や内覧についてはwebサイトをご覧ください。

施設名称

8K 高円寺アパートメント

住所

東京都杉並区高円寺北4-1-7 高円寺アパートメント テラス棟

アクセス

JR中央線 高円寺駅より徒歩8分/阿佐ヶ谷駅より徒歩11分

月額利用料

30,000 円(税込33,000円)/月 ※30時間の利⽤料を含みます

宮田さんが女将をつとめる高円寺アパートメントの物件紹介記事はこちら

潜入!高円寺アパートメント
https://rinzine.com/article/kouenjiapartment/

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