作家と農業をつなぐ一本道

2017.04.03
作家と農業をつなぐ一本道

暮らしているまちにあるお気に入りの場所、自分の好きなこと。いきなりしごとにはできなくても、地域と関わったり、魅力を伝える活動をはじめたいという方は多いのではないかと思います。小金井市を拠点に活動する木版画家の村岡尚(ひさ)さんは、そんな形を実現するひとり。会社勤めを経て作家となり、小金井 江戸の農家みちというプロジェクトをはじめられた村岡さんにお話を聞きました。

小金井の風景の中でつくる木版画

「作品では植物をモチーフにすることが多いですね。大きな公園の近くに住んでいるので、あれ、葉っぱのこの部分はどんなだったかなと思ったときとか、困ったらすぐ公園に行きます(笑)」

都内有数の面積を誇る小金井公園と武蔵野公園、岸辺に並ぶ枝垂れ桜が名所となっている野川を有する小金井市。そんな環境の元へ集まるように、有名なアニメスタジオをはじめ、作家やクリエイターと呼ばれる職種の方が多く暮らしていることは、一部の市民には知られた話。村岡さんのように、風景が直接作品のモチーフになっているケースも多いようです。

第53回日本版画会展に入選した作品、静かな夜もまた素敵。
第53回日本版画会展に入選した作品、静かな夜もまた素敵。

通り沿いに並ぶ庭先直売所

村岡さんが暮らす場所から目と鼻の先、小金井公園の南側には、農家の並ぶ一本の通りがあります。歩いてみると、広々とした畑から、何種類もの野菜や花と木が植えられた庭のような畑まで、いくつもの農家が目にとまります。
そんな風景を村岡さんがふと思い出したのは、地域情報誌の制作に関わったとき。直売所が並ぶその通りの魅力を、たくさんの人に伝えられたら面白いと考えました。

「体調を崩したことをきっかけに会社を退職して休んでいて、そろそろ地域に関わろうかなと思い始めたタイミングだったんです。編集会議で言ってみたら、いいねいいねと言ってもらえて」

木版画家となる前の村岡さんは、出身である広島県内の大学で都市景観を学んだ後、都市計画のコンサルティングなどを行う東京の会社で働いていました。当時は景観法が成立した頃、条例づくりの手伝いが主な業務だったそう。

「すごく面白かったのは、例えば田んぼとか建っている家とか、まちにあるものの色を測るんです。それで、この地域だったら看板はこれが合うって提案したり。だから仕事が楽しすぎて、体調を崩してしまうほどでした(笑)」

農家みちのプロジェクトにつながる思いや関心は、その頃から続いていたもの。会社員としてのしごとは、目に見える形でまちを作っていくというやりがいがあると同時に、行政から求められるものを出すということが最低条件。そんな状況の中で「住民側として何かやりたい」という思いが生まれたのだといいます。

通り沿いのお寺などを訪れ、農家みちの物語の口演を聞くツアーも行う。
通り沿いのお寺などを訪れ、農家みちの物語の口演を聞くツアーも行う。

農家みちの風景を守りたい

地域情報誌の編集会議でふと声に出したところから、少しずつ動き始めた農家みち。まずは自分ともう1人くらいでできるところからはじめようと、Facebookページを立ち上げ、直売所に並ぶ野菜や、農家みちで撮った花の写真、神社のお祭りなどを紹介しはじめました。すると、それを見た人から声がかかり、観光ガイドブック作成のお手伝いをすることに。そこから農家みちバーガーフェスティバル、吉祥寺にある無印良品とタイアップしたイベント、取材や野菜販売の出店依頼など、活動はみるみる広がっていきました。

「わたしが農家みちでしたいことは、あの風景を守ることにつながっていくんです。歴史もとても古くて、江戸時代に新田(しんでん)として開発された短冊状の区画割が今でも残っているんです。風景って目に見えるものだけじゃなくて、伝統行事だったり、人の思いも含めたものなんですよね」

思っていたよりも速いスピードで、農家みちという言葉を使ってくれる人が増えているという村岡さん。近くに住んでいても知らない人に届けることが、これからの課題だといいます。

バーガーフェスティバルでは、市内10店舗農家みちの野菜を使ったメニューが登場。
バーガーフェスティバルでは、市内10店舗農家みちの野菜を使ったメニューが登場。

切り離しても、戻ってくる距離感

「農家みちのチラシを版画で作ることもできるけど、作家としてのしごとはちゃんとお金感覚を持たなければと意識して、あえてやらないようにしてるんです。続けていくために、農家みちとしごとで、いい距離感を取っていこうと思っていて」

その一方で、農家みちの活動をはじめてからは、イベントで出会った人の紹介で版画の展示や関連商品の販売の機会を得たりと、版画家としても広がりが生まれてきたのだと村岡さんは言います。

「自分の中では、版画家と農家みちは切り離してやろうという思いがあったんですけど、今回の取材のお話をいただいてからここ数日考えていて、やっぱり繋がっているなと。どちらも小金井という場所だし、切り離しても、戻ってくるんですよね」

版画も農家みちも、風景のある部分を拾って見せ方を考えるという点では同じ。こんないいところがあるんだよってことを知ってほしいんです、と村岡さん。プロとして自分と向き合いながら取り組むしごとと、たくさんの人と関わり合いながら自分が好きなものを守る活動。村岡さんのはたらき方の中には、手探りで見つけた距離とバランスでその両方を続けていく形がありました。(國廣)

版画で家にこもっていると「農家みちの神隠しにあったのかって言われるんです(笑)」と村岡さん。
版画で家にこもっていると「農家みちの神隠しにあったのかって言われるんです(笑)」と村岡さん。

プロフィール

村岡尚

木版画家/小金井江戸の農家みちの会代表。広島出身。広島大学大学院博士課程にて都市景観研究を行い、東京の都市計画コンサルタントへ就職。退職後、木版画家として活動する傍ら、小金井江戸の農家みちを発掘、プロデュースを行っている。近年は、食、歴史、景観などの側面から情報発信やイベント企画、歴史発掘、保存などを行う。

版画と雑貨の店 hisari
http://hisari.sub.jp/

今日の直売所の野菜たち 小金井 江戸の農家みち
https://www.facebook.com/koganei.edononoukamichi

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